悠美は三年間通い続けた高校の校舎を見つめた。

正式には―通い続けていた・・高校の校舎だ。

今日で、部外者になるのだ。

 

「ああー。一生女子高生でいられたらねー」

「ほんと〜」

 

ため息をつきながら南が悠美に寄りかかる。

この教室はもう自分達の居場所ではない。

毎朝、笑いながら通った通学路も、必要なくなる。

自由になりたいと渇望しながらも、まだ、この生ぬるい日常に使っていたい―両方のキモチがある。

 

「卒業して、大学行って、OLにでもなって、結婚して……うわー、想像できない!」

「あは、でも……南ってすごくほのぼのとした家庭、築きそう」

「そーぉ?」

「うん、なんか、ほんわーとして落ち着いた家庭」

「ありきたりな」

「でも、私はこんな家庭がいいな、安定が欲しいかも」

「そーゆー事言う人が一番破天荒な結婚したりしてね。ほら、不倫の果てに〜とか」

「不倫て……絶対ヤだよー」

 

笑い声でごまかすものの、自分は目の前の友人をいつわって友人の思い人と通じ合っていた人間だ。

不倫、ではないが少々ドキっとする。

それでも、こんな思いはもうしなくてすむのだ。

南も、自分も……貴一も違う大学に行く。

そうすれば逢う事もない、この事は思い出にできる。

 

(……ほんとに?)

 

触れるだけの、心地良い関係は、ムードに流されてなんていって何回もある。

それこそ、ただの気の迷いとはいえないくらい……多く。

こうやって貴一の傍を離れてしまえばぐだぐだと考える事もあるが、あの指先に触れた途端にそんな悩みは吹き飛んでしまう。

 

「そろそろ行かなきゃっ。緊張する!」

「最後だもんねー」

 

二人で笑いながら体育館に移動して、仲間達と行われた卒業式。

絶対にまた逢おうねと、三年間共にすごした仲間との別れは思ったよりも辛かった。

卒業書証を手に外に出ると、最後のお別れを皆に言う。

 

「ゆっちゃん」

 

聞きなれた声に振り向くと、ひらひらと手を振りながら見慣れた長身がやってきた。

南がいなくなるまで待っていたのか、偶然なのか、飄々とした笑顔を浮かべている。

ちなみに目の前の彼の学生服のボタンは全滅している。

 

「手のひらだして」

「?」

「オレからの、卒業祝い」

 

物音もたてずに手に渡されたのは、学生ボタンの一つ。

驚いたように顔を見ると、貴一はいつもの何か企んでいるような笑みを返してくる。

捨てるわけにも行かず、ありがとう、というととりあえずポケットにしまっておく。

 

その後はお互い言う事が見当たらず、少し沈黙してしまう。

前まで顔を合わせればなにかしら話していたのに、不思議なものだ。

そのうち貴一は下級生の生徒に捕まっていった、少しだけほっとすると、悠美は最後のお別れをするべく教室へと向かった。

 

 

 

 

 

 

***

 

 

 

 

 

 

教室は冷たく、悠美を突き放しているように思えた。

窓からは生徒と父兄やらが溢れかえってくる。

もう、この場には戻ってこれないんだ、という気持ちが悠美を感傷的にする。

窓際に座ると、じ、と下の様子を見守る。

下の人間は教室で一人で座っている悠美には気づかないようだ。

と、その時教室のドアが開いた。

 

「見つけた」

「きーちゃん」

 

後ろ手でドアをしめると、貴一が悠美へと近づいてくる。

貴一の手が悠美を通り過ぎるとカーテンを引いて悠美の視界を奪う。

白いカーテンに包まれて―まるで世界に二人だけのような錯覚をする。

近づいてきた端整な顔立ちが、唇に優しく降りてくる。

 

「最後に教室で、ってのも思い出だよね」

「!?……ちょぉっ……きぃちゃっ」

 

さわやかな笑い声と共に床に押し倒される。

いつ人が来てもおかしくない状態で、耳を澄ませば友人の笑い声が聞こえる距離にいるの、だ。

それでも、悠美の腕を拘束する熱が、心地よくて。

柔らかな愛撫が体を溶かすたびに、悠美の思考も霧がかってくる。

 

「……イヤ?」

 

ずるい人、と思う。

時折行為の最中、思い出したかのようにゆっくりと悠美に触れる。

逃げ出してもいいんだよ、と語る指先に悠美は泣き出しそうになる。

ムードに流されたままでいれば、貴一の所為に出来るこの事も、貴一が許してくれない。

それでも口に出して言うのはプライドが許さないから、ぎゅ、と瞳を瞑るといつものように貴一の背中に手を絡ませる。

『最後に』と言った貴一の言葉が少しだけ思い出され、とりあえずソレを理由にした。

 

(最後……だからね)

 

そんな悠美に満足げに笑うと、貴一がスカートをたくし上げる。

 

「いいね、脱がすのは最低限だけなの。最後の制服プレイ」

「…………オヤジみたいな事言わないでよ」

「正直、時間もないしね、掴まってててよ?」

 

言葉どおりホントにヤるだけ、な行為。

最低限な露出で、性急に事を進ませる。

漏れる声は貴一がキスで塞いでくれる。

背中を壁に押さえつけられ、前からは貴一の熱が悠美を押さえつける。

ぎゅ、とつよく貴一の首に腕を回す。

悠美を支える貴一の腕がなによりも力強く感じる。

熱くて、目の前がぼやけて、泣きたいくらい感情が溢れて。

余裕な表情の貴一が少し恨めしくて、肩に文字通り噛み付いた。

 

「って」

「歯型、ついたよ」

「ははっ、皆の前で肌蹴らんないじゃん、オレ」

 

その言葉に、いつもと違い、今から皆に合わなくてはいけない事に気づく。

今更行為をやめた所で、何も変わるわけではないし……。

 

「後片付け……どーするの?」

「あー……ティッシュ教室のどっかにアるっしょ」

「なんか、イヤー……」

「いーから、最後の制服プレイに集中して」

「集中させて」

「………言うね」

 

不敵な笑みを浮かべたかと思うと、次の襲ってきたの激しい口付けに悠美は己の言葉を後悔するのであった。

 

 

 

 

 

***

 

 

 

 

 

 

「あっ!悠美〜〜〜!ドコ行ってたの」

 

怒ったような南の言葉に、悠美は苦笑いを返す。

教室、と言うとそっかーと返された。

 

(ナニをしていたのとか、聞かれなくてよかったー……)

 

「ま、一時のさよなら、よ……それにしてもいーなー、悠美の大学ってさ伊藤君の大学とちょぉ近いじゃん」

「へ!?」

「へって……悠美、大学の場所わかってないなー。一駅位しか離れてないっしょー?アパートとか近所だったりしてねー」

 

それだったら遊びに行かせてね、と笑う南の顔を驚愕の表情で見やる。

ぽん、と肩に手が置かれたかとおもうと背後から笑顔の貴一が顔をだす。

 

「制服着るのは、今日で最後だけどね」

「!?」

(じゃあ、アレ、ホントに『最後の制服』プレイだったんだ!?)

 

まさか本当に関係に終わりがきたとおもっていなかったが、まさか近くの大学とは到底考えていなかった。

違う大学であれば会うこともなくなる、生活環境が変わればすべてが変わると思っていたのだ。。

 

「これからも、ヨロシクね、ゆっちゃん」

(ナニを……ヨロシクなのよぅ……)

 

それでも、少しだけ。

少しだけ、ほっとしている自分がいる。

まだまだ必要なんだといわれているような気がするのだ。

 

「あ、記念撮影!写真とっとこー!」

「……一瞬のさよならだったー……」

「はは、オレからは逃れられないって事」

 

いつか絶対貴一のその余裕な表情を吹き飛ばしてみせる、と誓うと悠美は友人の消えた方向へと走っていった。

 

 

 

Fin

 

 

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18th/July/07

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