朝から妻の胃袋は活動的だ。



「篤さん、ホットサンド食べたくない?」
「……温いサンドウィッチか何かか?」
相変わらず流行りに疎い夫に、郁は苦笑した。
「違〜う!ホットサンド!ワッフルみたいにペッタンするやつ!」
ますますわからなくて、結局ネットで調べた。なるほど、見事にペッタンだ。
そして文明の利器って素敵。
しかしながら突然言われたところでホントサンドメーカーなるものは当然家にあるわけもなく、代替品でなんちゃってホントサンドを作らされる事になった夫であった。




熱したフライパンにバターを投下、ぐるうり表面を舐めた所で食パンを炙り焼きにする。二枚焼いた片面がこんがりキツネ色になったパンの上に具材を乗せてもう一枚で蓋をして。更にその上に平らな皿を置いて、重石替わりに水の入ったヤカンをバランスよく乗せた。
そのまま待つこと暫し。
「これでホットサンドが出来るの?」
「レシピではそうらしいな」
「なんか変なの〜」
くすくすと笑う郁は、当然のように篤の肩越しにフライパンの様子をのぞき見た。背中から回されたら長い腕が、緩く篤の腹の前で組まれている。無意識のスキンシップに、内心ほくそ笑んだ篤の顔は郁から見えないだろう。
結婚した当初を除けば、郁は結構甘えただ。
最初はおっかなびっくりだった郁からの触れ合いも、生来の末っ子気質がにょきにょきと姿を表すのも時間の問題だった。未だに馬鹿みたいなわがままなど言わないが、口に出さない分、態度で示す事が多くなった。そして根っからの長子である篤は、逆にそんなささやかな甘えたが心地好くてもっと郁の事を構いたくなるのだ。
なんとまあ、世の中はいい具合に巡っているわけで。
「あ、でもね、今時のホットサンドメーカーって凄いんだよ!」
「確かに凄いな」
「何その、はいはい、みたいなの。めっちゃ腹立つ」
「どうせワッフルとかも作れるって言いたいんだろ?」
「え?篤さんて、エスパー?」
あほう、と苦笑しながら頬と頬の僅かな隙間を埋めて妻の柔肌に頬擦りした。
フライパンからはジジジとバターが細かく爆ぜる音がしている。鼻をくすぐる柔らかな香りに、篤の可愛い妻ではないが腹の虫が刺激されそうつつあった。
「さっきネットでレシピ探してたら、ついでにオススメされてな」
「やだ、篤さん、奥さんと間違われてない?」
「奥さんはお前だろうが」
「奥……!いや、間違ってない、けど……」
尻すぼみな言葉を篤の肩に擦り付け、郁は恥ずかしそうに顔を埋めた。結婚してから半年が経とうとしているが、まだまだ「奥さん」の響きは気恥しいと見える。だから篤も、ことある事にその呼称を使って郁をからかうのだ。
決して郁が勝手につけた乙女チックな呼称を周りから揶揄いのネタにされる程周知された仕返しなどではない。多分。
「ネットで見たら、ホットサンドメーカーていろんなの挟んでるみたいで楽しそうなんだよね」
「ほう、例えば?」
あたしもフライパン返しで押さえたい。ああいいぞ。そして篤の背中から長い腕を伸してパンを押える。
どうやらこの態勢は鉄板らしい。逆の場合も然りとして篤も郁の背中から作業をする事もあるから、まあお互い様という事で。
「さっき言ったワッフルもそうだし、肉まんとかあんまんを挟んでる人もいるし、冷めちゃったピザも驚きの美味しさに!」
「なんでテレビショッピングみたいなんだよ」
「いいじゃんいいじゃん。あとたこ焼きとかお好み焼きとか」
「それは絶対に却下だ」
え〜、美味しいかもしれないのに!
郁の抗議も無視して、
「おら、奥さん。そろそろ出来る頃合だから、皿出してくれ」
「はぁい」
狭い台所はふたりも入れば窮屈であるが、その狭さも実は気に入ってるのだと、郁は知らないだろう。身を交わしながらも僅かに触れ合う温もりに、篤の口元がかすかに緩んだ。
抱きしめたりするのとは違う、無意識の擦り合わせ。そして特にその事を口に出さずとも当然の事として時間を過ごす事がせるのは、お互いに自分のパーソナルスペースを相手に許しているから。もちろん禁忌も存在するが。
ただ自分と、自分ではない相手との距離がゼロにひとしくなった事。結婚して一緒の家に住むという事は、それが自然と出来ているという事実を改めて感じるのだ。
フライパンからそっと持ち上げてまな板の上で斜めに切る。サックリと小気味よい音を上げて半分に割ると、どろりとした黄身がこぼれてきて、郁の用意してくれた皿に四苦八苦しながらもなんとか乗せた。
「美味しそう〜!」
「そうか?」
「篤さんが作ってくれたから、絶対美味しいです!」
その信頼がたまに面映ゆくて、篤の耳がほんの少し赤く染まった。
急な事だったから具材は冷蔵庫にあるものを詰め込んだ。レタスにハムに、超半熟目玉焼きを乗せて。半端に残っていたスライスチーズも入れたが、溶けるやつじゃなくても十分だった。
食卓で向かいあって、いただきます。手を合わせて犬のように一目散にがっつく郁を、目を細めて眺める。篤とて腹は空いている。空いてはいるが、何よりも自分が作ったものを郁が美味そうに平らげるこの光景が一番のご馳走だと思うのだ。
「どうだ?」
「凄い美味し〜?」
「それはよかった」
ほっとしつつ篤もひと口。なかなか美味いな。味付けが塩コショウとケチャップだけだったから予想はついていたが、具材とのバランスがそれをもうひと段階こえていた。
「これならホットサンドメーカー買ってもいいな」
「ん〜……。なんかいらない気がしてきた」
なんだどうした、その方向転換は。
「だってなんでも篤さんが美味しく作ってくれるんだもん!」
「――――」
そこは郁も作るんじゃないのか、などというのは飲み込んだ。
この凶悪に可愛い満面の笑顔を見たいが為に、篤の料理の腕前は着々と上がっているのだから。

郁はただの凝り性だからと疑わないが、もう少し繊細な男の機微も織り込んで貰えると助かるな。
そんな事を考えつつも、結局は郁に弱い妻馬鹿の篤は、こうするのが普通になった日常を淡く噛みしめて幸福に浸るのだった。







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