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出来るだけ顔を出せ。

ささやかだけれど譲らない言葉に導かれて、図書基地近くの病院に堂上が転院してきてからというもの、堂上の病室に郁の姿がないことはほとんどない。僅かな時間さえあれば病室を訪れる郁の姿に、周囲は微笑ましくも、いつかからかいのネタにしてやろうと手ぐすねひいているとかいないとか――――。










「こんにちは、堂上教官」
「ああ、今日も早かったな。……郁」
読みかけの文庫本を閉じると、まだ馴れない様子の彼女に手招きをする。正真正銘、郁は堂上の彼女だ。口酸っぱく何度何百と主張してもしたりないぐらいだろう。

ああ畜生、今日も可愛い……。

もの慣れない足取りでおずおずとベッド脇まで近づいてくると、小さくえへへとはにかんでから、ひとつお辞儀をして手前の丸椅子に座る。
「今日は何してたんですか?」
「別段何もないな。もう少ししたら吊ってる脚も、多少は使えるようにリハビリが始まるらしいぞ」
「いよいよですか……」
しみじみと呟く彼女が、目を伏せながら小さく頑張れと声を漏らした。
なぜ、そんな。
言いかけて堂上も口を噤んだ。

堂上も、これ程の重傷はないものの、過去に何度も抗争時の怪我で入院している。その中には多少なりともリハビリを伴うものだってあった。だからこれから生きている実感を嫌でも味わう事になるリハビリの辛さは、なんとなく想像がつくのだ。
痛いのは生きてる証拠。
その当たり前の苦痛が易々と受け入れられるほど、人間というのは素直に出来ていない。
わかっていても、堂上だってきっと、一度は弱音を吐くだろう。

そして思い至る。
彼女も、郁もかつては陸上競技をしていた時分にリハビリを伴う怪我をした事があるのかもしれないと。自身でなくとも、仲間が辛い道のりを越えようとしている場面に幾度となく遭遇していたのではないかと。

だからこその、頑張れ、なのかもしれない――――。

決して他人が代われない痛みを、気持ちを知っているから。
せめて願う。祈る。奇跡の瞬間を信じて。

「…………」
堂上のだんまりをどう捉えたのか。
ハッとしたような郁が横目で恐る恐るベッド上の恋人を観察しようとして……、



その、笑顔に



――――嗚呼また、堕ちる。
何度でも。




堂上のこんな顔は、今まで見たこともなかった。知る由もなかった。知る必要などなかった。
でも今は違うのだ。
変わった、あの日のあの瞬間から。
いや、本当はもっと前からだったのかもしれない。



「……堂上、教官……」
ただその人を呼ぶ事しか出来ない、意気地のない自分。
「なんだ、郁?」
年上の余裕なのだろうか。
手を取ってベッドに引き上げようとする堂上に、郁は反発するでもなく、なすがままの体で頑丈で頼れる身体に身を委ねた。



今出来る事は、全面降伏。
それはなんという、甘く幸せなものなのだろうか――――。







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