「わーい、気持ちいい〜」
「・・・お前なぁ」

扉をあけてすぐベッドに直行するあいつに、オレは呆れてため息をついた。

「ヒトサマの家に遊びにきといて、第一声がそれかよ」
「だってうらやましいんだもん、ダブルベッド」
「それはビッグなオレ様用だ。第一、お前にはでかすぎんだよ」
「そんなことないもん」

 ぷうとふくれて、あいつは横たわったまま、体をぐるんと反転させる。

「こうやって自由に寝返りもうてるし」
「・・・ああそうですか、と」

ますます呆れたふりをして、オレはそいつに背を向けた。
本当は、動揺しているオレをさとられたくなかったのだ。
嫁入り前の娘が夜中に男の家に来たあげく、ベッドでゴロゴロしてるなんて、まるで「襲ってください」と言っているようなもんじゃねぇか。
おかげでさっきからまともにあいつの顔を見られねぇ。
前は平気だったのに、いつからこんなんになっちまったのか。
昼間村中かけずり回っているあいつと、夜に会うあいつが違う風に見えだしたのは。
あいつが後ろで無防備でいるのかと思うと、それだけで首の後ろっ側がむずむずする。
時々聞こえるシーツのこすれる音なんかも、異様に響いているカンジがして、このままでいるとかなりやばい気がした。
とりあえず、あいつをベッドから降ろそう。
そんで、おしゃべりのひとつでもしてれば、この妙な感覚も静まるかもしれねぇ。
そう思って、オレはティーセットを取り出した。
前に誰かからかもらったままタンスの肥やしになっていた代物だが、
カップラーメンの容器で入れるより、いくらかましにはなるだろう。

「おい、茶でも飲むか?」

箱からカップを取り出しながら声をかけるが、返事はない。
この静寂が嫌で何とか空気をかえようとしているってのに、人の気も知らねえでよぉ・・・。

「返事くらいしたらどうだ・・・、って」

ベッドへと振り返った瞬間、オレは硬直した。
目の前には、すうすうと寝息を立てているあいつの姿。

「おいっ!寝るなバカ!」

声をかけたくらいでは起きる気配はない。どうやら本気で眠ってしまったようだ。
肩でも揺すって無理矢理起こせばいいんだろうが、体が動かなかった。
寝ているこいつの姿が、あまりにも無防備すぎて。
ベッドの上で仰向けになって両手両足を投げ出しているその体のラインを、目が無意識のうちに辿っていく。
めちゃめちゃ女らしいわけではなく、どちらかといえばお子様体型なのに、スカートからすらりとのびた細く白い足は、オレの何かを否応無しに刺激する。
俺たちとは違う、白い肌。じっくり触ったことはないが、毛の生えていないそれは、とてもすべすべとしていて、柔らかそうだ。
食いつきたい。
食欲ではなく、体の奥から疼きあがってくる性欲からそう思った。
発情期の雌を前にした時のように、オレは自分を自制し難くなっていた。
人間ってのは、発情期でないのに交尾する種族だと聞いたことがある。
ということは、雌はいつでも雄を誘い、迎えることができる体になっているということだ。
こいつもそうだ。この白い肌で雄を誘っている。だから、オレもこいつに刺激されるんだ。
荒くなる息を押さえながら、ゆっくりと体をベッドへ傾ける。小さくベッドがきしむ音がする。
丁度組み伏せるような形になって、オレはもういちどそいつの姿をまじまじと見た。
覆い被さってしまえばすっぽりと収まってしまう小さな体だ。
コトをおこしてしまえばどうなってしまうのか考えないわけでもなかった。
が、それよりも、身近に肌をよせて感じる体温と、うっすらと漂う甘い香りに、吸い寄せられる自分を止められない。

舌先で存分にその香りを味わおうと、ゆっくりと首筋に顔を近づけた、その時。

「・・・へくちゅっ!」

ずいぶん色気の無ぇくしゃみだな・・・なんて考えること数秒。
オレは一瞬で我に返った。ついでに体に蔓延していた熱も一気に引いていった。
ばっと起きあがってベッドから退き、息を整える。心臓がありえない早さで脈打っている。

「ん〜〜・・・」

鼻をすんとさせながら、そいつはむくりと起きあがった。

「あ〜〜、ごめん、寝ちゃった・・かも」
「かもじゃねぇ!ぐーすか寝やがって!!とっとと起きろ!」
「やー、でも・・」
「でもじゃねぇ!起きねぇと食っちまうぞコラ!」

さっきまで全身を支配していた邪な思いを一掃するように、一気にまくしたてる。
照れと焦りと勢いと腹立たしさで、自分でも何を言っているのか良く分からなくなっていた。
だが、言われた本人はそんなものを聞くそぶりはみじんもなく、ただ漂ってきた紅茶の匂いに誘われて、ゆっくりとベッドから起きあがる。

「わ〜、紅茶が出てくるなんて初めて」
「いーからとっとと飲みやがれ!」
「お茶菓子は?」
「・・・・・」
「・・いただきます」

割と本気でにらみをきかせてみても、こいつには何の効果もない。
出会った当初からそうだった。
昔からこの人相としゃべり方で、特に女子供には嫌煙されてきたというのに、全く分からねぇ奴だ。
とりあえず、自分も気持ちを落ち着けようとカップに口をつける。
あいつも同じようにカップを手に持つものの、入れ立ての紅茶はまだ熱いのか、息を吹きかけてふうふうと冷ましている。
その間、何となくじっと見られている気配を感じて、妙な感じがした。

「・・・食べちゃっても、良かったのに」

暫くして、カップを口元によせたそいつがぽつりと呟いた言葉に、オレは飲みかけていた紅茶を全部吹き出した。

「な!・・おまっ・・え!?」

どっちの意味なのか。・・・いや、どういう意味なのか。
聞くに聞けずに慌てるオレに、そいつはただただはにかむように笑ってみせる。

「なんでもなーい」

なんでもないわけがないだろうが、バカ。
ひょっとしてこいつ、寝たふりしてたんじゃねぇだろうな・・・そう思って見るものの、その笑顔からは、答えのかけらすら探り出すことはできない。
こいつぁ、とんだ食わせ物かもしれねぇ・・・。
跳ね上がった心臓は収まりきらず、空気を埋めるように、オレは紅茶を一気に喉に流し込む。
喉が焼けるように熱かったが、今のオレには丁度いい塩梅だ。
 あいつは変わらずにやにやと笑っていやがるが、不思議と嫌味な感じはしなかった。
ただ、二人の間の何かが少しだけ変わった様な、そんな気がした。



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