「茸採りいくぞ、篤〜」
ジメッとした雨が降り続いた翌々日、中兄のいきなりの提案に二つ返事で了解した。
北海道に来て二年を超えるが、最初の二年は仕事を覚えるのに必死で自然を感じている暇がなかった。それは笠原兄弟も分かっていたから、ようやく今年になって色々と誘ってくれるようになったのだ。
春先の山菜採りは、マダニがくっついて酷かった思い出だが、楽しさはプライスレスだと知っている。



そんなわけで入るのは笠原家の土地である山の麓。
持っている中で一番色鮮やかなブルーのツナギに長靴、タオル、熊鈴、それから玉ねぎのネット。
「なんで玉ねぎのネット?」
「茸の胞子を落としてやらねーと、来年また生えてこないだろ」
納得。自然とは巡りの中で成り立っている。
「郁ちゃんもいくのか?」
「――――あたしが行ったらダメなの」
「そういう訳じゃなく」
「郁が一番、茸の種類に詳しいんだよ」
なるほど。確かに毒キノコなど持って帰ったら大変である。
ちなみに本日の獲物は落葉茸。傘の内側が黄色いのが特徴で、比較的見分けがつきやすい種類らしい。
「採れなくっても自分の茸は出すなよ!」
「ナニがだ!」
離れに移ってから兄弟の下ネタ比率が上がったのは気のせいではないらしい……。

しかし野山に目が慣れていないと、茸とはこんなにも探せない物なのか。枯葉や草で隠れてよく分からない所を指さされ「そこにあるよ」と言われても、ズブの素人には何も見えないが。
「ほら、ここにこんなにいっぱいあるじゃない」
郁がかき分けると、なるほど大小の茸がわんさか出てきた。
「一箇所見つけたら、その周りにもあるから探してみてね」
そう言いながらすでに郁のネットにはごっそりと茸がひしめいていた。いつの間にかそんなに採ったんだ。
「こっちになめこあるね〜」
「しめじじゃないのか?デカくねーかコレ!」
よく知っているなめこはいずこ。マッシュルームとジャンボマッシュルームくらいの差ぐらいありそう。
「ヌメヌメするから触ってみれば?」
そう言いながら郁の細い指(正確には軍手だが)が茸の頭を撫でると、指先に茸のヌメリがまとわりつき――――予想外に卑猥な感じがするのは、篤が男だからか。おかしい、この間……いやいや。
「本しめじは山じゃなくて牧草地とかの方が生えやすいんだよ」
「へ、へ〜……」
いかん、煩悩よ去れ!

そんな苦行にも近い時間を過ごした頃、小さな小川に差し掛かった時の事。
綺麗な水だが、余程の高山の湧き水以外北海道の水は飲めない。もしこの小川でキタキツネが水を飲んだのであれば、間違いなくエキノコックスという菌がいるからだ。これも北海道に来てから学んだ。
「お〜い、みんないるか〜?」
歩きながら踏み出した足が異様に柔らかな泥を踏み抜いた。泥濘か。その割には、なんだが温い……。
「あ、篤さん!それヒグマのうんこ!」
「え!?」
「マジか!」
郁の叫びにわらわらと兄達が集まってきた。
うんこと言われれば嫌なもので、篤はすぐに小川で長靴を洗い流している。
「まだ結構温かいな……」
「近いか?」
「うん、帰った方がいいな。周りの臭いもケモノっぽいし」
閣議は速やかに決議され、篤の成果は少しの茸とヒグマのうんこがとなった。トホ。
何かが違うがまずは逃げるが先である。



その二日後に熊撃ちのハンターが、雄のヒグマを近くで撃ち殺したと報告が上がったという。









秋といえば運動の秋である。
いや、味覚と食欲の秋だ。
どうして読書と言えないのか。

とにもかくにも、秋とは色々な秋なのだ。









『 これより〜ファミリー対抗〜ミニバレー大会を始めたいとぉ〜思います〜』
随分間延びした開会宣言も無事に終え、コートに入ったのは郁、中兄、小兄、篤の四人である。
「みんなやるぞー!えいえい!」
やる気満々の郁が音頭を取れば、
「えいえい」
その他三人と補欠の大兄がやる気なく続ける。
「えいえい!」
「えいえい。つかカスべ?魚?」
カスベとは北海道弁で魚のエイの事である。骨も軟骨で柔らかく、主に煮たり揚げたりして食される、コラーゲンたっぷりの白身魚である。
「えいえい!つったらオー!でしょッ」
すでにコートの中で温度差が生まれていたのは言うまでもない。

本日は農協主催のファミリー対抗ミニバレー大会となっている。
必ずコートに女性をひとり入れなくてはならない決まりであるからして、なかなか家族が集まらずに今回の参加は五ファミリーという事だ。
この五ファミリーが優勝商品である焼肉セット(牛、豚、鶏、羊、鹿。熊は高級品なので不可)をかけて争う。野菜は自家調達と言うのが、若干セコいんだかなんなんだ。
そして焼肉セットにまんまと釣られた笠原家も、優勝争いの一角を担っていた。

「うおりゃー!」
高い打突から打ち込む郁のスパイクは、ジャンプ力も相まってかなりの破壊力である。
しかし郁の攻撃力云々よりも、やる気そのものの短パンからスラリと伸びた隠された美脚の方が、篤にとっては気になって仕方が無い。こちらも違う意味で破壊力抜群だ。
その証拠に相手チームの視線がボールよりも郁のむき出しの太股に集まっている。おかげで笠原家は大量リード出来るのだけれど、味方である篤の視線をも釘付けにするものだから目に悪い。まさに敵は味方にありである。
「篤〜、行ったぞ〜」
なんとも気の抜けた小兄のレシーブをトスしようとして篤が移動する。しかしそこに、ツーアタックで返そうとしたのだろう郁が急接近してきて、一瞬篤の手元が狂った。
「あぶッ」
「きゃあ!」
なんとかコントロールして相手コートの隅にボールを落とした一方で、勢いを殺せなかった郁とぶつかってそのまま二人して倒れ込んでしまったのだ。
「大丈夫か!」
わっと寄ってくるメンバーと観客。
「ご、ごめんなさい!」
「いや……」
篤を下敷きにした郁はすぐに起き上がり、だがその下敷きはなかなか起き上がれなかったせいで一瞬場の雰囲気に嫌な沈黙が降りた。
「だ、大丈夫です!」
頭を強かに打った事は打った。確認すればたんこぶも早々に出来ている。
だが篤にとっての衝撃はそこではない……。



結局準優勝に終わった笠原家は牛の焼肉セットを持ち帰る事になった。
「篤さん、頭大丈夫でしたか?」
突撃の原因が眉尻を下げながら心配そうに聞いてきて、反射で変な声が出た。
「だ、大丈夫だって」
「ここら辺……?うわ〜、ごめんなさい……」
シュンとしながらたんこぶの周りを撫でる掌の感触に、篤の頬が熱を集めそうになって深呼吸した。篤もよく郁の頭を気軽に撫でるが、なるほどこれはされるのも結構恥ずかしいモンだ。
「おい、そこのカップル。帰るぞ〜」
「カップルじゃないし!」
中兄の言に速攻で噛み付いた郁を他所に、篤はさっさと後部座席に滑り込んで疲れたように目を閉じた。それを見た郁と兄達はお互い目配せをして篤をそっとしておいたのだが、実はその席順こそが篤の狙いだとは見破られていない。



――――ふんわりとした柔らかさ。
ぶつかった瞬間感じた郁の胸は、篤の想像を大きく飛び越えて小さいなりに柔らかかく、目をつぶりながら何度も何度もその感触を思い出してはなぞった・・・・・・。







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