■□■ フェアリーテイル □■□
昔々あるところに、シュミットとエーリッヒという青年がいました。シュミットはとある貴族の跡取りで、高貴な血筋に連なるそれは美しい青年でした。一方エーリッヒは生まれも育ちも庶民中の庶民。父親も庶民ならば、母親も庶民。幸い容貌とスタイルには恵まれ、シュミットの頭一つ分は大きな長身を有した精悍な青年でした。
あんまり普通でない二人はわりかし普通の出会いを遂げ、ごく普通に幼馴染として一緒に育ちました。ただ普通でなかったのは、二人はラブラブだったのです。
ちなみに二人が出会ったきっかけは、エーリッヒの父親がお医者であり、シュミットのお家の主治医をしていたからです。数ヶ月先に生まれたエーリッヒを、ぜひ跡取り息子の友人にと希望され、赤ん坊のころからエーリッヒはシュミットと一緒に育ったのでした。それがすべての運の尽き。以来、二人は一緒くたに育てられ、どういうわけかもの心つくころには愛が芽生え、言葉を話せるようになるとすぐに将来を誓い合ってしまいました。
おかげでエーリッヒは常に一番に迷惑を被ることとなってしまいました。しかしシュミットのわがままに振り回され、たとえボコボコにされようと、命の危険に晒されようと、二人はラブラブだったのでした。
ある日のこと、二人は馬を駆って山へとやってきていました。たまには領地の視察に行くのもいいだろうとかシュミットはぶっこいていましたが、エーリッヒは真相を知っています。どうせこないだ買ったばかりのサラブレットの走りを試したかっただけのくせに、と。おかげで今日は暗いうちから叩き起こされて、エーリッヒは寝不足もいいところです。
だけどそんなことは尻が裂けても口にはしないのがエーリッヒです。家庭円満の秘訣は、寛容さと忍耐にあると若いながらも身に染みて知っている彼ですから、黙ってシュミットの遊びに付き合ってあげているのでした。
「この辺で一休みしよう」
半馬身うしろにしたがっているエーリッヒを顧みて、シュミットが楽しげに言ったのは午後を少し回ったころでした。よーするに腹が減ったので昼食の用意をしろ、ということです。わがままボンボンのシュミットは、お昼の準備も全部エーリッヒに持たせて身軽なもので、颯爽と地面に飛び降りました。
肩を竦めたエーリッヒが馬の歩を止めるより早く、シュミットはいつも通りさっさと馬の手綱を近くにあった木にくくりつけ、周囲を見回しました。
「あそこに泉があるな」
エーリッヒが何か反応する間も無く、シュミットは泉に向かって歩き出しました。相変わらず人の話などまるで聞く気も無いようです。でも慣れたものでエーリッヒも気にしません。独り言が多いだけだと思っていれば大したことではないからです。
馬の背中にくくりつけていたバスケットを下ろし、中からブランケットを取り出したエーリッヒは、腰を下ろせる場所を確保しました。あとは軽食の入った小さなバスケットを取り出し、飲み物の瓶を並べるだけ。そこでふとエーリッヒは顔を上げ、シュミットの姿を探しました。
シュミットは泉の淵に立っていました。何を思ったのか、その辺に落ちていたらしい枯れ枝を手に持って、泉の水面をツンツンしているではありませんか。奇矯な行動の多いシュミットですが、今回はいつにも増して変なことをしています。
何やってるんだか、とため息をついたエーリッヒは、泉へと向かいました。何やら真剣に水面をツンツンしているシュミットに近付きながら、
「シュミット、危ないから離れてください」
落ちますよ、と声をかけるエーリッヒを、勢いよくシュミットは振り返りました。
「おい、エーリ。この泉、何だか変だぞ」
変なのはお前だ、とはこの世の終焉にさえも口にはしないエーリッヒは、
「昼食の用意ができましたよ。早くこっちへ……」
言いかけたエーリッヒの目の前で、泉の淵にかけていたシュミットの片足がカクッと膝を折りました。あっと二人が同時に叫んだときには、シュミットはバランスを失って背後に倒れこみ、激しい水柱と共に泉へと落下してしまいました。
「シュミット!?」
驚いたエーリッヒは声を上げましたが、さして慌てた様子でもありません。どうせ足場も確かめずにうろつきまわったせいで、泉に落ちたのだろうことはわかりきっていましたから。だから言わんこっちゃない。
心配よりも呆れる気持ちの方が多いくらいで、エーリッヒは泉へと向かいました。水のぬるむ季節のことですから、いきなり心臓麻痺ということもないでしょう。ましてやシュミットは、『ドイツのカッパ』という莫迦にされているんだか褒められているんだかよくわからない異名をもつほどの、水泳達者なのですから。
ところが不思議なことに、エーリッヒが泉の淵へやってきても、一向にシュミットが浮かび上がってくる気配がありません。水面はしんとしたもので、誰かがもがいている様子さえ無いのです。
「シュ、シュミット?」
さすがにエーリッヒも心配になって、泉の淵に手をついて水面を覗き込みました。まさか泉に落ちたときに石にでも頭をぶつけて、気絶でもしてしまったのでしょうか。エーリッヒの脳裏をいや〜な想像が過ぎります。
「シュミット、シュミット!?」
段々動揺がにじみ出て、ついにエーリッヒが慌て始めたときでした。透き通っていた泉がキラキラと輝き、突如眼を焼くほどの光を放ったのです。
「…………!?」
思わず手をかざして光から目を覆ったエーリッヒの耳に、デロデロデロ〜という不吉なBGMが聞こえてきました。
光が薄くなると同時に急いで泉に目を向けたエーリッヒの目の前に、とんでもない光景が広がっていました。
今だキラキラと淡く光る泉の上に、一人の少年が立っていました。白を基調とし、各所に銀を配した宝塚のような王子様服を纏った、煌く金髪の柔和な笑顔を浮かべた少年です。彼の足先が触れた水面は、一定の間隔で波紋が広がり、まるで夢のような光景でした。
その場に膝をついたまま呆然と見上げるエーリッヒに、少年はにっこりと笑いかけました。
「やぁ!」
「こ、こんにちは……」
間抜けな挨拶をするエーリッヒに、屈託の無い笑顔を向けたまま少年は続けます。
「僕はこの泉の妖精、ミハエル」
「あ、わたしはエーリ……」
「君かな、この泉に落し物をしたのは?」
「えっと、落とし"物"ではなくて、人……」
「今から僕が質問するから、正直に答えてね☆」
人の話なんぞ聞きゃしない泉の妖精は、いつの間にか手にした魔法のステッキらしきもので、キラリン☆とエーリッヒを指し示しました。これでは何だかシュミットがもう一人増えたみたいではありませんか。ゲンナリするエーリッヒを無視して、ミハエルは勝手に話を進めます。
「君が落としたのはどのシュミットかな?」
「あ、シュミットだとはわかってるんですね……」
変人慣れしているエーリッヒが一先ず胸を撫で下ろすその前で、ミハエルはくるくるくると華麗に回転し、辺りに妖精の粉を撒き散らします。思わずむせそうになるそのキラキラが治まるより早く、ピタッと回転を止めたミハエルは再びエーリッヒをステッキでご指名しました。
「その一! 高貴な血筋に生まれた気品があって勇敢で、強者の不正を絶対許さず、どんな相手にでも真っ向から立ち向かい、皆の信頼も篤くてどんな努力も惜しまぬ、気さくで矜持の高い銅のシュミット!」
「え、いや、そんな漢前な部分だけ集められても……」
「その二! 教科書どおりのツンデレっぷりがめっさ可愛い、内弁慶で甘えん坊、一度その気になったら朝まで放してくれないサービス万点の床上手な銀のシュミット!」
「お色気担当キターッ!!」
「その三! わがまま一杯したい放題、お前のものは俺のもの、俺のものは俺のもの、高慢ちきで気まぐれで、他人の話なんか聞きもしない、傲岸不遜な金のシュミット!」
「間違いではないから弁護の余地がないっ!!」
うっかりいちいち反応してしまうエーリッヒを、何故か一度中空に8の字を描いたステッキで、ミハエルはビシッと指し示しました。
「さぁ、君のシュミットはどれかな☆」
言葉尻のキャロルン☆っぷりが気に障りますが、突っ込んだところで無視されることはわかりきっていたので、エーリッヒは見て見ない振りをしました。それよりも彼には、大事な使命があるのですから……!
「あのですね、金とか銀とか銅とか言われても、シュミットは人間なんで困るんですけど」
どれほど重大な使命を帯びていても、どこまでも腰が低い小市民エーリッヒ。そんなエーリッヒの反論とも言えない反論に、ミハエルは輝くような笑顔を向けました。
「よく言ったね、正直者!」
「へ?」
「無欲で心の綺麗な君にはご褒美として、金のシュミットをあげちゃうよ☆」
「え?」
展開についていけず呆然とするエーリッヒの前にミハエルがステッキをかざすと、ポンッという軽快な音と煙と共に、全身金色のシュミットが現れたではありませんか。髪の先から足のつま先まで、服も髪も肌も目も、何もかもぜ〜んぶ金色の!
「ええーっ!?」
度肝を抜かれるエーリッヒに、金箔を食べ過ぎたようなシュミットが上機嫌で言いました。
「何ぼーっとしてるんだエーリ! ツチノコを探しに行くぞ!!」
親指を立てた拳でビシッと森の奥を指し示したシュミットは、燦然と輝く金の身体を翻し、のっしのっしと歩き出します。いくらなんでもあんなシュミットを連れ帰るわけにはいきません。
「ちょ、ちょっと待ってください!」
さーて仕事は終わったとばかりに背を向けたミハエルに、エーリッヒは悲愴な声をかけました。
今まさにステッキを振って泉の中へ帰ろうとしていたミハエルは、必死の形相のエーリッヒを振り返りました。
「確かにシュミットはわがままで気まぐれで傲慢で自分勝手ですけど、弱いものに優しくて不正を許さず、口では何のかんのと言いながらもラブラブするのが大好きな超絶美人なんです!」
「………………」
黙って訴えを聞くミハエルに、エーリッヒは手を付いて真剣に頼みました。
「お願いです、どうかシュミットを返してください!!」
真摯なエーリッヒの願いが届いたのか、それとも愛の力を感じ取ったのか、今までで一番優しい微笑をミハエルは浮かべました。その笑顔に期待を寄せるエーリッヒに、ミハエルは言いました。
「遠慮はしなくていいんだよ☆」
「へ?」
言葉の意味をさっぱ理解できないエーリッヒに、じゃあね〜と手を振りつつミハエルがステッキを一振りすると、辺りを再び眩しい光が包みました。
「ええーっ!? ちょ、ま、せめてお色気担当にしてくださいよーっ!!」
エーリッヒの痛切な叫びも虚しく、光がおさまった泉はまるで何事も無かったように静けさを取り戻していました。
「そんなー、ミハエルー! シュミットー!!」
未練がましく泉に向かって声の限りに叫ぶエーリッヒの背後に、金色の変人が立ちはだかりました。
「何を叫んどるんだ。いいから、早くツチノコを探しに行くぞ!」
所詮唯我独尊の金キラシュミットは、泣き叫ぶエーリッヒの襟首をとっ捉まえると、全く他人の話に耳を傾けることも無く、ズンズンと森の奥へと分け入ったのでした。
こうして、エーリッヒにはまた一つ心労が増え、何だかキンキラキンにさりげないわがまま貴族の伝説が生まれることとなったのでした……。
〔めでたくなし、めでたくなし〕
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123456キリリク終了☆
いや〜、久々のエーシュミに苦戦いたしました〜。
漢前シュミットとヘタレエーリは完遂なったでしょうか??
むしろミハエルが出張りすぎてる気がしますが(笑)。
このあとエーリッヒはおそらく、決死の覚悟で泉に飛び込み、
退屈しのぎにミニ四駆で勝負していたシュミットとミハエルを説得して
どうにか地上に帰ったことでしょう。
むしろ金のシュミットを泉に突っ返すほうのが大変だったかもしれません。
カゲさん、キリリクありがとっしたー!!
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