望むものはただ一つだけ。

 ただ一つだけを望む。





    鹿沼葉子(V)


らいたー  水亭帯人






  3月23日・弐


「これが私の気持ちです」
 数秒の間、唇を重ねた後おもむろに離して、告げた。
 驚きが抜けないのか、祐一さんはまだ少し呆然として私の顔を見つめている。
 ……なんだか無性に恥ずかしくなってきた。
 改めて考えると、さっきのはさすがに大胆だった気もする。
 寝ていないせいで気分が高まっていたのだろうか。
「えっと――朝ごはん作ってきます」
 気まずさを誤魔化したくて、咄嗟に立ち上がってそう言った。



 昨日の怪我は見た目ほど大したものではなかったらしく、私が巻いた包帯は朝食を食べる前に外されている。
 そして怪我のせいで食欲がない、ということもなく祐一さんは私が作ったちょっと不恰好な朝食を残さずに食べてくれた。
「ごちそうさま」
「お粗末さまです――さて」
 祐一さんが朝食を食べ終えて一息ついたのを見計らって、ずいっと食卓から身を乗り出して至近距離に迫る。
「もう一度訊きます。どうしてあんなところへ武器を持ってまで行ったんですか。あなたに何があったんですか」
「……」
 これに対し、祐一さんは辛そうな表情になって軽く俯くだけだった。
 答えが返ってこないことは予想していたことだったので私は構わずに続ける。
「生命を危険に晒してまで、行く理由があるんですか」
 質問というよりも確認の強い意味合いで訊ねた。
 祐一さんはやはりしばらく黙り込んだままだったけれど、こくっと固く頷いて見せる。
「あなたが行かないといけないことなんですか」
「ああ」
 こちらに改めて向けられた瞳に迷いは無かった。
 ……ただ真っ直ぐに『あれ』を追い求めている。
「分かりました。そこまで言うなら私にも譲歩する余地はあります」
 すっくと、席を完全に立ち、意志を込めて祐一さんの瞳を見つめ返した。
「あそこに行くことは止めませんし、必要以上に詮索しません。その代わり、今からしばらくの間の着替えと他の荷物をいくつか持ってきます」



 要するに私は怒っていた。駄々をこねていたと言い換えてもいい。
 唇を重ねたという事実があるのに、それでも私との間に一線を置いている祐一さんに腹を立てていたのだ。
 もちろん、彼には彼なりの事情があるのだろうということは分かっている。理解しているし、納得もしている。
 そもそも話を聞きたいからあんなことをしたわけじゃない。
 心同士に距離があるのを感じたからそれを埋めたくて――祐一さんのことが好きだから。
 なのに祐一さんは私のことを、もっとちゃんと見てくれない。
 見て欲しいのを分かってくれない。

「あなたには関係ない」

 あの一言が思い出されて、どうしても悔しい。悔しかった。
 なのに。
「えっと、これはここ。あとこれは、と」
 目覚まし時計が多数存在する部屋で自分が持ってきた荷物を片付けている内に、そんな不機嫌はどこかに行ってしまった。
 むしろこれからの新しい生活に思いを馳せながらする荷物の整理が楽しくて仕方が無い。
「あ、下着忘れちゃった」
 最初からタンスにしまってあった衣服を引き出しの一つに詰めて、空いたスペースに自分の服を収納していると、替えの下着を上下とも持ってくるのを忘れていたことに気付いた。
 この間泊まったときは、たまたま下着を買った直後だったから問題はなかったけど。
「…………」
 なくてもいいかな。
 タンスに入ってあった自分のものではない下着を使うという手も考えたが、サイズが少しきつそうだったし、自分以外の人間の下着を使うのに抵抗もあった。
 それに下着が無くても凄く困ることはないと思う。
 どうしても必要なら取りに戻ればいいし。
 そんなことよりも今は一秒でも長く祐一さんの近くにいたい。
 目を離している隙に他に危ないことをしないとも限らないし、傍にいるだけでもきっと彼の力になれると思えた。



 祐一さんが作った昼食を二人で食べた後、ソファに座ってテレビの電源を入れた彼のすぐ左隣に腰掛ける。
 丁度ニュースをやっている時間で、番組では普段と代わり映えしない内容の放送が流れていた。
「政治家の汚職に殺人……いつの時代も人のやることは変わりませんね」
 なんとなく年上らしくカッコつけたくて、求められてもいないのに識者ぶったコメントを述べる。
「そうだな」
 相槌を打つ祐一さんを右目でちら、と見てからさり気なく姿勢を傾かせてその肩にもたれた。
「葉子さん?」
「昨夜から朝まで、祐一さんのことずっと看てたから寝てなくて……このまま寝てもいいですか?」
 ちなみに入浴は今朝、荷物を取りに行ったついでにあっちで済ませた。
「そっか、ゴメン。いいよ、寝ても」
 一言謝ってから祐一さんは私の肩をそっと抱き寄せてくれた。
 ……ホントはそれほど眠くなくて、でもこういうことをしてもらいたくて嘘を吐いたのだが思いの外上手くいったことで気分が良くなる。
 そしてその幸せな気分に浸ったまま、私は本当に眠ってしまった。



「……ぅぅん」
 目が覚めたとき、時計の短針は8時より僅かに上を指していた。
「あれ?」
 そして私の身体はソファの上ではなく、借りている部屋のベッドの上にあった。
 目をこすりながら、のそのそと起き上がって窓の外が暗くなっていることを確認してからベッドを出る。
 すっかり寝付いてしまった私を祐一さんがここまで運んでくれたのか。
 ソファで寝たら風邪を引くかもしれない、なんて考えてこうしてくれたのだろう。
 なんだか、胸の内側が温かくなった。
「祐一さん……」
 無意識に呟きながら部屋を出て、階段を降りる。
 リビングのドアを開けると、野菜炒めの食欲を誘う匂いがした。
 視線を移動させると今夜の夕食と思しき物と1枚のメモ用紙がテーブルの上に置かれてある。
 祐一さんの姿は見えなかった。
「…………」
 テーブルのメモ用紙を手に取って、そこに書かれてある文字を読む。

   少し早いけど行ってきます
   お腹空いてたらテーブルに置いてある夕飯、食べておいて

 姿が見えないと思ったら、祐一さんはどうやら出かけているらしい。
 さっきまで眠っていた私のためにきちんと夕食を作っていてくれたことに少しじーんときてしまった。
 とりあえず、折角祐一さんが作ってくれた物なのだからありがたく戴くことにして野菜炒めを盛った皿を電子レンジの中に入れて温めることにする。
 それから、待つことしばし。
「いただきます」
 湯気の出ている野菜炒めに向け、年下の少年への感謝を込めて箸を手に取った。

「――って、なんでですか!」

 寝ぼけていたのか、気付かなかった自分自身に怒鳴って、バンッ! と箸をテーブルに叩きつける。
 この時間帯で“行ってくる”場所と言ったら一つしかない。
 なのに何を私は等身大の幸せに浸って、黙々と野菜炒めを食べているのか。
「阿呆ですか、私は!」
 身を翻して部屋に戻り、コートを引っ掴んで祐一さんに貰ったこの家の合鍵をポケットに放り込む。
 食べかけの夕食は心残りだが、そもそもそんなことを言ってる場合じゃない。
「祐一さん! 鹿沼葉子が今、行きます!」
 気合一発叫んで、玄関から飛び出す。
 そして、鍵を持っているくせに鍵を掛けるのを忘れた。
 幸い、泥棒が侵入することはなかった。



 学校の校門前に駆けつけたとき、彼は昨夜のように気絶しているということはなく、校庭の真ん中で『あれ』と刀で戦っていた。
 陽炎の親玉みたいな『あれ』も剣を携えて応戦している。
「ゆ――――」
 思わず彼の名前を大声で呼びそうになって、慌てて口を閉じた。
 ひょっとしたら『あれ』が、まだ私に気付いていない可能性がある。
 なら、ここから不可視の力で奇襲を掛けられるかもしれない。
(…………)
 視界に『あれ』の姿を入れたまま、凝縮させた空気の塊を私の周囲に複数展開する。
 雪が積もっているものの今の天気は晴れだし、完全な奇襲なら軌道が見える攻撃でも意識的に避けられるはずがない。
(……行け)
 気配を隠すように心の中でそっと呟く。
 しゅんしゅんしゅん、と僅かに空気と擦れ合う音を立てる不可視の弾丸を『あれ』に向けて全て撃ち放った。
「――!?」
 ドンドンドンドンッ!
 完全に不意打ちを食らった『あれ』はあらぬ方向へ吹き飛び、雪の積もった地面に倒れ込む。
「舞!?」
 剣も『あれ』の手から離れて、かん……と空っぽの音を立てて転がって、次の瞬間に幻のように消えてしまった。
 そして同じように『あれ』の姿も。まるで蜃気楼が溶けるように。
「……やった?」
 半信半疑で呟いた。
 いくら直撃したとは言え、あまりにも呆気なくて信じられない。
 ……でも、現実なんてそんなものかもしれない。
 そして、これでようやく祐一さんの闘いに終止符が。
 ――こんにちは、祐一さんと私の新しい日々。
「祐一さーん!」
 思い浮かべた未来予想図にちょっと浮かれ気味になりながら、今来たばかり、という雰囲気を装って校門をくぐりながら好きな人の名前を呼んだ。
「……葉子さん!」
 はっ、と私に気付いた祐一さんがこちらに走り寄ってくる。
 そしてそのまま勢い良く飛び込んできて、私の身体を積もった雪の上に押し倒した。
「わっ、祐一さん!?」
 まだ家にも帰ってないのに……さすがに早過ぎませんか、と思いつつ今朝の自分の行動を顧みて考えを改める。
(あのときまでは私も、この気持ちをはっきりと意識していなかったし)
 眠っていた祐一さんを看ている間はただずっと切なくて、目覚めた彼に理由を訊ねられた瞬間、全くの無自覚で得心した。
 恋愛の、気付くことができないほどの唐突さとそのとき生じるエネルギーの大きさを再び思い知って感嘆の息を吐く。
(祐一さんも今朝の私みたいに……?)
 だったら――私は身体の力を抜き、きゅっと目を閉じて待った。
 服越しに伝わる、胸に当たる男の人の腕の感触に心臓が熱くなる。
 ……構わない。こんな時間に、こんな場所に来る人なんていないに決まっている。

 次の瞬間、異様に強い風が私と祐一さんの上を通過した。

「舞が消えたのに違う気配が残ってると思ったら……ひょっとしたらあれは舞本人じゃなくて姿の変わった魔物の一つだったのかも」
 風が止んでから、祐一さんは独り呟く。
「ここは危ないから。葉子さんは伏せておいて」
 服の上に温もりだけを残して、彼は素早く立ち上がった。



「………………」
 雪に埋もれたまま、ただじっと黙って夜空を見上げる。
 時折聞こえてくる、刀と見えない何かがぶつかる音が煩わしかった。

 ――――どこまでも邪魔をして

 掠れた呟き声が耳に届いた。



 今回、祐一さんは無事に見えない敵を撃退することができた。
 怪我をしなかったのはとても喜ばしいが、私には腑に落ちないことがあった。
 ……なんとなく、祐一さんを相手にしているときは見えない敵が手加減をしているように思えたのだ。
 私を相手にしていた時は『あれ』にしろ見えない敵にしろ、もっとパワーがあったような気がする。
 それとも、私が相手の時は本気以上を出して攻撃してきたとでも言うのだろうか。
 一体どうして……?
「私に嫉妬してるとか」
 お湯を張った風呂の浴槽に浸かりながら、適当なことを呟く。
 他にも、祐一さんには『あれ』の姿が女の子としてはっきり見えているらしいという謎があった。
 推測はいくらでも立てられる。
 例えば、『あれ』が祐一さんに自分の姿を見せたいから、とか。
 根拠は何もないけれど。
「ふぅ……」
 ざばっと音を立てて湯船から上がり、風呂場のドアを開けて洗面所に出る。
(考えても仕方ないか)
 どれだけ思索に耽ったところで推測の域は出ない。
 そう諦観しながら、バスタオルで濡れた身体と髪を拭く。
 髪が吸った水分を丁寧に拭き取ってから、パジャマに着替えた。
 パンツとブラジャーがなくてちょっとすーすーしたが、気にするほどのことでもないだろう。



「お風呂空きましたよ、祐一さん」
 ソファに座ってテレビを見ながら、私が風呂から上がるのを待っていた彼に言う。
「分かっ――――たよ、うん」
 私のほうに顔を向けかけて、途中で視線を明後日の方向に向ける祐一さん。
 ……どうしたんだろうか。
「どうかしましたか、祐一さん?」
 不思議に思った私は祐一さんの隣に座って、彼の顔を覗き込もうとする。
「なんでもないから」
 視線を私から逸らしたまま、何でもない様子を装って口を動かす。
 なんだか動揺しているらしい。
 ……ひょっとして、今朝の私の質問に答えられなかったことを気にしているんだろうか。
「あの、今朝も同じようなこと言いましたけど……無理に事情を聞いたりしませんから」
「いや、そういうことじゃないから。気にしないで」
 違うらしい。
 しかし、それだと完全に思い当たる節がなくなる。
 ……唇を重ねたことを思い出して恥ずかしくなってるとか?
 でもさっきまではお互いに普通に接していたし。
「…………」
「ちょっ、葉子さん!」
 祐一さんが私から目を逸らすわけを知りたくて、ソファに座ったままの彼の上半身に顔を埋めて両手を背中に回す。
 こうすれば理由が分かるような気がしたのだけれど、祐一さんが慌てるだけで疑問は解決しなかった。
「ちょっ、イキナリ何?」
「もしかして私のこと嫌いですか」
 だったら私は彼をこのまま殺してしまうかもしれないと思った。
 ……もちろん冗談だけど。
「そんなことないって」
「なら私のことをちゃんと見て言ってください」
 ゆっくりと祐一さんの顔を至近距離から見上げて、私の頭を見下ろしていた彼とお互いの視線を交わらせる。
 すぐ傍で見る彼の表情は少し赤かった。
「……ひょっとして、照れてます?」
「照れてるよ……ついでに言っとくと葉子さんのパジャマ、生地が薄いのか窮屈そうにしてる胸の輪郭がはっきり見えてた」
「! っえと、下着を持ってくるの忘れて。あっ! だから目を逸らしたんですか!」
 今更気付く。
 我ながら間抜けだと思った。
「あとそれから柔らかい胸が押し付けられて、もにもに形を変えているのが分かるくらい密着してる」
「…………」
 恥ずかしくて何も言えない。
「葉子さんのお尻のラインもここからだと丸分かりだし」
 開き直ったらしく、祐一さんは私にとって恥ずかしい事実を次々に告白してくる。
「肌はすべすべしてるし、石鹸の匂いがして――――それと、凄く温かい」
「…………」
 温もりを話すまいと、私の身体をきゅっと抱き締めて祐一さんが言った。
 私はとどめの一撃を貰ったボクサーよろしく身体に力が入らず、祐一さんにされるがまま、抱き締められるままだった。
「…………祐一さん」
 祐一さんの身体に強くしがみ付く。
 ついでに高鳴る胸も、もっと押し付けた。
「まず先に言っておきますけど、私のこと誤解しないでください。こんなこと今まで生きてきて一度も言ったことがないし、これからも言うつもりありません」
 不可視の力を使うときとは違うところに力を込めて、覚悟を決める。
「だから一生に一度しか言いませんし、言えません」
「……うん」
「私を……いえ、」
 抱いてください、なんてありきたりな表現は使いたくない。
「今朝の――――キスの続きが欲しいんです」



 彼は私の気持ちに唇を重ねて応えてくれた。
「……ん」
 唇を重ねたまま、彼の左手がパジャマに包まれたお尻を軽く持ち上げて私を太腿の上に座らせる。
「ぁ……」
 お尻を触られたことに対する驚きよりも、次の瞬間に唇を離されて感じた喪失感に声を漏らした。
 酷く残念そうな響きを持った声に自分で恥ずかしくなる。
「胸、触るよ?」
「……どうぞ」
 心の準備を1秒で済ませてからおもむろに目を閉じて。
 さらに胸を正面に突き出すようにして、自分がまな板の上の鯉であることをアピールする。
「積極的だね、葉子さん」
「言わないでください……ぁ、」
 祐一さんの右手がパジャマの生地越しに私の左胸を手のひらに収めるように掴んで揉み始めた。
 ブラジャーをしていないせいか、手のひらが動くたびに胸の先端が微かに擦れる。
「あ、あ、」
 両手になって、胸は左右対称にむにむにと形を変える。
「ボタン外すから」
「……ん。はい」
 相変わらず目を閉じたまま、胸は突き出したままで首肯する。
 私、なんとなくマヌケっぽいなぁ。なんて考えている間に祐一さんは上半身を隠していたパジャマのボタンを上から一つずつ外していく。
 と、上から四つ目のボタンを外したところで祐一さんは私の胸をパジャマの内側から引っ張り出した。
 ぷる、っと窮屈な場所から開放された喜びを表現するかのごとく乳房が揺れる。
「……………………」
「……なんで無言なんですか」
「いや。ちょっと感動して」
「……感動?」
 なんとなく目を開けて、鸚鵡返しに訊ねた。
「おっきいかな、とは思ってたけど実際見てみると想像以上で。葉子さんって結構着やせするんだ」
「……………………」
「なんで無言?」
「恥ずかしいんですっ」
 少しムキになって言うと、祐一さんは小さく笑って、それから左胸に置いた手はそのままに右胸の乳首に唇を寄せた。
 なんだか赤ちゃんみたいだ。
「ん」
「ひぅっ」
 右手の人差し指と中指の間に乳首を挟まれ、手首で円を描くように、乳房を手のひらで押さえ込むように転がされる。
 そして唇を付けられたほうの乳首を舌で転がされながら優しく、時折強く吸われた。
 されていることは違うのに、両方ともその先端が同じように硬く尖る。
「はぁ……あぁ……」
「今度はこっち」
 ちゅ、と音を立てて右胸を唇から離して今度は左の胸に吸い付く。
「うぅ……」
 興奮で硬くなっている箇所を口に含まれて声が漏れた。
 こりこりとした乳首を噛み解そうとしているかのように、祐一さんは何度も甘噛みを繰り返す。
 それから左手をゆっくりと下ろして、お腹の下のほうへ伸ばした。
「ん……ここ、こんなになってる」
 唐突に胸から口を離して祐一さんが言った言葉で視線を下げるとパジャマのズボンが股間の位置から太腿の部分にかけ、べたっと濡れてシミになり、しかもぴったりと貼り付いて輪郭がはっきりしていた。
 そもそも私は今、パンツを履いていないわけで。
「――――やだ、見ないで……」
 恥ずかしさのあまり、思わず両手で濡れた箇所を覆い隠す。
「そんなこと言っても、手をどけないと何もできないって」
「それは――そうですけど」
「別に葉子さんがエッチなこと考えてこうなったとしても幻滅したりしないから」
「そ、そんなわけ、ないじゃない、ですか」
 ただ、祐一さんに胸を触られたり舐められたりしているうちに凄く興奮してきて……って、どっちにせよ大して変わらない気もするけど。
「……ホントに幻滅しないでください」
「うん」
 恋する相手に期待のこもった目でじっと見つめられて、いつまでも頑なな態度を保てるほど私は神経が太くなかった。
 ――ゆっくり、手を退けてパジャマの濡れた部分を現す。
 性器を直接見せているわけでもないのに恥ずかしくて、そしてどうしようもないくらい興奮した。
「ぁあっ!?」
 透けて薄っすらと見えていた割れ目をパジャマ越しに撫でられて悲鳴に近い声を上げてしまう。
「ぁっ、ぁ、んっ!」
 弄られ、指を押し付けられ、強く擦られる。
 さっきみたいな声を上げるのが恥ずかしくて喉に力を込めて押し殺した声を出すと、察してくれたのか祐一さんのほうから唇を吸ってきてくれた。
「ぁむ。ん……んん」
 声を出す代わりに舌を互いに絡ませ合う。指が敏感な部分に触れたら舌でそれに応える。その意味を受け取った祐一さんがその箇所を更に責め立てる。
 羞恥と興奮のあまり体内の温度が際限なく高まっていく。
 そして、
「ん、ぅ! んっ!」
 堤防から濁流が迸るように、頭の中が熱い白に染まった。
「――ぁ、は。ぁー」
 唇を自分から離して、大きく息を吐く。
 さっきまでは夢中で気付かなかったが、目元が薄く濡れて視界の隅が滲んでいた。
「は、ぁ」
 視線を改めて下げる。
 パジャマのズボンは特に股間の位置がびしょびしょになって、しかも祐一さんのズボンを染み出たもので汚していた。
 初めてのときとは全然違う。
 状況に流されるのではなくて、自分から望んでするというだけでこんなにも違うものなのか。
「…………あ」
 余韻に浸ってぼんやりとしていると、祐一さんが今度は私の腰に手を回してパジャマのズボンをずらし始めた。
「あ、あの!」
 思わず、慌てて彼の両手を自分の両手で掴む。
 ろくに経験がなくても、祐一さんが私の濡れてしまったズボンを着替えさせようとしてそんなことをしているわけではないというのは分かる。
 私ばかりが気持ち良くなっても仕方がないということも分かる。
 ただ始める前に一言、断っておかないといけないことがあった。
「なに」
「あのですね……………………えっと」
 困った。
 なんて言えばいいのだろう。
 私、初めてじゃないんです、とかでいいんだろうか。
 ……幻滅されたりしないかな。
 男の子はそういうことに拘るって以前読んだ週刊誌に書いてあったし。
 でも祐一さんがそういうタイプだとは限らない。
 処女が面倒というタイプがいるとも書いてあったし。
 そもそも祐一さんって経験あるんだろうか。
 もし無いのだとしたら……?



『初めてなんですね、祐一さん』
『そんなこと言わないで……』
『いいんですよ、祐一さん。私がちゃんと教えてあげますから』



 結構いいかも。
「葉子さん?」
「は、はいっ」
 いけない。淫らな妄想に耽ってしまった。
 あぁっ、しかもさっきより股間の辺りが濡れてるのが分かるっ。
「あのさ、言いにくいことだったら無理に言わなくてもいいよ。さっきも言ったけど、何があっても幻滅したりしないから」
「……それでもちゃんと自分の口から断っておきたいんです」
 正直、口にしたいことでもないし、言わずに済むのならそれに甘えて逃げたいと思う。
 でも黙っているのは嘘を吐いているみたいで、どうしても嫌だった。
 だから息を一度吸って、告白する。
「ろくに経験もないけれど……それでも全くの綺麗な身体じゃないんです。こんな私でも抱いて貰えますか?」
「そんなこと考えなくていいから」
 真摯な目で私のことを至近距離から見て、祐一さんが言った。
 ……彼を見る私の目はどうだろうか。ちゃんと真摯な目で彼のことを見つめ返せているだろうか。
「私のこと、どう思いますか」
「んー。大好き」
 わざと考える素振りを見せてから、自信満々に答える彼の表情には一点の曇りもなかった。
 なら、私も自分に自信を持たないといけないだろう。
「私も祐一さんのこと大好きですよ」
「うん。じゃあ、脱がすよ」
「はい」
 頷いて見せると、祐一さんはするすると大きなシミのできたズボンをずらし始めた。
 湿り気を帯びた陰毛が、続いて局部が徐々に露わになる。
「う……」
「恥ずかしい?」
「……というか、あんまり見られたくないです」
 女性器というのは、お世辞にも綺麗と言えるものではなく、むしろ嫌悪感を誘う。
 男の人のはそうでもないけれど……そう思うのは私が女だからだろうか。
「それはそうと、祐一さんもちゃんと脱いでください……いえ、今度は私が脱がします」
 太腿にお尻を乗せて、脚を内股に開いた格好でぐしゃぐしゃになったズボンから足の爪先を抜いて言った。
「……じゃあ、よろしく」
 私ばかりされているのは不公平だろう。
 男女平等の理念に基づいて私は祐一さんのズボンに手を掛けた。
「…………」
 ズボンの内側が昂ってるのが、軽く触れただけで分かる。
 男の人もこういうことをされるのは恥ずかしいのか、祐一さんは赤くなりながら私の顔を窺うようにして見つめていた。
「…………」
 ズボンのボタンを外し、チャックを下ろして下着の中からソレを自由にしてあげる。
「これを入れるんですよね」
「慣れないうちは痛いらしいから、ダメなら無理しなくていいから」
「大丈夫ですよ」
 ここまで来て止まれるはずがない。
 この人とどうしてもしたかった私は根拠もなく強がって無理矢理相手に跨った。
「く…………ぅ」
 躊躇いを捨て、ずぷ、と水音を立てて身体の中に彼を一気に押し込む。
「……ほら、入りました」
「あの、痛くない? 凄いきついけど」
 祐一さんが心配そうに私を見る。
 確かに痛いけど、それ以上に興奮した。
「痛くないように、私が自分で動きますから」
 言って、唇を祐一さんのそれに寄せ舌を入れて、吸う。
 間近で見る彼の顔は可愛くもあり、凛々しくもあった。
「ん……ぁ――」
 痛覚の中から、さっき触られて感じたときと同じものを拾い上げるように、姿勢を低くしつつ腰を前後に揺する。
「ぁ、ぁ、ぁっ」
 口が自分の意志とは無関係に甘い声を出す。
 初めてじゃないこともあるのだろうが、興奮しているのも手伝ってか、結合部から淫液が溢れるように滲み出た。
「くぅ……んっぁ」
 相手の首に両腕を回して、腰を浮かせて、下ろす。それを繰り返す。
 感じたい。この人を、もっと強く。
「ぁむ――」
 半ば無理矢理唇を重ねて、さっきよりもずっと大胆に口内に舌を押し込んだ。
「っんん!?」
「――――っは、気持ち良いですか? 祐一さん。私、もう……っ」
「……いいよ、葉子さん。俺も、そろそろだし……」
「ぁ、一緒、一緒に、私……」
 震える声を必死に堪えながら腰を強く振る。
 気を抜くと彼より先に達してしまいそうだった。
「祐一さん……祐一さんっ……」
 呪文やうわ言のように繰り返し、下腹部に力を込めて相手の絶頂を促す。
「……っ――」
「ぁ、熱――あぁんっ!」
 膣内で出されたのを感じてから、一瞬もしないうちに身体中、電撃のように快感が走った。
「は――ぁ」
 大きく息を吐いて、調子を整える。
 落ち着いてから結合部に目をやると、そこから白い粘液がとろりと垂れていた。
「はぁ、祐一さん……」
 恋焦がれる相手に穢された感覚。
 被虐的な興奮を覚えて、私は繋がったままぶるっと身体を震わせた。



 タイミングにちょっとのズレはあったものの、それは今後の課題ということで、最初にしては上手くいったことを喜びつつ、乱れた着衣はそのままに、お姫さまダッコをねだって私の使っているベッドまで運んで貰う。
「狭いですけど、一緒に寝ません?」
 ベッドの上に降ろしてもらいながら添い寝を誘う。
「でも、まだ身体洗ってないし」
「いいじゃないですか。明日の朝、どうせだから一緒に入りましょう」
 言った途端、祐一さんの顔が少し赤くなった。
「あ、想像しました? えっちなこととか」
「…………」
「嬉しいんですよ? 私、祐一さんにあんなことされて」
 意識されているのが凄く嬉しくて、調子に乗って言うと、彼はますます赤くなって、黙ってしまう。
「今はちょっと、さっきしたばっかりで疲れてるからダメですけど、明日の朝ならオッケーですよ」
「……左様で」
 恥ずかしいのか、あらぬ方向に視線を向けて、墓穴を掘らないよう控えめな反応を返すこの人が可愛らしく感じられた。
 とても、いとおしく思えた。
 だから、この人の心に私という存在を何よりも深く刻み込みたかった。
「……だからなのかな」
 本当に、何となく、私は『彼女』のことを理解できた気がした。




  3月24日


 午後8時。
 夜の学校で一つ確かめたいことがあって、私は祐一さんに校門の前で待っててくれるよう頼んだ。
「……一体なんで?」
「ちょっと思いついたことがあって、それを試すには私一人で校舎に入ったほうが都合がいいんです」
 不可視の力について知らない祐一さんは、予想通り酷く気の進まなそうな顔を作った。
 かといって、私は不可視の力について話すつもりもなかった。
 日常生活の中でも下手すると暴走して自滅するような力について話せば、祐一さんはきっと心配するだろう。だから話したくない。
「ダメだって。一人は危ないから」
「祐一さんだって、今まで独りで戦ってたでしょう?」
「それに何かあったとき、すぐ駆けつけられないし」
「何かあったら大声で知らせますから、それから来てください」
「……どうしても一人で行かなきゃダメなんだ?」
「はい」
 辛そうに俯いて、私を探るような目で見る祐一さんに、私は真正面から頷いて見せた。



「十五分だけ。それが過ぎたら中に入るから」
 校門をくぐっても『あれ』がすぐに現れなかったことを確認してから、祐一さんが告げた譲歩の内容がそれだった。
「分かりました。私の方もそれくらいあれば結果は出ると思います」
「危なくなったら、絶対逃げて」
「大丈夫ですよ」
 怖い夢を見て不安がる子供を宥めるような口調で伝えて、校舎へと向かう。
 自分でも珍しく年上らしい余裕を見せることができたので、その点は満足だった。



 時折、冷酷な戦場としての表情を見せる割に、今夜の校舎は静かだった。
 けれど、その理由はなんとなく見当がついていた。
 そもそも何故20日と21日は『彼女』が出なかったのか。
 あの夜は、最初と昨日と一昨日と何が違っていたのか。
 何度も遭遇したわけではないし、確かめたわけではないから確証はないが、想像することはできた。
 そして、その想像が正しいという自信もある。
「いるんでしょう? 出てきなさい」
 呼びかけたが応答はなかった。
 もっとも、これは予想の内だ。
「出てこないなら、それでも構いませんが。……話を続けますよ」
 話しかけたのは次の言葉を伝えた後、突然奇襲を仕掛けられる心配を減らしたかっただけなので、宣言通り話を続ける。

「私は彼に抱かれました」

 奇襲を掛けるでもなく、視線の先にぼんやりと現れた『彼女』の纏う雰囲気は明らかに歪んでいた。
「どういうこと」
「分かりませんか? 祐一さんが私と、えっちなことをしたんですよ」
「…………」
「詳細を言うと、キスをしてから、お互いに服を脱いだり脱がしたりして、あまつさえSEXに及んだわけですが」
 よほどショックだったらしく、『彼女』は身動き一つしなかった。
「ちなみに回数は現在3回。昨日の夜と、今朝とついさっきでそれぞれ一回ずつです」
「……嘘。に、決まってる」
 自分自身を落ち着かせるように、言い聞かせるように、震える声で呟く『彼女』。
「嘘じゃないですよ。邪魔しないんなら、校内で祐一さんとキスくらいして見せましょうか?」
「――――っ」
 堪えきれなくなったのか、『彼女』は西洋剣を構えて飛ぶように直進してきた。
 それを逃げず、真正面から睨みつける。
「あなたは許さないからっ、許さないからぁっ!」
「こっちのセリフです、それはっ!!」
 悲しみを吐くような叫びに、怒りを吐いて叫び返した。
「なんでなんで祐一をっ!」
 剣を、『彼女』がありったけの力を込めて振るっているのが分かった。
 けれど怒りで白熱した頭はその軌跡をあっさり見切って、私は身体を後ろ斜めに反らしながら後方に跳び、ひどく容易く攻撃をかわす。
「好きだから――傍にいると胸がときめくからですよ!」
「そんなことを言ってるんじゃない! 私は……っ!」
 私を追って『彼女』が剣を下段に構えて跳ぶ。
「知ってますよ分かってますよ――貴方は、彼に自分を刻み付けたかったんでしょう!? ただ、自分ひとりだけを!!」
 不可視の力の使い手である私にとって、足が地面についていないことは隙でも無防備でも何でもない。
 自分を自分の力で支えて空中で静止、そのまま力を拳に込めてカウンターで『彼女』の顔面へと振るった。



「……っ、っぐ、ひぅ……っぅく」
 殴られた後、『彼女』は剣も拾わず反撃もせず、ただ廊下の真ん中にうずくまって、何処にも行けない子供のように泣きじゃくっていた。
 代わりに私が剣を拾い上げて、無言で『彼女』に刃を突きつける。
「あなたはただ、彼と共にありたかったんでしょう? 例えそれが、虚しいこの闇の中だけだったとしても」
「私は、ただっ、祐一に忘れて欲しくなかっただけ……なのに、どうして、あなたは邪魔したの……!」 
「その理由はさっきも言いました。私が祐一さんを好きだから、怪我をして欲しくなかった。祐一さんには私のことだけを考えて欲しいんです。だから私はあなたを許せなかった。……それが理由じゃ不十分ですか?」
「納得がいかない……」
「でしょうね」
 ため息と共に肩をすくめる。
 祐一さんと『彼女』の問題は、結果はどうあれ、あくまで当事者による解決が祐一さんにとって望ましかったはずだ。
 だから言ってみれば、私は劇の途中で観客席を立ち壇上に乗り込んで、自分の我が侭を通したマナーの悪い客と同じだ。
「でも、劇の壇上も、観客席も同じ高さにあるのが現実ですから」
「……そうじゃない。誰か一人のことだけを考えて、人は生きていけない」
「知ってますよ。でも肉体関係があるのに男が他の女に会いに行くなんて、物事が穏やかに済むはずがないでしょう?」
「……私の姿がはっきり見えるの?」
「わずかに輪郭が分かるくらいで、声も男か女か、はっきりしません。だけど、きっと女なんだろうなぁって、女の勘で」
 だから、『彼女』が『彼』だったら私のヤキモチはほとんど空振りに終わっていた。
「…………本当に納得がいかない」
「でしょうね」
 その点については本当にそう思う。
「祐一さんは、あなたの姿が割とはっきり見えてるみたいですけど、何でですか?」
「……私は、祐一に私のことを覚えていて欲しかったから。それが私から祐一への願いだったから、祐一には私の姿が見えてるんだと思う」
「それから、祐一さんには手加減してませんでした?」
「別に祐一を必要以上に傷付けることが目的じゃないから」
「出てこない日があったのは?」
「祐一の近くにあなたがいるのが分かったから。あなたと祐一が私を理由に仲良くなったら困る」
「やっぱり……」
 でも、その思いも空しく私と彼は一線を越えたのだから、彼女の目論見は外れたわけだ。
「質問はそれで終わり?」
 祐一さんの隣に私がいる以上、潔く消えることを覚悟したのか、『彼女』が私と剣を交互に見ながら問い掛けてきた。
「いえ、最後に一つ、絶対に確かめたいことがあるんです」
 私は『彼女』をぐいと引っ張り、立ち上がらせて、目的の場所へ向かう。
 そろそろ約束の十五分になろうとしていた。


      to be continued.







   ミズのちょっと“どうでも”いい話


「おなじ」を「同じ」に変換しようとして、「オナ時」になる。
 こんな時、自分は汚れてしまったんだなぁ、としみじみ思ってしまいます。

 卒論、とうとう書きあがっちゃったよ。まだ就活終わってないのに。
 ちなみに文字数は今回の話と同じくらい。
 SSって凄いね。


Shadow Moonより

ついに来ましたっ。 久しぶりの祐一君と葉子さんの逢瀬(爆)。
薄地のパジャマにノーブラ ノーパンとは葉子さん、無意識下で漢心をくすぐる術を心得てますな(核爆)。
祐一君も初めてっぽいわりに葉子さんを満足させているようで、ホント羨ましいなぁ(w
さてさて、舞ちゃんの件もいよいよ決着がつきそうな感じで。 葉子さんの確かめたい事が何なのかも、とても気になります。
次回の決着と逢瀬を楽しみに待っていますね。

卒論完成、お疲れ様でした。 就職活動の方もがんばってください。

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