「葉子さんって、自分からあんまり喋らないよな」
「……そうですか」
駅前のベンチで隣に座る祐一さんに言われて、正直ちょっとショックだった。
施設内にいたときに比べれば格段に進歩しているつもりだったのに。
やっぱり、そう簡単に失った時間を取り戻すことは出来ないのだろうか。
「でも何を喋ったら良いのか、あんまり分からなくて」
「葉子さんが思ったことをそのまま喋れば良いと思うよ」
なるほど、思ったことをそのまま……。
けれど、あまりマイナー過ぎてもかえって呆れられてしまうかもしれない。
ここは手堅くメジャーな話題を選ぶべきだろう。
「消費税って5%なんですよ、知ってました?」
「…………うん、知ってる」
メジャー過ぎたのかもしれない。
沈黙がやたら痛かった。
我慢するのも仕事です
らいたー 水亭帯人
「最近、疑問に思ってるんだけど……」
家のキッチンで焼いたばかりのケーキを、生クリームとイチゴで飾りながら祐一は使ったばかりのボウルを洗っている葉子に不意に話しかけた。
「? 何をですか?」
年下の恋人から話しかけられたため、そちらを向く葉子。
「俺の料理系スキルが最近、異様に伸びている気がする」
「祐一さんの料理、前から美味しいですよ」
葉子が微妙にズレた答えを返したため、祐一は少し考えてから言い直した。
「いや……葉子さんと一緒に生活するようになったばっかりの頃は、インスタント食品ばっかりだったろ? なのに、今では三食どころかおやつのケーキまで手作りだし」
「悪いことなんですか?」
「ううん、そうじゃなくてなんか釈然としない。どうしてこんな数ヶ月かそこらでここまで上達するのか、実に不思議だと思って」
「良いじゃないですか。私、祐一さんの作った料理、大好きですから」
「ちなみに俺は?」
「じゃあ、言い直しますね。祐一さんの作った料理だから大好きなんですよ」
顔に満面の笑みを浮かべながら葉子が祐一の方を向いてさらりと言ってのける。
今回は珍しく葉子の勝ちだった。
「……左様で」
顔面にカウンターを貰ったボクサーよろしく頬を少し赤くして、祐一はケーキに向き直る。
キッチンでは、くすくす、という忍び笑いの声がしばらく止まなかった。
もふもふ、とイチゴケーキを一切れ丸ごとフォークで突き刺して、美味しそうに口一杯頬張る葉子を見て、まぁいいか、と祐一は思う。
祐一の料理の腕前が上達している理由は目の前にある光景なのだ。
葉子はインスタント料理よりも手作り料理の方がずっと好きで、多少味加減を間違っても文句一つ言わずに、おかわりもする。ニンジン以外。
だから作り甲斐があって、料理という行為に対して真剣に取り組むようになったのだ。
それに一日三回も繰り返し作っていれば、これはむしろ少しくらい上達しない方がおかしいのかもしれない。
「んく…………祐一さん、もう一切れ食べて良いですか?」
口の周りを生クリームで白くしたまま、葉子が物欲しそうにケーキを見ながら、祐一の表情を伺う。
「夕飯もちゃんと食べられるんだったら良いけど」
「大丈夫です。入るところが違いますから」
「そりゃ便利なお腹だ」
葉子の言い分に苦笑を浮かべつつ、ケーキをもう一切れ葉子の目の前の皿に置く祐一。
ついでに、何となく葉子の口の周りの生クリームが気になったので、ぺろりと舌でクリームを舐め取った。
「ぁっ」
葉子はぶるりと身体を震わせる。
「……ぅん?」
意識せずに取った行動に対して、葉子が少々過剰に反応したことに祐一はきょとんとした。
「……」
落ち着き払った祐一とは違って、葉子はなにやら身体をもじもじそわそわさせて心ここにあらずといった様子だった。
葉子が何かを言いたそうにしていたので祐一はそのままじっとしていたが、しばらく葉子はケーキも食べず、何も言わずに視線をあちこちに彷徨わせるばかりだった。
「あの、祐一さん……」
「うん?」
「……しないんですか?」
私一人だけエンジンに火を入れて馬鹿みたいじゃないですか、的なニュアンスを込めて祐一をじぃっと見る。
「……あぁ」
祐一はそう言われてようやく、葉子が何をしたいのか理解した。
「でも、葉子さん危険日もそろそろだし」
「…………スリル満点。ですよ?」
「そんなスリル味わいたくないって」
苦笑しながらコメントを入れる。
「じゃあ、しばらく……お預け……?」
「……葉子さん、何か変なもの食べた?」
葉子らしくない物言いに、戸惑いを隠せない祐一。
ふるふる、と首を振って葉子はあからさまにがっくりと肩を落とした。
「前のときは割と平気だったと思うけど」
「でも、最近は毎日だったから……」
テーブルに突っ伏しながら「の」の字を指で書いていじける。
「失って初めて、人はその行為の大切さ重要さを知るんですね……」
「しみじみ言われても……一週間ちょっと我慢するだけだし、そこまで言うならゴム使う?」
「ゴムなんて飾りですよ……」
「まぁ、飾りと言えなくもないよな」
祐一が何かを想像しながら頷く。
葉子はゴムが好きではない方だった。
同棲を始めたばかりの頃、一度だけ使って、それ以降祐一の机の引き出しに残りのゴムが封印されている。
「人はあんなものに頼らなくても生きていけます」
「そりゃそうだろうけど」
ゴムに頼らないと生きていけない人間は世界がどれだけ広くても流石にいないだろうな、と考えながら祐一は頷いた。
「祐一さん。一緒に寝て良いですか?」
その夜、部屋の電気を消して自分のベッドで横になってウトウトしていた祐一に枕を両腕に抱えた葉子がそっと声を掛けた。
「……いいけど」
ぼんやりした頭で葉子の言っていることを聞きながら、祐一は小さく頷く。
祐一の許可を貰った葉子はいそいそと布団に潜り込んで、祐一の手をその手で固く握った。
「葉子さんは……」
しばらくしてから、祐一がポツリと呟いた。
「……何ですか?」
暗闇の中、目を閉じたまま葉子が続きを促す。
「やっぱり、いいや……」
そう言って、祐一は口元に満足そうな笑みをこぼす。
「……気になります」
「また、今度言うよ」
隠していることを全部、話せたときに。
そろそろクライマックスなのですよ?
しかし、色々思いながら書いた今回。
私の内心をあえて表現したらこうなる。
「エロの無い18禁SSなんてHPの飾りですよ。祐一さんにはそれが分からないんです」
「俺に言われても……」
邪な期待を抱いてタイトルをクリックした勇者たちにこの場を借りて謝りたかったり。
そういうわけで、ごめん。
Shadow Moonより
あらら…… ちょっと… いえ、かなり残念。 私も邪な期待を抱いていた1人なので(笑)。
危険日でナマ装備は、確かに危ないですからね。 というか、毎回ナマ装備だったのか祐一君(爆)。
むう…… ゴムがダメなら、危険日は危険日で違うプレイに挑戦してみるのも良いと思うんですけどねぇ。
大人のおもちゃとか、すまたとか、葉子さんなら胸でも出来そう(核爆)。 ←(管理人ちょっと暴想中)
クライマックスが近いのですか…… 毎回楽しみにしているファンの1人としては、まだまだ続いて欲しいんですけどね。
次回は今回の分まで激しい展開なって欲しいと思いつつ、楽しみにしています(w
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