多宗教国家たる日本に置いて、今や国民行事にまで発展したハロウィンイベント。 もちろん図書館でもおおいに利用していた。 毎年基地内に作った猫の額ほどしかない広さの畑でジャンボかぼちゃを作り、ハロウィン一週間前に子どもたちに自由にくり抜かせてイベント当日まで正面玄関に飾るのが恒例行事となっている。陽が落ちればその中に蝋燭を灯し、子どもたちは知り合いに己が作ったジャック・オ・ランタンを自慢し、また大人の利用者たちの目も存分に楽しませていた。 「トリックオアトリート!」 思い思いの仮装をした子どもたちにマントを引かれた郁は、ベルトに着けたミニポーチから飴を出すと笑顔でそれを渡した。 お菓子をくれる図書館員は、目印にマントを着けてシルクハットをかぶっているからよく目立つ。 「もう結構お菓子もらったの?」 「うん、見てみて〜!」 持参したエコバッグの中身を得意気に見せるのは、吸血鬼の格好をしている男の子。一丁前にオールバックが可愛らしい。 「わぁ〜凄いね!でもあんまり欲張ったら持って帰るの大変だからね〜」 「わかってるよ〜だッ」 ニカッと悪戯っぽく笑いながら次のターゲットに向かう背中を見ながら、思わずほっこりしてしまった。可愛い。子どもってめちゃくちゃ可愛い!それに比べて――――。 「おい、なにボケっとしとる!」 「はいは〜い」 「返事は一回」 「はいぃッ」 いつもの如く降ってくる鬼教官の檄に、胸の内で舌を出した。全く、この大人と来たら全然可愛くない。 まあ三十越えた男の上官に可愛いもクソもあったもんじゃなかろうが、それにしたって可愛気ぐらいあってもいいのじゃないかしら?たまには笑うとか、拳骨を落とさないとか…………。 返却図書を戻しながら、チラチラ盗み見しながら考える。オトナの可愛らしさとは如何に? この際相手の性別や年齢や本人の意思は無視である。 だってせっかくのハロウィンイベントなのに、堂上のお菓子は一向に減っていないのだもの。あんな仏頂面を引っ提げていれば、子どもだってお菓子よりも己の保身に走るだろう。タダより怖いものはないし。 「な〜に堂上に熱視線注いでんのかな、笠原さんは?」 「わッ、ちょ、変な言い方しないで下さいよ小牧教官ッ」 こっそり書架の間から鬼教官勝手に改造計画を練っていたからか、全く気配に気づけなかった。無念なり。 慌てて上官を押して書架の影に隠れると、口元に指を押し当ててシーっと制する。目線だけで合図を送ると、察しのいい小牧は何か思うところがあったのか神妙に頷いた。もしくは何やら面白そうな匂いがしたのかもしれない。 「――――つまり?」 「今ちょっと、堂上教官を可愛くするにはどうしたらいいかと」 「ぶはッ、ちょ……なんで?」 上戸にクリーンヒットしたらしい。噴き出した時に少し唾が飛んだが目をつぶろう。 「いいですか?今日はせっかくのハロウィンで、子どもたちが嬉々としてお菓子を強請り歩いているんですよ。なのにあの仏頂面じゃあ……」 「寄るものも逃げていくねぇ」 しかしだからと言って、そこで堂上を可愛くしようという発想がわからない。わからないが面白かったから黙っておいた。 「じゃあどうしたら可愛くなると思う?」 「そうですね……」 まずは定番かもしれないがネクタイをピンクのリボンにしてみる。黒いマントにラメを入れて、シルクハットの代わりに黒ウサ耳を頭におっ立ててもいいんじゃないか。あとは仏頂面は照れの裏返しと取れるように、頬紅でほんのり紅くして――――。 「……やッ、マジで勘弁して、笠原さ、ぐッ」 「ああ、でもどうしよう、小牧教官!」 「え?何が?」 真剣な表情で詰め寄る部下に圧されつつも応えると、深刻そうに郁が呟いた。 「可愛くしたいのに、やればやるほど堂上教官がキモイ」 「ぐはッ」 「これって今流行りのキモカワイイってやつなんで、ぃいっダーーーーーい!」 全てを言い終わらないうちに、脳天に強烈な拳骨が落とされて思わずしゃがみ込んだ。 背後にはもちろん堂上が。 「くだらん事やっとらんで、さっさと仕事やらんかドアホゥ!小牧も上戸入っとらんで、注意しろよお前ッ」 「いや〜ごめんごめん。面白くて」 「さっさと仕事しろッ」 吐き捨てながら自分の仕事に戻っていく後ろ姿を睨みつける郁に、まあ、と小牧が頭を撫でながら付け加えた。 「笠原さんの考える可愛いも面白いけど、もっと簡単で自然に可愛くなる方法を教えてあげようか?」 「え?なんですか?」 「それはね――――」 ※ 残りの返却図書を片付けながら、郁はぶすくれていた。 だってせっかく小牧が教えてくれた可愛くなる方法は即効性がなかったから。 ――――恋をしたら、どんな人間も可愛くなるんだよ。 あの鬼教官も例外なくか。キモカワイイなっちゃうのか。 納得出来ない郁が堂上の可愛さを知るのは、まだ先の話だった……。 |