Chien de garde
もう、秋だな…。
おれは屋上でいつものようにねっころがっていた。
眺める空が高くなってきたことに気がつく。
そういや、あいつとはじめてあったのは、今年の春だったな…。
あの、満開の桜の下で。
うすい桃色に包まれた世界の中で、あいつを遠くに見かけたんだ…。
・・・ああ、かったりい。
春だからねみィし。
おれは何度目かのあくびをかみころし、桜の木に背中をあずけた。
はらはらと花びらが舞い散っている。
まるで雪みたいだ。
そういや…故郷はきっとまだ粉雪のちらつく季節…。
桜はもう少し後だろうな。
こっちの高校に来て三度目の春。
おれは、強くなったぞ、くいな。
故郷に残した親友に思いをはせてみる。
・・・・・・と、
あれ・・・・・?
「なにぼーっとしてんのよ?」
声とともに鈍い衝撃。
「うおっ!…なにすんだ、この女!」
振り向くとおれを殴りつけたかばんを手に、たっているナミ。
「ほっほっほ、ボーっとしてるあんたが悪いのよ。なにみてたの?」
「ったく…。あー…いや、たいしたことじゃねェ…」
適当にごまかすと、ナミはなにやら怪しそうな顔をしたが、それ以上はつっこんでこなかった。
「まあいいわ、はい、これ。家まで運んでくれる?」
どさどさと手渡されたのは二年の教科書だ。
…って、おい。
「てめェ、おれに荷物運びをさせるためにわざわざ待たせたのかよ?!」
「そうよ。いいじゃなーい!どうせ今日は部活ないんでしょ?トレーニングがわりだとおもって!」
「ふざけんなっ!おれは自主トレでもしようかと思ってたってのに!『ちょっと用事がある』なんて呼びつけやがって!」
おれはかなりこわめの外見をしてるらしいので、たいていのやつはびびるのだがこの女、ナミには通用しない。
「重たいんだもん」
「どあほ!だったらおいてかえれ!あの素敵まゆげに頼めばいいだろうが!やつなら喜んで引き受けるだろ?」
「だーってサンジくん、新入生の女の子チェックでどっかいっちゃったのよねー。だから、ね?夕飯くらいご馳走するから、ほら、いきましょ?」
いけしゃーしゃーとそういうと、足取りも軽く歩き始める。
「ったく…」
仕方なくおれは二人分の教科書を持ちあげ、うんざりと歩き出した。
………それにしても。
さっきの人影。
黒髪に黒い瞳の少年。
目が合うとすぐにむこうへ行ってしまったあいつは……?
一瞬くいなかと思った。
でも違う。
親友を思わす凛とした佇まいのなかに、別の、もっと強い輝きと危うさを持つあの眼。
あの輝きがおれの心を捕らえて離さなかった。
「よく考えりゃ、あの時からもう、まいってたんだろうな…」
苦笑交じりで一人つぶやくと、
「なにがだ?」
「…うおっ!」
ひょい、と顔を覗き込むのはその本人で。
「る、…ルフィ!」
「よお、ゾロ。なにしてんだ?」
屈託のない笑顔で目の前にいきなり現れるもんだから、かなり、いや、マジびびった。
そんな動揺を悟られないように適当に『ボーっとしてた』とこたえておく。
単純なルフィはそれで『ふーん』、と納得してくれる。
「なあなあ、ゾロ!これみてくれよ!」
にこにこと、うれしそうに差し出したのは赤く色づいた紅葉の葉っぱ。
と、そのとき風が、なんてことない強さの風が吹いた。
「あっ…!」
なんてことないつよさでも、おれに渡そうと軽く持ってた葉っぱを飛ばすには十分な風で、ひらりとルフィの手から飛んでいく。
「こら!まて!」
風に遊ばれるように舞い飛ぶ葉をルフィは追いかける。
………いやな予感。
「おい、ルフィ!」
「もうちょい!」
もうルフィにはひらひらと空を飛ぶ紅葉しか見えてなくて…。
「あのばか!」
おれはあわててルフィの後を追いかける。
「とれたっ…!」
なんとか紅葉を手にしたルフィは,屋上の柵に体を乗り上げていて、今にも下に落ちてもおかしくなくて…、
「ルフィ!」
おれは生きたここちがしなくて、
「ん?」
ひょいと振り向いたルフィがあっさりとバランスをくずして……、
「!!!!!!!!」
間一髪で、おれはルフィの体を引き寄せて、かばうように後ろに倒れこんだ。
………心臓が、止まるかとおもった………。
おれのこんな心配をよそに、腕の中のルフィはただびっくりした顔をして、
「なんだよ、ゾロ。急に呼ぶからびっくりしたじゃねェか〜」
なんか、ほっとしたら、のんきなコイツにはらがたって、ぺいん!と額を指ではじいてやった。
「なんだよ!いてェな!」
わりといたかったらしく、額をおさえて抗議してくるルフィ。
ふー、とおれはため息をついて説教をはじめた。
「いいか、ルフィ?お前は紅葉一枚のために死ぬつもりか?」
おれの言葉にかすかににじむ怒りに気がついて、ルフィはおとなしくなる。
もちろん、この怒りもこいつを心配するあまりのものなのだが…。
「ったく、いつもいつもなにしでかすかわかんねェんだから…。少しは落ち着いて行動しろ。」
「ん、わかった」
びっくりした顔のまま、素直にうなずく。
「よし。怪我はねェな?」
立ち上がり、ほこりを落としてやると、ルフィはためらいがちにいいだした。
「な、ゾロ。いつもたすけてくれて、ありがと、なっ!」
「ん!?」
「これな、さっき中庭で取ってきたんだ。一番キレイなやつをゾロにあげようと思って!」
はい!とさしだすのはさっきの紅葉。
おれのために……?
その仕草、上目遣いの顔、などなどに、おれの心は射抜かれていて。
ああまったく、どうしようもない。
なにをしでかすのかわからないところも、まったくこいつの魅力のひとつだったりするし。
暴れかける欲望を自制するのも手慣れたもので、そいつを適当に押さえ込み、ルフィの手から葉っぱをうけとる。
「ありがとな」
「だから、また、助けてくれるよな…?」
そう尋ねる姿があまりに可愛いから、少しいじめてみたくなって、
「どうかな。おれの目の届かないとこにいたら、助けられねェよな」
「う、わかった!じゃあいつも側にいる!」
にやりといじわるく笑ってやったら、必死になってそういうもんだから手におえない。
だから…、
「わかってる。どんなことからも助けてやるよ」
こいつにしかみせない顔と極上の声でささやくと、いつもの満面の笑顔をみせたのでよしとする。
「じゃあ、おれもゾロを助けてやるよ!」
「はいはい。期待してる。ありがとよ」
「なんだよそれ!」
わかってねェな、お前はおれのそばにいるだけで、おれを助けてくれてるんだよ。
こんなこと、さすがに面と向かってはいわねェけどな。