■□■ 不可触の鳥 □■□






 彼の口唇は、心地好い不思議な香りがした。
 深く結びあう口付けの合間に、艶かしい吐息が頬に触れる。
 あえかなそれの感触は、背筋をぞくぞくと走る官能を生み出した。
 背に回された腕が、山本の肌に甘い熱を与える。

「ぅ、……ぁ、ん」

 わざととしか思えない淫らな声とともに、山本の胸の下で細身が泳いだ。
 快楽に仰け反った白い面は、常の研ぎ澄まされた鋭い印象を脱ぎ捨てて、全身の細胞を満たす悦楽にゆるく熔けている。

「ヒバリ、イイの?」

 繋いだふたつ身を揺らせば、ふたりが絡みあうソファが、ぎしりと音をたてた。
 決して荒っぽくはない、おだやかなそれにも鋭敏に声をあげて、雲雀は悩ましく悶える。だが、山本の窺うような問いに、応えはなかった。
 ただ、慣らされ濡れた狭い胎内に迎え容れられたおのれを非情に締め付けられて、山本の呼吸は激しく乱れる。
 シャツ一枚を淫らにはだけた痩躯が、捩れて山本の躯にまといつく様だけでも凶悪だ。なのに、結びあう快楽も、耳を打つ嬌声も、それ以上にたまらなく興奮を煽る。
 妖艶な姿態を惜しげもなくさらす雲雀に追われるように、山本の欲情は止め処なくペースを上げていった。

「んん、もっと……っ」

 いっそう激しく突き上げられながら、雲雀の細身は貪欲に男を求める。
 抱え上げられた細い脚が、宙を力なく揺れているのに、なめらかな内腿は、圧し掛かる山本の胴を強く締め付けた。
 溢れる欲に濡れた肌を縒りあわせ、震えながらきりのない熱情に酔う。
 反らされた白い胸を飾るちいさな双の突起に目をやれば、紅く熟れて愛撫を欲しているかのようだ。
 山本は素直にそれに応じて、尖るかたちをじっくりと舐めたどった。
 ふたつを交互に吸いあげ、硬い指先で弄れば、雲雀の体躯が魚のように鮮やかに跳ねる。
 急激に迫る快楽に促されたのか、悲鳴にも似た声をこぼした。

「あ、……っぁ、もう      ッ」

 ソファの皮生地の上で、黒髪が軽やかな音をたてる。
 喘ぐ口唇は、ちろちろと見え隠れする薄い舌で絶え間なく潤され、そして口付けをねだっていた。

「もぅ? ……まだ、じゃなくって?」

 性質の悪い誘惑を見せつける雲雀の薄情な口唇を、山本は奪ってしまうように塞ぐ。
 たちまち迎えて招く熱い口腔を深く犯し、甘くぬめる口付けをたっぷりと味わった。

「ん、ぁあ……」

 合わさった口唇の狭間からこぼれるつややかな声が、彼の泳ぐ悦楽の深さそのままだ。
 覆いかかる山本の後頭を、ほっそりとした掌が掴み取る。
 ちくちくとしたやんちゃな髪を愉しむように掻き回し、鍛えられた筋肉を確かめるように首から肩をたどった。

「も……しつ、こい……って、ん! あ」

 やさしげなしぐさが、打って変わってぎりりと山本の背を抉る。

「痛ッ! ……痛ってーなあ」

 思わずあがった情けない悲鳴にも、雲雀は構うことはなかった。

「文句、言える……立場?」

 掠れる毒舌はいやまして妖艶な響きを湛え、咎めているというよりは、追い討ちをかけているというほうがふさわしい。それでも、もがくしぐさはどこか弱々しく、雲雀が極みを望んでいるのはまちがいなかった。
 尽きない体力に散々翻弄されて、さすがの性悪ももはや限界が近いのだろう。

「はいはい、……もー、激しいなあ」

「ぁ、や……ぁあ、あ!」

 繋いだ躯を抱え直し、山本はおのれの腹に当たる雲雀自身を掴み取った。
 びくびくと跳ね上がるしなやかな肢体を支えると、より奥深くまで支配しようと突き上げる。

「あ! あ、ア……      っ!」

 追い上げられ、極みへと駆け昇った雲雀の断末魔は、細く高く尾を引いた。
 しがみつく細い腕に絡め取られ、山本もまた、堪えてきた欲情の昂ぶりを解き放つ。
 白濁を搾り取られるような衝撃に、大きく息を吐いた。爆発しそうなほどに弾む鼓動を宥めながら、眼下の貌をそっと窺う。
 昇り詰めた高みから突き落とされ、くったりとソファに投げ出された細身が、荒ぐ呼吸に揺れていた。
 汗を薄く帯びてつやめいた肌が、窓から降り注ぐ眩しい昼陽に磨きあげられている。
 うっとりするようなその様に眼を細めて、山本はすべすべの頬を啄ばんだ。

「……、なに」

 はかなく瞳を閉じ繊細な睫をそよとも動かさないくせに、すかさずつれない腕が、寄せられた男の頭を押しのける。
 事が終わればもう用はないと言わんばかりの雲雀の態度に苦笑しながら、山本は抗わずに身を離した。
 ひとつに熔けあったはずのふたつ身を慎重にほどけば、なまめかしい声を零した細身はちいさくわななく。
 雲雀は、ほとんどはだけて引っ掛けているだけのシャツの裾で、おのれの肌を汚す体液を拭った。無体にも押し開かれていた膝を寄せるしぐさがひどくけだるそうで、それがまた雲雀にはよく似合う。
 すぐ傍に在る存在をまるで無視するつれない雲雀の態度に抗議するでもなく、山本も手早く見苦しくない程度に衣服を整えた。
 触れ合っていた素肌が衣服に包まれ隠されていくのは、情交が幻であったかのような気がして、少し切ない。

「……全然、手に入る気がしねーんだよなあ…」

 こぼれるのは、他愛のない本音か。
 自分の身支度を終え、必要があれば雲雀に手を貸そうと見守っているのすら間抜けだと思いながら、山本はぼんやりと呟いた。

      アンタッチャブルって、こんなか?

 とぼけたことを思い浮かべる間も、雲雀がソファから降りるのを助けようと手を差し伸べる。

「いらないよ」

 そっけない言葉とともに案の定拒まれた腕をどうしようか、などと考えているうちに、山本を見上げる視線に気がついた。

「君、案外弱気なんだ。つまらないね」

 まなじりがうつくしく切れ込んだ魔物の眸が、誘惑をはらんでまたたく。

「咬み殺して欲しいの?」

 組み敷かれて抱かれている間も、甘い色香とともに薄れることのなかった獣の本性が、今は凶暴な牙を剥いていた。
 いつでも喉笛を噛み千切ろうと狙う鋭いまなざしが、山本の背にぞくりとした甘美な悪寒を走らせる。シャツ一枚の艶姿を披露している肢体はひどく無防備なのに、いつでも獲物を狩る意気に満ちていた。
 すらりと床を踏みしめる細い脚に遠慮なく蹴り飛ばされた記憶も鮮明だが、山本も今は雲雀と闘い競う愉しみを充分自覚している。
 喰い殺されてしまうのもまた、本当は心を掻き立てる快楽なのかもしれないと思うけれど。

「はは、それはまた、今度な〜」

 情事の興奮醒めやらぬタイミングでは、そうもいかない。山本が屈託なく笑うと、雲雀は呆れたように鼻を鳴らして、興味を失ったのか背を向けた。
 天下無敵、傍若無人の風紀委員長が居室にしている応接室には、簡易シャワー室がついているのだ。
 学生がいささか不適切な密事に耽るには絶好のシチュエーションだが、それも雲雀の気分次第だった。

「……君、出てきたときもいたら、お望みどおり、咬み殺してあげるよ」

 薄い肩越しに振り返る鋭い一瞥に、山本は首を竦める。ご機嫌を損ねてしまったことは間違いないが、いまいちその機微は山本の理解の範疇の外にあった。
 言いたいことだけ言い置いて、さっさと浴室の扉の向こうへ消えた細い背のシャツに浮かんだ肩甲骨の影が眩しい。
 これ以上長居をすると、本当にぶっ飛ばされかねないとそれだけは察した山本は、諦め半分で応接室を後にした。
 夏休みでひとけのない学校の廊下に出れば、遠くからかすかに響いてくるざわめきが、静寂をさらに際立たせる。山本がたった今まで閉じこもっていた世界とは、隔たりがありすぎた。
 クーラーがよくきいた温度に慣れていた肌が、まといつく湿気を意識させる。
 山本が好んで住む、本当の現実だ。

「あ〜、素振りでもすっかな」

 のんびりと呟き軽くのびをすると、山本は両手をポケットにつっこんで歩きだす。胸の底、身体の奥に密やかにこもるなまめかしい空気を、深呼吸ととも吐き出した。
 運動靴をつっかけ玄関から外に出れば、眩しい太陽。照りつける光に包まれ、渦巻く煩悩を蒸発させるかのようだ。
 白い雲を浮かべた蒼穹に思い切り腕を伸ばして、もう一度のびをする。届かないことなど承知のうえだ。
 山本はどこかさっぱりとした笑顔で頭を掻くと、悠々と校庭を横切り始めた。
 眩しいほどの若さに溢れた彼の足取りに、迷いはない。





〔END〕














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