Amonde chocolat
授業という名の鎖を、軽やかなチャイムがはずす。
挨拶もそこそこにおれは教室をとびだした。
目指すは生徒会室!
ばったん!と派手な音をたてて戸を開ける。
当然まだ誰もきてない。
そんなことよりも!
おれはためらいなく、剣道場に面した一番大きな窓をひらいた。
そして、
「よかった、まだやってた!」
窓の外、高らかに鳴り響く竹刀の音や人の声が聞こえてくる。
あれは四月……。
この学園に入学して間もないころ…、
桜の木の下で、おれはお前を見つけたんだ。
薄い桃色の雪に包まれて、お前の緑の髪がとてもキレイにみえた。
その時から、お前はおれの'夢'になった。
「ルフィ!!」
…いてェ…。
すぱこぉん!!という音がしておれは軽い痛みと共に目を覚ます。
顔をあげるとみかん色の髪をしたやつが、怒ったようなあきれたような表情でおれをにらみつけていた。
…あれ?おれいつのまにか寝てたのか…。
「…なにすんだよ、ナミ〜。すっげえいい夢みてたのにー」
文句いったら顔をひっぱられた。
いてェって!!いていていてー!
「ったく、あんたは!教室によったら、もう生徒会室にいきましたっていわれたから、ちゃんと仕事してるのかとおもったら!窓際でのんきに居眠りしてんじゃないわよ!
…ほらっ、これもやっといてね!」
おれの顔をひっぱりながら機関銃のようにまくしたてるナミ。
どさっ…と机の上に書類の束が置かれる。
「ええええええっ!?おれにこれ全部やれって!?」
「…文句あるの?」
うお…こえっ…
「イヤ…文句じゃねェけど、こんなにたくさんだと今日中にはむりだぞ」
ナミは怖い…。
でも二年なのに生徒会長をやるだけあってすごいやつだとおもう。
それに、別にただ怖いだけじゃなくて、
「…ま、そうね。もうすぐサンジくんもくるから、彼に手伝ってもらいなさい」
仕方ない…って笑いをもらしてそういった。
外の剣道場ではまだ試合をやっているみたいで、実はせっかくの試合を見ていたかったけど、
「よし。わかった。やる」
おれは書記だし、ちゃんと仕事しねェとな。
しぶしぶおれは窓際からはなれ、机にすわった。
一年のおれがなんで書記なんかやってるかっていうと、
入学してちょっとたったころに、たまたま生徒会室の前を歩いてたらすっげェうまそうな匂いがして、ちょっとのぞいたらナミとサンジがおやつ:を食ってて、そんで食わしてもらったら、もーすっげェうまくて!
また食いてェっていったら、ナミが『生徒会に入ったら食べられるわよ』って言ったんだ。
サンジってのは副会長。
三年なんだからナミと逆だろ?って前に聞いたら、
『おれはナミさんの手助けをするほうが好きなのさ。そうでなけりゃわざわざ自分からこんなめんどくせェ仕事なんざやるかよ』
って言われた。
女好きのおもしれェやつ。
あと料理がうめェ。
二人が食ってたおやつも、サンジが作ったやつだったんだ。
ここでしか食えねェんなら、生徒会にはいるしかねェよな!
そんで、おれはめでたく書記になったってわけだ。
同じクラスのウソップに言ったら、
『お前、それって餌付けされてんじゃねェか…』
って、あきれられたけどな。
確かにナミもサンジも人使い荒いし、仕事もめんどくさいし大変だけど、二人とも面白くてすげェやつだし、サンジのおやつもうめェし、おれは別に幸せなんだけどな。
それに…四階の生徒会室はすっげェ見晴らしがいいから、
あいつのいる剣道場がよくみえるんだ。
「ナっミさは〜んっvv遅くなりやっした〜!」
軽やかな靴音とともにサンジがやってきた。
目がハートなのはいつものことか。
「あーはいはい。委員会ごくろうさま。
さっそくで悪いんだけど、ルフィの仕事手伝ってあげて」
適当に応えるナミ。
ちゃんと指示も忘れないあたりがナミらしい。
「わっかりました〜〜」
うれしそうに返事したサンジがおれのとこにやってきた。
「よぉ、ルフィ。今日の仕事はこれか?」
「そうなんだ。おれだけじゃ今日中に全部は無理だから、半分・・・いや、半分以上やってくれ」
おれの言葉にサンジはやれやれといいながらも、三つあった書類の山を二つ、自分の机に持っていってくれた。
「サンジぃー、さんきゅー!」
「はいはい。まぁナミさんの頼みだしな」
おれの頭をついでにわしわしとなぜてから、サンジは書類に向き合った。
「んーーーっ!つっかれたなーー!」
ぐいーーんとおれは背筋を伸ばす。
やっと書類を整理し終わって、気がつけばもう八時。
「ほらよ、おつかれさん」
いつものようにタイミングよくサンジがココアをだしてくれた。
「んーさんきゅー」
「おう。ナミさんにはコーヒーで」
「ありがとサンジくん」
こくん・・・とココアをのんで、ふとおれは考える。
そういえば・・・
「はらへったーーー」
ぐきゅるるるるーと、ちょうどよく腹がないた。
「そういえばそうね。今日はずいぶん集中してたのね、ルフィ。
あんたがお腹すいてるのに気づかずに仕事してたなんて」
くすくすとナミがいってくる。
「ほんとだなー。気づかなかった」
「めずらしいこともあるもんだな。
あ・・・そうだ、ウチによってくか?来月新メニューをいれるから、その試作でよけりゃ食えるはずだ」
「ホントかっ!?」
「ああ、ただし、ウチに行くまでもう少し我慢しねェとならねェけどな。どうする?」
にやり・・・とサンジが聞いてくる。
もちろん・・・
「いくっ!!!!」
サンジの家はレストラン!しかもかなりうめェ!!!
「よし。ナミさんもどうです?」
「そうね、じゃあよらせてもらおうかしら」
「では、片付けをして、行きますか」
「ええ。・・・あ、そうだ。ね、サンジくん・・・・・・」
思い出したようにナミがサンジに耳打ちする。
・・・なんだ?
サンジはちょっと眉をしかめたが、おれをちらっとみて、ふー・・・と息をはいてうなずいた。
「・・・わかりました。そうしましょう」
「ありがと、サンジくん。じゃ、門のとこでまってて」
そういってナミは部屋をでていった。
サンジはおれをじっ・・・と見るといきなりこつり、と頭をたたく。
「なにすんだ!」
「おら、さっさと片付けていくぞ」
なにやらサンジはいじわるな笑いを浮かべていた。
・・・なんなんだ・・・?
ちょっと前、おれはサンジとナミにアイツの話をした。
おれがよく、生徒会室の窓から外を見てるから、ナミが「あんたいつもなに見てるの?」ってきいてきたんだ。
おれが「剣道場!!」って答えたら、「何?好きな人でもいるの?」っていうから、別に隠すつもりもなかったし、アイツのことを教えたんだ。
「なんかもー、すっげェつよくてかっこよくて、おれ、あいつのことすっげェ気に入ってるんだー!」
そう、あいつのことを考えてるだけで幸せな気分になるし。
現に今もすっげェうれしい気分。
「なんて顔して話すのよ・・・」とかって、ナミに突っ込まれたけどな。
「で、誰なんだ?」ってサンジがいうから、おれは「名前は知らねェけど、ほらアイツ」って指差して教えたんだ。
ちょうど練習が終わって面を取ったアイツは、いつも以上にかっこよくて、やっぱりおれは幸せな気分だったんだ。
二人は、「ふーん・・・アイツねェ・・・」とだけしか言わなかった。
今考えると、この時も二人はあのいじわるな笑いで、にやり・・・としていたかもしれない。
「おまたせー」
正門のところで待っていたおれたちのところに、ナミがやってきた。
「!!!!!!!!」
おれは言葉がでなかった。
来たのはナミだけじゃなかったから。
ナミのうしろで、大きな防具袋を肩にぶら下げて歩いているのは・・・
「よぉ、クソ緑」
サンジがにやりと笑いながら声をかけた。
は?!
なんだ?!どういうことだ?
なんでナミがアイツを連れてきて、しかもサンジまで・・・。
なに?お前ら知り合いなのか?!
わけわかんないおれのほうを見て、すげェ楽しそうにナミが笑って言った。
「あ、ルフィ。コイツね、あたしの幼なじみで、ゾロっていうの。
今日は剣道の試合優勝したから、ご飯食べるついでにお祝いするから。いいわよね?」
いいわよね?・・・も、なにも・・・。
名前・・・とかもよく耳に入ってこなかったけど・・・。
やっぱり今日の試合、優勝したんだな、すげェな・・・とか、なんかいろいろいっぺんに考えたからわけわかんないんだけど。
ちょっとまて、幼なじみってなんだよ。
知ってたんなら教えてくれたっていいじゃねェかよ。
いや、それよりも、こんな近くにコイツがいて。
「ちょ・・・ナミ、幼なじみって・・・」
やっと言えたのは、これ。
かなり頭ん中ぐるぐるしてるみてェだ。
「ま、そういうことだな。ついでに言やァ、おれと一緒のクラスだし?」
サンジがやっぱりすげェ楽しそうに言うし!
・・・お、お前ら、早く言っとけよ、そういうことはっ!!
でも、もうなんか、怒るよりも、目の前にコイツがいることが信じられなくて、もう、すっげェどうしようってくらいに幸せで。
とりあえず、じっ・・・と、コイツを見ていたら、
「・・・んなに穴があくほど見るなよ」
って・・・困ったように少し笑って言ったんだ。
低いけどよく響く声で、思ってた以上にかっこよかった。
しししし・・とおれも笑ってごまかして、やっとのことで自分の名前をコイツに言った。
そしたら、少しだけ、ほんの少しだけ、笑顔が柔らかくなって、
「ルフィか・・・。おれはゾロだ。ロロノア・ゾロ」
名前がわかったうれしさと、名前を呼ばれたうれしさと、こんな近くで笑った顔がみられたうれしさと。
あとほか、キリがねェくらいのうれしさが、もう、おれをこれでもかってくらいに幸せにしたぞ!!