◆初めに◆
この話はオールエンド後の話です。
祐一は誰とも付き合ってません。
あゆと真琴は水瀬家にいません。
雪の街にも、夏はやってくる。
それは当たり前の事で、理解しているつもりだった…。
エアコンが壊れさえしなければ…。
戸惑いの季節
ミーン、ミン、ミン、ミン、ミーーーーーーーーン……
セミの声がリビングの中を蒸し暑くさせる。
祐一「なあ、名雪…」
俺は隣でぐて〜とつぶれている名雪に話し掛ける。
名雪「うにゅ…?」
祐一「……修理業者、いつ来るって言ってた?」
名雪「明後日だよ…」
祐一「……秋子さんはいつ戻ってくるんだっけ?」
名雪「明後日だよ…」
祐一「……扇風機はないのか?」
名雪「ないよ…」
祐一「……スリーサイズは?」
名雪「はちじゅうよ……って何言わせるんだよ〜」
祐一「気にするな」
名雪「気にするよ〜」
祐一「……」
名雪「……」
祐一「暑い…」
名雪「暑いね…」
今俺たちはリビングでダウンしている。
秋子さんが仕事で出ていった後、エアコンが壊れて、家の中が蒸し風呂状態にあるためだ。
修理を頼んでも、この時期はエアコンの故障が多く、どこの業者もすぐには出張修理に出られない。
しかも、今回秋子さんも出張で明後日までは帰ってこない。
ひょっとしたら、秋子さんだったら直せたかもしれないが…。
まあ、いないのだから仕方ない。
とにかく、今俺たちは蒸し風呂状態にいた…。
ミーン、ミン、ミン、ミン、ミーーーーーーーーン……
このままじゃしょうがないので、俺はうちわを取り出して名雪に頼んだ。
祐一「名雪、うちわで扇いでくれ」
名雪「うん、いいよ」
そう言ってうちわで俺を仰いでくる。
パタパタパタパタ……
祐一「あ〜、涼しい…」
名雪「8、9、10、はい、祐一の番」
祐一「何!?」
名雪「変わりばんこだよ」
ちゃっかりしてやがる…。
祐一「……しゃあない、やってやるか…」
パタパタパタパタ……
名雪「うにゅ〜、涼しいよ〜…」
パタパタパタパタ……
祐一「……」
パタパタパタパタ……
名雪「あれ? 祐一、10回超えてるよ」
祐一「……気にしないでくれ。俺は今無性にうちわを扇ぎたい気分なんだ」
名雪「そうなの?」
祐一「ああ、だから、涼しい風をたっぷり堪能してくれ」
名雪「うん、わかったよ」
パタパタパタパタ……
今更になって俺は気付いた。
名雪の服が汗でべったりと肌に張り付いている事に……。
しかも、今日の名雪の格好は薄地のタンクトップと短パンと、肌を露出している。
今まで名雪を女性として意識しなかったが、これは余りにも色っぽすぎる…。
それに、心なしか名雪の胸の膨らみが少し膨らんでいるようだ。
いや、実際に見たわけじゃないが…。
そう言えば、さっきスリーサイズを聞いたとき、「はちじゅうよ……」って言いかけたよな…。
以前、同じように聞いた時、「はちじゅうに……」と言ってた。
…………………成長してるんだな……。
うちわを扇ぎながら、俺は頭の中で妄想を広げようとしていた。
…………………いかん、いかん、俺は何を考えてるんだ?
それに、こんな事を考えてるのを知られたら、名雪に「紅生姜のフルコースだお〜」とか言われ、
秋子さんに「責任取って下さい」と言われて婚姻届を差し出されるかもしれないんだぞ?
いや、別に名雪が嫌いとかじゃないんだが……。
しかし、この姿を見過ごすというのも、もったいない……。
よし!
そこまで考えた結論。
俺は本能に従って、名雪の姿をたっぷり堪能させてもらう事にした。
そして10分ぐらい経った頃、
名雪「は〜、涼しいよ〜…」
祐一「そうか、それは良かった」
俺は暑さも気にせず、たっぷりと名雪の体を見て目の保養をした。
名雪「うん。でも、そろそろ祐一にもうちわを扇いであげるよ」
祐一「え!?」
名雪「何でそんなに驚くの祐一?」
祐一「い、いや、別に……」
名雪「?」
ま、いいか、手も疲れてきたし…。
祐一「じゃあ、頼むぞ。20分ほど」
名雪「そんなに出来ないよ〜」
祐一「男は根性だ」
名雪「わたし女の子だよ〜」
祐一「気にするな。それより、ちゃんと扇げよ」
パタパタパタパタ……
祐一「ふ〜、涼しい〜…」
名雪「それは良かったよ……」
パタパタパタパタ……
俺は扇ぐ風に気持ちよくなって、目を閉じる。
名雪「……」
ふと、名雪の視線を感じる。
目を開けて見ると、無言で名雪が俺を見つめている。
祐一「どうした?」
俺の問いかけにハッと我に返って、すぐに笑顔に変わる。
名雪「な、何でもないよ〜」
祐一「何でもなくて笑えるのか、お前は?」
名雪「うん、そうだよ〜」
何だか挙動不審なような気がする…。
祐一「ふ〜ん、ま、いいけど…」
でも、俺は特に気にせず、名雪が扇ぐ風に浸っている事にした。
うにゅ〜、あ、危なかったよ〜…。
わたしは自分の胸の内を悟られないよう必死だった。
黒いランニングシャツとモスグリーンの短パンを履いて、祐一の肌がかなり露出している。
しかも、細身の割には引き締まった体つきをしている。
祐一が来るのは大抵冬だったから、こんな祐一を見るのは新鮮だよ…。
それに、祐一の体が汗でじっとりとしているのを見てたら、少しどきどきしてくるよ…。
昔と違って体が大きくなっているのはわかってるけど、何だか祐一の事を意識しちゃうよ…。
別に祐一の事を異性として意識していなかったわけじゃないけど、今以上の関係を望む気はない筈なのに…。
でも、祐一だって男の子なんだよね…。
もし、祐一が迫ってきたら、わたし、どうしたらいいんだろう…?
………………………………………って、何考えてるんだよ〜!
わ、わたしは別に祐一の事をどうも…………………なんか空しくなってきたよ…。
でも、こんな祐一を見る事出来ないから、もう少し見ていよう。
そして二人は同じ事を繰り返しながら、お互いの体を見て暑さを忘れるのだった……
そして夕方近くになり、いくらか猛暑が治まった頃……
名雪「ね〜、祐一〜…」
名雪が俺のほうに寄ってくる。
祐一「何だ?」
名雪「外へ行こうよ〜」
祐一「却下」
名雪「うー」
祐一「外も暑いだろうが…。それにどうせ、百花屋に行こうとか考えてたんだろ?」
名雪「わ。何でわかったの?」
祐一「わからいでか…」
ここ最近、外へ出かけてはイチゴサンデー奢らされてんだから…。
まあ、名雪を怒らせたり、拗ねさせるような真似をした自分が悪いんだが…。
名雪「でも、百花屋だったら、エアコン効いてるよ〜」
祐一「う……」
確かに、あそこだったら、涼しくていいだろうけど…。
祐一「金が無い」
名雪「え? 祐一、そんなに無駄遣いしたの?」
ぷちっ……
祐一「……名雪」
名雪の言葉に俺は名雪の頬を引っ張った。
名雪「うにゅ!」
祐一「無駄遣いさせてる原因のお前が言うか、お・ま・えが〜!」
おおもとの原因は俺にあるのだが、それは置いておく。
名雪「う〜、ひゅ、ひゅういひ〜」
祐一「お〜、結構伸びるな…」
名雪「ひひゃい、ひひゃいほ〜、ひゅういひ〜」
ぽかぽかぽかぽかぽかぽか……
頬を引っ張る手をやめずにいる俺に名雪が叩いてくる。
祐一「あだだだだ! わ、わかった、やめる、やめるから、ぶつなよ」
そう言って俺は名雪の頬をつまんだ手を離す。
その拍子だった。
名雪「あ」
俺をぶってたため、体のバランスがとれなくなっていた名雪が俺のほうに倒れかかってくる。
祐一「えっ!」
俺の胸の中へ名雪が飛び込んでくる。
ぽすっ……
丁度すっぽり収まるように名雪の体が俺の胸の中にいる。
祐一「……」
名雪「……」
ふにゅ…
名雪の胸が俺の体にくっついてる…。
やっぱり、成長してる……………って、いかん!
さっきまで汗ばんだ名雪の体を意識していた為、直に触れた名雪の体の感触は今の俺には刺激が強すぎた。
祐一「……な、名雪…」
俺は名雪の体を離そうとしたが、名雪はすっと俺の背中に手を回してきた。
名雪「………祐一…」
頬を染め、そして俺を見つめる名雪の瞳はあまりにも艶かしかった…。
祐一「………名雪…」
俺、名雪のことを一人の女の子として意識している…。
いや、それ以上に俺の全てが名雪の全てを欲している…。
そして名雪もどう思ったのか知らないが、目を閉じてくる。
う……、えーい、もうどうにでもなれ!
俺は意を決して、名雪の顔に顔を近づける…。
そこへ……
ガチャッ!
祐一・名雪「「え?」」
ドアが開く音がして、入ってきたのは……
秋子「ただいま。私ったらうっかりしてて出張は明日からだった…………………あらあら、少し出かけてきますね……」
バタン!
今の雰囲気と俺が名雪の肩をつかんで顔を近づけている事から全てを読み取ったのか、
秋子さんはそう言ってドアを閉める。
名雪「お、お母さん!」
祐一「秋子さん!」
俺と名雪は急いで秋子さんを止めにかかった。
………………………………………………………………………………
何とか秋子さんをつかまえて、俺たちは事情を説明した。
秋子「あらあら、そうなんですか?」
祐一「そうなんです! 誤解なんです!」
秋子「でも、今日は風が吹かなかったですし、エアコンも壊れてたから、
ゴミが名雪の目に入ってくるなんておかしいですわね?」
祐一「いや、ちょっと掃除を…」
秋子「あら、今朝やっておいたはずなんですが…」
祐一「う……」
そうだ。今朝秋子さんが家の中を掃除してて、家の中に埃なんて塵一つも残さなかったんだ。
どうする? 他に理由なんて……
俺がこの状況をどう切り抜けようかと考えていると、名雪が口を開いた。
名雪「わたしが外の掃除をやってて、ほこりが目に入ったんだよ」
秋子「あら、そうなの?」
名雪「うん。だから、別にお母さんが考えてる事じゃないんだよ」
秋子「あらあら、私が何を考えてたって言うんですか?」
名雪「お、お母さん〜!」
秋子「ふふっ、冗談よ。でも、折角、赤飯にしようと思ったのに、残念ですね…」
祐一「残念って、秋子さ〜ん…」
ともかく、何とか誤魔化せたな…。
夕食を終え、俺たちはシャワーを浴びてからリビングでくつろいでいた。
ひょっとしたらと思ってたが、俺たちがシャワーを浴びている間に秋子さんはエアコンの修理をしだした。
秋子「これで大丈夫ですよ」
修理時間わずか5分。
一体、秋子さんって……。
ま、まあ、その疑問は永遠に置いとくとして、秋子さんは家中のエアコンを修理していった。
おかげで、今は涼しくて快適だ。
祐一「ふ〜、一時はどうなるかと思った…」
名雪「……」
こつん
名雪の顔が俺の肩にぶつかる。
祐一「な、名雪?」
名雪「くー」
祐一「寝ちゃったのか…」
秋子「あらあら」
祐一「しょうがない、運んでおくか…」
俺は名雪を背負う。
背中にふくよかな感触を感じるが、秋子さんがいる手前、にやけるわけにいかない。
秋子「お願いしますね…。あ、襲っても構いませんが、するものはしといてくださいね。
まだおばあちゃんになりたくありませんから」
祐一「し・ま・せ・ん!」
秋子「冗談ですよ」
祐一「秋子さんが言うと、冗談に聞こえないですよ…」
秋子「あらあら」
名雪の部屋に入り、ベッドに名雪を降ろす。
祐一「ふ〜、これでよし、と……」
夏なので、毛布ではなく、タオルケットをかける。
名雪「くー」
相変わらず無防備な寝顔だ。
祐一「全く、いい気なもんだよな…。あんだけ俺をドキドキさせといて……」
「うりゃ」と頬を突っつく。
名雪「むー」
嫌がって向うに寝返りをうつ。
俺はそれが面白くなって、さらに突っつく。
名雪「むー、むー、むー…」
祐一「ははっ、面白れ〜な…………………………全く、可愛い寝顔して………」
え? 可愛い?
まだ自分の気持ちが定まっていないのに、どうして俺は……
夏には色んな魔法が隠されているというが、俺もその魔法にかかってしまったんだろうか…?
わからない。
わからないが、あの時、俺は名雪に惹かれたんだと思う。
祐一「……ま、焦って答えを出す必要はないよな…」
この気持ちが魔法かどうかは、いずれわかるだろう。
今はまだ、このままでいよう…。
祐一「おやすみ、名雪…」
そして、俺は部屋を出た。
だから、俺はその後の名雪の寝言を知らない。
名雪「祐一、好きだよ…」
それはきっと名雪の本当の気持ち…。
夏が終わった時、二人の気持ちが確信に変わり、関係が変わったのは言うまでもない……。
<後書き>
どうも、junpeiです。リクSSお届けします。
webで祐×名SSを公開するのは初めてですが、如何でしょう?
とりあえず、お互いの気持ちがはっきりしないでいる状態の話だったので、
中途半端な感じになってしまいましたが、ご了承下さい。
これからも頑張りますので、宜しくお願いします。
Shadow
Moonより
junpei様、リクエストSS、たいへんありがとうございます。
とても、ほんわかほのぼのとしていて、よかったです。
二人が、お互いを意識していている描写が気に入ってしまいました。
これからのSSも、楽しみにしています。
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