『 帰って来る時は覚悟しておいて下さい』 スマホを替えて笠原家に連絡を入れた時の郁の言葉である。 何を覚悟するのか。だが予感はある。 たぶん郁は少なからず篤の事を嫌ってはいないと思う。むしろ若干の好意を節々に感じていた。だから郁の言う覚悟とは、もしかしたら……。 そんなわけで、空港に降り立って郁の姿を認めた途端、思わず口元が緩みそうになったのも、許して欲しい。 「おかえりなさい」 いつもより心なしか素っ気ない声音に、内心小首を傾げた。はて、帰ってきたばかりだというのにさっそく何かやらかしてしまっただろうか?しかし篤に心当たりなどはなかった。 だから感じた違和感のようなものは、まるっと無視する事にしたのだ。 気を取り直して口角を上げた。 「ただいま。そっちは変わりなかったか?」 「別に何も」 そっか、と相槌をうちながら、思い出したように篤はガサゴソとショルダーを漁り始めた。やがて目当てが見つかったらしい。 取り出したのはリボンのついた小さな紙袋。それを郁に差し出す。 「これ……?」 「土産」 手渡されたそれを、郁はまじまじと見降ろした。 デコデコな包装紙だけで、それが某有名ファンシーショップのものだと知れる。とても男ひとりで入れる生易しい場所ではないはずだ、夢見る乙女ばかりが集う有名な魅惑の店だから。 かく言う郁も大好きなキャラクターだし、部屋にはいくつかグッズも置いている。 でもどうして郁がこのキャラクターを好きだって知っているのだろう? しかしそんな可愛らしいもので溢れている店で、恥かしさに照れながら商品を物色している篤を想像するだけで笑いがこみ上げてきそうだったが、グッと堪えた。無理矢理頬筋に力を入れたら、口元が歪んだ。 「気に入るかわからんが、勧められたからたぶん大丈夫だろ」 「――――」 何気なく刺さった、柔らかな棘。 勧めたって、誰が?もしかして、女の人と一緒に選びに行ったのかな。 その人は、彼女――――? 「あ……ありがと」 動揺はそのまま郁の声を揺らしたが、幸いな事に篤は気づかなかったようで。 「おう」 「お母さんとお義姉さんにも?」 「あのふたりがこんな可愛過ぎるモン貰っても困るだろが」 確かに義姉はどちらかというとファンシーよりもクールだ。寿子は年甲斐もなく跳んで喜びそうだけど。 「郁ちゃんだけだからな」 「……」 わざわざ言われた言葉に、胸がキュンと疼く。まるで郁だけが特別みたいで勘違いしそうになる。 違うよ、違うんだよね。 自分に言い聞かせながら、頬が熱くなることを止められなかった――――。 「帰ろう。みんな篤さん帰ってくるの待ってるから」 「――――まさか郁ちゃんが運転してきた?」 「そうだけど。文句ある?」 「……」 急に押し黙った篤の予想は大方外れてはいない。 その帰り道は、確かに乗っているだけで覚悟がいりそうな、もう乗りたくない運転テクニックだった。 覚悟しておいて下さいって、この事かよ! |