熱い。


自分の物ではない熱が肌を這う度に、感じた事のない疼きが皮膚の下でじわりと広がっていく。優しいはずの掌から生まれるそれは、全く真逆の激しさを持って郁の隅々を侵食していった。

耐えられない、堪え切れない。――――でも止めて欲しくない。

「郁――――……」
堂上の放った音が熱の塊となり、掠った肌を湿らせた。
「堂上、教官……」
心細さが彼の名を呼ばせる。すると郁の首の線を辿るように唇をさ迷わせていた堂上が、応える為に目を合わせてくれた。
いつもと同じく甘いはずであるのに、見慣れたはずの黒い瞳がなんだかそろ恐ろしくもある。暗い室内のせいだろうか。いや、それだけではない気がした。
すると僅かに見せたすくみを攫うように、堂上が口づけを落としてくる。孕む不安ごと絡めとるように求められれば、次第にキスの激しさに流されていった。

吐息とともに零れそうになる、自分のモノとは思えない声。
もう何度も、何度も堪えた。
しかし堂上の動きが嘲笑うかのように、容赦なく郁の未知なる官能を駆り立てる。
「――――ッ」
「……郁」
嗚呼、また。
「――――郁ッ」
熱い息とそれを吐く唇、熱い掌。
今日の郁の身体に、堂上の跡が残っていない場所などないぐらい。肌の至るところに炎が灯り、羞恥と、そうされる嬉しさに身がちりちりと焦げていく。

郁にもそんな感情があるのを、堂上は知っているのだろうか?

何も知らなかった。甘え方も愛され方も、全部全部堂上が教えてくれた。だから自分でさえ気づかずにいた些細で初めての感覚も、怖さはあるけれどもう逃げはしない。一緒に堂上がいてくれるから。

硬い掌が、初めて晒した腹を撫でる。熱い。その手の下でどくどくと脈打つ血潮、鼓動。まるで身体の中まで触られているような。
あるいはこの人にならば、全てを委ねてもいい――――。

「郁」
闇夜にもぼんやりと浮かぶ白い肌を味わうような舌が。
「郁」
どこもかしこも指で辿られた、その跡を追いかける甘い痺れが、もどかしさを伴いながらのろのろと這い回る。
「――――郁」
最早抑えきれない熱量を漏らした、この人の呼びかけ。その事が先程から胸の奥をざわざわとかき乱す。
もっともっと、堂上を感じたい。だから――――。
「郁……」
また、口づけ。

ずっと言葉が欲しいと思っていた。
「好き」とか「愛してる」とか、およそ彼が口にしないであろう言葉だけれど、確認として言って欲しかった。郁はエスパーでもなんでもないし、機微にも疎い。察しろと言われても、見当違いであらば意味がない。
だから言葉で肯定して欲しい。
なのにどうしてだろう。今はあんなに欲しがっていた心が満たされている。
こんなに想いを込められて名前を呼ぶだなんて卑怯。これじゃあ言葉以上に「お前が大事だ」と言われているようなものだから。
「郁――――」
「きょうか、ん……」
指が郁を追い立てるように次第に大胆な動きをみせる。激しい刺激に咄嗟に広い背中にしがみついた。しかし堂上の指は更に更に深く入り込む。
「ッ……、好きッ」
「郁」
「大好きッ」
悲鳴にも似た甘ったれた声。鼻にかかった響きに恥ずかしくなりながら、必死に堂上を呼んだ。

貴方が言葉の代わりに名前を呼ぶのなら、郁はその逆を行こう。想いの証を伝えたい。
時間をかけてゆっくりと解されていった身体に愛しい男の熱さを感じ、思わず息を詰めた。
何も言えなくて、ただ真っ直ぐ堂上を見上げると、堂上の方もどこか急くように身体を起こした。
急に離れた温もりの代わりになるものがなくて、郁は小さく震える。
この先何をするのか、どうするのかを知らない訳ではない。まだ期待よりも不安の方が大きい。――――それでも、だからこそ。

支度を整えた堂上がゆっくりと覆い被さり、郁の四肢を抱える。
一層高まる緊張を掬いとるように、堂上が郁の右手に指を絡め、シーツの波間に縫い付けた。
交わす目と目。その色から知れる事など、かの人の焦燥だけ。
「郁……」
逆に心配気な声に、大丈夫と僅かに頷く。
今この瞬間がふたりにとって必要なものなのであれば、刹那にはきっと得も言われぬ喜びが待ちうけているだろうから。



愛する人に、初めて身体を拓かれた夜――――。









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