伊藤貴一はもてる、というのは自他とも認める真実だ。

顔はかなり良いし、性格も、まぁ、けっこう優しい、笑顔だって素敵だ。

よーするに、彼は学校中の女の子の憧れのまとなのだ。

 

(……うん、それは、分かってるけど)

「ゆっちゃん?」

 

あまりに非日常的なシチュエーションに、悠美の頭はパンク寸前だ。

どうして、

どうして、貴一と自分がこんな所にいるんだろうか―ラブホに。

 

「………私」

「ん?」

「帰る〜〜〜っっ」

「って、外雨だし、ゆっちゃん酔ってるし、駅遠いし」

 

唖然とした表情の貴一に悠美はますます困惑する。

この場所はいわゆる、そーゆー事をする場所で、そーゆー事をしないとしても……照れる。

 

(まぁ、きーちゃんは、私なんかに……興味ないし、ね……)

 

ため息をつきながら、悠美はこんな事になって経路を思い出していた。

 

 

 

 

 

 

***

 

 

 

 

 

 

「ね、あれ、って伊藤君たちじゃない!?」

 

はしゃいだように言う南の声に、悠美は一瞬え、と思った。

うそー、ともうひとり遊びにきていた女の子―梨絵りえが嬉しそうな悲鳴をあげる。

声かけちゃおーか、なんて話している二人に悠美は焦って、止めようとするが時すでに遅し。

すばやく行動した南が、貴一とその周りの男の子に声をかけた後だった。

 

「伊藤君!」

「お、竹下と河上じゃん」

「やほ♪何、もう帰るの?」

「いや、どっしよっかなぁ、て話してた所、な、伊藤」

「ああ………ってか、ゆっちゃん何してンの?」

「え?……悠美?」

 

つかつかと貴一はある看板に近寄ると、そこの脇に手を突っ込み……悠美を引きずりだす。

悠美はあはは、と笑いながら貴一にお久しぶりに挨拶をする。

貴一も笑いながら、久しぶり、と挨拶返しをする。

 

(逢っちゃったー)

「な、竹下」

「え、何っ」

 

いまだに悠美の手を握りながら、貴一が南に話しかけると、多少声が上ずりながら南が返事をする。

 

「ちょうどこっちも三人だし、遊ぶか」

「うん!」

(えー!!)

 

心の中でまじでー!と叫んでも誰も答えてくれない。

悠美自身、なぜイヤなのかわからない。

貴一と居るのがイヤなわけじゃない……。

ただ……。

皆と居るときに貴一と一緒にいるのが、イヤなのだ。

 

(なんでだろ)

 

ぼんやりとそんな事を考えていると、ふわり、と体が宙に浮く。

 

「――ひぁっ!」

「起きてる?ゆっちゃん」

「おき、おき、起きてる!起きてるからおろしてっ」

 

町のど真ん中で、おなかに手を回されて担がれる形になる。

恥ずかしいどころじゃない、ただでさえ貴一の端整な顔に人の目線は集まるのに、これ以上醜態をみせたくない。

おろしてー!と叫ぶと貴一がはいはい、と言いながら悠美を地面に落とす。

 

(びっくりした)

「カラオケでいいよねー、悠美っ、伊藤君」

「オレはどこでも」

「はいろ〜♪」

 

なんだか妙にハイパーな南が先頭をきってカラオケの中に入っていく。

受付を終わらせ、部屋に入る。

 

「あ、ひろーい」

「穴場だ」

「おっしゃ、飲みもん何頼むー?」

 

皆がわきあいあいとしている間、ウーロン茶ととりあえず梨絵に言付けすると、悠美はその場を立つ。

 

「?ゆっちゃん?」

「あ……トイレ」

「悠美待って〜、私も〜」

 

がしり、と腕を南に組まれる。

いってらっしゃい、と笑顔で見送る貴一を見ながら二人は外に出た。

初めて入ったそのカラオケボックスは最近出来たばかりらしく、内装はとても綺麗だ。

値段もリーズナブルで本当に穴場である。

 

「ねー、悠美って、伊藤君の事好きなの?」

 

トイレから出て部屋に戻る途中、急にそういった南に悠美は一瞬どき、としてしまう。

突然仲良くなった貴一と悠美にそーゆー噂が無いわけではない。

やっかみだってある、だが悠美の『キャラ』的に違うだろう、と皆思っているのだ。

そして実際、悠美と貴一は付き合っているわけではない。

ただ……皆が知らないお互いを少しだけ共有しているだけだ。

 

「まさかー……」

「ホント?だって……伊藤君、悠美にすごいかまうじゃん」

「からかうのが楽しいンだよ〜」

「そかな……」

「そーだって……急にどうしたの?」

「……私さ、伊藤君が好き」

 

言葉を失った。

クラスメートの中に貴一が好きな人はいっぱいいる。

だが、皆それぞれ諦めている、憧れのように思っている人の方が多い。

だが今、南の目は、真剣だ。

 

「……好きじゃないなら、協力してくれるよね?」

「う、ん……もちろんっ」

 

無理やり顔の筋肉を笑顔にする。

 

(大丈夫)

 

貴一と自分はなんてことない、はずなだから。

なのに心の中で何かが少しつっかかっている。

 

部屋に戻るとすでに飲み物が用意されていた、喉が酷く渇いている。

ウーロン茶を取ると、一気に飲み干す。

―と、

 

「ゆっちゃん、それウーロンハイ!!」

(うーろんはい?……ウーロン茶の間違いじゃないの)

 

と、思った瞬間、顔が高潮してくるのがわかった。

ぼぅ、と頭に霧がかかったようになる。

 

(コレなんでアルコール入ってるの?)

 

すきっ腹にいきなりアルコールを詰め込んで、悠美はその場にしゃがみこみそうになる。

 

「あぶなっ」

「ん〜っ」

 

むずがる赤ん坊のような声を出す悠美を貴一は抱きとめると、横抱きにする。

皆心配そうに悠美を見ているのがよくわかるのに、大丈夫、だとは言おうとしても自由にからだが動かない。

 

「ダメっぽい、ちょっと外でてくるわ」

「あー、わりぃな、貴一」

「私行くよ!」

「いーよ、抱えなきゃだし」

 

霧がかった頭上でそんな会話が聞こえてくる。

別に、倒れるくらいお酒に弱いわけじゃない……強くも無いが。

人目に付かないようにカラオケボックスから出てくると、悠美ベンチに座らせる。

 

「大丈夫?家帰る?」

「ん〜〜、お母さんにバレたら……やばいかも」

 

一気飲みとはいえ、そこまで飲んではない。

意識はあるものの、絶対に酒臭いはずだ。

それにもう少しベンチに座って……二人でいたい。

―と、

 

「あ、雨だ」

「えー」

 

ぽつり、と水滴が悠美の頬を撫でる。

急に曇りだした空はぱらぱらと水滴を地面へと投下していく。

 

「雨宿り、しよっか」

「ん」

 

手を握られて、ジャケットを頭にかぶせられる。

おかげで前が見えなくなり……貴一の誘導する場所へなんの疑いもなく入っていった……そして冒頭へ戻る。

 

 

 

 

 

 

***

 

 

 

 

 

 

 

外はまだ雨が降っている。

思ったとおり、貴一はベッドの上に座ったまま窓を見ている。

ベッドの上に乗ると、少し軋む音がする。

 

(てゆーか、カラオケボックスに戻れば、よかった)

 

どうして付いてきてしまったんだろうか。

不安げに貴一の顔を見上げると、その名を呼んだ。

 

「きーちゃん」

「……今日、初めて呼んだよね」

「え?」

「きーちゃんって……」

「あ……うん……」

「ゆっちゃんってさ……」

 

手を取られて、そのままベッドへと押し倒される。

片手をシーツへと縫われて、それだけなのに身動きが出来なくなった気がする。

貴一の瞳はひどく静かだ。

ただ、嵐の前触れのように思えたが。

 

「可愛い」

 

そう呟いた唇が、悠美のに落ちてくる。

ソレは一瞬だった、味なんて感じないはずなのに、ひどく甘い―。

 

「きっちゃ……っ」

「しーっ」

 

もう一度降りてきた唇は、先ほどとは違い、悠美を食らいつくすかのように深く交わってきた。

歯列を割って入り込んだ暖かな舌が、悠美のソレを巻き込んで、味わいつくすかのように口腔を犯す。

キスされている―と認識するまでに、数秒以上かかった。

その後、頭に浮かんだ言葉は『なぜ?』だった。

だが悠美がそう問う前に、雰囲気で感じとった貴一が口を開く。

 

「オレが嫌い?」

「……嫌いじゃ、ない……よ」

「じゃあ、好き?」

「わかんない……でも」

「でも?」

「ヤじゃない、よ」

 

そう言った途端、もう一度口付けられた。

慈しむかのような口付けに、愛されているかのような感覚を味わう。

いつの間にか乱れた服が、貴一の手により一つ一つ剥ぎ取られていく。

素肌が晒されるたびに、どうしようもない羞恥心を感じるのに、ゆっくりとシャツのボタンをはずす貴一を見たとき、早く脱いで欲しいと願った。

下着の上から胸を包まれる、初めての感覚に悠美はどうしようもなく戸惑う。

他人の手が、素肌に触れている。

背中に貴一の手が滑り込むと、ぱちり、とブラのホックをはずされる。

器用だな、なんて思いながら、心細くなる。

目の前の貴一も似たような格好なのに、主導権は彼にあり、どうしてこんな風になってしまったのか、悠美にはまったくわからない。

それより、こんな事をされて、いやがらない自分もわからない。

 

「んっ……」

 

胸の頂にある果実を口に含まれる。

何もかも未経験な悠美は知識としては聞いた事があっても、実際に自分の身に起こると……されるがままだ。

ゆっくり、優しく与えられる愛撫は、本当に悠美を酔わせる。

 

(……酔ってるのかな……きーちゃんに)

 

だから、抵抗できないんだ。

と、勝手に理由付けると、彼の背中に縋るように腕を巻きつける。

 

あらぬ所を撫でられて、朱の軌跡が悠美の体に刻み付けられる。

断続的に与えられる快感に、生理的な涙がぽろぽろと零れてはシーツに染みをつくっていく。

貴一の汗ばんだ体を抱きしめる、それだけで感じる未知の感覚への恐怖が薄れていく。

暖かな体温は、何も言わなくても悠美を包んでくれる。

 

「あっ……ぁあっ」

 

初めて感じる他人の体温は、心地良い。

初めてじゃないみたいだ、まるで―自分自身のような気さえしてしまう。

他人を受け入れる事がこんなにも、泣きたくなるくらい、優しい事だなんて、初めて知った。

貫かれる鈍痛でさえ、他人を拒否する痛みではなく―生きている痛みのように感じる。

 

「ゆっ……ちゃっ」

「は、ぁっ……ぁあっ……」

 

熱に浮かされ、頭の中が真っ白になる。

何も考えられない。

 

 

 

 

 

 

 

 

温かい。

小さい頃、お父さんに撫でられた感じとよく似ている。

 

「ん……」

「おきた?」

 

目の前の貴一は優しげに笑い、悠美の髪を撫でていた手を頬にうつす。

ぼんやりとした頭は徐々に先ほどの行為を思い出す。

だが、思い出したのは、それだけではなかった。

 

『……私、伊藤君が好き』

 

行為の前、最中にはまったく思い出さなかった彼女の言葉が急に悠美を責める。

 

「……ねェ、ゆっちゃん」

「え……何?」

「付き合おうか、オレたち」

 

どこに?と言うほど自分だってウブじゃない。

でも、今付き合ったらどうなるのだろうか。

南は激昂するだろうし、嫌がらせはくるだろうし―酷く面倒くさい事になるのは必須だ。

頭の中で冷静に考えてしまう自分が汚く思えるが……『付き合う』事を承諾できそうにもない。

 

「ヤだよ」

「え?」

「このままじゃダメなの?……『付き合う』って……しなきゃダメ?」

 

はじめれば、おわらせなければいけない。

いつか来る終わりを怖がりながら、貴一と辛い学園生活をおくるなんてできそうにもない。

彼氏彼女、だなんてそんな言葉で貴一と自分を表して欲しくなかった。

そして、そんな言葉に表せるわけがない、と思っていた。

 

ぽろぽろと零れる涙は、悠美の意思とは無関係に止まらない。

焦ったように抱きしめてくる貴一は、絞り出すような声で、いいよ、と言った。

ごめんね、と貴一と……今はここに居ない自分の友人へ言った。

 

 

 

 

 

 

 

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12th/Mar/06

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