雪が降っていた。
重く曇った空から、真っ白な雪がゆらゆらと舞い降りていた。
冷たく澄んだ空気に、湿った木のベンチ。
「……」
俺はベンチに深く沈めた体を起こして、もう一度居住まいを正した。
屋根の上が雪で覆われた駅の出入口は、今もまばらに人を吐き出している。
白いため息をつきながら、駅前の広場に設置された街頭の時計を見ると、時刻は３時。
まだまだ昼間だが、分厚い雲に覆われてその向こうの太陽は見えない。
「…遅い」
再び椅子にもたれかかるように空を見上げて、一言だけ言葉を吐き出す。
視界が一瞬白いもやに覆われて、そしてすぐに北風に流されていく。
体を突き刺すような冬の風。
そして、絶えることなく振り続ける雪。
心なしか、空を覆う白い粒の密度が濃くなったような気がする。
もう一度ため息混じりに見上げた空。
その視界を、ゆっくりと何かが遮る。
はじめかのん
らいたー 水亭帯人
川澄 舞の場合
「……」
雪雲を覆うように、女の子が俺の顔を覗き込んでいた。
「雪、積もってる」
ぽつり、と呟くように白い息を吐き出す。
「そりゃ、２時間も待ってるからな…」
雪だって積もる。
「…？」
俺の言葉に、女の子が不思議そうに小首を傾げる。
「今、何時？」
「３時」
「……」
相変わらずのポーカーフェイスだったが、一応驚いているらしかった。
どこかズレた感性と、ぴんと張った雰囲気。
「まだ、２時くらいだと思ってた」
ちなみに、２時でも１時間の遅刻だ。
「ひとつだけ、訊いていい？」
「…ああ」
「寒い？」
「寒い」
最初は物珍しかった雪も、今はただ鬱陶しかった。
「これ、あげる」
そう言って、トレーを１パック差し出す。
これはアレだ、牛丼のお持ち帰りパックってやつだ。
ほんのりと肉汁のにおいもする。
しかし受け取ったトレーは軽かった。
「遅れたお詫び」
「その前にひとつ訊いていいか？」
「何？」
「なんでカラなんだ、このパック」
「…おいしかった」
「食うなっ」
俺の絶叫ツッコミが駅前の広場に木霊する。
「それと再会のお祝い」
「だからお前が食っとるっちゅーに」
遅れたお詫びと再会のお祝いを兼ねて受け取ったものが牛丼のカラのパックだなんて俺が世界初だと思う。
「私の名前、まだ覚えてる？」
「そう言うお前だって、俺の名前覚えてるか？」
女の子は無言で頷く。
雪の中で…。
雪に彩られた街の中で…。
７年間の歳月、一息で埋めるように…。
「一弥」
「違うわっ」
「きりんさん」
「俺は人間だっ、ていうか名前ですらないだろ、それ。せめて固有名詞にしろ」
「……」
幼馴染の女の子は困ったように眉を寄せる。
「あー、もう、いいよ。舞に期待した俺が馬鹿だった。いい加減、ここに居るのも限界かもしれない」
「祐一の名前…」
「覚えてんじゃねえかっ」
７年ぶりの街で、
７年ぶりの雪に囲まれて、
「じゃあ行くぞ、舞」
新しい生活が、冬の風にさらされて、ゆっくりと流れていく。
「ん…」
？？？の場合
「……」
雪雲を覆うように、女の子が俺の顔を覗き込んでいた。
「雪、積もってるよ」
ぽつり、と呟くように白い息を吐き出す。
「そりゃ、２時間も待ってるからな…」
雪だって積もる。
「…？」
俺の言葉に、女の子が不思議そうに小首を傾げる。
「今、何時？」
「３時」
「やっぱり？」
確信犯か、コイツ。
「まだ、２時くらいだと思ってた」
嘘付け、さっきのやっぱりってのはなんだよ。
ちなみに、２時でも１時間の遅刻だ。
「ひとつだけ、訊いていい？」
「…ああ」
「寒い？」
「寒い」
最初は物珍しかった雪も、今はただ鬱陶しかった。
「遅れたお詫びにこれ、あげる」
そう言って、紙袋を一つ差し出す。
中を覗くと『ドキドキ！！ 緊縛コスプレ天国２月号』といういかがわしい有害図書が入っていた。
「使って？ 温まるよ」
彼女は山ほど含むところがありそうな笑顔でにっこりと笑った。
温まるかもしれないがここでは使えないアイテムだ。
しかし気になることが一つ。
「何？」
「誰が買ったんだ、コレ」
「私のお古」
「…………」
俺の質問には答えず、更に色々と突っ込みたい箇所を増やす目の前の女。
セクハラと言われること覚悟で少しぐらい恥ずかしがらせてやろうと思って言ったのだが、予想もしない角度でカウンターを貰ってしまった。
侮れない奴だ。俺は思わず無言になってしまう。
しかしいつの日か、俺はこの女を越えてみせる。
リクエストが来るのならｉｆ物として名雪のポジションに目の前の彼女が居座るＳＳを作者に要求することも辞さない覚悟だ。
ちょっとでも読んでみたいと思った君はすぐにメールを送ってくれ。
「それと再会のお祝い」
「七年ぶりの再会のお祝いが中古のエロ本一冊か？」
不満とかそういうのじゃなくて、色々な問題が渦巻いている気がする。
「そんなことよりも私の名前、まだ覚えてる？」
「そう言うお前だって、俺の名前覚えてるか？」
女の子は無言で頷く。
さあ、どんなボケが来る…？
俺は来るべき衝撃にじっと備えた。
雪の中で…。
雪に彩られた街の中で…。
７年間の歳月、一息で埋めるように…。
「祐一」
「………………くそッ、良いボケが浮かばねえッ！ そもそも郁未が普通に返すなんて逆に予想外過ぎた！」
悔しがる俺を見て勝者として余裕の笑みを浮かべる郁未。
俺は所詮、コイツの掌の上で踊っているに過ぎないと言うのか。
「いい加減、ここに居るのも限界よね」
「……」
幼馴染の女の子は困ったように眉を寄せながらやれやれ、といった感じで呟く。
そのセリフ、今だけはお前に預けておいてやる。いつか、いつか見てろッ！
「ほら、寒いから腕組も、腕」
７年ぶりの街で、
７年ぶりの雪に囲まれて、
「行こうか、祐一」
新しい生活が、冬の風にさらされて、ゆっくりと流れていく。
「って、人が感傷浸ってる間に何勝手に腕組んでくるんだ」
「はいはい、敗者は勝者の言うことに黙って従う」
郁未は随分と楽しそうだった。
あとがき
スト錬で人気の二人でカノンの冒頭部分をやってみました。
他のキャラについてはネタを思い付か無かったのです。
純情キャラの舞はともかく郁未に関して言うのなら彼女は「壊れ」を超越した、「外道」或いは「腐れ」でしょう。
ちなみに原作の郁未はあそこまで人間性壊れたりしてませんよ。
管理人さんへ。
「スト錬」なんかで日頃お世話になっているＨＰへの１５万ＨＩＴ記念として贈るつもりだったこのＳＳ。
いやもう、私って時期外しまくってますよ。ゴメンナサイ。
あと、改めまして、いつもありがとうございます、Shadow Moonさん。
そういったお礼も兼ねて、このＳＳを贈らせていただきます。
気に入ってくれたら幸いです。
次は２０万で贈れたらいいな、とか思いつつ。
Shadow Moonより
郁未さんとは、また意表をつかれました(汗)。 祐一君、完全にやり込まれちゃってますね。
そして、私も名雪ちゃんのポジションに彼女が居座ってるSSをリクエストする一人だったり(爆)。
舞ちゃんにも笑わせていただきました。 やったね祐一君、世界初だ！(核爆)。
スト錬でもお馴染みの、舞ちゃんのボケと祐一君のツッコミはここでも健在のようで(笑)。
それと、こちらこそ『スト錬』や『導求』でお世話になり、ありがとうございます。 これからもよろしくお願いしますね。
水亭帯人様へのメールはこちらへ。
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