法と経済学―企業関連法のミクロ経済学的考察

 第6章 繰り返しゲームの「法と経済」への応用

1、繰り返しゲーム ゲームの有限回繰り返しの効果 まず、最初に言えることは、同じ囚人のジレンマ・ゲームが繰り返されるとしても、それが有限回のことであれば、結果は1回限りのゲームと同じであることです。 すなわち、すべてのゲームにおいて非効率的な非協力解が実現することが、前章で説明したサブ・ゲーム完全均衡となります。 無限回繰り返しの意味 では、同じゲームが無限回繰り返される場合はどうでしょうか。無限回繰り返しの意味は両当事者が無限に生きるというわけではなく、プレイヤーの将来利得に対しては、現在のそれを割り引くものと考え、割引率の概念を導入します。 たとえば、t期後に得られる100の利得は、割引率をrとすると、100/(1+r) の価値さかもたない、と考えられます。このrは、利子率であると考えることもできますが、1つの解釈としては、予期しない事情で将来の取引から離脱しなければならないリスクを表している、と見ることも可能です。 無限回繰り返しゲームの解の特性 このような意味での無限回繰り返しゲームでは、先ほどの有限回繰り返しのケースと異なり、一定条件のもとで、当事者間の協力の可能性が生ずることが知られています。もっとも、典型的な戦略として、トリガー戦略というものがあります。これは、これまでのゲームで相手が協力してくれた限りでは、自らも協力戦略を採り続ける、しかし、相手が一度でも非協力の戦略にでた場合には、その後のすべてのゲームにおいて、自分も非協力の戦略をとる、というものです。 フォーク定理 もしも、プレイヤーが十分に低い割引率を持っているならば、囚人のジレンマ・ゲームの無限回繰り返しゲームにおいては、単発ゲームにおける非協力解をパレード優越する利得のすべての組が、ナッシュ均衡における平均利得として実現できる。 法と経済学に対する意義 前章までに示したように、法の重要な機能は、契約の拘束力を与えたり、権利配分の制度的工夫をすることによって、囚人のジレンマやホールドアップ問題のような非効率的な社会的帰結を抑止することでした。しかし、単発のゲーム的状況を越えて、ゲームが時間的な継続性を持つ場合には、法的な強制装置が存在しなくとも、当事者間の長期継続的関係によって、自己拘束的な効率的帰結をもたらす可能性があります。

2、慣習と法規範 日本的慣行の合理性 わが国には、日本的慣行と呼ばれるものが多数存在しますが、その中から、次に挙げる2つのものについて、法と現実の乖離を検討してみる。 第1に、日本の企業間取引は長期継続的取引であると言われています。それでは、企業間取引に適用される法も、長期継続的取引を前提にしたものであるべきでしょうか。たとえば、企業間取引の一方的な終了は法的にも容易に認めるべきではないと言えるでしょうか。 第2に、日本の企業における雇用慣行は、いわゆる終身雇用であると言われています。それでは企業と労働者に対して適用される法も、終身雇用を前提にしたものにすべきでしょうか。すなわち、解雇は法的にも容易に認めるべきではないと言えるでしょうか。 繰り返しゲームにおけるトリガーの必要性 以上のように、ここで取り上げた日本的慣行は、いずれにも繰り返しゲームの効率性をはじめとして、経済合理性がある点において共通性があります。しかし、ここで忘れてはならないのは、これらの経済的帰結が効率的であるためには、双方のプレイヤーが、相手側の機会主義的裏切りに対する報復の手段を保有していることが必要であるということです。 法と慣習は一致すべきか そこで、仮に、会社法自体を「従業員主権」に近づけるべく、従業員にも経営者の法的な選任権を与える、あるいは、従業員の同意なしに経営者を取り替えることが法的にもできないようにしたらどうでしょうか。社会慣習に法規範を近づけた望ましい立法と言えるでしょうか。このような立法も。、やはり、繰り返しゲームの効率性を奪うことになるでしょう。


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Last-modified: 2011-11-11 (金) 16:23:55 (4547d)

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