「これと――。あ、これこれ」
「俺はこっちの方が好みだけどな」
「そうですか?じゃあ両方買うってのは?」
「郁がそうしたいってんなら、俺は構わん」
「じゃあ、優しい彼氏様に甘えちゃいます」
おどけて言ったら、眉に皺を寄せて即座に訂正が入った。
「郁、違う」
「へ?何が?」
「俺は郁の彼氏様じゃない」
「あ……」
 真顔でそんな事を言われると、いつも以上に恥ずかしくなるではないか。顔を真っ赤に染めて俯いた。そのまま上目遣いで目の前の堂上を伺うが、全く譲る気はないらしい。嗚呼――――。
 その呼称を口にするのはやぶさかではないのだけれど、改めて面と向かって求められるのは非常に恥ずかしいのだ。しかし引く気のない堂上の様子にこっそりため息を零した郁は、諦めたような恥ずかしいような、そして足りない慣れは勢いで補いつつ、思い切って堂上が欲しい彼の肩書きを口にした。
 つまり、「彼氏様」ではなく「婚約者様」と。
 そしてその呼称が更に変わっていくまで、あと少しの時間を要するのみであった。













 郁と堂上が三段跳びの勢いで一気に婚約、結納まで取り付けた事で、主に特殊部隊面々から感嘆と冷やかしを頂いたのは言うまでもない。
 あの柴崎ですら郁からの報告にしばらく開いた口が塞がらず、せっかくの美貌が台無しだとか、人並外れた美人と言えど結局は同じ人間なんだななどシミジミとしてしまったものである。勿論我に返った柴崎から、手痛い祝福を受けたのは言うまでもない。
 そんなふたりも郁の方が一方的難所と決めてかかった両家の顔合わせと結納が滞りなく終わり、春先に向けて準備中の披露宴とそれに付随するものを忙しい仕事と同時進行でやっていく。目下取り掛かっているのは官舎入居の関係でその前に入れる籍の事だとか、それに伴う同居の用意に日々追われている。
 しかし決して苦しい追い込みではない。
 確かに砂を吐きかねない程激甘な内容の披露宴プランには内側からヤラれたり、時間のなさに焦ったりはしている。その傍らでずんずんとひとりで先に進みかねない堂上に、驚きながら郁は度々ストップをかけるというまさかの展開になっているとは誰も予想だにしなかったであろう。
 しかるにスピード婚の裏側には堂上の思惑が濃く透けているせいかもしれない。それにしたって請負すぎだろう。結婚するのは、ふたりなのだから。
 その自覚があるのであろう堂上は、何かにつけて郁の顔を覗き込むことが多くなった。物言いたげだが、何かを言う訳では無い。ただじっと、斜め下から郁の瞳を覗き込む。
 穏やかだったり、焦れていたり、心配そうだったり。瞳の色はその時々によって違うけれど。

「どうしました?」
 ほら、また。
 堪らず聴くと、しばし無言の後に、いや、と否定ではない返事が返ってきた。
「呆れてないかと思って」
「――――誰に?」
「俺に」
「誰が?」
「郁が」
「なんでまた」
「だから……」
 気まずそうに視線を逸らした彼の耳が、ほんのり染まっているのを見逃さなかった。
「結婚急いで、かなり突っ走ってるだろ」
「自覚あったんですね」
「なかったら突っ走るかよッ」
 なぁんだ。
 くすくす笑いながら堂上と手を繋ぐ。すぐに指を絡めて来た隣りの人に、やっぱり愛しさがこみ上げてきた。
 篤くて不器用で、優しい人。郁の事を心から大事にしてくれる、郁も大事にしたいと想う人。
 こんなに想える人とめぐり逢えた運命に感謝すら覚える。運命じゃなかったら、必然。そうでもなかったら、きっと郁から堂上をたぐり寄せただろう。
 そんな事を考えていたら、堂上の肩が軽く小突いてきた。やっぱり耳が赤いまま。
「お前が手繰る前に、俺から郁を捕まえにいくっつの」
「……!」
「ダダ漏れだ、恥ずかしいヤツめ」
「そこはスルーして下さいよ!」
「そんな可愛い事言われて、スルー出来るか」
「う……」
「お前は俺を見くびりすぎだ」
「え〜、例えば?」
「俺のわがままを受け過ぎ」
「そうかなぁ……」
 小首を傾げている郁の手がぐいと引き寄せられた。敢なく堂上の腕の中に細い身体がスッポリと収まる。
 と言うか、こんな昼日中に衆目の的になるような事はやめて欲しい。反撃に胸をひとつ叩いたが、悔しい事に敵はけろりとしているではないか。
「郁を欲しがり始めてからの俺は、本当に我慢が足りん」
「背もね!」
「煩い、茶化すなッ」
「だって〜」
 そうでもしないとこの羞恥は紛れそうにもないのだもの。
「郁が欲しい」
 回された腕がゆっくりと背中を撫でる。
「心も身体と」
 そろそろと意思を持って降りてきた掌が腰のあたりを摩った。あわや尻まで降りそうな不埒な手をぴしりと叩きながら、どこかそれを悦ぶ自分いるから厄介この上ない。
「終いにゃ郁の人生まで欲しがっちまって、欲ばりすぎだよな。ごめん、赦してくれよな……」
「……」
 抱きしめられたからこそ、堂上の温もりと懺悔が迫って堪らなく愛おしい。そんな事を気にして郁を覗き見てくる彼が物凄く可愛らしく思ってしまう郁だって、結局は同じ穴の狢だ。
 郁だって堂上が欲しい。心も身体も、そして時間の全てを堂上と共有したい。
 それはわがままなんかではなく、きっと人を好きになったら自然に湧いてくる感情なのだと思うから。
「お互い様だよ。ぁ、篤、さん……」
 まだ呼び慣れない名前で堂上に話し掛けると、相手もたちまち頬が染まって嬉しいような困ったような複雑な顔つきをしていた。そうしてもう一度郁を抱き締める腕に力を込めると、離れる瞬間ににやりと笑ってみせるのだ。
 そんな表情に絆されるのも惚れた弱み。決して悪くない。
「ねえ、篤さん――――」
「ん?」
 再び歩き出した隣りの堂上に、手を引かれて寄り添う。ずっとずっとこの先も、隣りにいる事を約束してくれた。
 募る想いはひと言では表せられないだろう。郁は堂上のように、上手く格好よく、抽象的な言葉で心を語れないから。
「あのね」
 だから郁は、真っ直ぐにぶつかっていくしかない。それしか出来ないから、想いの丈を込めて――――。













 一方、堂上はと言えば、真っ直ぐ過ぎる郁に些か不安を覚えていた。
 この先こんなに愛らしく堂上を撃ち抜いてくる女を傍らに置いていたら、そのうち自分は萌え殺されてしまうのではないかと――――……。









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