忘れていた結婚届も受理され、晴れて伊藤の姓になった悠美は、只今、ある視線に耐えかねている。

本人は隠れているつもりでも、悠美からはバレバレの、まるで監視のような視線。

危害を加えるようなまねはしないと踏んで、悠美ゆみについているSP達にも黙認されている存在。

それは…………貴一の従妹である。

 

「ぇーっと……みつちゃん……、お茶でもいる?」

「どうしてわかったの!?」

 

半分逆ギレも入りながら、高校生くらいの女の子が草むらから出てくる。

見つかったらしょうがない、という風に悠美が座っている前の椅子に座る。

蜂蜜色の長いカールした髪が夏の風に揺れ、同色の瞳が興味深そうに悠美を見る。

その日本人離れした美貌は少し貴一に似ているが、その迫力に悠美はおされ気味だ。

 

「今日、はちくんが来て『姉さん今日もお邪魔してると思います』って言ってきたんだもの」

「もー!蜂ったら何で邪魔するのかしら!」

 

二人の会話に出てきた蜂とは、蜜の双子の弟の事である。

蜜を男にしただけ、といった風貌で、二人が揃うとちょっとした見ものだ。

ちなみに何かたくらんでそうな笑顔は貴一そっくりである。

 

「なんで毎回そんな登場の仕方なの?」

「えー、ゆーみんの護衛が何時気づくかなぁ〜っと思ってぇー」

「最初っから気づいてたんだと思うよ」

「嘘ォー、今日はちょっと自信あったのに!」

「そんなマネしなくても、きーちゃんの従妹なんだからちゃっちゃーと入れるよ?」

「わかってなぃなー、お忍びだから楽しいんじゃん☆」

 

身内だけの結婚式で蜜とは始めて逢ったのだが、どうも懐かれたらしく悠美と所へよく遊びにくる。

人にあだ名を作るのが好きらしく、悠美と名乗った瞬間に、ゆーみん!と抱きつかれてしまった。

現役高校生のパワーに押されながらも、結構仲良くやっている。

 

「きー兄は?まだ出張?」

「うん」

「新婚なのに、ゆーみんかわいソー」

「うーん、蜜ちゃんいるし」

「まぁね〜☆」

「のんびりだよね、きー兄もゆーみんも。結婚届も忘れるし。みんなにも伝えるの忘れてないよね?」

「うーん、意図的に、結婚した事、職場の人にいわずやめてきたの」

「え!?」

 

悠美がそう言うと蜜は大げさな動作で驚いてみせる。

なんだか映画でも見てるような気分になりながら蜜の顔を見る。

 

「友達には?」

「えと、まだ」

 

本格的にあきれたような表情の蜜に、悠美はとりあえず言い訳を言おうと、蜜ちゃん、と呼ぶ。

 

「まぁ、聞かれたら正直に答えるけど。……ホントはね、言いたくないの」

「なんで?」

「だって貴一きいちだよ?絶対『何時からつきあってたのー?』『どうやってゲットしたの〜?』とか質問攻めになるし、高校からの友達にはできるなら一生ばらしたくないもん」

「えー!私だったら言いふらすよー。てか、いつからつきあってたの?きー兄とゆーみんって。高校の同級生だよね?」

 

絶対に聞かれるであろう質問に、悠美は内心冷や汗をかく。

言ってもいい、蜜なら軽く流してくれるだろう、しかし悠美自身いまだになにがどーなって貴一と結婚したのかあまりよくわかってない。

 

「つき、あった事はない……のかな」

「…………え?」

「付き合ってないけど、やる事やってた、ってやつ?それがうっかり今まで続いて、気が付いたら伊藤の姓にはいちゃった」

 

えへ、と引きつった笑みを浮かべると、目の前の蜜が腹をかかえて笑い出した。

予想したとおりの蜜の反応に悠美は少しほっとする。

もうほとんど笑い話に近いのだから、軽く反応してくれた方が気持ちも軽い。

 

「だから、高校時代の人には逢いたくないの?」

「良い言い訳が思いついたら言おうと思ってるけどね」

「でも、ゆーみんってきー兄の事好きだよね」

「へ?」

「ついつい流されちゃうくらい、きー兄しか見えてないんでしょ?」

「そーなの、かな?」

「だと思う」

 

悠美は不安げに眉をよせるが、蜜のその言葉に自分が安堵していることに気づく。

曖昧な想いで出来てる、この曖昧な関係を人に話しても理解してもらえない事を悠美は知っている、だからなかなか人に伝える事ができなかったのだ。

 

「ありがと、蜜ちゃん」

「いえいえ〜」

 

なにに対して感謝されたかはわかっていないようだが、とりあえず返してくれる蜜が悠美には可愛く映った。

 

 

 

 

 

 

 

 

***

 

 

 

 

 

 

 

 

白い天井を見上げながら、悠美は先ほどのやりとりを思い出す。

結婚してすぐ出張に行ってしまった夫に、一週間ぶりに会ったと言うのに、顔をゆっくり見る前にベッドに押し倒されてしまった。

悠美が疲れてるんじゃないの?と聞くと貴一はにやっと笑い、疲れるのは、これからっしょ、と行って寝室に引き込まれたのだ。

 

「ゆっちゃん、こら、集中」

 

ぼーっとしていた悠美を起こすように貴一が強く悠美の細い首筋を吸う。

ちくりとした痛みに悠美がはっとすると、すぐに唇を奪われる。

いつもより少し性急なキスに悠美はすぐに酔う。

自分から貴一の首に抱きつく、一週間ぶりのぬくもり。

胸を締め付けるほど愛しいというより、安心感の方が勝る。

何も言わず貴一はいつだって、居場所を悠美に与えてくれる。

 

「何、考えてたの?」

「やっぱ、みなみとかに言わなきゃかな?……結婚した事」

「言いたくないっていってたの、ゆっちゃんじゃない?」

「だって……なんか、説明するのわかんなかったし。でもちゃんと言うのが普通かなって」

「ばれたら、その時でいいんじゃない?」

「んぅー」

 

話しながら貴一が悠美の胸の双方の頂を口に含む、舌でまるで飴でも舐めるかのように愛撫されると、軽い電流のような快感が生まれる。

片方の手は悠美の太ももを撫であげ、軽い快感が体の中に熱をためていく、堪らないその感覚にぎゅ、と目を閉じる。

 

「別にオレ冗談で結婚を申し込んだんじゃないしね」

「ふぇ……っ?」

 

熱に浮かされた頭の中で、いつの間にか唇は腹部へと移動し、その代わり手で胸の果実を弄んでいる。

話すたびに感じる熱い吐息にどうしようもなく、感じてしまう。

 

「馴れ初めがなんでも、どうでも良い女と結婚するほど、オレはお人よしじゃないよ」

「じゃ……っ、きぃちゃ、私の事、……す、きぃっ?」

「そーゆー、ゆっちゃんはどうなんだよ」

「ひゃぁっ……っ」

 

太ももに噛み付くように貴一がくちづけを落とす。

移動するたびに小さな痛みと赤い花がそこに咲いてゆく。

 

「し、しらなぃっ……ふぁっ……自分で考えればぁっ」

 

そう言って悠美はすぐに後悔した、いつもならひどいなーと流してくれる事はあっても、こういう時の貴一は断然自信家で、いつもより、いじわるなのだ。

 

「またまた。オレの事好きって、認めれば、ゆっちゃん」

「きぃーちゃぁっ……、ぁっ、ぁあ」

 

十分に濡れそぼったソコを舌で愛撫を軽く施してやると、悠美の手が背中に痛いほど食い込んで、沿った背を抱きしめてやる。

痙攣したような体は、小さくて、今にも折れてしまいそうだ。

激しい動悸の中息を整えるヒマを与えぬまま、貴一は悠美の脚を割る。

 

「ぁあっ、きぃ、ちゃっぁ」

「っ」

 

熱い熱に包まれて、なにがなんだか分からなくて、悠美は貴一に抱きつく。

律動にあわせて揺れる腰がやらしいとか、考えてられない。

耳元で名を呼ぶ貴一の声も熱を含んでおり、その熱を自分が与えたんだと想うと嬉しくなる。

 

(このまま、溶け合えたらいいのに)

 

白くなる意識の中、悠美はそう思った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

朝の白い光が視界に入る。

 

(朝……)

 

もぞもぞと上半身を起こすと、自分が生まれたままの姿をしている事に気づく。

一瞬パニックに陥るが、隣で死んだように眠る男を見つけて少し安堵する。

こうして寝ているとまるで学生のように見える。

 

(寝てるきぃちゃんみたの、はじめてかも)

 

いつも抱き合った後はあたふたして、お互いゆっくり朝まで居た事は少ない。

ここまで熟睡している貴一を見たのは始めてだ。

 

(うん、結婚してよかったなぁー……)

 

眠る貴一を見て、胸がほんわかする、多分コレが好きという元で、幸せの一部なのだろう。

 

「きぃちゃん、好きよ?」

 

内緒話をするかのように貴一の耳元で囁く。

本人に届かなくとも、悠美はその言葉の響きに胸が温かくなるのを感じる。

えへへ、と笑うとそのままベッドへと逆戻りする。

今はまだこのぬくもりの中にいたかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

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16/Aug/05

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