指で髪の毛をゆっくりと梳かれる音。

 愛しげに頬を撫でてくれるその手の優しさ。

 時折重ね合う唇の味。





 それらを感じているとき、彼は彼女だけのものだった。

君のことがもっと知りたい   そのに

らいたー  水亭帯人



「祐一ぃ」

「ん?」

 休日のお昼過ぎ。

 家のソファの上で寝そべって愛しい少年の膝に首から上をのせたまま、甘えるような声で真琴は彼の名前を呼んだ。

「キス、して?」

 ゆっくりとねだる。

 それから目を閉じた。

「ん――」

 祐一は軽く頷いて、そのまま真琴の唇に自分のそれを重ねる。

 唇を重ねるだけ、けれど優しいキス。

「祐一は、真琴のこと好き?」

 唇が離れてから薄っすらと、期待の笑みを浮かべて真琴が尋ねた。

「嫌いだったらキスなんてしないぞ」

「好き?」

 直接好きと言わない祐一の反応に、真琴は少しだけ不服そうな表情になりながらもう一度尋ねる。

「――好き」

 面と向かって言うのは流石に照れてしまい、祐一はそれを隠すかのように短く答えた。

「じゃあ――――――――もう一回」

 そう言って真琴は、祐一の頭を両手で掴み、上体を少し起こして自分から祐一の唇を求める。

 真琴は重なり合った唇の隙間から舌を祐一の口内に入れて、口の中をぺろぺろと舐め回した。

 その行為に一通り満足すると、今度は祐一の舌と自分のそれを絡ませる。

 祐一も真琴の背中に手を回し、真琴に応えて舌をゆっくりと動かす。

「ん、ん――」

 少し気持ち良くなったらしい。

 真琴が祐一の唇を塞いだまま声を出して、頬を少しだけ上気させ軽く身体を動かした。










「真昼間からなにやってるんだおーーーー!!!!」

 突っ込みは何時だって唐突だ。










「?」

 真琴が相変わらず祐一と唇を重ねたまま、声の聞こえてきた方を片目で見る。

 嫉妬に狂った、とまでは行かないが、顔を赤くして怒っているイチゴ狂(真琴視点)がそこにいた。

「ん――、っ――――」

 自分の口の中に祐一の舌が侵入してきて、真琴はさっきよりも大きく、身体をびくりと反応させてよりいっそう頬を上気させる。

 気持ち良くて抵抗する気も起きなくなった。

 そのまま、まるで親鳥から餌を与えられる雛鳥のように、真琴は祐一から与えられる快感を貪欲に貪る。

 ちなみにイチゴ狂(真琴視点)は何やら愚にも付かないことを何やら喚いていた。

 真琴的にはどうでも良いのでその辺は省略する。

「――んぅ……」

 満腹というより腹八分目だったが、真琴は自分から唇を離して再び膝枕された格好になり、祐一の腹部に顔を埋めた。

「祐一ぃ」

「どうした?」

「――ううん、呼んでみただけ」

 イタズラっぽく笑いながら鼻先を擦り付ける。

「だおーーーー!!!!」

 名雪が怒り過ぎで凄いことになっていた。

「あー。分かった分かった。とりあえず俺が悪かった。だから正気に返れ、な?」

「だおーーーー!!!!」

 祐一が声を掛けるが無視され続けた名雪の怒りはその程度では治まらなかった。

「あー、もー、どうしたもんか」

「だおーーーー!!!!」





「人前で見せ付けるようにいちゃいちゃするのはどうかと思うんだよ」

 十分間ほど祐一が宥めて、名雪はようやく会話が出来るレベルまで正気を取り戻した。

「祐一ぃ」

 真琴が起き上がって狐の時のように祐一の頬を舐め始める。

 真琴なりの愛情表現の一つなのだが、何処となくいやらしく、官能的だ。

「くすぐったいって、ふっ、はは」

 祐一がそう言っても真琴は止めようとはしなかった。

「人の話を、聞くんだおーーーー!!!!」

「はは、でもくすぐった、ふはは」

「あうー」

 真琴はぺろぺろと祐一の頬を舐め続けた。

「ははは」





 真琴が舐め終わってから名雪が改めて口を開く。

「祐一が女の子にだらしないというか、女たらしなのは仕方が無いこと無いけど、諦めたつもりなんだけれどやっぱり諦めきれないというか――――ううん、そうじゃなくてね」

「祐一、耳掃除してー」

 真琴の手にはいつの間にか綿棒が握られていた。

「ん、じゃあ横になれ」

「うん」

 名雪は色々言いたかった。

 ちゃんと話を聞いてるの、とか。

 祐一この間あゆちゃんと映画に行ったよねわたしも行きたいんだよ、とか。

 わたしももっと構って欲しいんだよ、とか。

 わたしも膝枕で耳掃除して欲しいな、とか。

 頭の中でぐるぐると、そういった不満が渦を巻く。

「真琴っ!」

 それらの不満は奇跡の帰還を果たした少女へ、名雪にしては珍しい荒げた口調となってぶつけられた。

「?」

 どうしたの、曇りない二つの瞳が名雪にそう問い掛ける。

 名雪は彼女に不満を更にぶつけようとして、けれどその口から出た言葉は自分が抱いていた不満の言葉ではなかった。

 いや、不満には違いない。

 ただ、その言葉は名雪が今まで頭に思い浮かべた事柄の中で、言語化したことのない類の不満だった。

「…………真琴は、真琴は祐一が他の女の子とキスしても平気?」

 溜め息のように吐き出されたその言葉に、覇気は無かった。










 一度聞いた。

 一度だけ、彼に聞いた。

 友人や、後輩や、先輩や、目の前にいる少女と一緒に――――半ばムキになって。

「祐一は誰が一番好きなの?」

 それなりの覚悟はあるつもりだった。

 もちろん自分ではない場合の、つまり「そういう」答えが返ってくる覚悟が。

 けれど期待もあった。

 言うまでもなく――――まあ何と言うか、「そういう」答えが返ってくる期待が。

 その場にいた彼女たちもそうだったと思う。

 そして返ってきた返事は――――この場合は接続詞を「しかし」とするべきかもしれない――予想していたものではなかった。

 自分以外の誰か、ではなく。

 自分、でもなく。

 その場にいない他の誰か、でもなく。

 ある意味一番確率が高そうだと皆が内心で思っていた、誤魔化すようなセリフでさえなかった。





 彼は、物凄く傷ついた子供のような顔をした。





 つまるところ祐一の好きには順番が無かった。

 祐一はこの街で知り合った、あるいは再会した少女たちを助けるために、それこそそれぞれの物事に対して精一杯で、必死だった。

 改めて考えてみれば納得だった。

 そこに順序というものがあれば優先順位というものがどうしても生まれる。

 もしそうだったとすると、一番優先された一人の人間しか助からなかったかもしれないし、一番蔑ろにされた一人の人間が助からなかったかもしれない。

 皆のことが「順番の無い好き」だったからこそ、皆の笑顔が今ここにある。

 それが分かって、けれど、求めていた明確な答えが得られなかったのにどこか安心している自分たちがいるのに気付いた。





 覚悟なんて最初から無くて。

 ただ、淡い期待で目を背けたかった不安を覆い隠していただけだった。





「真琴は……ちょっとだけ嫌」

 少し考えてから、真琴が祐一を眺めながら言う。

 言葉とは裏腹にその視線に非難は含まれていなかった。

「だって祐一と一緒にいられる時間が減るから」

 そう言って早く始めてくれとばかりに祐一の膝に頬を摺り寄せる。

「分かった分かった。ほら、じっとしてろ」

 祐一は苦笑しながら綿棒を片手に耳掃除を始める。

 そしてもう片方の手で名雪を手招きしてから、自分の隣に座れ、とジェスチャーで伝える。

 名雪はどこか渋々といった表情で祐一に従う。

 祐一の隣に座るのが嫌なのではなく、何か釈然としないものを感じるのだ。

「あぅ、ん」

 真琴が心地良さげに息を吐く隣で、祐一が名雪の頭をくしゃくしゃっと半ば乱暴に撫でた。

 髪の毛が乱れるが、祐一はそんなことは全く気にしない。

 所詮、寝てばかりいて元から寝癖だらけの髪の毛だ。

「う〜」

 祐一に撫でられるのは嫌いではなかったが、やはりどこか釈然としなくて名雪は唸った。

 そんな名雪を見て祐一は一言。

「ごめん」





 例えばイチゴサンデーとイチゴジャムとイチゴムースがある。

 どれが好き?と貴方は尋ねる。

 自分はどれも好きだけれど、とりあえず一つしか選べないということなので思ったものをその手に取ると、貴方はこう言う。

 それだけで我慢できる?

 とてもじゃないけどそれは無理。

 その旨を伝えると貴方は軽く微笑む。

 どこか苦笑しているようにも見えた。

 選べ、なんて卑怯だよ。

 文句を言っても貴方は相変わらず苦笑を浮かべたまま。

 そう、恋愛だって同じこと。

 誰か一人を選べ、なんて卑怯だ。

 わたしたちは食べ物じゃないよ。

 そう、意思のある人間だ。

 喜ぶこともあれば、当然悲しむこともある。

 食べ物と違って、こちらは選ぶ方に相当の覚悟が要る。

 選ばれない者の数の方が多いとか、それ以前に、人を傷付けるには途轍もない覚悟が必要だ。

 そしてそれより何より、そこに純然たる好意がそのそれぞれに対し存在するのなら――――もしそれが自分なら誰も選んだりしない。

 誰も傷付けたくないから、皆が傷付く方法を取るの?

 誰も傷付けたくないから、皆が傷付かない方法を探すんだ。

 そんなものがあるの?

 在るかどうか分からない。

 だからこそ探せる。

 在るとしたらそれは物凄く遠いところに在るに違いないから、在ることを知っていれば弱い俺はきっと途中で諦めてしまうから。

 でもやっぱり物凄く遠いところに在るんだよね?

 途中で諦めちゃうんじゃないの?

 人は未知の事柄に対して夢を見ることが出来るんだよ。

 ――――お前の『覚悟』みたいにな、名雪。





 祐一が謝った後、名雪は思いつく限りの罵詈雑言を弾にして、彼に対して機関銃の銃口のようにそれらを連射してから疲れて寝た。

「くー」

 それでもちゃっかりと祐一の腕を抱き締めるようにして寝ている。

「すー」

 真琴も耳掃除をされた後、小さな欠伸を一つしてからさっさと眠りに落ちた。

 祐一はそんなマイペースな二人を眺めながらそっと溜め息を吐く。

「こんなところで寝て。いくら春でも風邪引くぞ、二人とも」

「うにゅ、食べ物じゃないよ……」

「すー」

 返ってくるのは寝言ばかりだった。










 指で髪の毛をゆっくりと梳かれる音。

 愛しげに頬を撫でてくれるその手の優しさ。

 時折重ね合う唇の味。





 それらを感じているとき、貴方は独占できないけれど、その幸せな時間は自分だけのものだった。










マコピー萌えっ!なssを書こうとして出来上がったのがこれ。
題名も初めは「それいけマコピー」だった。
話の流れが名雪にも及んだので急遽、題名変更。「君の2」
どこら辺で何かがおかしくなったというか、いわゆる一つの電波って奴ですか?
甘えまくる真琴とATフィールド発生させる祐一にだおー暴走!な感じにするつもりだったんだけど、うぐぅ。
月影の館12万5千HIT記念に贈るつもりだったこの話。
相変わらず遅れまくって時期外れと言うか、何と言うか。
とりあえずShadow Moonさん、おめでとうございます。



しかし水亭的には今ひとつ満足出来なかった今回。
肝心の真琴は甘えてくるだけだったし。
こーゆー話の方が良いよー、とかいうご意見ありましたらメールで是非。
その内、書き直すかもしれません。可能性は大。
でも直しすぎて別の話になるかもしれない。
まあ、それはそれで良しという方向で一つお願いします。


Shadow Moonより

いつもありがとうございます(嬉)。
いや〜、最初はマコピーラブラブSSかと思いました(爆)。 しかも、だおーは無視されまくってるし(笑)。
今回のお話、とても難しい問題ですね。
誰も傷付かないで済む方法…… これほど理想と現実の違いを思い知らされる事はないでしょう。
皆が幸せになるためにも、いつか見つかるとよいですね。

水亭帯人様へのメールはこちらへ。


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