仁(nucleolus)

コアは空になったり、かなり大きな集合になったりする。その理由を考えてみる。コアの条件は任意の提携Sについて、

提携Sの不満 = v(s) - \sum_{i \in S} x_i \le 0

である。不満が「0よりも小さい」とコアは大きくなりやすい。逆に、不満が「0より大きい」と、コアは空集合となりやすい。

ここで、0かどうかで考えるのをやめてみる。代わりに、「不満をできるだけ小さく」してみる。言い換えると、不満をなくす(0にする)のが無理なら、不満があるのは仕方ないってことでそれを減らすよう努力する。また、不満を誰も(正確にはどの提携も)持っていなくても、できるだけみんなの厚生を改善していこう、というように変えてみる。

「不満をできるだけ小さくする」ためにどのような方法で行うか?これについては以下のような手順で行う。

  1. 最も不満の大きい提携の不満を最小化
  2. 1の解が複数ある場合、次に不満の大きい提携(上の手順において複数の提携が存在する場合、その次に不満の大きい提携)の不満を最小化
  3. 2の解が複数ある場合、3番目に不満の大きい提携の不満を最小化 以下、同様。

提携の数は有限(プレイヤー数が有限(n)なので提携の数も有限(2^n-1)*1)なので、このような手順によってただ一つの配分ができる。これを「仁(nucleolus)」と言う。

計算例

仁の特徴

これまでの話から、仁は以下の特徴を持つことがわかる。

  • 仁によって得られる配分は平等主義的なものである。
  • 仁は必ず存在し、しかもただ一つである。

さらに、以下のようなことが言える。

上の手順1で得られる集合は「最小コア」と呼ばれ、(コアが非空なら)最小コアはコアに含まれる。上の手順から仁は最小コアに含まれることがわかる。そこから、以下のことが言える。

  • コアが非空なら、仁はコアに含まれる。

問題点*2

  • 仁は提携の不満を最小にする概念だが、提携のサイズは考慮していない。そこで「一人当たり不満」を考えてみる。
一人当たり不満=(提携Sの不満)÷(提携Sに属するプレイヤー数)

そして、これを最小化する「一人当たり仁(per capita nucleolus)」を考えれば上の問題は解決。さらに、これもcore selection(コア内の1点を指定している)になっている。

  • プレイヤー数が9以上の場合、全員提携の利得v(N)だけが増加する時、仁で与えられる利得が減少するプレイヤーが存在する可能性がある。

例は省略。

これも一人当たり仁では発生しない。

  • では、「最初から一人当たり仁でいいのでは?」との疑問が出てくるが、そうはいかない。

定理 プレイヤー数が9以上とする。このとき core selection かつ coalitionally monotonic であるような value operator は存在しない。

value operator とは仁や一人当たり仁のように全員提携の利得を各プレイヤーに分ける方法のこと。また、 coalitionally monotonic であるとは、ある提携のみ利得が増加した時にその提携に属するプレイヤーには多くが分けられるようになる、ということである。

つまり、仁や一人当たり仁のような分け方では、有利な状況になった(属する提携の利得が多くなれば分け前が多くなると予想される)のに少なく配分されてしまう人が出てくる、ということである(仁も一人当たり仁も core selection であるのでこの欠点を持つ)。

この他に、一人当たり仁では「縮小ゲーム整合性」*3(reduced-game property)という性質も満たさない(以下の例を解決するためにこの縮小ゲーム整合性が使われている)。

タルムードと破産ゲーム*4

約2000年前のユダヤ教の法典タルムード(Wikipediaの解説)には以下のような財産分与についての記述がある。

ある人が亡くなり遺産を残した。相続人はAさん,Bさん,Cさんの3人がいて、遺言ではそれぞれ100万円,200万円,300万円受け取れることになっていた。しかしながら、遺産はそれほど多くないため、遺言通りに分配することは出来ない(遺産が足りないので、この状況を定式化したものを「破産ゲーム」と呼んでいる)。その場合には遺産の総額に応じて以下の表のように分けるべきである(表の単位:万円)。

遺産総額AさんBさんCさん
100100/3100/3100/3
200507575
30050100150

100万円の場合には均等割、300万円の場合には比例割であるが、200万円の場合にはどちらでもない。さて、これをうまく説明する方法はあるだろうか?

タルムードの元になったミシュナ(口伝を書き起こした文書群)に以下の記述がある。

AさんとBさんの2人が1つの布を争っている。Aさんは全部を、Bさんは半分を要求している。そのとき、この2人はそれぞれ、4分の3と4分の1を受け取る。

この文章を解釈してみると、次のようになる。まず、争うことなく各人が得られる分を考えてみると、Bさんが半分を要求していることからAさんは半分を確実にもらえるだろう。一方、BさんはAさんが全部を要求している以上、確実にもらえる分はない(0を受け取ることができる)。2人が確実にもらえる分を除くと、残りは2分の1である。この残り2分の1を2人で折半すると

Aさんの取り分=2分の1+(2分の1)÷2=4分の3
Bさんの取り分=0+(2分の1)÷2=4分の1

となる。このように、それぞれの確実な受け取り分を除いて残りを折半することを「CG(contested garment)原理」と呼ぶ。

CG原理は2人での分け方を記述しているが、3人での分け方もこれに倣うことにしよう。つまり、3人で分け方が以下を満たすようにする。

任意の2人についてその取り分を合計してその2人でもう一度CG原理に従って分け直したとき、元の取り分と等しくなる。

このような分け方を「CG整合解」と呼ぶ。上の表による分け方はCG整合解となっている。また、この分け方は仁にもなっている。

実は、これが一般的な破産ゲームにおいて成り立つ。具体的には、CG整合解はただ一つ存在して仁と一致することが言える。


*1 実際の計算では、全員提携は考えなくてよいので2^n-2でいい。
*2 このあたりについては H. Moulin, "Axioms of Cooperative Decision Making" を参照。
*3 この訳は船木由喜彦, 『エコノミックゲームセオリー』による。
*4 この例については船木由喜彦,『エコノミックゲームセオリー』以外にも中山幹夫『はじめてのゲーム理論』、中山・武藤・船木編,『ゲーム理論で解く』など色々な本に紹介されている。原典は Aumann, Maschler(1985), Game theoretic analysis of a bankruptcy problem from the Talmud, "Journal of Economic Theory" 36, 195-213 にある。

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Last-modified: 2014-06-29 (日) 15:47:44 (3586d)

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