「おっはようございまーす・・・ってアレ?あたし一人?」
ガラガラと久々に我が教室のドアを開ける感覚。
てっきりあたしの他にも神楽や総悟あたりが居ると予想して開けたドアの向こうには
その予想も虚しく空振り、誰一人居なかった。
あれ・・・あたし日付間違えたりしてないよね・・・?
なんて思いながら紺の鞄からガサガサとプリントを探し出す。
”三年一学期末考査成績不振者対象 夏期講習時間割”と書かれたプリントの中から
”現代国語”という文字を目で追うとやはり今日のこの時間。
・・・うん、間違ってない。
ってことは、ちょっ、やっぱりあたし一人なの!?
恋のサマーセッション
「はーい、授業始めんぞー・・・つうか暑ィな、オイ。クーラー付いてんのか!?クーラー!」
ぽつんとドアの前に立っていたら、後ろからこれまたいつもの様にやる気のなさそうな感じで銀八が入ってきた。
そう、いつもの様にゆる〜い感じでネクタイを締めて、咥え煙草でペタペタサンダルを鳴らしながら。
それから教卓に教材を置いたかと思うとリモコンの側まで寄ってピッとスイッチを入れた。
途端に天井に設置されたエアコンから涼しげな風が流れ込んできた。
「オイ、早く座れよー。始めっから」
ここで突っ立てても意味がないと悟り、とりあえず一番後ろの椅子をひいた。
「いやいやいやいや、先生としか居ねェのになんでそんな後ろに座るわけ!?意味わかんないからァ!
つうかお前の席はここに決ってんでしょ?」
そう言いながら教卓のまん前の席をバシバシと叩かれる。
嫌だって拒否したら「んなこと言っていいと思ってんの、ちゃん?補習不合格でもいいんだ?」
なんていつもの厭らしい笑顔を顔に貼り付け言ってくる。
むしろこれはある種の脅迫だ!なんて思いながらも不合格は困るわけで。
嫌々ながらも大人しくその一番前の席に座ったら「よろしい」なんて銀八の声が聞こえた。
「じゃ、課題出してー。やってこなかったっつったらどーなるかわかってンだろーな?」
「ちゃんとやってきましたー」
「ならいいけどォ」
昨日必死になってやったプリントを銀八に渡す。
そしたら銀八はまたタルそうに赤ペンを取り出し、模範回答と照らし合わせながら丸付けを開始する。
あたしはというと、手持ち沙汰でやることもなくったしポケットから携帯を取り出し机の下でカチカチと操作する。
あ、総悟からメールきてる…何々?
”バーカ アンタ補習引っかかったんですかィ?”
あ い つ ! ! !
絶対あとで締めてやる!とか思いつつ、結局その後の仕返しが怖くていつも出来ないんだけど。
”うるさいわね!ってかなんで知ってんのよ?”なんて返信する。
そしたらどうやら総悟は暇らしくすぐに返事が返ったきた。
”さっき校庭で見かけたんでさァ まァ、俺は部活ですがねィ”
そういうことか・・・!
こんな暑い日に部活なんてご苦労なことだわ、なんて思ってたらさっき提出したプリントで頭を軽く殴られた。
「痛ッ!!!!」
「人が採点してやってんのに、携帯イジってんじゃねーよ。つうか本当お前不合格にすんぞ」
「だって暇だったんだもん。」
「だってじゃねェ!!…ったく、ンないつも携帯イジってっからこんな漢字間違うんじゃねェの?
まじコレ酷すぎだわ、オイ。孤動ってなんだよ、孤動ってェェエ!!!!鼓動だろ!
お前漢字ドリルからやり直した方がいいんじゃね?」
「漢字なんて読めればいいんだよ。変換なんて携帯でもパソコンでも出来るんだし」
「いやいやいやいや、元の字がわかんなかったら変換出来なくね?これだから最近の若い子は…」
「先生オヤジくさーい!」
「ヒドッ!ちょっ、ヒドくない?ソレ!どこら辺がオヤジくさいか50字以内で答えなさい」
「全部」
「マジでか!」
先生ショック!なんて言いながら顔を覆っている先生をほっといて糖分と書かれた額の上にある時計に視線を移す。
この補習終了時間を5分は過ぎていた。
「先生、時間!」
「は?あァ、もうンな時間か…。じゃァ今日の補習はここまでな」
「やったァ!帰っていい?」
「おぉ…ってアレ、先生もこれで終わりだから送ってってやってもいいけどォ」
「マジでか!」
「課題頑張ってきたからな…つっても漢字は間違いばっかだったけど」
「もうそれ言わないでよ、先生!」
エアコンと電気のスイッチを切って廊下に出て行く銀八の後を付いていく。
窓から外をを眺めると丁度休憩中だったらしい総悟と目が合う。
ニヤッと総悟の人を小馬鹿にしたような笑いを受け流し、
視線を前を歩く銀八に戻すといつのまにか目的地に到着したらしく。
職員用の駐車場に止まった白い原チャリに跨り、ヘルメットを渡してくる銀八の手から受け取り後ろに乗る。
「しっかり掴まっとけよ」なんて言われながらも、
どこに掴まればいいかわかんなくて戸惑ってたら腕を取られ銀八の腰に回された。
ドキドキして紅くなる顔を先生の背中に隠しつつ、
ぎゅっと掴まることでいつもより濃く先生の煙草の匂いを感じる。
風に髪を靡かせながら、ひょっとしたらこのドキドキと煩く刻む胸の鼓動までも
先生に聞こえてしまうのではないかと思ったら余計にその一定に刻むリズムが早くなったような気がした。
実際のところ、前から銀八に憧れていたのだ。
いや、憧れるというよりは恋と言った方が正しいかもしれない。
だから今日もわざと一番後ろに座ってみたり。
正直、今日の夏期講習が二人きりだとわかった時は驚くと同時に嬉しさも湧いた。
そんなことを考えながら銀八の背中にしがみついてると突然銀八の声が耳に入り我に返った。
「ん家どっちだっけ?」
「次、右」
「は?聞こえねェんだけど」
「だから右!!!!」
「オッケェー右ね。つーか、とっても背中が気持ちいいんですけど」
「は?」
「イヤイヤ、別に何でもないから。そのままもうちっと先生に掴まっててくれればいいから」
「?・・・うん」
気付いたら、回りはよく見たことある景色で。
自分の家の前で止まった原チャリに、もうしばらく乗っていたかったと思う。
原チャリから降りるあたしに続いて先生も降りて玄関の前まで送ってくれた。
ポンポンとあたしの頭を撫でながらまたなと言う先生にちょっと照れながら返事を返す。
一瞬、真面目な顔をした先生と目が合ったと思ったら、次の瞬間には上を向かされ唇に先生の感触。
ぽかーんとしたまま突っ立てるあたしに「悪ィ」なんて慌てて謝って「じゃ、じゃァ!」なんて帰っていく先生。
先生の後ろ姿が過ぎ去るのを眺めながら、我に返って唇に手をあてる。
学べや恋の夏期講習