力が欲しかった


ただ其れだけ


その願いに理由は無く


その想いに偽りは無く


それ故に強かった


そして得た力


代償は大きく、それでも力はその手の中に


力を最初に振るった相手は強かった


力も強かった、けど其れ以上に心が、魂が


強かった


それでも認めはしなかった、力こそが総てだと、其れが救ってくれるのだと


そう信じながら、反目しながら相手について行った


知った、力も振るい方を間違えば己に降り掛かるのだと


少しずつ相手に心を開いていった


相手を信じられるようになった


背中を預けられるようになった


そして、今


力を得た少年は




序章「A crazy party again狂 宴 へ の 誘 い 、 再 び



「〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜♪」

鼻歌を歌いながら両の手を黙々と動かす少年が一人、厨房でその腕を振るっている。

フライパンの中にはスクランブルエッグと、良い色に焦げ付いたウィンナーが三本ほど。単純なれど手は抜かず、単純だからこそ手をかけて。

フライパンの中身を確認、一つ頷きトースターへ食パンを放り込む。其処で耳に飛び込む玄関をノックする音。少年は顔を少し、いやかなりしかめてエプロンで手を吹きながらフライパンをかけていたコンロの火を止め、玄関へと向かう。

玄関を開けるとピザ屋の配達員が当りに視線を向けながら、そうあからさまに何かの気配に怯えながら突っ立っていた。その様に少年は苦笑する。

此処の、少年が住む地域には朝からでも何かこう、独特な空気が流れている。ふと気付くと誰もいなかった筈なのにすぐ後ろにナニかが立っているとか、ふと立ち止まるとナニかの足音が数回鳴るとか。そういった人に恐怖を感染させる空気とも言えるのだろうか。

実際、此れで店員の顔が変わるのも此処に住み始めてから何十回になるか分からない、50を超えた所で数えるのを少年は止めた、虚しくなったから。

御多分に漏れず、この配達員の顔も後、数回も見ないだろう。少年はそう考え、金を払ってピザを受け取る。尻尾を巻いた犬のように凄まじい勢いでバイクに跨り、走り去って行く其れを少年は振り返る事なくピザを抱えたままドアを閉める。

ドアの上にはネオンサインがうねっている。今はただそのガラス管に朝日が軽く反射しているだけだが、夜になると其処に灯るのだろう、ある者に救いを、あるモノに破滅を与える其の者達が住まう店の名が。

少年は店に入ると、忌々しげにピザを眺めた後、其れを机に放り出す事はせず、そっとその上へと置いた。そう、ピザに罪は無いし少年もピザは好きだ。しかし此れは夜、さもなくばせめて昼に食べる物だと少年は考えている。

大体が朝早くからこんなチーズコッテリ、サラミも特別厚切りの奴を平らげる男の精神が理解出来ない。そう頭を振りながら台所へ引っ込み、再び出て来た時にはその手に少年の考える、真っ当な朝食を持っていた。

スクランブルエッグ・ウィンナー添え、狐色に焼けたトースト二枚、簡単なサラダ、最後に野菜たっぷりのコンソメスープ。少年は其れをビリヤードの台の上へ並べ、自身はその台に軽く腰掛け早速食べようかとした時、乱暴に洗面所のドアが開き、噂の朝からピザを平らげる男が現れた。

その身に付けているのは洗い晒しで、関節に当たる所が白く毛羽立ったジーパンのみ。上半身は裸で其処を飾るのは歪な銀の台の上で紅く血の様に光る大き目の石がはまったアミュレットだけ。

その石の下にある肉体はボディービルダーの様な見掛け倒しのそれではなく、けして太くはないが其れでいて固く見事な造詣を誇っている。使う事を前提に鍛え上げた体だ。

タオルを無造作にのせ、未だ白い湯気を上げている其の頭は銀髪、瞳はブルー。口元には皮肉気な笑みを浮かべ、其れでいてあらゆる楽しみを追求する感じを浮かべる彼は、見た目より若く見える。

少々手荒にガシガシと頭をタオルで拭く青年に、少年は半ば諦めの視線を向けながら口を開いた。

「オハヨ、今朝も体に良さそうなモン食ってるね」

その嫌味たっぷりな少年の挨拶に、青年は堪えた様子もなく、肩を一つ竦めただけで何も言わずピザの箱の方へと歩いて行く。そして一切れ掴み取り、尖った所から垂れそうになっているトロトロのチーズを上へ向けた口へと放り込んだ。

「毎度毎度言うのも無駄だと分かってるし、アンタも嫌だろうけど、其れでも敢えて言うよ。朝から、そんな、脂肪たっぷりコレステロールどっさりな、食い物を、食うな!」

「良いじゃねえか別に。好きで食ってんだし、誰に迷惑かけるじゃ無し」

態々きって強調し、幾分かの怒りさえ乗せた所で少年の其れを気にした様子もなく、青年は一切れ目を平らげ、油に汚れた指をしゃぶりながら話は此れで終わり、とばかりに視線を少年から移した、その先にはピザ。

実際、このやり取りはここ数年、ずっと続いていた、いや実際、少年の心の中にはこの場に来てからわだかまっていた問題なのだがやっと彼とまともに口を聞き始めたのがその数年前からだ、そして何時も何時も、毎朝、此処で話はお終い、少年も溜め息交じりに自分の食事に戻る筈なのだが。

「いいや、迷惑かけてるね、この僕にだ!!」

今日は違ったようだ、今日に限って徹底抗戦の構えの少年はビリヤード台から下ろしていた腰を上げ、びしぃっと青年を指差す。その物腰にさしもの青年も驚いてる様子、口にピザを銜えたままで呆然と。

「おいおい、朝から熱くなってどうしたシンジ? 知ってたか、朝ってこうだらけて過ごすものなんだぜ」

「朝は今日一日のモチベーションを決める、大事な時間! だらけて過ごして如何するんだよ! それにダンテ、あんたはこれから夜、仕事が入るまで適当に筋トレでもやってご自慢の肉体を強化してれば良いさ! でも僕は違う! 此れからしないといけない雑務が山ほど、其れも此れもあんたが全てに大雑把なせいであって、何で僕があんたの尻拭いまでとか、朝からそんな焼けたチーズの匂いで胸をムカつかせなきゃいけないのとか・・・」

「シンジ」

「・・・なんだよ」

最後は支離滅裂になりながらも、其れでもダンテと呼んだ青年に愚痴を垂れ続ける少年、シンジにダンテは少しも憤りを覚えた様子もなく静かに少年の名を呼ぶ。シンジも少し冷静になったのか、少しして小さく応える。

「如何した? お前らしくもなく喚きだしやがって・・・喚くのはヒス起こした女の特権だぜ? 男がやってもカッコが付かないだけだ。其れは分かってるんだろ?」

「分かってる・・・けど」

「けど何だ」

「此処最近変なんだ、最初は大して気にも留めなかったんだけど、だんだん大きくなってくる僕の心の中で。暗い感情、予感、そういった言葉で表せない思いが、どんなに忘れようとしても。今日の朝もそのせいで目が覚めた、もう爆発しそうなんだよ、そのせいで気が立ってたんだ、悪い」

軽く謝り、朝食の元へ戻ろうとするシンジの背中にダンテの声が被さる。

「そうか・・・お前も感じるようになったか、そういうの」

「え? あんたもか?」

弾けるように振り返るシンジに、苦笑交じりに口を開くダンテ。

「ああ、なんかこうな、心のどっかが囁くんだろうな、悪魔の部分が。何かが起きる、血が滾るってな。ムゥンドゥスの野郎と戦う前もそうだった、アルゴサクスともな。そういう意味ではシンジ」

近付き、シンジの胸に指を突き立て。

「お前も悪魔に近付いたってこった」

そう言い、ニヤリと笑うとピザのほうへとまた歩いて行く。だがシンジの方は食事へ向かう様子もなく、ダンテの言葉を反芻していた。『悪魔に近付いた』其れがどういう意味か、シンジには痛いほど分かっている、そして其れが自分の意思に反しているにもかかわらず、進行しているという事も。

「おい、何ぼさっとしてんだ。お前の言う健康的な朝食が冷めちまうぜ」

その背中にピザをあらかた平らげたダンテから声をかけられ、はっと顔を上げる。悩んだ所で事態は解決しないし、意味もない事はしないほうが。そう割り切って食事に向かおうと歩みだした瞬間、同時にシンジ、ダンテ、二人の視線がドアへ向かう。

それに遅れる事コンマ数秒、乱暴に左右へと開かれたドアから黒サングラスに黒服と、典型的なエージェントの格好をした男達が入って来た。全部で5名、其れがドアを塞ぐように立った男の横に二人ずつ、シンジ達が外に逃げられないようにとの配慮か。

「ハッ、朝から辛気臭い顔をしてるなオイ、どうした? 尻の穴に何かぶち込まれたって顔だぜそりゃあ」

ダンテの下品な軽口に激昂する事もなく佇む男達、其れを考えるとそれなりにセルフコントロールする術は身に付けている様だ。

「彼のジョークが笑えないのは何時もの事です、それで? 御用件は何でしょう、と言ってもまだ開店前なので依頼はお受けかねますけどね、話くらいは聞きますよ」

すかさず前に出てフォロー、と言ってもあまりなっていない台詞を告げるシンジに真ん中の男が顔を向け、口を開く。

「碇シンジは君か」

その簡潔と言うか、飾り気もない質問にシンジの眉はピクリと上がる、だがその言葉が彼に引き出した反応はそれだけ、直ぐに元の表情に戻るとシンジは肩を竦め、頷く。

「隠し事しても始まりませんしね、貴方の言う碇シンジが僕じゃないという可能性はありますが、少なくとも僕の名前はそう、碇シンジです」

その答えに男達は頷き合い、更に言葉を続ける。

「我々と来て貰おう、今直ぐ」

その言葉を機に動く男達、瞬時にシンジを中心として5人が囲む形になる。シンジは其れを予測していたのか、慌てる事無く先程から自分に質問して来る男、正面に立っている彼に聞く。

「荒事には慣れてますけど、此処まで唐突なのは久々ですね。誰・・・と聞いても無駄ですね、所属組織は?」

その問いに男は少し不思議そうに、其れが最初に見た彼の感情だがシンジに問う。

「君宛に召喚状が来た筈だが、日本から。それに手紙、組織のIDカードが入っていなかったか?」

「手紙?」

そう言われてシンジと、傍でニヤニヤ眺めていたダンテの視線がドアの横にある郵便受けへ注がれる。シンジと話している男も其方を見る、他の4人は視線も向けない所は其れなりと言うべきか。

兎に角、その3人の視線に映った物は郵便受けからはみ出しにはみ出した催促状、督促状、その他の金銭的に請求する物やダイレクトメール、チラシ、兎に角そういった物の束だった。言われてみれば、その中ほどにエアメール郵便の特徴である、赤青のストライプが覗いているのが見て取れた。

其れを見て乾いた笑いを浮かべるシンジ、男は溜め息交じりに横に立っていた仲間に顎をしゃくって合図する、された方がその手紙を掴み、引っ張る、辺りに他の手紙が散らばるが気にした様子もなく其れを持ったまま戻り、その手紙をシンジに手渡す。

受け取り、派手に破いて其れを引っくり返す。手紙から出され、落ちたものは四つ、先ずカードを拾う、葉っぱと三角を組み合わせたマークの入った其れをあまりに見ずに、エプロンのポケットへ突っ込む。続いて航空券、日本までのそれにテープで止められた写真が一枚、空港に迎えに来る人物と言う事だろうか? その胸を強調した写真を、コミュニケーションの為にそうしたであろう其れを、鼻で笑いダンテの方へ投げる。

其れを受け取ったのを目の端で確認すると最後の一つ、一枚の紙に手を伸ばす。おそらくは手紙なのだろう、それに今回の召喚を企てた人物の考えが、欠片でも書いてある筈と辺りをつけ、其れを広げる。

来い

ゲンドウ

其れだけだった。幾ら引っくり返そうとも、小さく他に書いてあるのかと見てみても、書いてある言葉、否、単語は其れだけだった。

「・・・なんだコレ?」

「何とは? 手紙だろう、本部司令から君へ宛てた」

「手紙? 其れは全世界に存在する手紙への宣戦布告かよ、たった一言と名前だけ? なめてんの?」

「我々には関係のない事だ。手紙云々は実際に会って聞いて貰いたい、兎に角今は我々と来て貰おう」

律儀に反応してくれる黒服、其れを尻目にシンジは見せろ見せろと言わんばかりに右手をクイクイさせているダンテに、その全世界の手紙への宣戦布告をぐしゃりと丸め、放る。改めて黒服へ振り返り、その眼をサングラス越しに睨み付ける。

「ふ〜ん、まあアンタも任務だろうけど。因みに断ったらどうなるか、聞いて良いかい?」

「その場合は、ある程度の武力行使も許されている」

アッサリと答えてくれた中身には、暗に『力尽くでも引き摺って行く』との念が篭っている。其れに対し、シンジは肩を竦め。

「やだね」

答えた、ご丁寧に舌を突き出すオマケ付きで。それに黒服は無言を持って応えた、激昂する事もせずに、逆に其れが不気味ではあるのだが。

「つまり、拒否すると?」

「理解が早くて助かるね、そういう事。大体が何? 十年近くに亘って父親の扶養義務怠っておいて今更あんな紙切れ一枚で今すぐ来いだ? 何様だ? ああ、司令様でしたね今直ぐとっととケツまくって飼い主の所へ帰りな、そんで『跪いて俺の靴を舐めろ』と言ってたと伝えとけ、舐めようとした瞬間に前歯折ったる!」

激昂したのはシンジの方だった、黒服は息荒く喚くシンジを静かに見つめ、何事も無かったかのように続けた。

「交渉決裂か、穏便に済ませたかったのだが致し方あるまい。此れより実力行使を実行させて貰う。其処にいるデビルハンター・・・ダンテと言ったか、邪魔はしないで貰いたい」

其れに対して、ダンテはニヤリと笑い告げる。

「ああ、連れていくことには別に反対は無いぜ? ただよ、ガキの子守の駄賃、払って貰えるのか?」

「私では応える事が出来ない、後日、連絡するよう手配しよう」

アッサリ手放すと宣言したダンテに、黒服は少々、毒気を抜かれたのか呆れた表情すら見せている。シンジはシンジで深い溜め息をつき、顔を一度下げた後に上げ、ジト目でダンテを睨み。

「有り難く優しいお言葉、涙が出るね」

口を開く、御丁寧に右手の中指をおっ立てて。ダンテはダンテで含み笑いを消す事無く、机の上に乗せ組んでいた足を下ろし、勢い良く立ち上がる。何かするのかと構える黒服達の前を平然と横切り、シンジが食事を置いているビリヤード台まで来る。

「ま、荒事するって言うならやっぱ」

白い手玉・・・キューボールを持ち上げ、其れをぽんと落とす。其れは床に落ちるかと思いきや、頑強なブーツを履いたダンテの足によって受け止められた。そのまま何度か軽くブーツの腹で蹴り上げ、リフティングの真似事をする。

「バックミュージックは必須だよな?」

言うや否や、一際高く蹴り上げ、ボールが空中に浮き上がっている間にその場で回転し、落ちて来たボールを回転の勢いを持った蹴りで蹴り飛ばす。蹴られた玉は殺人的なスピードとパワーを纏い、しかし誰一人に当たる事無く、一直線にドア横に置いてあるジュークボックスに鈍い音を立てて減り込み、一瞬其れを維持した後、力なく床へ落ちる。

呆気に取られる黒服達、その前でジュークボックスは不満げに、しかし確かに動き出す。点滅を繰り返し灯るライト、ガガ・・・と雑音をがなり立てた後、そのスピーカーからは凄まじい勢いでハードロックが流れ出す。

「また壊す気かよ」

「そんときゃそんときさ、真面目に生きてるとサンタさんがプレゼントしてくれるんだよ、貰わなかったか?」

「サンタなんていないし、其れに誰だよ? 真面目に生きてるって? 辞書で真面目の意味を引き直して来たら如何?」

軽口を叩きながらも足でステップを取るシンジ、悪くない、血が滾る、自分の中にある破壊的な何かが蠢き出す。其れを上手くコントロールし、発揮出来るよう導く、其れが其れこそが、シンジがこの数年で覚えた術だ。

「来いよ木偶の坊、お前達の言う実力行使ってのを見せてみな!」

軽くファイティングポーズを取り前後に跳んで拍子を取りながら相手を挑発するポーズ、その姿は間違いなくダンテに似ていた。

其れを合図にシンジに話しかけていたリーダー格が一歩下がり、残りの4人に指示を出すかのようにシンジを指差す。其れと同時に残りの4人がシンジの前後左右を固め、完全に包囲する。先ず左右の2人がシンジの肩と手を其々の側を掴み、固定する。其れに対して驚く事にシンジは一切抵抗しない。

其れを見て前に立っていた黒服が手に手錠を持ち、ゆっくりと近づいて行く。後ろの黒服も同様に、シンジが動き出したら何時でも掴み掛かれる距離まで接近する。そして前の黒服がシンジの前後3歩と言った所まで近付いた瞬間。

「Dope!」

シンジの体が跳ねた。両手で行き成り左右にいる黒服を掴み固定し、左足で床を蹴る。その勢いで体は浮き上がり、両手を軸に回転する。伸ばした右足は見事なまでに前にいた黒服の顎にクリーンヒット、彼は吹き飛んで行く。

「Crazy!」

回転の勢いは殺さず、慌てて近付いた後ろの黒服の頭に右足はヒット、頭を抱えて屈み込む黒服。

「Blast!」

回転を終え、床に着地するシンジ。左右にいた黒服はシンジの回転する力を殺し切れずに吹き飛ばされ、床に伸びている。シンジは飛び降りた体勢のまま、右足を軸に反時計回りに回転し、左足の踵が蹲った後ろの黒服のこめかみに減り込む。もろに喰らった黒服は呻き声一つ上げる事無く、その場に昏倒した。

「Alright!」

仲間をやられて奮起したか、左右の黒服がほぼ同時に立ち上がり、懐から何か棒状の物を出し、振り抜く。其れは警棒の様に伸び、だがその身には青い紫電を纏っている、スタン警棒と言うわけか。ほぼ同時に接近を開始する2人、片方を相手にすればもう片方に背中を見せる状況にあってシンジは楽しげに、ただ楽しげに哂っている。

唐突にシンジも走り出し、右にいた黒服へ正面から対峙する。振り下ろされる右手、スタン警棒を物ともせずシンジは鋭く左足でその男の右手を、己に振り下ろされる前にと蹴り飛ばす。指が数本、有り得ない曲がり方を示し、男が呻き声を上げるのを無視したまま、振り上げた左足を下ろし、その下ろした勢いで今度は右足を。爪先が黒服の首を抉り、キリキリ舞いをしながら吹き飛んで行く。

「Sweet!」

急いでその場で振り返るが、そのシンジの目の前の直ぐ其処には左側にいた黒服が。振り下ろすのはタイムラグがあると踏んだか、その切っ先を此方へ向け突進してくる、確かにその巨体の質量をもっての突進、流石のシンジでももうかわせる距離ではない。しかしシンジの笑みは消えない。行き成りその左手を振る、その手には何か幅広の物が握られていた、そう、彼自身がさっきまで付けていたエプロン、青地に白く漢字で『世界平和』と妙な達筆で書かれたそれ、書かれた文字とは正反対の意味を持たされた其れは突進してくる黒服の両手に包まれたスタン警棒、其れに向かって青い閃光となる。

常人が振っただけでは精々が相手を撫でる位にしかならない布の其れ、しかし振り手はその常人ではなく、碇シンジその人。エプロンは意志があるかのように細くしなり、黒服の両手と警棒に巻き付き、その攻撃を封じる。慌てて振り解こうとする黒服、だがまるで猛禽類の爪の様に掴み、離さない。

狼狽する黒服の体がグンと引かれる、シンジが引っ張ったのだ。思いも寄らなかった方向からの力にたたらを踏みながら、シンジに中腰のまま近付かざるを余儀なくされる。其処へ走り寄ったシンジが左手からエプロンを離し、軽く飛び上がってその左足を黒服の屈んだ右膝へと乗せる、事態に思考がついて行かない黒服の顔面ど真ん中、シンジの右膝が深く、確実に減り込んだ。

「SShowtime!!」

黒服の顔面に膝蹴りを叩き込み、その場に着地したシンジはすっと右手を横に出し、手の平を上に掲げる。其処に落ちる一つの小さな影、右側の黒服の手から蹴り飛ばしたスタン警棒、其れが今、落ちて来ているのだ。警棒は大人しく握りをシンジの手の平の上へ落とし、収まった。

其れを軽く振りながら右手に動く気配を感じるシンジ、見ると最初に顎を蹴り上げてやった黒服がよろめきながら不屈の闘志か、使命感か、立ち上がって此方へ向かって来ている。しかし脳が揺さぶられたのは確実で、その足取りが其れを証明している。

シンジはその男にゆっくりと軽く近付き、何気ない動作で警棒の先をその男に接触させた。バシィと異音と光が発生し、それから少しして黒服はゆっくりとその場へ崩れ落ちそうになり・・・シンジの回し蹴りを腹に受け、吹き飛んで行き壁際で戦闘の様子を見守っていた黒服リーダーの直ぐ横の壁へ激突する。

今度こそ、重力の誘惑に抗う事無くズルズルと床にへたり込む黒服、其れを呆然と見送るリーダー。そしてその視線をシンジに向ける、其れを受け、シンジは右手人差し指でビシィと黒服を指し、決めの一言。

「SSStylish!!!」

同時にジュークボックスは演奏を止め、店内に響くのは伸びている黒服の呻き声だけ、因みにシンジは此れだけの大立ち回りを演じておいて汗一つ、かいていない。誰も声を発しない空間、その均衡を破ったのは気だるげな拍手だった。黒服リーダーも、シンジもその音の発生させた主へと振り向く、残っているのは後一人だが。

「中々ナイスなファイトだったぜシンジ、だが俺から言わせて貰えればちぃっとばかり詰めが甘いって奴だな」

その物言いにムッとするシンジ。

「何言ってんだ、大の男4人瞬殺だぜ? 此れだけやっといて・・・」

「ああそうだな、力の面で言ったらまぁ、合格点をやって良い、リコリスキャンデー贈呈だ」

文句を最後まで言わせず、軽口を叩きながらもその視線は残った黒服から外さない、その視線に篭っているのは先程の軽口を叩いていた時のような物じゃなく、明らかな殺意。隙のない身の運びで未だ不満顔のシンジに並び、黒服をねめつけながら宣言する。

「シンジのようなまだケツの青い新米なら騙せるだろうが、と言うか実際騙せた様だが俺はそうはいかないぜ。どういう積もりか知らねえがこれ以上お前らの馬鹿らしい茶番劇に朝から付き合ってやるほど俺は優しくは無いんだよ。良いから好い加減、ガッツを見せてみろよ、なぁ?

悪魔野郎・・・・・

」 

悪魔? その単語の意味をたっぷり、数秒かけて理解したシンジの視線は一瞬泳ぎ、ダンテと黒服の間を往復する。数回、最後に黒服に視線を固定しようとしたシンジは目を剥く。其処に、黒服がいる筈の場所には何もいなかった。呆然とするシンジだが、ふとその肩に重みを感じる。ギョッとする間も無く耳に直に吹き込まれるような声。

「何かお探し? ボーイ!!」

振り向く、目が合う。肩に手を乗せ、此方を覗き込む真っ白い顔、其れは肌の色ではなく、化粧によるもの、紅は毒々しい紫、道化の被り物の先の髑髏が厭味ったらしく踊ってる。その頭が今、シンジの目の前息が触れる距離に。

「うぉわぁぁ!!」

咄嗟に放ったにしては、体重も十分乗せたそのバックハンドの一撃、其れが通り過ぎる頃には顔は其処にはなく、見回すシンジの耳に聞こえる馬鹿にした笑いを頼りに探すと、自分を見下ろすさっきの顔、どういう理屈か天井に足で貼り付いている、否、何事も無かったかのように歩いている。

全身を包むのは紅と同じ色、その道化服。手には青い石が先についた杓、そしてその姿にはシンジも見覚えがあった。かつて彼が初めてダンテと会った地、そして今の彼を作ったとも言えるとある男と過ごした空間。その男の横に静かに控えていた者の仮の姿、即ち。

「如何したアーカム、まだ殴られ足りなくて迷ったか? 心配するな、心優しいこの俺がもう一度お前を地獄へ叩き込んでやるよ」

呆然とするシンジを後ろに置くように、ダンテが一歩前に出てアーカムと呼ばれた道化に近寄る。手には手品のように現れたエボニー&アイボリーの姿。だが道化は口に手を当て、ウッシッシと笑うと首を横に振ってダンテの言葉を否定する。

「よぅ、お久しぶりデビルボーイ!! 俺様がいなくて寂しくなかった? おっとっと、そんな物騒なもの直せよ俺とお前の仲じゃないか! 其れからなんか言ったっけ? アーカム? いやいやいや、俺の、名前は、ジェスター!! それ以上でも以下でもないぜぃ」

「ほぅ? じゃあなんだってんだ、俺にとっちゃあアーカムあろうとジェスターだろうと、弾を撃ち込む的にしか見えないがな」

撃鉄を起こし、そんな話なぞ聞く気はないと示すダンテに道化はあくまで余裕を持って相対する。

「まあ話しは最後まで聞けよデビルボーイ、損はさせないからさ。確かに以前の俺はアーカム、あの男の影だった、だがあの男はお前さんのパパの力を手に入れる時、自分の中の悪魔の要素、つまりは俺を捨てやがった! ハッ!! その時まで黙ってつくしたこの俺様を古女房を捨てて愛人に走る優男のようにな!! 力が混じっちまうと弱体化する恐れがあるからってよ。

だがま、捨てる神あらば拾う神あり。そんな俺にまた実体化するだけの力をくれた奴がいたのよ、そんな訳で今はそいつの下で働いてるって訳さ・・・どう? 俺って真面目だろ?」

「話を聞く限りではな、其れを信じるかどうかは別だが」

引き金に指をかける。それでも道化の余裕は崩れる事無くニヤケ笑いは消えない。

「疑り深いねぇ!! そうだ、これなんかどう? あいつの目覚えてるか? 赤と青のオッドアイだったろ? 今の俺は? この通り緑色! 中身もかわりゃあ目もこうなるって訳よ」

「そんなモンいくらでも変えられるだろ。どっちにしろ緑の目は不吉ってな、そろそろ消えろよ俺は自分よりお喋りは嫌いなんだよ」

けたたましい発砲音が店を揺るがす、ハンドガンの発砲とは思えない連射性、だがその全てをジェスターと名乗る道化はコミカルな動作で避け切る、単にダンテが遊んでいるだけなのかもしれないが。

「マテマテマテマテマテ!! いや本当、待って! ちゃんとスンごい情報持ってるんだからさ! てか、俺はただのメッセンジャーボーイよ!? さっきの手紙だって中身は偽モンだけど本当に其処のボーイにパパから届けられる予定だったものだしさ!! ね!? 先ず話を聞いてみようよ暴力反〜対!!」

「ダンテ・・・話だけは聞いてみよう」

ダンテの速射を止めたのはシンジだった、発砲を続ける手を引っ張り告げる。ダンテのほうもこのままでは話も進まないし、面白くもないと思っていたのかアッサリと発砲を止め、引き下がる。

「有難うよボーイ! あの頃のムッツリは治ってちったぁ見れる面構えになったじゃねえか! ええオイ? バージルのケツ追っかけるのは止めて次は弟に鞍替えか?」

イシシと笑う道化にシンジはため息一つ、腰の後ろへ手をやり。

「蜂の巣にはその後でも出来るしね」

前に出した時に両手に収まるのは、ダンテの持つ其れに酷似したハンドガン。右の白銀に輝く銃は「ボウ」、左の光を反射しない黒い銃は「サク」。ダンテの物との唯一の違いはその銃身の下に三日月形の刃が貼り付いている事か。

「おお怖い怖い、冗談の一つも言えないねえ・・・其れは置いといてさっき言ったのは本当よん? お前さん宛のパパからの手紙! 中身もそっくりそのまま、但しレシピはちょっと魔界風味!!」

言われて足元に置いていた航空券を見るシンジ、注意深く見てみるといつの間にか行き先が日本の空港の名前からWelcome to Hell!地獄 へ よ う こ そ!と変わっている、ダンテに視線を移すとさっき放った女の写真を投げ返して来た。

其れを銃を片方直しておいて受け取り見る。さっきまでとは違い、いや映っている人物に変わりはないが格好が一変していた。腹は裂け、内臓は飛び出し口からは舌がはみ出ている、目玉も飛び出し凄まじい様相だ。その写真の中の女性が身動ぎし、シンジに狂った笑いを向ける、なんとも悪趣味だ。

其れを放り捨て、再び二挺拳銃を構えたシンジに道化は話を続ける。

「本物の方は数週間も前に郵便配達のお兄さんと一緒に悪魔の腹の中!! 糞で良かったらお届けするよ? いらない? なら話を続けようかボーイ&デビルボーイ!! パパはお前さんをとある敵に対抗出来る唯一の兵器のパイロットとしようと呼んだ次第! その敵ってのは人間の別の可能性・・・とパパ達は信じて止まない魔界の兵器、その名も『ウルリクムミ』!!」

「ウルリクムミ!? あの兵器の封印を解いたのか!? なに考えてんだあの馬鹿は!!」

その名を聞き、余りの驚きに激昂するシンジ、逆にダンテは話について行けずに耳の後ろをかいている。

「なあシンジ、何だそのウルリクムミってのは」

「ダンテ、アンタだって知ってる筈だろ? マティエから借りたスパーダに関する書物、その中に彼が封印した魔界の兵器の一つとして書かれてたじゃないか! 読んでないのか?」

呆れるシンジに肩を一つ竦め。

「ああ、あの分厚い本な? あれは良いな、寝る前に読もうとすればてきめんに寝られるぜ」

「アンタって奴は・・・」

言葉もないシンジを他所に道化の話は続く。

「そうウルリクムミ!! あのムゥンドゥスですら使用を躊躇った最強最悪の素敵仕様兵器! そいつが今、パパのいる穴倉へ向かっている最中さ! 早けりゃもう着いてんじゃないの? そして世界はボンッ! 一巻の終わりって訳よ」

ウシシと笑う道化を無視する形でダンテがシンジに尋ねる。

「オイ、そんなにやばいのか? ウルリクムミってのは」

「やばいなんてモンじゃないよ、あれは歩く爆弾さ。ムゥンドゥスよりも前に存在した強大な魔王の一人が作り出した兵器、その魔王もそいつを倒したムゥンドゥスさえも使うのを躊躇った物さ。自分で歩き、自分で防ぎ、自分で攻撃し、目標物へ達し自爆する。一度だけ作り出した魔王から譲り受けた奴が、滅ぼされかけた時に使ったらしい、魔界の一角ごと消滅したけどね。

この世界で爆発したら一巻の終わりさ、月も無くなるんじゃないかな? そんな物の封印、どうやって解いたんだ・・・まさか!?」

「お察しの通りさボーイ!! 青銅の鋸の封印が解かれたんだよ、大元の栓が開けば後は待つだけ、小さな物は耐え切れずに勝手に開く! 最初の一体が遂に起き出し例の奴の元に向かったって事さ! 世界の滅亡まであと僅か! 楽しくないかい!? お二方!!」

ゲタゲタと笑う道化にシンジは、意外にも冷静に問いかけた。

「そんな事、如何して僕達に知らせるんだ。ほって置いても世界は滅びるのに、何故だ!?」

絶叫の問いかけに道化は何を聞かんやとばかりに答える。

「決まってるじゃないか、その顔を見る為だよボーイ! 諦めきった苦渋の表情! 最高だよね、自分が強くてヒーローだと思い込んでる奴のなんかは特にね! そして何より!」

杓をシンジに突きつけながら続ける。

「俺の飼い主も其れを見たがってるからさ!! お分かり!?」

そう言われて杓の先にある石を見つめるシンジ、何かと目が合ったような気がした、そしてその何かが哂った様にも。

「・・・別に僕は自分がヒーローだなんて、ましてや強いなんて思った事はない。何時も渇望していた、力や能力に。でも今はそんな事はどうでも良い、時間がないなら這いずってでも間に合わせる、僕がその飼い主の計画を、止めてみせる」

だから其れを睨み返し、宣言する。さっきまで下げていた銃口も再び道化に合わせて。其れを見て道化はニシシと笑い続ける、先程から全く崩れる事が無いその余裕、実に癇に障る。

「其れは置いといてその面、見飽きたよ。尻に弾喰らって飼い主の元に帰りな三流ピエロ!! 泣きついてパパにミルク貰うの忘れずにな!!」

その激情と決意は弾丸に乗せて。シンジは躊躇無く両手の銃、其れの引き金を引く。銃声が響き銃身から飛び出す弾丸、だが其れが道化に当たる事は無かった。

「なんだぁ!?」

硝煙たなびく銃を抱えたまま、シンジが声を向けたのは道化ではない。その前、つまりは道化とシンジ、彼自身の間にいる者に対してだ。其れを者と表現出来るかどうかは甚だ疑問ではあるが。其れは先程、シンジが一瞬で伸した黒服の一人だった、だが其れが今は逆さまに天井にぶら下がっている、いや正しくは足が天井に減り込んでいる、そう此れが正しい表現だ。

黒い革靴から棘の付いた指が飛び出し、それで天井の梁の部分を掴み、それで体を固定しシンジの放った銃弾をその体で受けたのだ、本来なら45口径特殊弾頭、其れを喰らえば大穴が開いて然るべきだが精々が表面を削っているだけにしか見えない。その事実に呆然とするシンジの前で逆さまの頭がグパッと顎を開ける、いやギミックのように其れは開いたと言うよりも下がったと表すのが正しいか。その口から黒光りする、非常に向けられる事によって見慣れている物に気付き、慌てて体をずらす。数瞬遅れて喧しい音と共に彼がいた空間を通り過ぎる弾丸、そう、元黒服の口から飛び出している黒い物はマシンガンの銃口、未だにシンジの後を追うように頭ごと追尾している。

「はっ、マリオネットか。此れはまた骨董品を引っ張り出して来たもんだなジェスター!! お前、上司として信頼してくれる部下がいないらしいなオイ!!」

自分の方へ同じく、口からマシンガンを突き出しながら襲って来たその黒服を自身の銃で撃ち砕きながら、この殺伐とした空気を物ともせず、暢気に声を上げたダンテ。彼の銃弾を喰らった黒服はシンジの物と違い、彼方此方を砕かれ、壁際まで吹き飛んでいる。其処に自身とダンテの間にある力量と言う名の壁を感じながら、シンジはマリオネットと言う単語に反応する。

マリオネット。其れは低級な悪魔、魔界ではいざ知らず人間界では実体すら保てない弱い者が、その人間界でも活動を可能にする手段の一つだ。関節を設置し、稼動マネキンのようにした人型に憑依し、あたかも人間のように攻撃を繰り出してくる。大体はさっきからニヤニヤとシンジの方を眺めている道化と同じような格好をした物が主流で、中には悪魔がデザインした炎を吹く異形なデザインの物もあったが此処まで人間に似せた物は初めて見る。

だが良く考えてみればそういった規格がある訳でもあるまいし、こういった物だって、人間そっくりな物があったとしてもおかしくは無いだろう。シンジはそう割り切りながらなんとか二挺のマガジンを空にして、天井に突き刺さったマリオネットを蜂の巣にする。ガラガラと主を失った操り人形のように天井を掴む足の部分を少し残し、マリオネットは砕け散りその欠片が床に降り積もる。最初に砕けた頭部、其れも瞳に燈っていた炎が一瞬、シンジを睨んだように感じられた。

気が付くとダンテが残りの三体を完膚なきまでに魔界へ送り返した後だった。此れで計算上、全てのマリオネットを倒した事になる、シンジは空になったマガジンをイジェクトし、新しいのを込めながらただ一人残っている道化へ顔を向ける。

「じゃあ次はお前が喰らう番だな、後が詰まってるんだ、さっさと喰らって泣いて帰りな!」

だが道化はあくまで余裕を崩さない、吊り上った口の端を、笑みで更に吊り上げながら哄笑を強める。

「そうかい? ボーイ! 俺にはお前さんの方がデビルボーイに泣きついている姿が見えるけどねぃ。それに何か勘違いしてない?」

その言葉を待っていたかのようにジェスターを中心に禍々しく、紅く光る魔法陣が複数出現する。それにはシンジも見覚えがあった、魔界の住人、悪魔を、それも低級レベルの存在をこの世界へ呼び出す物だ。

「雑魚ってのはな、数あってのモンだよ! テクが無けりゃあ数で埋めるだろうが!! ベッドの上での火遊びだってそうだろう、オイ!! ヒャ〜〜〜ッハッハッハッハ!!!!!!」

腹を抱えて笑う道化、それに呼応するように明滅する魔方陣、そして遂に其処から足が、胴が、手が、頭が。全身を道化服に身を包んだ、シンジが良く知っている姿が現れる、そうあの呪われた島で彼とダンテの前に数で立ち塞がったその姿が。気が付くと少し身を引いていた、恐怖に無意識でも負けた自分に腹を立てながらその出現を見守る。

現れたのは先程の黒服とは違い、至ってオーソドックスなマリオネット、しかし手に手に短刀、三日月形の刃、散弾銃、それらを構えたマリオネットは正直、此処まで数が揃うと脅威だ。中には人の血を浴び、紅く染まった服を着込み、更に強力になった人形、ブラッディマリーまで存在している。

「さぁさぁどうかしたかいボーイ!? もしかしてブルっちまったのかい? そりゃいけないねえ、オシッコちびる前にお前さんこそデビルボーイのミルク、シコシコ扱いて飲ませて貰い・・・」

十体は軽く超えるマリオネットを前に、自信たっぷりに喚き立てていた道化の台詞が止まる。原因はその道化の長い鼻を掠めて行った銃弾、ダンテが撃った其れだ。もう一発はそのブラッディマリーの頭部に命中し、シンジの放つ其れとは違い確実にその頭部を粉々に砕き、一瞬でその存在を塵へと還す。

ダンテは道化、シンジ、二人の視線を受けニヤリと笑って吼える。

「来いよ木偶人形!! ちったぁ楽しませてくれるんだろうなぁ!!」

両手に銃を構えたまま、来い来いとマリオネット達を誘う、それに反応してかゆっくり、緩慢とした動作で、しかし確実にダンテ、そしてシンジの方へ前進を開始するマリオネットの群れ。ダンテは水溜りを飛び越えるような気安さでその中へと飛び込んで行った。

飛び込んだ所、正面にいた人形を蹴り飛ばし、数体まとめて吹き飛ばす。左右から寄って来た物は両手を交差させて右手で左を、左手で右を撃ち抜き、また蹴り飛ばし、倒れたマリオネットの背に乗りサーフィンをするかの如く右足で床を蹴りその突進力で人形を吹き飛ばし、また撃ち抜く。一種、ダンスのような其れをシンジは呆然と、魅入られたように見守る。

其れを邪魔するかのようにシンジの方へも数体が近寄る。その内の一体が振り被って投げ付けてきた刃を軽く体を捻って避け、投げて来た人形に新たにマガジンを込めた銃を向け、連射する。ダンテほどの速さも、破壊力もないがそれでも確実にその人形を削り、最終的にはその動きを永遠に止める。

結果として倒した数は三体、其れと同時に予備のマガジンは底を尽く。しかしホッとしたのも束の間、再び召喚陣が輝き、先程に倍するほどの人形が生まれて来る。良く見ると空中にだけあった陣が何時の間にか、床の上にも出来ている、一気に増えたのはそのせいか。

舌打ち、其れと同時にゾッとするほどの悪寒を感じ、足元で未だ捻じ曲がった手足をバタつかせていたマリオネット、其れを蹴り上げ、銃を腰の後ろへ戻し両手でその人形を掴み、前へ掲げる。ゴバっという異音が耳をいたぶる、其れと同時に熱も襲って来た。陣の方から発せられた炎がシンジの手の中の人形を灰に変え、同時に余波が其れを掴むシンジの両腕を軽く焦がしたのだ。

ジンジンと脳髄に響く痛みに顔をしかめながら手の中の燃え滓を捨て、炎の発せられた方を向く。其処に立つ物を何と表現すれば良いのか、シンジには思いつかなかった、敢えて言うなら狂人の作、か。狂った者にしか作り出せないような容姿、茶色のミイラのような体、顔に当たる部分には不恰好な兜のような物が鎮座し、口の部分から先程シンジを焦がした炎の余波が、未だチロチロと覗き見る事が出来る。

胸には蒼い焔が燈り、其れが生命のように燃え盛り、脈動する。手には船の舵輪を半分にしたような物を握り、手首ごとたまにカラカラと回す、そして天井へ向けて炎を一吹き、其れを被りそうになったジェスターがおどけた様子を見せて避け切って見せた。

だがそんな物はシンジの意識には残らない、その意志はただ、目の前の異形へ注がれる。フェティッシュ、そう名づけられた悪魔手ずから作り出された低級悪魔の依代、人型。低級とは言えどもマリオネットのリーダーを務める等、その力は馬鹿にできない。そして、ダンテにとっては雑魚でもシンジにとっては十分、脅威なのだ。無論、装備を整えればシンジとて、後れは取らない、だが今は全くの無防備なのだ。

ドンッと軽く背中に衝撃を感じ、慌てて視線を向けた先には壁があった、気が付かない内に壁際まで追い込まれ、背中に背負わされていたらしい。

「このっ! ガラクタの分際で・・・」

そう言うがそのガラクタに追い詰められている現在、彼の言葉に力は無い。銃火器は腰の弾切れ二挺以外は地下の火器倉庫の中だ、残る武器はその身のみ。

「多少は霊体劣化・・・・・するけど・・・死ぬよりはマシかよ!!」

聞き慣れない単語を口にし、両手を握るシンジ。その手に放電とも取れる紫電が奔る、シンジの魔力が凝縮して行っているのだ。それに比例してシンジの表情も苦しげになり、顔色もどんどん悪くなって行く。先程のダンテとの会話からしてシンジが自身の魔力を使う事は、避けている事は此れを指しているのだろうか、其れとももっと重大な?

何にせよその顔に余裕は無く、敵を睨み付ける目にも力は無い。その状態のシンジに対して、遂にフェティッシュの口から獄炎が吐き出された。先程から溜めていた其れは、直径ほぼ数メートルの空間を広がり、空を焦がしながらシンジへと殺到する、距離的にも避けるのは不可能!

「あああぁぁぁぁああああああああああああああ!!!!!!!!」

シンジの絶叫が響く、焼かれ悶えるのではなく、己の魔力を盾として展開する行為による絶叫だ。紫電が蜘蛛の巣のようにシンジの掌を中心に張られ、其処で炎がシャットアウトされる。だが事態はシンジの予想を超えた。

突如響いた銃声。ダンテの援護射撃ではない、マリオネットの一体が緩慢な動作からシンジへショットガンを発砲したのだ。狙い自体は正確ではないし、実際、弾丸の殆どは壁へと吸い込まれる。だが鉛弾の粒の何個かはシンジの張る魔力障壁へと向かい、其れを通過する。

「ぐっ」

呻き声を上げる、見下ろすと弾の一つが腹へ喰い込んでいた。数瞬遅れてじわりと滲み出す血、未だ、紅い。筋肉で止まり、内臓系へもダメージは無いと見て取り、二重の意味で安堵するシンジ、だが状況は好転せず。

「しまっ!?」

最初の計画では左の魔力で障壁を張り、炎を遮断。尽きた所で右手の魔力を叩き込み、粉砕、シンプル且つ成功は間違いないものだったろう、マリオネットの一撃さえなければ。元々は魔力による攻撃を遮断する障壁だったので、弾丸―――物理的影響物―――に対しては無力なのだ。

食い込んだ弾丸のもたらす痛みと安堵、二つの理由があれば障壁が消え去るには十分な理由だった。消える障壁、未だ力を保つ炎、其れはシンジを消し炭に変えるには十分過ぎる熱量を・・・遂に其れがシンジを包み、そして。

『ふむ、何やら朝より騒がしいな、兄者よ』

シンジの肉体はこの世より消え去る

『そうだな、騒がしいな』

事は無かった。

荒い息をつくシンジの体を覆うかのように風が巻いている。同時にその風に遮られ、のたうつ蛇のように蠢く炎も消える。其れはフェティッシュ自身が消したと言うよりも、何者かの干渉により、そうフェティッシュよりも上位の存在からの其れによって消えたかのように見えた、現にフェティッシュもうろたえるかのように数歩、後すざる。

『しかし兄者よ、この二人の事だから特に驚く事でもないと思うのだが』

『そうだな、大した事ではないな』

修羅場には似つかわしくないのんびりとした会話、内容からして兄弟か。シンジが脂汗を浮かべた顔をノロノロと上げ、後ろの壁を振り向く。先程は慌てていたから目に入らなかったが、其処には双剣が掛けられていた。

剃刀の様な刃が平行に並んだ、鋸の様な刃。色はそれぞれ紅に蒼、造詣は同じにして違うのは色、そして先程からの会話はその剣から聞こえて来ていた。

「アグニ! ルドラ!」

シンジの安堵を含んだ声に、声は答える。

『ふむシンジよ、何事かは知らぬが汝の危機である様に見えたので我ら兄弟の力で其の身を助けておいたが』

『余計な世話ではなかったかな』

「いや、本気で助かったよ、アリガトな」

剣へと話しかけるシンジ、別に彼の気がおかしくなった訳ではない。見ると剣の柄頭は人の頭を模す物となっており、其の口が実際に動き、シンジへと話しかけているのだ。

アグニ、ルドラ。其の身は剣と化した悪魔、己よりも強き者、自身を扱え得る者を探しとある扉の封印を守っていた彼らを最初に従えたのはダンテ、だが今彼らを使役する立場にあるのは彼ではなく。

「しっかしお前等の事、すっかり忘れてたよ。そういや認められたんだったな、お前等だけには」

数ある悪魔が武器と化した魔具とも言うべきそれら、その中でシンジを唯一所持者と認めるのがアグニ&ルドラだ。殆ど事故のようにして使役、被使役関係を結んだのだが過程よりも結果だ。尤も、今の発言は流石の魔剣達もムッとしたようだ。

『其れはあまりな発言であろう』

『其の通り、今まで共に戦いし我等をその様に言うとは、あまりの言い様ではないか』

心なしか、上下にしか動かない唇を不満の形に歪める感情豊かな剣をシンジは噴き出しながら見つめる。

「そうだったな、悪い悪い・・・。じゃあ早速で悪いが力を借りるぞ」

言うが早いか、シンジは双剣を壁から外し、構える。其れと同時に剣の周りにはそれぞれ猛火、暴風が吹き荒れる、シンジの言葉に呼応するが如くに。

『好きにするが良い』

『さよう、汝は力を示した、なれば我等』

『『汝の力とならん!!』』

更に強くなる炎と風、だが本来使い手の魔力、もしくは別の手段で集めた魔力を消費する魔具ではあるが、この炎風はアグニ達自身の力を使用し、出している。シンジが自身の魔力を使えば使うほど・・・そう気付いて数年。彼が辿り付いた答えが此れだった。

魔具を使用し、魔具自身の魔力で敵と戦う。

単純ではあるが、此処に至るまでの道は長かったと言えるだろう。シンジは口元を愉しげに歪めながら先程、自分を窮地に陥れてくれた人形達へと向き直る。其の視線を受けて感情無き殺戮兵器である筈の人形達は後ずさり、今度は彼らが後退する。

衝撃音、剣先が床を砕く音。一瞬で間合いを詰めたシンジが右手のルドラを真一文字に振り下ろし、其れが食い込んだ音だ。其の後を追うようにマリオネットの体がゆっくりと左右に別れ、地に還る事無く砕け、塵になっていく。己の味方が死んだ事に気付いたフェティッシュが慌ててシンジに炎を吐くが、威力も先程より落ちる、何より。

『温いな』

其の左手には炎の化身、アグニの刃が。ボソリと呟いた其れを炎を撫でるように振ると、炎は消え去り、否、刀身に吸収される。己の必殺を先程と違い軽くあしらわれ、ジリジリと下がり続けるフェティッシュへシンジは両手の剣を突き付け、口を開いた。

「曲芸は終わりかい? 悪趣味マネキン。だったら幕だよ、早々に!!」

目の前で剣を交差させ、そのまま突っ込んで行く。

「退場しな!」

対応の遅れたフェティッシュは十文字に切り裂かれ、先程のマリオネットの後を追う。其れを片目確認したシンジは主戦場となっているダンテの方へ視線を向けなおす。壮観、の一言だった。 ある物は魔力を弾丸と化して撃ち砕き、ある物は拳で粉砕し、ある物は足で蹴り砕く。其の無駄の無い破壊は一種の演舞とも言えた、それに見とれたままシンジは両手の剣を頭上へと掲げる。

響く金属音、シンジを切り刻もうと振り下ろされた複数の人形の刃は全て魔剣に阻まれた。その場で固まる人形へシンジは肩越しにニィと冷然とした笑みを送る。

「退場ってさっき言ったけどな」

魔剣を上へ突き上げ、その勢いで人形の刃を弾き後退させる。それとほぼ同時にシンジはその場で回転する、刃を外へ向けたまま。当然のように後退したとは言え、そう遠くへは行っていなかった人形達はその刃に腰辺りを捉えられある者は炎に焼かれ、ある者は風に切り刻まれまた一体、一体と塵へ還って行く。

「お前等も例外じゃないんだよ、人形は人形らしくオモチャ箱へ収まってれば良いんだよ」

今度こそ体ごと振り向き、魔剣の剣先を地面へ向けゆっくりと無造作に残りの人形の方へ近付いて行く。対する人形の方も緩慢な動作でシンジへと近付いて行き・・・唐突に宙を舞った、シンジの方へ。シンジは慌てる様子もなく其れを頭上へ掲げた魔剣を振り下ろす動作で迎撃した。二本の剣線により一瞬、三つのパーツに別れ塵と化した人形の向こうに足を掲げたままのダンテがニヤニヤ笑っている、彼が蹴り飛ばした人形が此方へ向かって来ていた人形にぶつかり、ぶつかった方はその場で消滅、ぶつかられた方がその勢いでシンジの方へ飛んで来たのだろう。

「態々、此方へ蹴り飛ばす必要も無いと思うんだけど?」

不平を言いながら両手の魔剣を床へ叩き付けるように突き立てる、傷が増えたが今の乱闘で相当のダメージを負った床だ、今更二つ穴が増えた所でどうと言う事は無い。シンジが両断した人形が最後らしく、一応の平穏を取り戻していた。

「なに、こういった場合は年下が年上を敬って多めに働くべきだろ? ま、全部倒しちまったから良いじゃねえか」

悪びれなく肩を竦める年上のデビルハンターにシンジは溜め息を一つつく、こんな事をやる奴が歳云々と語るのはどうだろうかと思いながら。其れを見てダンテは何を勘違いしたのかビシッと部屋の一隅を指差して口を開く。

「腹へってイラついてんのか? お前の飯なら無事だぜ、人形も飯の方へは飛ばさなかったからな」

確かにビリヤード台の上で食事は無事、鎮座していた。冷めてはいるだろうが手間隙かけて作った朝食だ、味が極端に悪くなると言う事はあるまい。其方の方へ向かいながら今後の事を考える、道化師の話を信じればかなり事態は深刻だ。其処まで考えて何かを忘れていたような、そんな思考が一つの単語を再び意識の其処から引き戻す。

「道化師! あの野郎、何処へ行きやがった!」

「ああ、殆ど人形が消えた所で手を振りながら消えちまったぜ、気付かなかったのか? まだまだ、だなお前も、ま、当然と言やあ当然、か」

「悪かったね・・・」

「悪くはないさ? 別に俺は困らないしな」

「うわ、ムカつくね。でもなんで見逃したのさ」

ドカリと音を立て、床に寝ていた椅子を蹴り起こした其れに座りながら答える。

「そのほうが面白くなりそうだったからな」

「・・・アンタらしいよ」

これ以上、突っ込んでも無駄な事は分かってる、それに今の運動で腹も空いたしさっさと朝食を食って日本へ渡る方法を考えないと・・・。そう思いながら台へと近付き、トーストに手を伸ばした瞬間。

鈍い音で全ては台無しになる。目の前の台の上には先程まで朝食が載っていた様に記憶しているが、今其処にあるのは一言で言えば瓦礫だ。おそらくは道化師を守る為に天井へ貼り付いた黒服人形が掴んだ所が落ちたのだろう、原因は分かったが其れでは解決しない事もある。

腹の底から吹き上げそうな此れは何だろう、少年は考える。最初に考えたのは先程から襲っている空腹だろうか? 違う、其れは言葉通り先程から苛んでいた物だ、今生まれた物ではない。

嗚呼そうか。気付いた、いや気付いてしまった。何に? 其れが何物であるかを。そしてそうと理解した後の行動は早かった。

「あンのクソピエロオオォォォォ!!!!!!!!!!!!!! 次に会ったら斬る撃つ焦がす吹き飛ばす!!! 復活した事を魔界の底から後悔させてやるからなぁ!!」

怒り、それに身を任せたシンジは早速行動に移さんとばかりに足音荒く自室へ引っ込もうとして足を止める。見上げる。其処には相変わらず口元を笑いに歪めた銀髪の男が立ち塞がるように突っ立っていた、椅子を引く音も何もしなかったのに。

「其処、退けよダンテ!! 腐った道化師のケツの穴に銃口突っ込んでFuckしてやるんだよ!!」

下品なシンジの怒号に対するダンテの返事は、溜め息交じりの拳骨だった、しかも脳天へかなりの威力をもって。

「〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜ッツ!! 何しやがるんだああぁぁ!!!」

痛みに我を忘れ、怒りのままに腰の入ったフックを目の前にいる青年の胴へと放つ、命中する寸前で軽々と受け止められたが。戻して第二撃をとも思うが、元からくっ付いていたかとでも言うかのようにシンジとダンテの手は離れない、膂力一つ取ってもこの差だ、分かっていた事だがシンジにとってはイライラを募らせる材料でしかない。

そんな思いを知ってか知らずか、拳を振り下ろした青年は肩を一つ竦め、口を開いた。

「お前なあ、その直ぐ熱くなる性格何とかした方が良いぜ? 普段はにこやかに金貸し業の受付姉ちゃんみたいな笑顔浮かべてるくせに、なんかっつぅと即行で切れるんだからなぁ。引き金が軽いのもベッドの上で早いのも女性に嫌われるぜ? それにな」

言葉を切り、扉の方を指差す。それに釣られるようにシンジの視線も自身の後ろにある扉へと向き、其処に人影が差している事に気付く。腕を背中で組み、直立不動で微動だにしない体を軍服に包み、男が立っていた。年の頃は40半ばか、ダンテとシンジの視線、並の男なら震え上がるような力を秘めた其れを受けても、堪えた様子は欠片もない。

ダンテはニヤリと笑い、シンジを振り放し彼がたたらを踏んで睨みつけるのにも構わずのんびりと兵士の方へ近付く。ごつりと重い音を立て、ブーツの踵をぶつけながら歩みを止めたダンテは一つ頷いて声をかける。

「良し、たいしたガッツだオッサン、言いたい事が有ったらさくっと言いな」

余りに礼儀のなってない態度ながら、兵士は気にした様子もなく組んでいた手を離し左手はびしりと体側面に貼り付け、右手は額の前へ持って行き、敬礼を形作る。

「自分はクリスプ軍曹であります!! 貴方方がかの高名なデビルハンター、ダンテ、そしてその相棒のシンジで間違いないでしょうか!」

その少々、いやかなりお堅い軍曹の質問に軽く眉をしかめながらシンジが口を挟む前にダンテが即答する。

「相棒云々は間違いだな、資料には赤線引いとけ。それ以外は間違っちゃいないぜ」

其れはこっちの台詞だとぼやくシンジの台詞を聞き流したまま、またダンテの軽口にも反応する事無くクリスプと名乗ったその軍曹は一つ頷き続ける、因みに敬礼は止めていない。

「あるお方が貴方方二人をお呼びです! 何も聞かず、今直ぐ私と共に来て頂きたい!!」

行き成りの展開に目を白黒するシンジ、ダンテは落ち着いた物で此方は体重を軽く後ろへかけ、腕組みをしたまま問いかける。

「ほう、用があるなら自分から来いって所だがな、此れだからオ偉い連中は腰が重いって言うんだよ。金モールと勲章の重みでケツが椅子にくっ付いたままになってんのか? で? そのお方ってのは何処のどなた様だ?」

「其れは此処では言えません! どうか何も言わず、自分と!」

軍曹の意志は固い様子、おそらく頭に拳銃を突き付けられても、審判のラッパが吹き鳴らされても口を割らないだろう、何となくシンジはそう思う。ダンテも其れは分かっているのか、どうしたものかと天井を見上げている。シンジの予想では断るだろう、間違いなく、其れが結論だった。

あのダンテが人から、しかも正体も明かさない人物からの召喚に尻尾を振って行くとは到底思えない、そうなると後はどうなる? 軍人の行動は火を見るより明らかだ、自分達を無理矢理にでも連れて行こうとするに違いない。ならばとシンジは気付かれない様にアグニ&ルドラの元へと移動し、何時でも引き抜けるように肩の力を抜き、しかし一挙動で動ける程度には緊張させる。

最速で兵隊をしばき上げ、荷物をまとめ密航ルートで日本へ、何にせよ時間は無い、行動へ移すのは早い方が良いのは当然だ。

そして遂にダンテが結論を、分かりきった其れを伝える為に顔を軍曹の方へ向ける。そしておもむろに口を開き。

「OK、軍曹。あんたのガッツに敬意を表して此れだ」

そして断らなかった事に、何を言い出したのか分からない二人、シンジと軍曹を尻目にポケットを漁り、何かを取り出す。シンジと軍曹の視線の先にあった物、ダンテの手の中に収まった物、掌の上で鈍く光っていた物、此れからの運命を決定付ける物。

其れは一枚のコインだった。

「表が出たら大人しく後部座席に座ってやるよ、裏が出たら・・・とっとと帰ってお偉方に尻を差し出すんだな」

「おい、一寸待・・・」

ピン、と。咎めるシンジの前で、軽い音を立ててコインは宙を舞った。

「ご心配なく、その為のネルフです」

苦虫を噛み潰したような、正にその言葉の為にあるような表情を浮かべた戦略自衛隊幹部を前にして。彼女の上司、そして最高司令官である男はそう陰気に言い切った。

そのままゾロゾロと発令所から出て行く幹部達を、過去における自分の上司達を見送りながら彼女は・・・葛城ミサトは静かに唇を噛み締めた。ちらりと横目で自分の後ろを見上げる、何時も通りに彼女の今の上司は組んだ白手袋に包まれた両手で顔の下半分を隠し、サングラス越しにじっと彼の前にある巨大ディスプレイを眺めている。

それに釣られた訳ではないがミサトもまた、視線を戻しディスプレイを見詰める。そして思う、何処からあの自信が湧いて来るのかと、出来ればその一片でも別けて貰いたいものだと思うのは、蛇足かもしれないが。

遂に来た邂逅の瞬間、彼女の望みが果たされる日。だがその手に反撃の剣は握られていない、ファーストチルドレンは零号機起動実験で起動失敗の際に重傷を負う、とてもではないが戦闘は不可能だ、例え出したとしても囮にすらならないだろう。

セカンドチルドレンは遠く離れたドイツ、来襲時期が分かってさえいれば事前に召喚出来ていたものを・・・止めよう、無い物は無いのだ、例え幾ら願おうとも、掌に爪が食い込むほどに握り締めても。

そして今此処にある筈だった戦力、サードチルドレンに至っては・・・連絡不可と来たものだ、まるでお話にならない。無論、手紙も送った、人もやった、しかしその全てが何らかの妨害によりことごとく到達し得なかったようだ。いっそ自分が・・・そう思った事もあったが仮にも作戦部長がそう簡単に動く訳にもいかず、部下からの縋るような視線に抑えられる形となり、今此処に立っている。今となっては本当に自分が行くべきだったか、そう思う瞬間が無いわけではないが。

睨みつけるディスプレイの中、人類の創り得た既存の兵器の中で最強クラスの攻撃を受けたにも関わらず、表皮を焦がし、少々行動不能になっただけでその存在を否定する事叶わぬ者、化物、災厄、モンスター、呼び方は何でも良い、兎に角そういった其れはこうやって見ている間にも少しずつ確実に、その身を回復して行っている。

二発目を戦自に頼むかとも考えた、反吐が出るほどに最悪な気分になれそうだが世界の命運と自分のプライド、そんな物比べるべくも無い。だが結局、其れは成されなかった、彼女の友人であり、技術課のトップでもある髪を金に染めた人、今も地下のケージで必死に己の仕事を全うしている女性が通信で其れは悪手だと指摘した。

必傷足りえるが、必殺足り得ないと、彼女は、リツコはそう言った。つまり確実に傷は付くが、其れは化物の命には届かない、永久に。下手をすれば更に強化する事になると。実際その通りだった、画面の中、人で言う胸に貼り付いた仮面、顔とでも取れば良いのかとも言う其れ、其れが攻撃の後、二つになっていた、増えれば良いという物でもないが無駄な物は増やすまい、つまりは如何いう事なのか。

Checkmate手 詰 ま り

つまりはそういう事だ、その一単語に全ては集約される。手は考え切った、手段も尽くし切った、それでも頭の中で化物を殺し切れない、方法がない、その存在を否定し切る其れが。

今度はハッキリと、振り返り彼女は自分の後ろを見た。碇ゲンドウ、ネルフ総司令、未だにディスプレイから視線外さぬ男を、何処までも自信に満ちたその顔を。いっそ聞いてみたい位だ、『その無意味なまでの根拠の無い自信は何なんですか、寧ろ髭剃らせろ』と。後半は少し混乱してしまったが概ね間違ってはいまい、間違っている筈が無い。

自分もまた無駄な自信を持っているのかと、少し自嘲しながらミサトは彼女の友人に、リツコに連絡を取る。

「如何リツコ、そっちの調子は?」

返って来た答えは素っ気無い物だった、彼女の性格を考えればある意味、当たり前とも取れる物だが。

『調子? 分かり切った事を聞いてくれるわね貴女も。さっきと変わらないわ、エヴァ二機とも何時でも起動可能な状態にしているわ、初号機の方は未だパイロットもいない状態だけど零号機の方は何とかなるわ』

「なんとかって・・・レイの状態、分かって言ってるの?」

『そっちこそ今の状況分かってるの? 他に有益な手段があるとでも思う? Nの準備は出来ているわ』

今度は唇から、余りに強く噛み締めた其れが圧力に負け、軽く紅を差した薄い赤を濃い紅へと変えて行く。

装備零号機による超近接爆破バ ン ザ イ ア タ ッ ク

其れは正に最終手段だ、そして本当に倒せるかすら分からない手段。人一人の命を差し出す、犠牲を伴う儀式。Sacrificeはパイロット、綾波レイ。だが彼女は其れに不平を言う事なく、何の躊躇も無く己を差し出すだろう、其れが嫌でミサとは何とか時間を引き延ばしているのだ。自己欺瞞と言われようが構わない、使徒殲滅が最優先任務の彼女ではあるが命の重みは良く分かってる積りだ、とても命令を出す気にはなれない。

だが本当にそうだろうかと思う自分がいる、その時になったら冷淡に、冷酷に、平然とレイに出撃命令を出しそうな自分がいると、そう薄々勘付いている自分が此処にいる。否定し切れない自分がいる事にも、其れにも気付いている。

「本当に・・・本当に他に手段は無いって言うの!! 誰か言ってたじゃない! 『クソまじめに努力するこたぁない!
  神様に任せりゃケツに奇跡を突っ込んでくれる!
って!! どっかにいないの奇跡を突っ込んでくれる神様みたいなモンは!!」

半ばやけくそだった、自分が何処にいるかすら関係なかった。言ってから少し恥を覚え、後悔もしたが構うものか、下手をすれば後数時間でもう考えずに済むのだから。

『ミサト・・・何言ってるか分かってるの?』

「ええもう完全に切れてるって事は分かってるわよ!! それとも何、文句でもあるのリツコ!!」

『・・・無いわよ・・・』

処置無し、と思ったかリツコは溜め息を付きながら肯定した、呆れているのが手に取るように分かるがもうミサトは其れが気にならない程、吹っ切れてた、それも。

「目標に変化あり! 此れは・・・活動再開!?」

発令所にオペレーターの報告が、絶叫が響くまでだったが。

はっと顔を上げたミサトの前で、未だ余裕を崩さない男の前で。その化物は、使徒と呼ばれる其れはゆっくりと立ち上がりつつあった。もう駄目だ、此処までしか私は私で在れない、ミサトは歯軋りを強め、次の言葉を吐く為にマイクへ口を近付ける。オペレーターの視線が集まるのが分かる、自分が今から言う事を分かっているからだろう。

だが此れが私の任務、定められた責務、恨むなら恨みなさい、見下しなさい、例えそれでも私は、私は・・・

「ん? 此れは? 熱源体急速接近中!! 識別信号確認、アメリカが発射した大陸間弾道ミサイルです!!」

一瞬発令所に緊張が奔る、アメリカが今更何を? アメリカ支部の差し金か、それなら弾頭はN? それともまさか・・・核?

「今直ぐアメリカへ問い合わせて!! 発射目的、そして弾頭は!! その種類によっては最悪撃ち落すわ!! ったくぅ!! このクソ忙しい中、何考えてんのよ!!」

自分の前のコンソールを殴りつけ、今までの鬱憤を晴らすかのように怒鳴る、そのミサトにオペレーターが恐る恐る報告する。

「あの・・・アメリカから連絡です」

「もう? 早いわね」

もう返事が返って来たのかと、首を傾げるミサトに、そのオペレーターは首を横に振る。

「いえ、今向こうから連絡が入ったんです、此方からは一切の連絡をしていません」

「そう、なんて言って来たの?」

「そ、それが・・・」

「?・・・なに?」

言いよどむ相手にミサトが詰め寄る、意を決したかのようにそのオペレーターは口を開いた。

「ただ一文のみです、『Hunters landed狩 人 は 下 り 立 っ た』と・・・」

「・・・それだけ?」

「はい、間違いなく、如何いう意味でしょうか?」

問いかけるオペレーターに答える事無く、ミサトは爪を咬み思考の海に沈む。アメリカが今更になって何を? 無意味な行動か? 示威行動? 在り得ない、この状況での其れは蛮勇か非難の対象でしかない、では何?

思い付いたのは偶然だった、理由も無く閃く、其れが彼女の持ち味の一つだ。

「そのミサイルは視認出来る!!」

「は、はい! 望遠で何とか!!」

「今直ぐ!!使徒の画像は良いから全面に出して!」

唐突の命令に慌てながらもオペレーターの指はキーの上を滑るように動く、数秒も待つ事無く異形の代わりに白い雲を尾に此方へ馳せ参じる鋼鉄の塊が画面中心に映し出された。

「ズームお願い!!」

それに応えて最初は鉛筆ほどの大きさだった其れが確実に画面上で大きくなって行く。そしてある程度まで拡大した時、発令所は驚きに包まれる事になる。

「なっ・・・此れは!?」

ミサトが言葉を失うのも無理は無い、其れは見た目普通のミサイルだった、いや、ミサイル自身は普通だろう。だがその表面が、表面上にある者が普通ではなかった。

人が、人影が二人ミサイルの表面に貼り付いているのだ、どうやら鎖か何かで固定しているらしい。1人は20歳代の銀髪の青年、もう1人は黒髪の少年だ、画面上で青年がへたばっている少年に何か言ったらしく、それに反応して少年が顔を上げ青年へ怒鳴りつける、その時、画面にその少年の顔が映る、其れは。

「シンジ君!?」

ミサトの叫びが発令所の気持ちを代弁しているだろう、連絡不可能で此処に来る筈も無いサードチルドレンが何故此処へ? 更に何故ミサイルに貼りついて!? 到底、人間業では為し得ない、出来る筈が無い。マッハ5は数える其れの上に貼りついて移動する? しかも一度は成層圏へ出ると言うのに、極寒にて呼吸すらままならない世界、その空間を数十分とは言え、彼は、シンジは生きて此処まで辿り着いたと言うのか?

教えて欲しい、一体彼は、彼は・・・

何なのかを

だが其れは置いても。そうミサトは思う、どうやってかは分からないが何処かの神がケツに奇跡を突っ込みに来たのだ、それだけは間違いない。

「何とかなる、そう思いたいわね」

だが彼女は知らない、奇跡を運んで来たのは神などではない、悪魔その者であると言う事を。




Stage Clear!

 


後書いてみる

ナタデココ!!(挨拶、古っ

如何でしょうか、完全に生まれ変わった悪魔と化したシンジ君の味は、お気に召すと良いですが

ミサイルタクシーはふと思いついたネタです、世界で一番速い人工的な乗り物は何か? 其れはミサイルなんですね(多分)、だから其れに貼りついてGOです

最初は弾頭の中に入ってて、行き成りパカリと割れて中から登場も考えたんですが、人の姿を視認できないと撃ち落されそうですからね・・・桃太郎は諦めました

さて、次回は使徒とのガチンコバトル、あの巨体と殴りあえ古の剣士の末裔よ!! ですかね


次回、Stage.1「Destroy the first impact最 初 の 兵 器 を 葬 り 去 れ

お楽しみに、では!

ノシ

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蛇足ですが、シンジ戦闘シーンにダンテが流したバックミュージックは此処の視聴用サンプル2です、因みに買いました此れ

 

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