Raining




 雨が降っていた。
 6月の初旬、今年初めての遅すぎる雨だ。
 俺はめずらしく天気予報を信じて傘を持っていったが、保育所に行った真琴は雨に降られて今ごろ帰れないでいるかもしれない。
 ここからそんなに遠くないし、学校帰りに迎えに行くことにした。
 で、今は雨の道を歩いていたところだが、真琴の姿を見て愕然とした。
 真琴は道の真ん中で雨にぬれて立ち止まっている。
 雨が降ってあわてている様子はなく、ただ黒い雨雲を一人でボーっと眺めていた。
 何やってんだよあいつは!?
 俺は真琴のもとへ走っていった。
「真琴!」
「え? あ、祐一おはよ」
 何事もないようにとぼけた挨拶をしている。
「おはようじゃないだろ! なにボーっとしてんだ!」
「なによぅ、朝はおはようでしょっ」
「今は昼だ! じゃなくて、風邪引くだろ、傘も差さないで!」
 俺は真琴の頭上に傘を差し出した。
 真琴は不思議そうに自分の手のひらを見つめる。そりゃ傘があるんだからぬれなくなって当然だ。
 何にでも興味を持つ子供みたいな行動だ。
「あぅ、ありがと。傘忘れちゃって」
「傘も忘れたのか? これは雨にぬれないようにする道具でな……」
「そういう意味じゃないわよぅっ!」
「くだらない漫才やってないで、さっさと帰るぞ」
「祐一が始めたんでしょっ! ……ックチュン!!」
 惜しい! ……じゃなくて本当に早く帰らないと。
 俺たちは並んで傘に入って家に帰った。
 真琴は傘の下で歩きながらも空を見上げていた。
 ……まさかのどが渇いて雨水飲んでたわけじゃないよな。




 真琴はそれほどぬれてはいなかったが、家に帰ったとき、案の定マコピー語になっていた。
 秋子さんは風呂を沸かせていたので、真琴が入った。
 雨が降ったとき、秋子さんは心配して保育所に連絡を入れたら、勤務時間が終わって雨が降ったあとそのままさっさと帰ったらしい。
 走って帰ることも迎えを待つこともせず、帰り道の途中でボーっとしてたため、秋子さんは風呂を沸かせて待つしかなかったそうだ。
 相変わらず迷惑で心配かけるやつだ……。
 風呂の戸を見ると、なにやら貼り紙がはってある。何だ?

『はいるなゆういち!スケベ』

 こう書いてある。
 よく見ると最後の『ベ』の字の、斜め下に伸びる棒が異常に長い。
 ……書いてる途中でクシャミしたんだろうか?
 まったく、文字でまでマコピー語を使ってどうする。
 戸を開けて入ってやろうかとも思ったが、桶をぶつけられるのがオチだし、マコピー語は聞き取りにくいのでやめておこう。




 真琴が風呂からあがった後、俺は真琴の部屋に向かった。
 ドアの前で立ち止まると、貼り紙がはってある。

『はいるときはノックしろゆういち!
にくまんかってにもっていくなゆういち!』

 ひらがなばっかりで殴り書きしてあって読みづらい。
 しかし肉まんを勝手に持っていった覚えはないんだがな。ちゃんと許可はもらったぞ。
 俺はドアをノックして開けた。
「真琴ー、入るぞ」
「え!? ちょっとまっ……」
 ドアを開けると、中では真琴が着替えてる最中だった。
「きゃあああああぁぁぁーーっ!!」
「うおっ!」
 部屋の中から枕やらぴろやらが飛んできて……
 ちょっと待て、なんでぴろが!?
 などと考えてる暇はない。急いでドアを閉めた。
「勝手に入るなって言ったでしょ!」
「ちゃんとノックしたぞ」
「ノックしながら入ってきたら意味ないわよぅっ!」
 なるほど、あぅーのくせにもっともな意見だ。
 飛び道具にされたぴろはいい迷惑だろうが。
 俺はぴろを抱きかかえると、もう一度ノックした。
「入っていいか?」
「いいわよ!」
 中から怒ったような返事がかえってくる。というか怒っていた。
 ドアを開けると、着替えをすませた真琴がにらみつけてきた。
「何の用?」
「お前な、ぴろを投げるな。動物虐待だぞ」
「え!?」
 真琴はあわてて俺が抱いているぴろの方へ寄ってきた。
 ぴろの姿を見ると、一瞬動きが止まって何かを考える仕草をした。
 さっきの自分の行動を思い出そうとしてるんだろう。
「あ、あぅ、ごめんねぴろ……」
「うな〜」
 涙目で謝ってる真琴に対し、ぴろは意に介していない様子だった。
「真琴、ぴろは絶対許さないって言ってるぞ」
「え!?」
「もう顔も見たくないってな。安心しろぴろ、俺が真琴から守ってやるから」
「あぅ、そんな〜……祐一はなんでぴろの言葉がわかるのよぅ!」
「俺はネコの言葉がわかるんだよ」
「うそだぁー、人間がネコの言葉をわかるわけないでしょ」
 ちっ、バレたか。
 真琴ならだませると思ったが、そこまで甘くはなかったようだ。
「もう投げたりするなよ。ほら」
 真琴の顔にぴろの体を押しつけた。それを真琴は両腕で抱きしめる。
「ぴ、ぴろー」
 泣きそうな声だった。
 目の前で突っ立ってる俺と、ぴろを抱きしめながら泣きそうになってる真琴……。
 なんか俺が一人と一匹をいじめてるように見えるのだが気のせいだろうか?
 さらに俺は昔からこんなシチュエーションが多かった気がするが、それも気のせいだろうか。
 やめよう。考えるだけむなしい。
 そういや俺は真琴に用があって来たんだっけな。
 ……なんだっけ?
「そうだ、思い出した」
「何を?」
 真琴が顔を上げて聞いてくる。
「お前なんで雨の中でじっとしてたんだ?」
「気持ちよかったから」
「バカ!」
 俺は真琴の頭をたたいた。
「いたっ! な、なにすんのよぅ!」
「それはこっちのセリフだ! また熱を出したらどうする!」
「あ、あぅ……」
 真琴はさすがに言い返せないようだ。
 熱を出すとまた消えていくわけではないが、気持ちの問題だ。
 家族が熱を出せばあわてたり心配したりするだろうが、真琴の場合は特別だろう。
 わかっていたとしても……。
「とにかく、風邪引かないようにしろよ、いいな」
「あ、うん。祐一、ありがと……」
 こんな感じで真琴は前よりは素直になっていた。
 この家の居候だったころはいたずらが絶えなかったのだが、俺への憎しみがなくなればこうなるのだろうか。
 こいつはもともと人見知りで、いたずらは俺にしかやらなかったし。
 真琴はため息をつくと、窓の外へ目をやった。
「この街にも雨が降るんだ……」
 シリアスっぽい素っ頓狂なセリフを口にする。
 また漫画の影響か?
「当たり前だろ。いくら極寒の地でも6月なんだから」
 今年初めてと言っても史上初じゃあるまいし。
 と、そこまで考えて気づいた。
 真琴が来たころは一度も雨なんて降らなかったっけ。冬だから別に普通かもしれないけど。
「こうして見るのは初めて。懐かしい……」
 嬉しそうにそう呟く真琴の姿が、妙に雨と似合っていた。
 懐かしいというのは子狐だったころの話だろう。
 真琴が帰ってきたとき、狐時代の記憶までは戻らなかったらしいが、この様子を見ると雨のことは無意識に覚えていたようだ。
 俺への憎しみと同様に。
 いろいろ考えてるうちに俺はいつの間にかボーっとしていた。
 その間、真琴はずっと外を見ていて一言もしゃべらない。
「真琴ー、いつまで見てるんだ」
「いいでしょ、雨は好きなんだから」
「お前春が好きなんじゃないのか?」
「春も好きだけど雨も好き。一緒にやってこないかな」
「都合のいいやつだな」
 まるで子供の理屈だ。
 こいつは保育所でうまくやってるのか?
 子供と同じ目線に立つのはいいかもしれないが、自分が子供になっていそうな気がする。
 まあ今年の春は雨が降らなかったのである意味運が悪いが。
 それでも春が来たころ、真琴は戻ってきた。
 春が過ぎた今もこうして生きているし、これからも生きていけるだろう。
 そのことが何より嬉しかった。
 などとまたもやいろいろ考えていて、ふと真琴の方を見ると、ぴろが真琴の膝の上で寝ている。
「あぅ、動けない……」
「どうするんだ?」
「いいよ。今日は雨で外に出られないし、このままでいる」
「……俺も一緒にいていいか?」
「うん」
 真琴は笑顔でOKした。
 今日は名雪は部活で外は雨が降っててやることがないし。
 それに今は何となく一緒にいたい気分だった。
 いつもと逆のシチュエーションに、俺は心の中で苦笑した。
「漫画でも読むか」
「うん。あ、そうだ、祐一が読んで」
「お前、自分で読めるだろ。保育所で本ぐらい読んでるだろうし」
「祐一が読みたいんでしょ。だから読ませてあげるの」
 素直になったと言ってもまだこんなものだ。
「わかったよ。じゃあ何が読みたい?」
「真琴が1番好きなやつ」
「あれはもう飽きた。違うのを読むぞ。俺に読ませてくれるんだよな?」
「そ、そうじゃなくて……あの、真琴が読みたいやつは祐一も読みたいでしょ。だから……」
 思ったとおりの反応だった。
 俺は別に漫画はどれでもいいんだけどな。真琴がいればそれでいいんだ。
 ……ヤバイ、考えてて恥ずかしくなってきた。どうかしてるぞ今日の俺。
「わかった、真琴がそこまで必死で頼むならあれにしよう」
「ち、違うでしょ、祐一が読みたそうだから真琴もつきあってあげるの!」
 真琴が何か言ってるが、何も聞こえない。俺は立ち上がってこの場からさっさと離れた。
 落ち着け、落ち着けよ俺……。
 俺は心の中で深呼吸した。早く漫画に集中しよう。
 漫画の本を持ってきて、真琴の隣りに座って広げた。
「じゃあ読むぞ。『恋はいつだって唐突だ』」

 俺が読み始めると、真琴は真剣な顔つきで聞き入っていた。
 ぴろはもう起きていて、真琴の膝の上から頭の上に移動していた。
 あれだけ騒げば普通は起きるか、すまんぴろ。
 俺は読んでいる途中、不思議な感覚があった。
 昔、こんな場面があった気がする。真琴が子狐だったころだ。
 俺は読みながらだんだん記憶が鮮明になっていった。
 忘れられないけど、はっきりとも思い出せない曖昧な記憶、それが少しずつ色濃くなっていった。
 7年前の記憶、真琴との思い出……。














 この季節にはめずらしく雨が降っている。
 いや、冬の雨なんてめずらしくもなんともないか。
 でもこの地方は別だ。ここでは冬になると、雨は全部凍りついて雪になる。
 地元の人たちにとっては、この時期の雨は久しぶりらしい。何十年ぶりとか言ってたけど忘れた。
 俺は冬休みの間、水瀬家に居候していた。
 大雪もインパクトがあるが、冬の雨なんかに驚いている地元の人たちもインパクトがある。
 ここは本当に日本か? 居候じゃなくてホームステイと言ったほうが正しいんじゃないか?
 まあ、こういうのは遠くから来た人なら誰もが思うのかもしれないけど。
 それはともかくとして、俺は雨でちょっと困っていた。
 拾ってきた子狐のケガが治ったからそろそろ元の場所に帰してあげたいけど、外は何十年ぶりかの大雨だ。
 何もこんなときに降らなくても……。
 こんな雨の中を帰すのもかわいそうなので、もう一日一緒にいることにした。
 本当は秋子さんにバレる前に早く帰したいけど、仕方ないか。
 押し入れから狐を抱えて部屋に出した。
 狐は窓の外をじっと見ている。雨がめずらしいのか。
「今日は雨で外に出られないから、一緒にいような」
 そう言って頭を撫でると、嬉しそうに目を細めた。
「よし、じゃあ漫画を読んでやろう」
 名雪から借りてきた少女漫画を床に置いた。狐がそばに寄ってきてじっと本を見ている。
 俺は少年漫画がよかったけど借り物だから文句は言えないし、狐は別にどっちでもいいだろう。
「それじゃ読むぞ。えっと……こい……はいつだって……だ。ごめん、読めない」
 名雪は読めるのか、ちょっと悔しい。
 もっと読みやすいやつを借りてこよう。
 本を持って名雪の部屋に行こうとすると、狐は俺の服を噛んで引っ張った。
 そんなにこれを読んでほしいのか? でも読めないものは読めないし……。
「そうだ、ちょっと待ってろ」
 狐に部屋から出ないように言うと、下へ降りていって秋子さんを呼んだ。




 しばらくして部屋へ戻った。
 狐は部屋の真ん中でポツンと座っていたが、俺の姿を見ると歩いてそばへ寄ってきた。
 俺は狐の頭を撫でると、座って本を広げる。
「今読むからな。えっと、こいはいつだってとうとつだ」
 さっき秋子さんに、読めないところをふりがなふってもらった。
 普通なら本が汚れるとか言われそうだけど、一秒で了承された。だって秋子さんだし。
 でも本は汚れた。名雪には新しいのを買って返さないとな。




「わかった。ぜったいにむかえにくるから。そのときはふたりでいっしょになろう。けっこんしよう。それまで…さようなら」
 本を読み終わった。
 たどたどしい言葉だったけど、心をこめて読んだつもりだ。
 明日には元の場所に帰さなければならないし。
 普段ふざけて人をからかったりする俺も、狐相手には普通に接している。
 名雪にはあんまり見られたくないな。
「どうだ、面白かったか?」
 狐は俺に頬をすり寄せてきた。
 俺はそれを面白かったと解釈した。
「そうか、なら良かった」
 そう言って狐の頭を撫でた。こうするとこいつは喜ぶ。




 その日は一緒に寝て、朝起きると空は見事に晴れていた。とは言っても寒いことに変わりはない。
 ベランダから外に出て地面を見ると、水を吸った雪でしめっていて、見てるだけですべりそうだ。でもこれなら丘に帰れるだろう。
「それじゃ行くか」
 俺は狐を抱きかかえた。狐は逃げ出したりしないで、素直に俺の腕に抱かれている。
 こいつはこれからどこへ連れていかれるか知ってるのか。ここまで懐かれるとちょっと辛くなる。
 会えなくなるのは嫌だけど、まさか飼うわけにはいかない……。
 狐を抱いたまま名雪や秋子さんに見つからないよう、注意深く下へ降りた。
 台所の時計を見ると、すでに7時を過ぎている。いつもなら秋子さんが起きているはずなのに、今日は誰もいない。
 めずらしく寝坊だろうか。いずれにせよチャンスだ。
 足早に玄関へ行ってくつをはいたあと、狐と一緒に外へ出た。……寒い。
 こいつは平気かな。……大丈夫だよな、動物だし。
 俺はすべらないよう注意して、丘の方へ歩いていった。




 丘へ着いて狐を地面に降ろしたが、狐は俺のそばでじっとしている。
「じゃあな、もうケガするなよ」
 しかし狐は俺の方をじっと見ていた。
 立ち去ろうとすると、後ろをついてくる。これじゃ別れられない。
 別れを告げても人間の言葉がわかるわけないか……。
 そうだ。

「わかった。ぜったいにむかえにくるから」

 あの本と同じセリフを口にした。

「そのときはふたりでいっしょになろう。けっこんしよう」

 狐が喜んでくれた本だ。

「それまで…さようなら」

 心をこめて読んだあのセリフ。
 それを聞いて狐は俺の腕に飛び込んできた。
 俺はそのまま抱きしめる……まるで漫画と同じシーンだ。こいつが人間だったらの話だけど。
 しばらくして狐を地面に置くと、俺はその場を後にした。
 ときどき後ろを振り返っても、狐はついてくる様子はなく、その場を動かなかった。
 俺が言ったセリフを狐はどのように解釈したんだろう……。
 無責任な約束だった。
 決して果たせるはずのない約束……。狐だって俺の言った意味なんてわかるはずがない。
 それでも、もしこいつが俺の言葉を信じて待ち続けたら。
 そんなあり得ない奇跡が起きたとしたら。
 俺はどうやって応えればいいんだろう……。














「それまで…さようなら」

 本を読み終わった。
 隣りでは真琴がため息をついている。
 俺はボーっとして動かなかった。
「はぁ……いつ聞いてもいいお話ね……」
「……」
「……祐一、どうしたの?」
 考え事をしてると、真琴が声をかけてきて少し驚いた。
「いや、真琴はいつ見てもガキだなぁ……と思って」
「またそういうこと言って! 祐一は夢がなさすぎよ!」
「相変わらず結婚に憧れてるのか?」
「当たり前でしょ。真琴だって幸せになりたいんだから」
 幸せになりたい、か。
 そういえば子供の頃、約束したんだよな。
 あの時は深く考えずに軽々しく言ったけど。
 今はどうなんだ。
 幸せにしてやるなんて根拠もなしに言うことはできない。
 それでも……俺だって幸せになりたい。
「よし、結婚しよう」
 そう言葉にした。
 今の俺はどんな顔をしてるか、自分でちょっと見てみたい。
 プロポーズのとき、真剣な顔をしてるか、恥ずかしさに必死で耐えてるか。
 周りから見たら滑稽なのかもしれない。
 一方の真琴は固まっていた。
 じっと俺の顔を見ながら、何も言えない状態が続いた。
「おい、人がプロポーズしてるのに、何とか言えよ」
 そこで真琴は、はっと我に返った。
「え!? あ、結婚って……誰が?」
「俺とお前だよ。他に誰がいる?」
 ここでようやく状況を理解したのか、真琴は顔が真っ赤になっていく。
 俺も言ってて結構恥ずかしい。
「だ、だ、誰が祐一と結婚したいなんて言ったのよぅ!」
「思いっきり言ってただろうが。お前は忘れても俺はよーーく覚えてるぞ。それとも俺じゃ嫌なのか?」
 真琴は口ごもった。どう答えていいかわからないのだろう。
 いつもなら舌噛み切るとか言いそうだが。
「そうか、俺じゃ嫌か」
「そ、そんなこと……」
「そんなこと言う人嫌いです?」
「そうじゃなくて! ど、どう答えていいのか……」
 やっぱりそうだったか。
「漫画みたいなセリフはいらない。イエスかノーで充分だ」
「あぅ……でも、結婚って好きな人同士でやるんでしょ?」
「まぁ例外はあるけどそんなもんだ。みんなに祝ってもらって、楽しい雰囲気で、真琴はそういうのに憧れてたんじゃないのか? だから改めてやろうっていうんだ」
「だったら祐一が好きな人とやればいいじゃない」
 その言葉は俺にはショックだった。遠まわしに断わられた気がしたからだ。
「その、祐一の気持ちってのもあるでしょ? いくらバカで無神経でも」
 さらにショックだった。
 もしかして真琴はあのときの結婚式を覚えてないのだろうか。
「俺の気持ちってな……ものみの丘で真琴と結婚式を挙げただろ? そのとき言ったはずだぞ」
「それは、真琴が無理して頼んだからでしょ。もうわがまま言ったりしないから、好きでもないのに結婚するなんて言わないで。真琴は祐一と一緒……その、今のままでいいんだから!」
 そう言って真琴は下を向いた。
 とりあえず覚えていたようで、俺は内心ホッとしていた。
 あれだけ苦労して式をあげて、真琴の想いに応えられたと思ってたのに、忘れられてたとしたらやり切れない。
「好きでもないやつと結婚すると思ってるのか? ましてや誓いの言葉なんて冗談でも言わないぞ」
 真琴は相変わらず下を向いている。
 何となく空気が重かった。
 これ以上言っても真琴には辛いだけかもしれない。
「もういい、悪かった。真琴が嫌なら仕方ない」
「いやじゃない……」
 真琴がギリギリ聞こえるような声で呟いた。
 顔をあげて俺の方をじっと見る。
「わかったわよぅ。祐一がそんなに言うなら結婚してあげるわよ」
 そう言ってまた下を向く。こいつが素直に喜ぶわけないか。
 でも俺は嬉しいぞ。態度には出さないけどな。今までも、きっとこれからも。
「ねえ祐一、式は明日にしよっ」
 さっきまで仕方なくといった顔だったのにずいぶん気が早い。
 いつの間にか笑顔も戻っていた。やっぱりガキだな……。
「雨がやんだ日でいいだろ?」
「明日は晴れると思う。そんな気がするの」
「……そうか。じゃあそうしよう」
 それなら明日はきっと晴れるだろう。
 理屈じゃない。他ならぬ真琴が言ったんだからきっとそうだ。
「あ、そういえば祐一、一生の愛を誓ったんだよね。あはは、あのときの言葉、みんなにバラしちゃお」
「その必要はないぞ。明日はお前も言うんだからな。それもみんなの前で大きな声でな」
 真琴は呆然とした。
 少しの間、言葉が出なくなる。
「さーて、明日が楽しみだな」
 真琴が再び赤面する。
「やだー! そんなの恥ずかしい!」
「俺だって恥ずかしいのを我慢して言ったんだ。お前も言え、俺と同じ思いをしろ!」
 結婚してもやっぱり俺たちはこうなるのか……。
 まぁ真琴が帰ってきたときから変わってないけど。
 それでもこんな雰囲気で過ごすのも悪くない。俺はそう思っていた。




 翌日、ものみの丘には青空が広がっていた。ぬかるんだ地面が昨日の雨を思い起こさせる。
 時間は4時過ぎ、学校が終わって保育所の勤務もすでに終わっている。
 参列者は名雪、秋子さん、天野、そして真琴が勤めている保育所の先生や子供たちが数人だ。
 真琴が保育所で、結婚することを発表したとき、何人かが出席したいと言ったらしい。
 俺は名雪たち3人に出席するよう頼んだところ、3人ともあっさり承諾してくれた。
 牧師役を天野に頼んだら、こちらもOKしてくれた。真琴も天野なら喜んでくれるだろう。
 天野のナレーションがはまっていて、参列者たちには好評だった。
 ここまで感情移入できるのもきっと天野だからだろうな……。
 誓いの言葉は漫画のセリフだ。
 結婚式だというのに、まるで漫画と同じシーンだった。


わかった。絶対に迎えに来るから

そのときはふたりで一緒になろう。結婚しよう

それまで…さようなら

そして春が過ぎ、雨が降る季節になって

ふたりは約束通り、結婚しました









あとがき

どうも、作者です。

この作品は、かのんSSこんぺに投稿したやつです。

いただいた感想をもとに少し内容を変えました。

原文と感想が見たいかたは、こんぺを見にいってください。


Shadow Moonより

ほのぼのしていて良いですね〜 ほのぼの大好きです(w
無事に帰ってきても、やっぱり二人はなかなか素直になれなくて、でも一緒にいたくて。
祐一君と真琴ちゃんはこういう関係が、一番しっくり来る気がしますね。
読んでいて、二人のやり取りがくすぐったいような微笑ましい感じが良かったです。
心温まる心情が凄くよく描かれていたほのぼのSS、ありがとうございました。 次回作も期待していますね。

Natsu様へのメールはこちらへ。


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