ドン、という衝撃を腰に受け、多々良を踏んだ郁を受け止める形で支えた堂上の、その眉間に深々としわが一本。 そして響いた子どもの泣き声に、二人は顔を見合わせた。 「お名前は?」 「あつし」 「ぶっ」 「・・・郁」 「あ、すいません・・・。え〜と、じゃあいくつ?」 「俺ね、今度コスモスしゃんになるんだぜ!」 「コスモス・・・あつし君は今なにさんなの?」 「さくらしゃ〜ん」 「さくらさんの他には?」 「俺より小っちゃい子がひまわりしゃんで、俺おにいしゃんなの!」 「そっか〜。あつしくんお兄さんなんだね〜」 「うん!!」 郁の言葉に気をよくした少年は、ご機嫌で堂上が買ってあげたマーブルチョコを食べ始めた。 その様子を見ながら、くたびれた感の郁と堂上は迷子センターの係員と顔を見合わせる。 初売りを冷やかしに来ていた郁と堂上が、泣き叫ぶあつし少年を保護したのは書店と玩具売場の並ぶ階で、フロアースタッフにアナウンスを入れてもらったのだが、母親なる人物はとうとう現れず仕舞で今に至る。 迷子センターにあつし少年を引き渡して立ち去るつもりだったが、郁のコートの袖を頑なに離さない為に二人も一緒に未だ来ぬ母親を待つ事になってしまった次第である。 「あつし君、年中さんぐらいですかね?」 「俺にはちょっとわからんぞ」 「あたしの友達の子どもが年少組で確か四歳だから、五歳かな?」 「お前の歳でもうそんな大きな子どもいるのか?」 「いる人はいますよ。・・・それにしても」 あつし少年の見つめると、自然と頬が緩んでしまう。 硬質そうな黒髪に子どもにしては表情の色が少ない仏頂面、そしてどことなくふとした面影が郁の恋人に酷く似ていて・・・口元が緩んで仕方ない。 それは堂上自身も感じているようで、不機嫌そうにむっつりと押し黙るのは、血縁関係がないにも関わらず係員に何度も父親ではないかと確認をされているからだろう。 しかし思う。思わずにはいられない。 ――きっと堂上の子どもの頃はこんな感じなんだろうな・・・。 「俺は全く認識ないからな」 「まだ何も言ってません」 「言わんくてもわかるわ」 「可愛いのに〜」 「ほっとけ!」 にやにや笑いを止めたくても止められない郁の膝の上で、最後のマーブルチョコを口に放り込んだあつし少年がキリッと堂上を睨みつけた。その眼光や、さながら鬼教官を彷彿とさせるのだから、更に郁の上戸に拍車が掛かった。 「オンナノコいじめたら、しぇんしぇいにおこられるんだぞ!」 「ッッッ!?」 お互いに吹き出しそうなのを懸命に堪えていると、おもむろにあつし少年は膝の上で位置を変えて郁の太股を跨ぐ。何事かと顛末を見守っていた周囲に構うことなく、あろう事か少年はぎゅうっと郁に抱きついてきたのだ。 「!?」 「!!」 ぎゅっとした!ぎゅっとした!! しかもコートを脱いだ薄い服の上から直接・・・!! 「お、俺でもまだなのに・・・」 あまりの衝撃に堂上が限界まで目を見開き、心の声を零してしまったとしても仕方ない。恋人である堂上でさえ、たまにしか触れた事のない胸の柔らかさを、子どもであるというだけで堂々と頬を埋めるなど・・・! 「おいコラ!離れろ、これは俺のモンだ!!」 「おねーちゃんは俺といる方が嬉しそうな顔するモン!!」 「・・・!郁ッ」 「は、はひぃ!?」 思わずギリッと郁を睨めば、ぶんぶんと大振りに首を振っている。だが、頬と言わず耳まで染めあげふよふよと綻んだ口元を見ると、堂上の眉間のしわは増えるばかりだ。 「おねーちゃん、おっぱい小さいけど柔らかくて気持ちぃ・・・」 「そ、そんな事ないよ?え、えぐれてるよ!?」 頬を膨らみに擦りつけ、あまつさえ掌で柔らかさを堪能するあつし少年の爆弾に発言に、郁が真っ赤になり堂上が真っ青になった頃合い。 「あのぅ・・・」 ようやく現れた母親にあつし少年が飛び跳ねるように郁から離れ母親に抱きつくのを見ると、堂上は胸をなで下ろし、その傍らの郁はちょっぴり寂しさを感じていた。 つい今まで抱きしめていた温もりが呆気なくなくなる寂寞感に、ささやかな胸が疼く。 「ありがとうございました」 お礼を言って立ち去ろうとする母親と何歩か歩いた所で、何を思ったか急に引き返してきたあつし少年は、郁を引き寄せると、かがんだその唇に可愛らしいキスと包容を送り、 「こんなヤツより俺とけっこんしたほうがいいぞ!」 などとのたまったのだ。 「えッ、え〜とぉ・・・」 「おじしゃんより俺の方がわかいし!かおがにてるんなら俺にしとけよ」 真剣な目だ。なまじ堂上にそっくりなだけに、無駄に郁の胸も高鳴ってしまう。 だがしかし。 「ごめんね。お姉ちゃん、このお兄ちゃんが大好きなんだ」 「・・・そっか」 失恋の痛みを隠そうともしない傷ついた表情のあつし少年は、わかった、と呟くときびすを返して再び母親の元へと戻る。 「おじしゃんにあきたら、いつでも俺んトコこいよ!!」 豪快な捨て台詞を吐いたあつし少年が立ち去った後、残された真っ赤に上気した困り顔の郁と、盛大な仏頂面の堂上がこの後どうなったかはわからない・・・。
|