北海道の夏は短い。
だからその短さの中で、まるで蝉のように全力を尽くして夏を満喫するのだ。



「って事で祭りいくぞ〜」
「あ、でも郁は絶対運転すんな」
「なんでよぉッ」
「心配しなくても篤が運転してくれるぜ」
「また酒飲めないのかよ!」
思わず篤が叫ぶ所を見ると、毎回そんな役回りを担当しているらしい。郁が帰ってきた日の宴会で注がれる酒を次々と飲み干していた所を見れば、相当強いし酒が好きなのだろうけれど。
「大丈夫だ、会場には生ビールしか置いてない」
「慰めになってねぇ!」
日本酒は持ち込みでお願いします。









地元に帰ってきていい事は、良くも悪くも顔見知りが沢山いるという事である。
「わ〜!久しぶり〜ッ」
女友達に揉まれている郁を見ると、それなりに人気があったのだろう。
兄達や年の近い酪農家仲間と話しながら、篤は遠巻きに郁を観察してしまう。
女子にしてはひょろりと背の高い郁はどこにいても目立った。そして屈託なく笑う顔も、初めて見た……。
「ジンギスカン用意しようぜ〜」
祭りと言えばジンギスカン。
レンタルのガス台と鍋を借りて、肉と野菜を買い込んだ。やっぱりビールが欲しくなるけど、そこは運転手としてぐっと我慢。
しかし生唾が出てきやがる。ジンギスカンと生ビールの組み合わせがハンパねぇ。だが俺は勝つ!
「勝っても負けてもいいから肉焼けよ」
「へ〜い」
おやつの時間から肉をつついているが、不思議と入るのはこれいかに。ジンギスカンの魔力が凄いってのは北海道に来てから初めて知った事である。
「あれ?郁ちゃんは?」
腹も落ち着いて辺りを見回せば、今度は見知らぬ男共に囲まれているではないか。ただ楽しそうに話している様子だから、恐らく友達で――――。
「気になる?」
中兄に聞かれて、一瞬言葉に詰まった。
「……んで?」
「郁なぁ、本人わかってないけど男子にも結構モテんのよ」
わざとらしく何かを含んだにやにや笑い。わかっていながら乗る程迂闊ではない。
「友達多くていんじゃないか?」
「ヤキモチ焼けば可愛いのに?」
「なんで俺がッ」
別に郁の事など、なんとも思っていない。
事業主のお宅のお嬢さんで、篤を変態呼ばわりする女の子。気が強いクセに、少し弱い所もある。酪農が好きではないから北海道を出たくせに、牛を見る目は凄く優しい。怒ると怖いが、笑うと惹き込まれるぐらい楽しそうに笑う。正反対の感情をなんの無理もなく心の中に同居させる、不思議な娘。
それが郁に対する印象。
特に目を惹かれる部分などない。どこにでもいるといればそれまでだ。篤の目にだって、なんら特別には映らない。
なのに、なぜ気になるんだろうか?
ぐっと煽ったお茶のペットボトルが空になってしまった。
「お茶買うなら、追加で生ビール三つ頼む?」
「倍額取るぞ」
尻のポケットから財布を取り出しながら、売店のテントに行った。
「いらっしゃいませ?」
迎えてくれるのは商工会青年部員の若い女の子達。プライスレスとわかっていても、その笑顔に癒された。
そうだ、同年代の女の子と触れ合うタイミングが持てなくて、ただ一番身近な郁が気になるだけ。きっとそれだけなんだ。
それだけなのに。

なんだかわからないけど、気持ちがしっくりこないんだよな……。






「今、何やってんの?」
「……フリーターだよ」
「こっち帰ってきてたんだ」
「最近ね」
「なんだよ?、連絡ぐらいしてくれればよかったのに?」
「あはははは……」
地元に帰ってきて煩わしいことは、近況を根掘り葉掘り聞かれる事だ。
怪我をして夢に敗れ、思うような就職が出来ないまま帰ってきた郁にとって、それは触れて欲しくない部分でもある。
最初は団子のように群がっていた同級生たちでも、時間が経つにつれて彼氏彼女と合流したり仕事に戻っていったり。
残っているのはあまり親しくはなかったはずの、ひとつ年上の男の先輩とその友人達だった。居心地悪い事この上ない。しかも祭り会場から少し離れてしまった。嫌な感じだ。
早く兄達と合流したいところだが、抜けるタイミングを逃してしまったのが痛い。
「もうちょいで花火上がるんだけどさ、一緒に観ようぜ」
突然強引に肩を抱かれて、びっくりして先輩を押しのけた。相手は悪びれた様子もなく、むしろ嫌な笑いを浮かべながら擦り寄ってくる。――夏の暑い盛りなのに鳥肌が立った。
「別にいいだろ?」
「いいわけあるかッ!」
先輩の声に重なって上がった声にギョッとした男達の脳天に、次々と強烈な拳骨が落ちた。呆然としながらそれを見る。ああ、助かった――――。
「おめぇら、うちの郁になんかしやがったら、承知しねーぞッ!」
「大兄ちゃん!」
「げぇ、か、笠原サン……」
仁王立ちの大兄が般若顔で立ちはだかれば、長身も相まってかなり怖い。ついでに言うと、その後から人が殺せそうな程の眼光で男達を睨みつけている篤も、小さいなりにガタイがしっかりしているせいで恐ろしい。
男達かあっという間にその場を離れると、今度は郁がふたりに睨まれてすくみ上がった。
「お前なぁ、馬鹿野郎が!何でもかんでもホイホイついてくな!」
「わぁ?ん、大兄ちゃん!ごめん、ありがと?!」
「便所行くついでにみっけてよかったわ、ホント。篤に感謝しろよ?」
「え?」
訳が分からない。
当の篤は郁が大兄に保護されると、さっさと会場に戻ってしまった。その背中は何も語らない。
「先に篤がこっちに引きずれられくお前をみっけたの。でも新参者の自分じゃ事が大きくなるから、俺に来てくれって」
「……」
「なんも、あいつ腕っ節も強いしやっちまえば良かったのに、優しいっつーかなぁ?……。とりあえず後で礼言っとけ」
大兄に手を引かれて酒宴の席に座った頃には、すでに篤は黙々と肉を摘んでいた。その隣に座る。
紙皿と割り箸を渡された。お茶でいいかと聞かれて頷く。僅かに手が触れた。鼓動が跳ねる。
「……」
郁にもこの感情がどういったものかわからない。わからないから戸惑う。どうしたらいいのか――――。



ドォン



花火が上がると同時に歓声が上がった。照明が落とされて、みんなが夜空を見上げた。
赤、黄、青、白――――色とりどりに花開く光の弾に気を取られていたその時、



肩と肩がぶつかった。



思わず隣りを見る。花火の色を反射させた黒と目が合った。視線がぶつかって頬が熱を持つ。
篤の口が開いた。でも花火の爆音で何を言っているのかわからない。
首を傾げると、口の端で笑った篤の掌が上がり、郁の頭の上で柔らかく跳ねた。何度も。その手が短い髪の毛を梳き、ポン、とひとつ背中を叩く。それだけ。
再び篤は花火を見上げた。習って郁も空を見上げる。
でも、
いくら見上げても、どんなに爆音が響いても、郁の心を、身体を震わす事など出来なくなっていた。










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