■米には88の苦労が
慣れた手つきでとがれ、遠赤厚がまの炊飯器で炊かれること30分。
美味しく出来上がったところでお茶碗につがれて食卓の上に。
一粒一粒がなにやら艶のある食欲をそそる輝きと湯気を立ち上らせていた。
そこにお客さま用の茶色い箸をつっこんで、ご飯を一口。
「・・・ふむ。悪くねェな。89点」
次は主菜。
本日はブリの照り焼き。
今朝リクにあがったばかりの寒ブリを、一匹そのまま買ってきて、これまた慣れた手つきでさばいたものだ。
そのかまや骨はあら汁としてともに並んでいたりするあたりに芸の細かさがうかがえる。
「んー、なかなか。・・・だが、少し味付けが濃いな。67点」
やはり味付けが少々好みよりも濃い目だったあら汁は79点だそうで。
副菜の肉じゃがは、味は悪くなかったが、少々ジャガイモの火の通り加減がまずかったらしく、すこし煮崩れしていたので76点という評価を頂いた。
いや、それはよいのだが、・・・厳密に言えばそれも良くないのだが。
「・・・・・あんた、なんでうちでメシ食ってんだ?」
料理の作り手であるこの家の主、ロロノア=ゾロ、19歳、独身、大学生、一人暮らし、現在可愛い高校生の恋人もち、は低い声をさらに低くしてうめいた。
目の前でなぜか当然のごとく自分の食事を食べている癖毛でそばかす面の男にむかって。
自分の記憶が確かなら。
ゾロは考える。
いいえ考える必要もないのですが。
今日は自分の恋人が、やっと苦しいテストが終わるので遊びに来てもいいか?と昨夜可愛らしくも電話をくれたので、じゃあうちでまってるな?と了解して、かいがいしくも食事をつくってまっていて、そして久々に二人でゆっくりとご飯を食べてまったりとできるのではなかっただろうか。
それがどうしてこんなことに・・・
ゾロは目の前でむぐむぐとご飯を平らげる男・・・我が恋人どのの兄上を、けっこう絶望的な気分で眺めていた。
「ふー、なかなか美味かった。ごちそうさま」
「・・・あ、あぁ」
なにやら満足げに食事を終えた兄上殿に、これまた曖昧に答えるゾロ。
ちなみにいとしの恋人どのはまだ来てない。
・・・・一体なんだってんだ・・・?
ゾロの内心の声が聞こえたかどうか知らないが、おもむろにエースが食後のお茶を要求したのち、話し始める。
「いや、とくに意味はないっちゃあないんだがよ・・・」
・・・・意味ないんかい!!
ひっそりと、だが確実に心の中でつっこみをいれながら、お茶を淹れるゾロ。
なんとけなげな。
当然ゾロのつっこみなど聞こえてないので無視してエースは続ける。
「とりあえずメシはくっとかねぇとなぁーと思ってよ」
素敵に意味不明です、旦那。
しかし鉄壁の忍耐力と自制心をかねそなえたこの19歳の青年。
あの恋人の兄だからなぁ・・・と苦笑交じりにとりあえずさらりと流して、自分のお茶を喉に流し込む。
そのとき、ばったんという派手な音とともに玄関の扉が開かれた。
そこからモスグリーンの制服姿の可愛い恋人が飛び込んでくる。
そして挨拶をする前に、「ああああーーーー!!」と情けない声をあげたかとおもうと、主人にしかられた子犬のような悲しい顔をしてへなへなとフローリングの床に崩れ落ちた。
対照的にその兄上どのはひどく愉快そうに唇の端っこをゆがめた。
「ルフィ?」
ゾロが怪訝な顔で横にしゃがみこんでみる。するとルフィは悔しさを前面に押し出した顔をしてすっくと立ち上がった。
「エースのばかやろーー!!あああーゾロの美味いメシ、食い損ねたじゃねェかーー!!」
これでもかというくらいに悔しそうな仕草で兄に詰め寄る。
その兄は、どこ吹く風、といったご様子でのんきにお茶をずずずとすすってみたり。
「ちなみにメニューはブリの照り焼き、肉じゃが、ブリのあら汁だった。うむ、和食は料理の基本だが難易度が高い。この歳であの程度できてれば上出来なんじゃないか?美味かったぞ。」
などとわざわざにっこりと弟をさかなでするようなセリフを吐いてみたり。
あれだけの辛口評価をうけたのだが、まぁ悪くはなかったということらしい。
ゾロはひそかにほっとする。
「おれの分、もうないしー・・・・・・!!!」
残念そうにからっぽの鍋をひたすらさかさまにしてみても、食べられてしまったものがあるわけはなく、ただただ照り焼きのソースがぽたりとキッチンのシンクに流れ落ちるだけで。
ルフィはさらに悲しくなる。
追い討ちをかけるように兄の声。
「おお、肉じゃがも全部食っちまった。」
「エースこのやろーー!!!」
「あっはっは。まぁゆっくりしてきていいぞ、弟よ。
ああそうだ。今度はもうちょい薄味にして、それから火加減を大事にな!
それから、うちの弟をよろしくたのむよ。
じゃあな!」
恨めしげに殴りかかろうとする弟をさらりとかわして、兄はくえない笑いを微かに浮かべてさらにゾロに対してアドバイスとともに軽く爆弾発言をして風のように立ち去っていった。
「バカエースー!!!!」
弟どのはご立腹のご様子で。
しかし怒鳴り声も閉められた扉にむなしく跳ね返された。
テストを終えて、いっかい着替えてからゾロの家にいこうと思って帰ったら、にやにやとした兄に出迎えられて、
『よお、ルフィ。お前この一週間テストだったからってんで、家事いっさいやらなかっただろ?
つーわけで、掃除、洗濯、ついでに食器洗いな!!』
むろん逃げられるはずもなく、リビングからトイレまで掃除させられながら山のような洗濯物を働きものの全自動洗濯機にまかせて家中を走り回る。
へとへとになりながらも最後に風呂を掃除して沸かしているあいだに食器洗いを済ませていると、気がつけば兄不在。
さっきまでリビングのおきにいりのグレイのソファにねっころがってせんべいをかじりながらドラマの再放送を見ていたはずなのに。
なんだか無性にいやな予感がして、食器洗いをほっぽりだしてゾロの家に走ってきて見れば、案の定・・・・
心底悔しそうに事情を話したルフィを、とりあえず『あーよしよし』と頭をなでながらゾロが慰める。
「ほらおかずはねェけど、ご飯と味噌汁はあるし
今だし巻き卵でもつくってやるから、な?」
優しく言われたのと、頭を撫でられたのが気持ちよかったのか、ルフィはおとなしく頷いた。
もっとも評価の高かったご飯と、2位のあら汁。
それから急遽食卓に加わっただし巻き卵。
二人は仲良く「いただきます」といって食べ始めた。
米には88の苦労が
彼らには88どころで済みそうもありません。