その客の来訪に、貴一きいちは少しばかり驚いたような顔をする。

しかしすぐに笑顔に戻り、立ち上がると、やぁ、と声をかける。

 

「どうして、オレの所に?」

「私、きー兄の秘密知ってるわよ」

 

そう言って一回り年の若い従妹はうふふー、と笑う。

案内する前に椅子に座り込むと、貴一が座るまで沈黙を守る。

 

「ね、ゆーみんとは『恋人』ぬかして、結婚したって、ホント?」

「その話か」

「気になるじゃない、ね、ね。きー兄だったらどうせ話してくれるでしょ?」

「ゆっちゃんは?」

「なんか、恥ずかしそうだったから」

「ふーん」

「ふーん、じゃなくて。話してくれるの、ないのっ?」

 

駆け引きなど一切せずに、みつは貴一を見つめる。

拒否は赦さないと言わんばかりの気迫に貴一は、はぁーとため息をついた。

生まれ付いての女王気質は本人も気づいていないのだろう。

 

「誤解されそうだから言っとくけど、オレ何回もゆっちゃんに『付き合おう』って伝えた事あるから」

「振られたんだー。やーい振られ坊主」

「あえて否定はしないけど……。と、まぁ、ゆっちゃんは今まで一人も彼氏いないんだよ、これが」

「うっそ!?なんで」

「ゆっちゃん曰く『付き合う』のがイヤなんだって」

「でも結婚したじゃん」

「結婚はいいの」

「でも結婚の前に、やる事やったんでしょ?」

「もう少しソフトにいえないの?」

 

ストレートに言われ、さすがの貴一も一瞬言葉を失う。

なにが悲しくて、高校二年生の女の子と自分の恋愛体験を語らなくてはいけないのだろうか。

 

「まぁ。結婚するくらいはオレの事好きだったからね」

「結婚するくらいって……、ソレ以上は何があるの?」

「好きだけど、付き合ってもいいと思う位の信用、オレは持ってなかったわけ」

「???」

 

頭の上に無数の?マークを浮かべている従妹に対し、貴一は少しばかり困っていた。

どう、説明すればいいか、わからないのだ。

総てを説明するのは、無理だと最初からわかっている、ならさわりだけ説明すればいいのだ。

 

「ゆっちゃんは、付き合うとかそーゆーめんどくさいのキライなの」

「えー……?」

「オレもゆっちゃんも、何不自由なく育ったからね『楽』な方が好きなの」

「じゃあ、なんで結婚したの?」

「ソレ、オレも気になってる」

「ナニソレ!じゃあ、だめもとでプロポーズしたの?」

「そ。ゆっちゃんはどうか知らないけど。少なくともオレにはゆっちゃんが必要だからね」

「どーゆー意味で?」

「さぁ……どーゆー意味でしょう」

「ちょ、最後まで教えてよ!」

「はいはい、お子様はここまでー。残りは蜜が大学にでも入ったらねー」

 

あっはっは、と笑いながら蜜を外に追いやる。

少しばかり抵抗するものの、これ以上貴一が何も語らない事を知っている蜜は、本気では抵抗しない。

きっと蜜の弟も迎えに来てくれているに違いないと思い、部屋の外に放り出すと、さよなら、と言う。

蜜は不満げに口を尖らせると、あっかんべーと幼稚じみた事をして走り去る。

 

蜜には怖いものがない、だからこそ正面きって物事を見ることができる。

自分や、悠美に出来ない事を。

 

初めて悠美を抱いた時、貴一は本気で悠美が自分のためだけに生まれてきたように感じた。

幸福な一体感を覚えたその日、すぐに喪失感を覚え、独占欲が体を支配した。

付き合おうよ、と耳元で囁くと、少し驚いた顔の悠美の顔が歪んで、わかんない、と泣き出した。

いきなり泣き出した悠美には悠美の理由があったのだろうが、それが貴一に伝わるはずもなく、そっと抱きしめた。

付き合う事ができなくても、抱き合う事はできた。

むしろソレが自然だった。

付き合おうよ、というそれはすでに貴一の口癖で、二人きりになるといつも悠美に言っていた。

時には冗談のように、時には真剣に、

 

『私は不安定な永遠なら、いらない』

 

ある日、いつもの言葉を言ったら、そんな風に返された。

意味が分かったわけではないが、それ以来付き合おうといった事はない。

 

高校を卒業して、お互い違う大学にいって、社会に出て、それでも関係は時折続いていた。

 

いつ消えてもおかしくないような関係。

それでも、辛いとき支えてくれていたのは―彼女。

 

俗に婚約指輪と呼ばれるソレを手に入れたとき、本当にこんなもので彼女を手に入れれるのか不安になった。

あの日、永遠を願った彼女に渡せる精一杯の『永遠』はコレくらいしかないけれども。

 

聞かなくとも、今なら、分かる。

あの頃悠美が求めていたのは、きっと、おとぎ話のような永遠である事を。

だから『非日常』である、貴一との関係を望んだ。

不確かであるからこそ、終わらない時もある。

『恋人』という風に関係に名前を付けたら、いつか終わりが来る事を彼女は怖がっていたから。

 

本当は知っているのに、王子様なんて現れない。

 

 

 

 

「……王子、なんてがらじゃないけど、な」

 

ふと思い出した事に感傷を抱くと、ふ、と自嘲的な笑みを浮かべる。

 

純粋的な悠美の夢を笑える権利など、貴一にはない。

永遠は信じなくとも―運命は信じる貴一には。

 

「夫婦そろって、ロマンチストすぎるかなー……これは」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

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22th/Aug/05

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