年末年始が慌ただしく通り過ぎる。
生き物を飼っている酪農家にとってはあるもなしも変わらない行事だが、やはり新年が開けるのは気分的にも目出度いものだ。
新しい年、新しい家族、そして新しい気持ち――――。
しかして笠原家において、ただひとりだけ旧年の未練を引きずって眉間にシワを作り続けている男がいた。それは堂上篤、その人だった……。











結局郁と予定を立てて予約していた、嬉し恥ずかしクリスマスにかこつけたお泊まりデートは流れてしまった。
なぜか。
それは予約していた日の早朝から大兄嫁が産気づき、一家総出で上へ下への大混乱の中で出掛けられなかったというのが残念な結末であったからだ。まあ無事に玉のように元気な男の子がヨシとしたいところだ。
しかしその後も何かと機会に恵まれない。
だいたいにして篤のシフトは結構込み合っている上に、農協青年部に入っているせいで飲み会も多い。
加えて北海道の冬である。滅法寒いし雪も多く、市街地から離れた笠原家にまでなかなか除雪車が回ってきてくれないから、自分達で機械を動かして道をひらいていくしかないのだ。冬はこの仕事が本業に並ぶくらいメインで忙しい。
遠出もしにくい。いつ何時弾丸低気圧に見舞われて文字通り路頭に迷うか知れないと思うと、例え郁とふたりで休みが合ったとしてもおいそれと外泊は出来なかった。


つまりふたりは、なんらこれっぽちも前進していないのである。


篤とて健全な男盛り、いつかはと思い男のエチケットを常に尻ポケットに携帯している。しかしそれを使う機会は、未だにないのだった。

だから油断していたのかもしれない。
いつの間にか尻ポケットから大事な物が落ちた事に気づかなかったのは――――。




「篤君、何か落としたみたいだよ」
昼飯をご馳走になったあと、仕事に行こうとした篤を呼び止めたのは克宏だった。
そしてその手には――――。
「わああああ!」
慌てて取り返した。
それは何を隠そう、銀色のパッケージ。所謂コンドームだったから。
というかとんだ失態である。まさか彼女の親に未使用のゴムを拾われるなど、かなりありえない状況だ。ヤル気があり過ぎるのを通りこして、羞恥といたたまれなさに顔から火が出そうになった。
いくら娘の彼氏容認派の克宏と言えど、実の娘の最も触れたくないであろうプライベートに直結するブツなど、見たくも触りたくもなかったであろうに。
なのに、だ。
「……篤君」
「は、はい!すいません!!」
最敬礼で腰を折ると、まあまあと克宏が手で制してきた。そして――――、

「一個で足りるのかい?」
――――空耳でなければ、今なんとおっしゃいましたか?

思わず聞き返したくなるような言葉を聞いた気かする。しかし――――いや、待て。
ここは素直に告白しとこうか。本当は足りません、しかし処女の彼女に無理はさせたくありません、と。
言ったら仏の克宏とて絶対に篤を殴り殺すだろう。
「いえ、あの……」
「うんうん、順番だけは間違わないようにね」
「え、と」
「初孫は男の子だったから、次は女の孫がみたいもんだね」
「……」
――――絶対人の話聞いてないし。
とりあえずお咎めがなかったので、こっそりとその場から離脱する篤だった。



嗚呼、だがしかし。
その夢を叶えるためには、まずは一線越えたいんですけどね……!






「かぁわいい〜!」
郁が蕩けながら小さな甥っ子の頬をふにふにとつつくと、不意にその人指し指を小さな掌に掴まれた。赤子なのに存外力がある。そしてとびきり可愛かった。

予定日よりも若干早く生まれた甥だが、もともと大きかったおかげで保育器での入院期間は思った程長くはなかった。
早産にも関わらず肉付きよく育ったこの子も、ついこの間生後一ヶ月になった。健常に生まれた甥はまだ表情がすくないけれども、時折見せる微笑みのような仕草で目下笠原家の面々を次々と虜にしているという。恐ろしい子!
子ども好きの郁など見事に骨抜きにされ、隙があれば抱っこをして頬ずりしておしめをとりかえている。下僕に成り下がってもいいくらい。
今だって抱きながらあやしている。柔らかくて温かい、この子に夢中なのだ。
「そんなに可愛い?」
「はい!もう、めちゃくちゃ可愛い!」
「でもね〜、たぶん自分の子どもの方がもっと可愛いと思うわよ?」
「ッ!」
イタズラ子っぽく笑う兄嫁に返す言葉もなく、気まずげに郁は俯いた。
だってまだ子どもが出来るような事もしていないのに。それ以前に機会がない。
はあ、とため息を吐くそんな郁の腕の中で、突然甥っ子が口をパクつかせながら郁の胸を探し始めたではないか。しかし残念な事に、郁のささやかな膨らみは見つけるのが難しいらしい。
「……お義姉さん、この子お腹空いたみたい」
「あら〜、ホントだね」
そう言いながら兄嫁はわが子を受け取り、胸をポロりと出して母乳を飲ませ始める。その乳房は大きく張り詰めていた。たぶん郁の握りこぶしが二つは入るだろう大きさ。
そんな事を考えると、もうひとつため息。
やっぱり男はどんなに子どもでも大人になっても、大きな胸の方が好きなのだろう。郁だってどうせ触るなら大きな方が揉みごたえがあるし、大は小を兼ねるというし、やっぱり小さいよりはイイと思う。
篤だって絶対そうだ。だって――――。
「そう言えば篤君、最近元気なさそうだよね?」
「篤さんは……乳牛の乳を揉んでました……」
「は?」
揉んでいたのだ。郁は目撃した。
今の時代、搾乳も機械でやるのが常識なのに、篤ときたら手で搾っていた。それどころかいやらしい手つきでたわわに膨らんだ乳を、目をつぶりながらさわさわと揉んでいたのだ。
「――――変態?」
「変態なんだと思います」
ほら、やっぱり篤だって巨乳の方がいいに決まっている。
さめざめとした気持ちで己の膨らみを見下ろしながら、その思いはますます強まっていった――――。






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