笠原家の離れは平屋で仕切りもなく、有り体に言えばプレハブ小屋のような内装になっている。そこにいい大人の男が三人ぶち込まれようものなら、それは体育会系独特の雰囲気に満ち溢れていていっそ禍々しくなってくるというもので。 「それにしても仕切りないっつーのもキツくね?」 「でもテレビはひとつしかないし、我慢するしかないんでないか」 ブスくれながら不満を漏らしたのは、小兄。下に郁がいるとはいえどそこは別物で、やはり末っ子気質は十二分に持っているのだ。 「わかった!つまりはお宝の鑑賞会をしあえばいいって事だな」 そして末っ子はご多分に漏れず、切り替えが早くて要領がいい。 「把握」 「把握じゃねーよッ」 「なんだよ〜、いい子ぶるんじゃねーよ篤ィ」 ニヤニヤしながら小兄がデッキにDVDをセットする。タイトルは『 パイパニック』。 「洋物かよ!」 「他にもあるぞ。やっぱこっちにするか?『 ハーミデーター』とかさ」 「やべぇ、お前外人好きだったのか……」 「そう言う中兄は?どんなの持ってんの?」 猥談が盛り上がりつつある中、DVDがスタートした。デンデデンデン。 ハーミデーター、文字通りたわわな巨乳がはみ出ておられる。しかし外人の巨乳はたるみなくハリがあり過ぎて、あれで横っ面を殴られたら痛そうだ。もし傷害になったら凶器は真面目に、巨乳と言うべきか迷いどころだが。 「俺は素人モノかな〜」 そう言いながらゴソゴソと中兄が出して来たのは、綺麗系のOL風がにっこり笑っているパッケージ。表はカッチリ着込んでいるのに、裏を見たら色々な事をしているキャプションが。顔だけでは判断出来ない、素人恐るべし。 「篤は?」 「お、俺は……別に」 「隠すなよ〜。俺達の仲だべ?」 同じ釜の飯を食った仲であれば性癖も晒せというのか、それはどうなんだ。 「ほら、出してみろよ!これか?」 「あ、待て!」 金髪巨乳が三点責めに喘ぐテレビをよそに、篤の少ない荷物をガサゴソと漁り出した。いや、止めろ、これか?違った、だからー!………… 「中兄、小兄、篤さ〜ん、夜食の差し入れだよ〜!」 「!!」 元気よく玄関を開けた郁が見たものは、金髪巨乳美女が黒人と絡んで挿入に喘ぐ画面を背景に、男三人が絡まっているという光景だった――……。 ※ 「おい」 「……」 「話聞けよ」 「……」 「こっち向け、郁ちゃん!」 「煩い!この、男も好きなド変態ッ!!」 「断じて誤解だッ!!」 二人のやりとりが木霊となって谷間に響き、町民に『堂上篤両刀説』が広がったかどうかはわからなかった。 変態の汚名を欲しいままにした夏が終わってしまう。 いや、好きで変態に甘んじている訳では無いのだが、彼女の中でどうやらそれが不動の認識となってしまったらしい。それが解せぬ! 「ここは男らしさを見せるのが一番じゃないのか?」 大兄が牛の身体を洗い流しながら提案してくれた。綺麗になった身体を拭いてやって、愛おしそうに腹を叩いてやる。その腹には小さな命が宿っているのだ。 「男らしさとは?」 半ば真剣に問う篤に、大兄は笑いながら軽く返す。 「例えば〜……、バーベキューとか?」 「バーベキュー?」 「つか俺がしたいだけっつー話もあるけどな」 「人が真面目に聞いてるのに……」 ぶすくれる篤に、からからと笑う。 「いいか、篤。バーベキューってのは男の見せ所だ。カッコよく炭を起こして、豪快に肉を焼く。それだけでキャーってなるぞオイ!」 「……大兄のモテ術……」 偏ってる。そう言いかけて口を噤んだ自分を褒めてやりたい。口は災いの元、それでなくともこれ以上の災難は御遠慮願いたい。 「自宅バーベキューで一番いい事は、なんと言っても運転手しなくていいんだ」 「おお……!」 最早男らしさよりも焼肉とビールの組合せに興味が動いた。 善は急げ、思い立ったが吉日。日本語って素晴らしい。 肉は牛は勿論、豚と鶏。野菜はなあなあで、別腹のジンギスカン。うどんは付きものです。 「あとは、酒!」 肉を食うなら、なんと言ってもビールである。 ごっそりクーラーボックスに氷とともに入れて、準備は万端。 「他の仕事もこのぐらいテキパキ準備出来たら文句ないんだけどね」 克宏の言葉はどの男どもに向けた言葉か。いいんです、川平慈英も許します! 「篤、郁の迎え!」 「あ。と、いけね!先にやっといて下さい!」 慌てて車のキーを引っ掴んで軽トラを走らせた。 朝からバイトの郁は、勿論昼間の決定事項など知るよしもない。 家に帰ってきてポカンとしながらも、まあ座れと勧められれば顔をキラキラさせながら肉を食べる。その食いっぷりや胸がすく程。そうか、肉だといつも以上に食うのか。 だが酒はいかんかった。 「郁がオチたッ」 「まだ酎ハイひと缶空けただけだよな……?」 「郁は笠原家の特異体質なんだよ」 確かに笠原家の人間は軒並み酒が強い。浴びるように飲む篤といい勝負だ。その中にあってこの弱さ。唯一の弱点か。 「悪いが部屋に連れてってあげてくれ、篤君」 「なんで俺がッ」 克宏に向かって思わず反抗的な言葉がでて、咄嗟に口を押さえた。 「だって篤君は郁の旦那さんになってくれるんだろう?」 「……!」 いつ言った話だ! 反論したくても、周りはすっかりそのつもりでやんややんやの大合唱である。娘の結婚を軽く考えすぎじゃありませんかね……? しかしここまで囃し立てられて突っぱねるのも面倒くさくなってきた。 ため息をひとつ落とすと、椅子に凭れる細い身体を軽々と抱き上げて母屋へと運ぶ。確か二階の奥が彼女の部屋だったはずだ。 それにしても――――。 細い、肉がないと言ってもそこは女の身体だ。細いなりに柔らかな抱き心地は胸をざわつかせるには十分で。 脚で出来るだけ音を立てずに部屋のドアを開けて電気をつけると、そこは間違いなく女の子の部屋だった。パステルカラーの色合い、可愛らしいグッズ、それから例えようのないイイ匂い。 出来るだけ優しく郁をベッドに横たえてやり、寝入った顔をゆっくりと見下ろす。 どちらかと言えば童顔だが、こうして見ると――――しっかり女だ。 認識してしまえば男としての欲が湧き上がった。そっと額の前髪を掻き上げながら、どきどきという己の胸の音を聞く。それは相手が女だからか?それとも郁だから? 「……」 触れたい、でも触れられない。 迷った末にそっと頬をなぞる。滑らかな肌は手触りがよく、篤の掌を拒みはしなかった。 感触がくすぐったかったのか、くふ、と寝ながら小さく笑ったのを見て、何かが――――嗚呼、駄目だ。 落としかけた唇を、重ねる代わりに額に着地させた。それだけで十分いけない事をしてしまった気分になる。音を立てないように離れ、やっぱり起きない女の顔を見下ろした。 気づいて欲しいわけではない。気づかないままの方がいいのだろう。 起こさないようにタオルケットをかけてやりながら、出口の見えない問いに苦虫をかみ潰した。 |