Happy birthday けろぴー




水瀬名雪 10歳




 毎年恒例の水瀬家訪問の日がやってきた。
 俺たち家族はいつも名雪の誕生日である12月23日に遊びに行っていた。
 今年も例のごとく、冷たい風が吹きすさび、空は雪で覆われている。大人になってもこんなところには住みたくない。

「何で毎年こんな寒い日に遊びに行くんだよ」
「そんなこと言うもんじゃないぞ。楽しみにしてたんだろ」
「別に……」

 父さんが俺をなだめて俺は反論しようとしたが、言葉が浮かばなかった。
 実際昨日はなかなか眠れなかったのだから言い返せない。
 俺は雪にまみれた大きなカエルの人形を、緊張で汗ばむ手で持って歩いていた。
 去年の誕生日にプレゼントをあげなかったら、名雪が悲しそうな顔をしたので、今年は小遣いを貯めて買ったものだ。
 よく一年間貯め続けたものだと自分でも感心する。持続力がなくても意地だけでやれるものだろうか。
 後は渡すだけだが、いざこの時が来ると緊張する。気に入らないと言われたらどうしようか。その時は無理にでも押しつけよう。

 水瀬家に着くと、父さんがチャイムを鳴らした。

「はーい」

 秋子さんの声がする。
 あまり会う機会はないけど、秋子さんの声はよく覚えていた。ついでに名雪の間延びした声も。
 ドアを開けて秋子さんと名雪が出迎えたとき、俺は挨拶もせずに名雪の前に足を踏み出した。

「な、名雪、プレゼントだ。受け取れ」

 名雪は驚いたようだ。
 失敗したか? 会っていきなり渡されても反応に困るだろうか。

「プレゼント……わたしに?」
「名雪以外に誰がいるんだよ。高かったんだからな。気に入らないとは言わせないぞ」

 早口で喋ってるのが自分でもわかる。
 緊張でテンパりそうなのを何とかこらえてカエルを名雪に押しつけた。
 一年もかけて買ったのだから渡せなかったらシャレにならない。
 名雪はカエルを持つと、ビクッと体を震わせた。

「……冷たい」
「貸してみろ」

 俺は名雪の腕からカエルを引き離し、小さな体で抱きしめた。
 雪が溶けて冷水になり、服に染み込んでいく。かなり冷たいが、俺は震えてる姿を見せまいとやせ我慢をした。

「どうしたの? 祐一」

 母さんは心配そうに訊いてきた。

「暖めてるんだよ。冷たいままじゃ渡せないからな」

 俺としてはさっさと渡したかった。
 万が一にも気に入らないと言われる前に強引にでも押しつけたかった。
 だからこんなことをしてるわけだ。

「風邪引きますよ。ドライヤーで乾かしますから、ちょっと貸して」

 秋子さんが俺に手を差し出したが、俺は反対側を向いてその場に座り込んだ。
 これは俺の手で名雪に渡すものだ。そんな子供っぽい無意味な意地を張っていた。

「仕方ないですね。せめて家に入りましょう。お風呂沸かしておきましたから」

 秋子さんは俺の考えを理解してくれたようで、俺は嬉しかった。




 風呂からあがった後、俺は名雪に案内されて部屋に入っていった。

「祐一、大丈夫?」

 名雪がおずおずと話しかけてきた。
 これで俺が風邪でも引いたら名雪も寝覚めが悪いだろうな。少し軽率だった。
 何やってんだ俺は。一人でバタバタして。

「大丈夫。これでも風邪一つ引かない体だ」

 半分嘘だけど、これぐらい言った方がいいだろう。余計な心配はかけたくない。
 俺は改めて誕生日プレゼントであるカエルを渡した。
 家に入ってからタオルで拭いて水気を取った後、俺が抱いて暖めたものだ。
 まだ少し湿ってはいるけどこれぐらいなら問題ない。あとは名雪に任せよう。
 名雪は受け取ってから今度は嬉しそうに笑った。

「祐一、ありがとう。ずっと大切にするから」
「そうしてくれ」
「お別れの日には何かお返しするから。まだ何も考えてないけど、祐一にプレゼントを渡すから」
「ああ、期待してるよ」

 俺たちは部屋を出て台所に降りていった。
 これから誕生会が始まる。今年は悲しい顔を見ないで済むだろう。









水瀬名雪 18歳




「名雪、準備できたわよ」
「はーい」

 秋子さんが上の階にいる名雪を呼んだ。
 台所には紙吹雪とクラッカーが用意され、壁には色とりどりの紙細工が飾られ、俺と秋子さんは円錐の帽子をかぶってた。ちなみに俺は結構恥ずかしい。
 秋子さんの誕生日の時もそうだったが、この家はこういう行事が大好きで、いつもこんな風に力を入れている。
 やがて名雪が降りてきて、俺と秋子さんはクラッカーを鳴らした。
 名雪が嬉しそうに紙吹雪の中を歩いている。その腕にはけろぴーが抱かれていた。
 名雪は椅子に座ると、隣にけろぴーをそっと置いた。
 前にもこんな場面を見たことがあるような。

「はい、けろぴーはここ」
「……名雪、お前寝ぼけてるのか?」
「違うよー」
「名雪の誕生日はいつもこうなんですよ」

 秋子さんが笑って補足をした。

「だって今日はわたしとけろぴーの誕生日だから」

 ……けろぴーの誕生日?
 そういえば俺がけろぴーをプレゼントしたのはちょうど八年前の誕生日だっけ。
 あれからずっとけろぴーを出席させてたのか。

「香里とかはいつも呼ばないの。誕生会にぬいぐるみを出席させてるなんて恥ずかしいから」

 名雪は顔を赤らめていた。つまり、今この時も恥ずかしいわけだ。
 高校生にもなっておままごとみたいなことをしてれば無理もないかもしれないが。

「だったらけろぴーを出さなきゃいいだろ」
「それは絶対イヤ。祐一がくれたけろぴーだもん」
「今のセリフの方がよっぽど恥ずかしいと思うが」

 ……まぁいいか。
 俺は台所に隠しておいたプレゼントを持ってきた。
 箱に包まないでそのまま隠しておいたものだ。
 プレゼントはけろぴーをそのまま小さくしたようなやつで、少しだけ埃っぽくなっている。俺は埃を手で払い落とした。
 これはプレゼントを探しにデパートを歩いてたら偶然見つけたもので、迷うことなくその場で買った。

「名雪、プレゼントだ」
「ありがとう。……けろぴーがもう一人?」
「いや、これはけろぴーの子供、けろぴージュニアだ」
「ふーん、けろぴーも子供を産んだんだ」

 名雪が感慨深げにけろぴーの変わらない表情を眺めている。
 カエルは八年で子供を産めるようになるのか? というかカエルの子はおたまじゃくしじゃないのか? まぁ細かいことは気にしないでおこう。
 名雪はけろぴーのすぐ横に新しいカエルを座らせた。
 カエル二匹を両脇に座らせた光景……。
 秋子さんからすれば家族が増えて嬉しいんだろうけど。

「しかしあれから八年か。俺たちも年を取るわけだよな」
「うん……」

 我ながら年寄りくさいことを言うと、不意に名雪と目が合った。
 その瞬間、名雪の顔は瞬間湯沸かし器のように紅潮していき、俺から目をそらした。
 どうしたんだ? と言いかけて俺はその意味を悟り、俺も顔を赤らめて目をそらした。
 俺たちの様子を見た秋子さんは機嫌良さそうに言った。

「あら、わたしはまだおばあちゃんにはなりたくありませんよ」









 あとがき

 もうとっくに過ぎた名雪の誕生日SSです。いかがだったでしょうか。
 誕生日で大事なのは気持ちだと思いましたので、今回は肩の力を抜いて気楽に書けました。
 可愛い祐一というのを目指したのですが、それに力を入れすぎて肝心の名雪が目立たなくなったのが残念です。
 それでも今回の話で名雪ファンの方に喜んでいただければ幸いです。祐一に萌えていただければもっと幸いです(笑)
 私としては書いてて楽しかったのは確かですが、祐一ならきっとこう言うでしょうね。
「男の俺に萌えて楽しいか?」と(笑)


Shadow Moonより

名雪ちゃん、お誕生日おめでとう〜(遅)
それにしても祐一君、小さな頃から意地っ張りみたいでかわいいですね(w
しかし、けろぴー誕生にこんな秘話があったとは(笑)。
でも、この後に二人にとって悲しい出来事が待っているんですよね……
けれど、それを乗り越えて今の二人があるのだと思います。

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