祐一君はその日、あゆちゃんと一緒に映画館へ映画を観に行きました。

 映画館へ行く途中、

 タイヤキ屋のおじさんに複雑な事情で追い駆けられたり、

 あゆちゃんが何もないところでこけたり、

 そのせいであゆちゃんが自分のタイヤキを落としてしまったり、

 あゆちゃんがそれを拾って食べようとしたのを祐一君が頭を叩いて止めたり、

 涙目でタイヤキをゴミ箱へ持っていくあゆちゃんに祐一君が自分の分を半分に分けてあげたり、

 そんな様子を名雪ちゃんがハンカチを噛み締めながら妬ましそうに電柱の後ろから眺めていたり、

 まあ、おおむねいつも通りの光景でした。

 ……彼が現れるまでは。




君のことがもっと知りたい

らいたー  水亭帯人




 唐突な話で恐縮だが、あなたは動物に本能というものがあるのをご存知だろうか?

 これから説明するのはその本能の中の一つ、条件反射についてである。

 何も難しい話だと思って身構えることはない。

 かく言う私とてそれほど詳しい話ができるというわけではないのだ。

 条件反射というのは生物が環境に適応しようとする本能から後天的に獲得する反射のことで、ある一定の刺激だけで特定の反射が起こるようになる現象を言う。

 最も有名な例はパヴロフの犬の話だろう、詳しく知りたい人はそちらを調べてみるといい。

 まあ、それはひとまず置いといて、話を進めよう。

 祐一とあゆの目の前に現れた久瀬と呼ばれる男は祐一に向かって頭を下げ、何の前触れもなくこう言った。

「相沢君、あの時は本当に済まなかった」





 ねえ、美汐。 祐一はそれになんて答えたの?

 唸りを上げるような鉄拳で答えましたよ、勿論ぐーで。





 祐一は別に 「今更何調子いいこと言ってんだ!」 的な怒りから殴ったわけではなかった。

 ただ純粋に、気が付いたら目の前の男を殴っていた、ただそれだけだ。

 祐一は顎に自分の拳を喰らって吹っ飛んでいく久瀬を見ながら条件反射の、人間の本能というものの業の深さを改めて思い知った。

 その様子はさながらリンゴが木から落ちるのを見て万有引力の法則を発見したニュートンのよう。

 彼がパヴロフよりも早く生まれていたらきっとパヴロフの犬は祐一の犬になっていたことだろう。

「うぐう、祐一君、あの人誰?」

 あゆが道路に倒れたまま動かない久瀬を指差して祐一に問う。

「三年になってから俺や名雪と同じクラスになった久瀬という奴だ、と思う。多分……」

 祐一は自信なさげに答える。

 考えてみればあの久瀬が自分に謝るというのは何かがおかしい。

 もしかしたら久瀬によく似ただけの人物だったのかもしれない。

「久瀬君って、この間祐一君が言ってた嫌味を標準装備してる人?」

 あゆの言葉に祐一はゆっくりと頷く。

「……ふ、ふふ。 分かっていたさ。 自分が調子のいいことを言ってるというのは……」

 久瀬が足元をふらつかせながら立ち上がって呟いた。

 どうも祐一の鉄拳を 「今更何調子いいこと言ってんだ!」 的な怒りから来たものだと判断したらしい。

 その顔はドラマで教師に殴られた不良学生のようにどこか満足気でもあった。

 かように真実を知らないということはとても幸せなことである。

「でもな、相沢君。 例えこうなるとあらかじめ分かっていたとしても僕はこうしたさ! 君や川澄さんや倉田さんにしたことがどれだけ酷いことか分かっている今は、この胸が後悔で一杯なんだ!」

 久瀬は一人で熱血青春モードに入っている。

 若いっていいねえ。

「あー、久瀬。 お前の意気込みは分かった。 とりあえずいったんこっちに戻って来い」

「なんだい?」

 一瞬で素に戻る久瀬。

 なかなか器用だ。

「お前どっかに頭ぶつけたわけじゃないよな? それかなんか変なもの食ったとか」

 尋ねる祐一に久瀬は答える。

「さっき道路に頭をぶつけたがそれは君に殴られたからだし、何か変なものを食べた記憶もないが?」

「ん、そうか」

 祐一はそれを聞いて考え込む。

「……なあ、久瀬」

 祐一は遠くを見ながら仇敵に、いや、今となってはかつての仇敵に静かに尋ねる。

 その目は真剣で、あゆには「学校」での永遠とも思える別れの時の祐一が、久瀬には舞を復学させようとしていた時の祐一が自然と思い出された。

「何がお前を変えたんだ? 良かったら教えてくれないか?」

「……つまらない話さ。 人に話すほどでもない」

 祐一の質問に久瀬は口元にわずかな苦笑を浮かべながら首を横に振る。

「頼む。 俺はお前と友達になるためにも、それを知らないといけないんだ」

 久瀬は祐一のその言葉にはっとする。

「あ、相沢君はこの僕を友達だと言ってくれるのかい?」

 祐一はそんな久瀬を見て笑いながら言った。

「お前は自分から俺に謝ったじゃないか。 それだけで十分だろ? だから、友達としてお前の口からお前自身が変わった理由を聞きたいんだ」

 久瀬は祐一の言葉を聞いて、しばらくしてからゆっくりと口を開いた。

「……その、す、す、す、す、いや、大切な人ができたんだ」

 好きな人、という表現が恥ずかしかったのだろう。

 久瀬は何度も口ごもった後、表現を変えることにしてあっさりと言い切った。

 しかし今度は言ってから恥ずかしくなったのか、見る見る赤面する。

「大切な人、ねえ。 まあ、男が変わるとしたら良い意味でセオリーだな。誰だ?」

「いや、流石にそれは……」

 祐一の質問に対し、久瀬が渋る。

 高校生としては当然の反応とも言えるだろう。

「んー、じゃあヒントくれ、ヒント。 俺が知ってる奴か?」

「あ、ああ」

 久瀬の答えを聞いて祐一が思考に集中する。

 彼の今の表情は新しい玩具を手に入れた子供のそれだ。

 彼は基本的に物事を面白がる癖がある。

 今も不謹慎ではあるが、久瀬が好きな人間というのが誰なのかクイズのような気分で考えているのだろう。

(俺のこの町の知り合いの女の子といえば名雪、あゆ、香里、栞、真琴、天野、舞、佐祐理さん、こんなもんだよな)

「なあ、それって片思いだよな」

 祐一の言葉に久瀬が頷く。

 両思いだったら祐一が彼女たちの様子を見てそれに気付かないはずがない。

(多分接点のないあゆとは今回が初対面のはず。 だからあゆは除外するとして……)

 久瀬が突然変わったことから考えて、おそらく彼の恋慕はつい最近、おそらく祐一と久瀬が三年になってから、突然始まったものだろう。

 この理由からもう少し以前から面識のあった佐祐理や舞の線は薄くなる。

 勿論、可能性が皆無ではないだろうが、祐一には久瀬が二人の内のどちらかに恋慕の感情を抱いているとはあまり思えなかったし、何より面白くなかった。 色んな意味で。

 香里、も無いだろう。 学級委員をやっている香里とは久瀬もずっと前から面識があったはずだ。 それに彼女も前の二人同様に、祐一にはどうしても正解とは思えなかった。

 かと言って他の四人もどこか今一つ決定打にかける。

(いや、俺は何かを見過ごしている気がする。 考えろ、考えるんだ、祐一。 三年になってから何があった? 入学式、担任発表、クラス替え……)

 そこまで考えてはっとした祐一は、確信を込めた口調でゆっくりと彼女の名前を呟く。

「……水瀬、名雪」

 それを聞いたときの久瀬の表情は見ものだった、と祐一は後日、佐祐理と舞に語った。

「図星か」

 久瀬の表情を見て、祐一の確信は更に固まる。

「う……」

 少し赤くなりながらも、渋々頷く久瀬。

 どうやら否定する気はないようだ。

「……新しい季節、新しい机、新しいクラスメイト。 木々が萌え、どことなく気分も高まるこの季節、なんとなく周りを見回して、ふとその視線がある一点で釘付けになった」

 祐一が静かに、しかし力強く呟く。

「そこにいるのは今年初めてクラスメイトになった彼女。 最初は生まれて初めて胸に抱いた感情に戸惑うばかり。 しかし仲の悪いアイツが他の女の子と楽しそうに歩いている光景を見てそこから目が離せなくなる。 それは何気ないカップルのさり気無い、それでいて愛を育むワンシーン。 いつもなら気にせず歩くのに何故か足は動いてくれない」

 祐一の口調に熱が入ってきた。

「そして気付く。 彼女に抱いている感情はまさしく今、自分が見ている光景にあるものなのだと。 ああ、これが恋。 そう自覚した途端に胸が苦しくなる。 恋とはかくも苦しいものなのか。 しかしこれを知ってしまった今、もうこの気持ちを手放すことなど出来ようか。 いや出来るはずがない」

 祐一があゆに目で問い掛ける。

 続ける?

 あゆが目で答える。

 うん、続けて。

「そこまで考えてあることを思い出した。 自分が仲の悪いアイツにしてしまったことを。 大切な人に危害を加えられることがどれほどの罪悪なのか、今なら分かる。 何故なら自分は恋をしているのだから」

 そこでいったん言葉を切る祐一。

「謝らなければいけない、何があったとしても彼に謝らなければ。 今度学校で会ったときなんて悠長なことは言っていられない。 今すぐ謝ろう。 人目があっても気にするものか。 謝らなければいけないことに気付いたのに、謝らなければいけないことにやっと気付けたのに、僕がこんなところでこうしていて良い理由なんてどこにあるものか!」

 最後の方になるにつれ段々と口調を激しいものに変えて祐一は言った。

 それから久瀬に実にわざとらしい、偽善者めいた素晴らしい笑顔を向ける。

「まあ、こんなところか?」

「なんだか心を読まれたみたいな気分だ……」

 祐一の独白を聞き終わった久瀬が、どこか釈然としない面持ちで呟いた。

「これでもご近所の奥様方に物分りがいい方だと大好評だぞ」

「いや、良すぎるだろう。 いくらなんでも」

 久瀬はあきれ返る。

「まあ、流石に物分り云々は冗談だけどな。 数々のトラウマを乗り越えて成長した俺にかかればこれぐらい何とかなる」

 ハイパー祐ちゃんと呼んでくれてもいいぞ、と祐一は続ける。

「でも名雪に、ねえ。 ……あれ、なんで、名雪?」

 改めて考えて見ると、万年だおーである名雪のどこらへんに久瀬が惹かれたのか祐一には分からなかった。

「うぐぅ、名雪さんに失礼だよ、祐一君。 名雪さんだっていいところは一杯あるよ」

「例えば?」

「えっと、優しいし、綺麗だし……」

 そこであゆの言葉が止まる。

 あゆは懸命に考えたが、頭に浮かんだのは名雪の朝の痴態であったり、猫やイチゴに酷い執着を見せる場面であったり、とにかく名雪の欠点ばかりだった。

「アイツはどっちかとゆーと人に頼ってばっかりだし、人を雪の中で待たせるし、クラス中に従兄弟と一緒に住んでるって言いふらすし、何かあったら紅しょうがで脅すし……」

 祐一が名雪の欠点を次々と挙げていく。

「で、でも」

 一応名雪を弁護しようとするあゆ。 しかし言葉が続かない。

「いや、俺も流石にアイツが欠点だらけだとは言わない。 でもアイツの場合、長所よりも短所の方が目立つと思うんだが」

 久瀬の手前、祐一は言葉を慎重に選びながら名雪について客観的意見を述べる。

 名雪の持つ長所は割と誰とでも仲良くなれたり、彼女が持つほんわかとした雰囲気であったりするが、人はあまりそういうところを見ない。

 結果、彼女の場合はその短所ばかりが人の目に映る。

「確かに水瀬さんは一見、欠点だらけかも知れないが、内面も欠点だらけの人だよ? 相沢君」

 久瀬の言葉が一番酷かった。

「お前、ホントに名雪が好きなのか?」

 祐一は久瀬の態度を見て動揺を隠せない。

「いや、あばたもえくぼというか。 とにかくそんな感じなんだ」

「恋は盲目ということか……」

 なるほどそれなら、と祐一が納得する。

「それに僕は水瀬さんと今年初めて会ったというわけじゃないんだ」

「へえ」

 どこか面白そうに呟く祐一。

 あゆもどことなく興味深そうに久瀬の次のセリフを待った。

「その口振りだと始めて会ったのは随分と昔のことなんだな?」

「ああ、あれはもう十年くらい前の話になる……」

 久瀬は祐一の言葉に頷いて、遠い目をしながらゆっくりと昔話を始めた。





 僕はそのとき駅前のベンチに座って泣いていた。

 理由は塾のテストの点数が悪かったとか、まあ、そんな他愛もない、今になってみれば子供っぽいことだったと思う。

 でもそのときの僕はそれが凄く悔しくて、ずっと嗚咽を繰り返していたんだ。

 そんなときだった。

 僕の目の前にハンカチが差し出されたのは。

『ハンカチ、いる?』

 始めは差し出されたハンカチの意味が分からずただ呆けていた僕だったけど、その意味が分かって今度は凄く恥ずかしくなった。

 人前で泣いていたことを思い出したからね。

 慌ててハンカチを受け取って涙でぐしょぐしょになった顔を拭いたんだ。

『凄く泣いてたんだね、涙で池ができてるよ?』

 ハンカチを差し出してくれた女の子がそう言った。

『そこまで泣いてないよっ』

『うん、そういうことにしておいてあげる』

 彼女はそう言ってにっこりと笑った。

『そのハンカチ、貸してあげるね。 また涙が出てきたらそれで拭くといいよ。 じゃあね、友達が待ってるから』

 そう言い残して彼女はその場から去ろうとした。

 僕は慌てて言った。

『待って、このハンカチどうやって返せばいいの?』

『あ、そっか。 じゃあ、みなせっていう表札のあるおうちに持ってきて』

『みなせ?』

『うん、みなせ』

 彼女はゆっくりと頷く。

『じゃあね、ばいばい』





「その後、僕はハンカチを返しに行こうかと何回も考えたけど、結局彼女に会う勇気が出なくて『みなせ』という表札の家を捜すこともしなかった」

「……」

 祐一は何も言わなかった。

「……」

 あゆも何も言わなかった。

「さて、そろそろ僕は行くよ。 また学校で会おう、相沢君」

「……ああ、またな、久瀬。 あー、まあ、なんだ。 名雪とのこと、頑張れよ」

「ああ」

 久瀬は頷いて力強い足取りで二人の前から去って行った。

 その様子は学校で会長風を吹かせて歩いているときよりもずっと堂々としていた。

「……祐一君」

 久瀬がいなくなってからあゆがゆっくりとその口を開いた。

 表情もどこか真剣だ。

「なんだ、あゆ」

「あのね、祐一君は名雪さんのこと好きじゃないの……?」

 それは祐一を半ば責めるような意味合いを持った言葉だったが、あゆがその言葉に込めた思いはどちらかというと怖れだった。

「好きだぞ、勿論あゆも」

「じゃあ、なんで久瀬君に頑張れって言えるの? ボクは祐一君のことが好きな他の女の人に頑張れ、なんて言えないよ? 絶対言わないよ?」

 少し泣きそうな表情になりながら祐一に向かって言葉を早口で吐き出すあゆ。

「まあ、恋愛は個人の自由であって然るべきかと」

「ボクは真剣なんだよ、真面目に答えてよっ」

 あゆは祐一の、どこか誤魔化すような雰囲気を察知して彼を責めるような口調で小さく叫んだ。

 祐一はそんなあゆの様子をしばらく見ていたが、やがてふうっとため息を吐くた。

「……なあ、あゆ」

 ゆっくりと目の前の少女に話し掛ける。

「もし、だ。 もし仮に秋子さんが急にいなくなったらどうする?」

「え?」

 あゆには祐一の言っている言葉の意味がすぐには理解できなかった。

「え、でもそんなの困るよっ」

 あゆが自分の肉親との別れを思い出して、たまらずに叫ぶ。

 七年間眠っていた彼女にとっては七年前の出来事も身近過ぎる過去なのだ。

「でもな、秋子さんは急にいなくなったりする人じゃない、それは分かるな?」

「う、うん」

 祐一の矛盾した会話の流れに少し戸惑いながらもあゆは頷く。

「それでも急にいなくなることがやっぱりあるかもしれない。 でも俺は秋子さんを責めたり、追いかけたりしない」

「うぐぅ、なんで?」

「きっと理由があるからだ。 例えいなくなるのが急でも、そこに至るまでの経緯は長いと俺は思う。 だから俺は追いかけたりしない。 他の誰がなんて言おうと。 だから名雪が久瀬とくっつくことになっても、な」

 そこで言葉を切る祐一を見てあゆは泣きそうな表情になった。

「じゃあ、祐一君はボクがいなくなっても平気なの……? 追いかけてくれないの?」

「ばーか、これだからうぐぅは。 ……平気なわけないだろ? ずっと一緒にいて欲しいと思ってるよ、あゆ」

 祐一はあゆを軽く抱きしめてその髪を、す、と優しくなでた。

「でももしかしたら、いなくなった人は残った人に追いかけて欲しいと思ってるかもしれないよ?」

「そのときはそうだと分かるからちゃんと追いかける。 だからそんな心配はすんな。 なんたって俺は物分りがいいからな」

 祐一はあゆににやりと笑って見せる。

「う、うん」

 あゆは祐一の顔が至近距離にあるので、少しどきどきしながら頷いた。

「んじゃ、そろそろ映画館に向かうとするか」

「うん、そうだね」

 祐一の言葉にあゆが賛同する。

「……にしても名雪の奴、いつまで付いてくるつもりなんだろうな」

 後ろを振り返らずに祐一が言った。

「そうだね、なんだか執念を感じるよ、ボク」

 同じく後ろを振り返らずにあゆも言う。

 二人の言葉通り、名雪は二人に視線を送りながらこそこそとその後をつけていた。

「ばれてないと思ってるのかな? 名雪さん」

「多分そうだと思うが、ばれてると分かったとしても名雪は尾行を続けるだろうな」

「難儀だね」

「難儀だな」

 二人は揃ってため息を吐く。

「走ろうか、あゆ」

「走るの?」

 名雪さんは足が速いから多分逃げられないよ?と視線で祐一に話すあゆ。

「いや、なんとなく。 それに久瀬とのやり取りで結構時間食っちゃったし」

「それもそうだね。 あ、二手に分かれてみるのはどうかな。 名雪さんももしかしたらボクたちを見失うかもしれないよ?」

「んー、いいかもしれんがやっぱボツ。 せっかくだから一緒に走ろう」

 祐一はあゆの手を握った。

「ゆ、祐一君っ」

 祐一に手を握られて、あゆは少し顔を赤くした。

「何照れてんだ、手をつなぐくらいで」

 そう言って祐一は朝の遅刻寸前マラソンで鍛えた脚で走り出した。

 あゆも食い逃げで鍛えた脚でそれに付いていく。

「なあ、さっきの話だけど」

 走り始めてからしばらくして、祐一が唐突に口を開いた。

「あれ、やっぱなし。 追いかけないってやつ」

「追いかけてくれるの?」

 あゆの質問に対し、祐一は首を振る。

「追いかけないんじゃなくて、追いかけられないんだ。 俺は弱いからさ、きっと拒絶されるのが怖くなって何もできなくなると思う」

 まるで罪を懺悔するように祐一はポツリと漏らした。

「……ボク、ちょっと疲れたから。 歩こうよ、祐一君」

 祐一の独白を聞いて、それを特に否定もせずに、あゆがその走りを緩めた。

 祐一もそれに倣う。

「祐一君、三つ目のお願い」

 あゆが静かに言った。

「使っただろ、お前」

 祐一が少し呆れるような口調で呟く。

「うぐぅ、あれは無しっ。 祐一君がボクのこと忘れてないからっ。 だから、くーりんぐおふを実行するよっ」

 あゆが自分で言っていることの意味をきちんと理解しているかどうか、祐一から見れば非常に怪しかったが、それでも祐一は黙ってあゆの言葉の続きを待った。

「ボクの傍にずっといてください。 もしボクがいなくなっちゃったらそこにどんな理由があっても絶対に追いかけて捕まえてください」

 あゆが立ち止まって祐一を真正面から見てそれを言った。

 祐一は立ち止まってあゆを真正面から見てそれを聞いた。

「いいぞ」

 祐一はそれに対して短く答える。

 証文も判子も要らない。

 二人が交わす契約はその一言だけで十分なのだ。

「絶対に追いかけてね」

「その前に絶対逃がさん」

 笑顔で言ったあゆの言葉に対して、祐一が不敵に笑って断言する。

 その笑顔はあゆの大好きなものの一つだった。

「ねえ」

 見詰め合ったまま、あゆが祐一にねだるような口調で問い掛ける。

「キスしてもいい?」

 祐一はあゆのその要求に、自分から唇を重ねることで答えた。






たまには「あとがき」と頭に書いて。

初めての短編、いやここまで来ると中編かな。
とりあえず 「君のことがもっと知りたい」 いかがだったでしょうか?
初めてということでもちろん色々至らないところあると思います。
別に言い訳するわけではありませんが、しかし今のところ水亭にはこれが割と限界です。
だからもしこれを読んで何か思うところがあったら、感想のメールを水亭に是非送ってください。
純粋に面白かったよー、という意見から厳しい批判(これも是非)、いくらでも受け付けますので。
「スト錬」の参考にもなりますし。


あとShadow Moonさん、随分遅れましたが六万ヒットおめでとうございます。(これを書いている現在すでに六万九千カウンターが回っている)
これを気に入っていただけたら幸いです。
ちなみにこれは誰がなんと言おうと六万ヒット記念です。
でも気分的に七万も兼ねたりしています。


Shadow Moonより

六万ヒット記念SS、たいへんありがとうございました。 かなり気に入ってます。
『実は良い奴だった久瀬』は好きじゃないですが、『改心した久瀬』は嫌いじゃないです。(佐祐理さんとくっつくのだけは納得いかないけどね(爆))
それにしても流石ですね。 『スト錬』もそうですが、いつも感心させられる事ばかりです。
『好きな人の為に』 『追いかけてほしい』 『追いかけないじゃなくて、追いかける事が出来ない』
人を好きになれば喜びだけでなく、不安や苦しみもついてくる。 それをどう乗り越えるかによって幸せは訪れるのだと思いました。
本当にすばらしいSSをありがとうございます。 これからもがんばってください、応援しています。

水亭帯人様へのメールはこちらへ。


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