彼の第一印象はガラス細工のように脆そうな、酷く危ういものだった。
一目惚れだった。
そして。
気が付いたら私は家まで押し掛けて、彼を口説く前に押し倒していた。
天沢家・1月13日午前0時38分
らいたー 水亭帯人
「祐一。コーヒー淹れたよ……って寝てるし」
コーヒーカップを二つ持って自分の部屋に戻ったとき、私の彼氏はコタツでうつ伏せになってうとうとと眠っていた。
「おーい、起きろー。祐一? ゆういちー?」
ぺちぺちと、祐一の頬を軽く叩きながら名前を呼ぶが、眼を覚ます気配は無い。
(まぁ、最近あんまり寝てないって言ってたしこれくらい良いか……)
不眠症気味だった相手を無理に起こすのも悪い気がして、私は彼を起こすのを諦めることにした。
情けは人のためならず。
それに、なんだか優しい気持ちが胸の奥でじんわりと広がっていくような、満たされたような気分になれる。
「なゆき」
げし。←私が祐一の背中を蹴る音。
優しい気持ちはわずか2.12秒で胡散霧消してしまった。
例え寝言でも恋人の前で違う女の名前を出すのは私的にいただけない。
「……痛」
「起きた?」
「あれ、紅しょうが……?」
寝ぼけているのか、きょろきょろと周りを見ながら不思議そうに呟く。
「……あれ。俺、寝てた?」
「うん。うとうとしてた」
「そっか。……なんか昔の夢見たような気がする」
「呑気ね。もうすぐセンター試験だっていうのに」
それが終わったら一ヶ月弱で2次試験。
私も祐一も同じ国立の大学を目指していて、ここのところ毎日一緒に勉強をしていた。
まるでバカップルだが、実際そうなのだから時々ニヤけた顔が治まらなくなる。
「今更言うのもアレだけど、一緒に勉強するより別々に勉強した方がやっぱりはかどるんじゃない?」
2人一緒だとついつい目的を忘れて遊んでしまうので、勉強会はあまりその成果と言えるものを見せていない。
「だからって一緒にいられる時間を減らすのは違うだろ」
祐一のこういうところがたまらなく大好きだった。
「それで『なゆき』って誰?」
しばらくしてから、私は英語の和訳問題を解きながら訊ねた。
「……なんで知ってんの?」
「さっき寝言で言ってた」
「ぐあ……そんなお約束をしてしまうとは……」
不覚、と口の中で呟きながら祐一は少し考える素振りを見せる。
「でも……別に聞いて面白い話でもないぞ?」
「私が怒るような内容なんだ?」
「そう来るか」
祐一が苦笑を口元に浮かべた。
「昔付き合ってた彼女とかでも許してあげるから素直に白状しなさい」
実際は私のほうこそそんなことを言えた義理ではないのだが、祐一は『そういうこと』に拘らない性格なので私たちの関係は概ね上手く行っている。
「そんな良いもんじゃない。まぁ、一言で言うと従兄妹だな」
「二言で言うと?」
「眠れるイチゴと猫&けろぴーだ」
「つまりイチゴとけろぴーと猫をこよなく愛する寝坊常習犯なのね?」
「……あのさ、なんであんな説明で分かるんだ?」
「これが愛の力よ」
ある意味、不可視の力と言えなくも無い。
「それで、その人は祐一にとってただの従兄妹だったの?」
「ああ。ずっとただの従兄妹だったよ」
祐一は迷わず素直に頷いた。
「じゃあ、その人にとって祐一はただの従兄妹じゃなかったんだ」
「……お前、鋭すぎるぞ。ちょっと」
実は適当に言っただけだったのだが、見事に正解したらしい。
「告白とか、されたの?」
「……されそうになったから逃げた。あのときはまだ、心の整理とか出来てなかったから」
何に対しての心の整理なのか。
少し気になったけど、聞かないことにした。
「それで、こっちに来て少し落ち着いたと思ったら郁未に押し倒された、というわけだ」
別に面白い話じゃなかっただろ、と確認するように呟いてから祐一は参考書とノートに視線を戻す。
「……一つだけ聞かせて。私とその人、どっちが美人?」
彼女として、これくらいなら教えてもらえる権利があると思った。
「比べるのは難しいな。タイプが全く違うから。でも、そうだな……どっちかというとあいつは可愛いタイプだった。美人って点ではお前の方が良い線行ってるよ」
「ふぅん……」
「? ぅわ、ちょっと止め――――」
気を良くした私は傍にそっと近寄って、祐一の形の整った唇を無理矢理奪ってやった。
そしてそのまま舌も奪う。
しかし一応、名目上は勉強会なのでこれ以上はしない。
それに、この間無理矢理襲ったら終わった後に3日間口を利かないと言われて(ちなみに何故か筆談はOKだった)えらく凹んだことも記憶に新しかった。
「……祐一、なんか頂戴」
唇と舌を思う存分蹂躙してから離して、私は口付けの余韻に浸りながら祐一の顔を真正面から見て言った。
「は?」
「実は今日は私の誕生日」
「……お前、それ唐突過ぎ」
祐一は呆れたように私を見る。
「そんな急に言われてもすぐに用意できないって」
「子種を?」
「違うわっ!」
「遅くても構わないよ?」
「だから違うっての!」
「……ダメかな?」
「そんな猫撫で声出してもダメ」
甘えた声で囁きかけてみたが、祐一の心を揺さぶるには足りなかったらしい。
女としてかなり悔しかった。
「そんなことより」
そんなこと、ですか? その程度の認識ですか?
「そんな目でこっち見ながら拗ねるなよ。郁未に訊いておきたいことがあるんだ」
「……何?」
「もし仮に願いが何でも一つだけ叶うとするだろ? だったらお前は何をお願いする?」
どこか遠い人を見るような、そんな目で私を見ながら祐一が訊ねた。
「何でも?」
「願い事を増やすってのはやっぱり無しだけど」
割と真面目な話らしい。私も真剣に答えることにした。
「私は――――何も願わないかな」
別に自分に欲が無いというわけじゃない。
むしろ人一倍強欲な方だと思う。
「なんで?」
それほど意外でも無さそうな様子で祐一が先を促す。
「欲しいものは一杯あるけど、それは自分で『叶えたい』ものだから。そういうのって願い事とは言わないでしょ?」
「…………そっか。そうだな」
何かを納得したらしく、それから祐一はコタツから出て立ち上がり、壁のハンガーに掛けてあったコートを手に取る。
「帰るの?」
安全日なのに。
「違うって。郁未の誕生日プレゼント、急には用意できないから今のところはこれで我慢しておいてくれ」
そう言って、コートの内ポケットから何かを取り出して私の方に投げて寄越す。
キャッチして見ると、それは羽の生えた天使の人形だった。
所々に素人の手で補修した後がある。
随分年季の入ったものらしい。
「こんなの、普段から持ち歩いてるの?」
「お守りみたいなもんだ。いらなかったら捨ててくれても良い。未練の塊みたいなものだけど、もうその必要も無さそうだから」
「……前の彼女にプレゼントしたものとか?」
「大正解だ。良く分かったな」
半分くらい冗談だったのだが、あっさり肯定されてしまった。
彼女としては少し複雑だ。
「お別れを言ったときに渡したんだけど、しばらくしてから突然返されたんだ。理由が良く分からなくて今まで持ってたんだけど――――」
私の大好きな人はどこか憑き物の落ちたような、柔らかな笑顔で続けた。
「なんてことはない。それがただの人形だったからだ」
あとがきと、おめでとうと、反省点と。
無価値とは即ちそこに価値を見出せないことであって、それは同時に不必要でもあると言え、そしてそこに価値を付与するのが人間の特徴だったりします。
……誰かこのSSに価値を付与してください。
なんかダメダメです。
脳内設定ではあゆルートを踏みながらもあゆはもう既に死んでいて、復活も何も無かった、と言う感じ。ある日祐一が目覚めたら枕もとに人形が置いてありました、みたいな。
短いです。
展開早すぎる気がします。
ついでに慣れていない郁未一人称です。
その他にも、なんだか足りないものだらけで他に挙げられない感じです。
そんな感じなのですが、他にネタも無かったし出来上がったのがこれです。
そういうわけで管理人さん。HP2周年、おめでとうございます。
送ったのがこんなSSでごめんなさい。
あとCGありがとう、です。
相変わらずのチラリなエロさが素敵です。
郁未の純愛ルート、バカップルルート希望者が結構いるみたいなので練習代わりに書きました。
良かったら感想ください。
……出来が良くないのは大目に見てください。お願いします。
でも、ミズが郁未同盟を立ち上げることが、それを期待されている方々の脳内で既に決定事項として存在する事実はにわかには無視しがたくて、つまり何が言いたいのかと言うと、私はこう言いたい。
――――エゴごめん!
ぶっちゃけ本音は郁未の誕生日に郁未SSを用意したかっただけです。
ごめんね。
最近『月影の館』もミズ以外の投稿SS書きさんが続々と現れてる感じで割とにぎやかになってます。(多少、疎外感を感じるのが否めない)
勿論、忘れられないようミズもそれなりに頑張るつもりなので、忘れないで下さい。
そういうわけで、あけましておめでとうございます。
管理人さんを含め拙作を読んで下さっている皆々様、今年もどうかよろしく。
(最初に挨拶を書けよ、とか思わないでもない)
Shadow Moonより
あけましておめでとうございます。 記念CG、気に入って頂けたようでなによりです(w
おお〜、今日は郁未さんの誕生日でしたか。 郁未さん、お誕生日おめでとうございます。
さてさて、『月影の館』最多投稿作家の水亭さん(投稿数、現在107本(汗))から、2周年記念のSSを頂きました〜
祐一君を手玉にとっている郁未さんも良いけど、こういう雰囲気もまた良いですね。
話を下に持っていくところは相変わらずの郁未さんですが(笑)。
郁未さんにとっては何気ない一言で、祐一君のしがらみが和らいだみたいですね。
この二人は相性が良いのか、傷の舐め合いではなく、自然体でお互いの重荷を軽くしていけるのかな?
『祐一×郁未』は純愛、バカップルルートに進みそうですね。 一度、郁未さんを手玉に取る祐一君というのも見てみたいな(w
今回もすばらしいSS、ありがとうございました。 今年もよろしくです。
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