向き合った堂上は渋い顔のまま、気まずそうに視線だけ外して絨毯を見つめている。
ゴミでも落ちていたかと郁もその先を追うが、結局なにも見つけられなくて再び堂上を見つめた。
「なんか言ってくださいよ」
「いや、ちょっと…………無理」
「無理じゃないってば。やる気の問題です!」
まさか部下でもある妻に、膝詰めでやる気を問われるとは思わなかった。お前のやる気の方向間違ってないかと逆に聞きたいが、そこは黙っておく。やぶ蛇で郁を怒らせるのは、このタイミングでは避けたいところだ。
情けなく眉尻を下げた郁は小さくため息をこぼすと、あのですね、と姿勢を正す。
「あたし、そんなに難しい事言ってますか?夫婦なんだからいいじゃないですか……」
「だから俺が恥ずかしいんだっつってんだろが。勘弁しろ」
「今までちゃんと言ってもらった事ないから言って欲しいのに〜」
「恋愛ドラマに影響されやがってこの馬鹿ッ」
「馬鹿で結構!愛の囁きひとつ言えない朴念仁にとやかく言われたくないですからッ」
「言ってるだろが!す……好き、とかッ」
「単独ではないです、流れの中でポロッと言われた事はあるけど、ってそうじゃなくって!」
言いたい事はわかる。好き、だけではなくそれ以上の気持ちを言葉にして欲しい。新妻のちょっとわがままなお願いに付き合えないほど狭量な堂上ではないが、こればかりは気恥ずかしさが先立つ。というか三十過ぎて真顔でなんかちょっと言えないぞ。
しかしそこは人妻になっても乙女全開の奥さんの事だ、痒いことなどお構いなしに突っ込んできては最後に自滅するわけで。
「じゃあお前が先に言えよ」
「あたし……?」
途端に顔を真っ赤に染めた。瞬間湯沸かし器、ただし動力は怒りではなく羞恥である。
「あ、あたしが言ったら、篤さんもちゃんと言ってくれる?」
「言う」
「ホント?」
「俺が嘘ついた事あるか?」
「…………ない」
「だろ?信用しろ」
こくりと小さく頷いた郁は、熱で潤んだ瞳で上目遣いに堂上を見つめた。かなり可愛い。自然と堂上の喉がゆっくりと上下する。

「―――あいしてるよ、篤さん」

少し舌足らずの告白は破壊力抜群だった。というかまともに見つめ合っているのが辛すぎて、即座に華奢な身体をだきしめる。
殺す気か!萌え殺す気か!今なら若い奴らが使っているキュン死の意味を、身を持って実感できる。この殺傷力は半端ない。

「篤さん、は?」
抱きすくめた腕の中でおずおずと郁が聞いてきたので、堂上もすかさず返す。

「――――俺もだ」
「――――は?」
「だから、俺も同じ気持ちだ」

「〜〜ッ、アホですか!って、そうじゃなくってッ」
腕の中で暴れる妻に苦笑する。
そうそう誤魔化されてくれないか。付き合っている時分ならば今のやり取りだけで十分かわせたものを、奥さんにまでなるとなかなかどうしてはぐらかされてはくれないようだ。
昔の郁は初めての男女交際にどこかおっかなびっくりで、物慣れない所がもどかしくも可愛らしかった。恥ずかしがりながら一生懸命堂上を慕ってくれた、あの頃の郁は正しく「女の子」だった。
今の郁はそう言う意味では「女」である。平坦なだけではなかった道のりを、ともにでこぼこと越えてついてきてくれた彼女はしなやかな強さを身につけた。
もちろん世間一般の酸いも甘いも噛み分けた女性たちから見れば郁の強かさなどたかが知れようが、ここぞという時の強さは他の女など足元にも及ばない。まず強さの意味合いが大きく違うから。
そして「女」になった郁の手強さを感じる度に、それを育てたのが己であるという自負ゆえに堂上はニヤケを抑えきれないのだ。
「いやらしい顔してる」
「元からだ馬鹿」
「違うもん、篤さんは普段はもっとかっこいいもん」
だからそういう事を真顔で言うな。その仮面の下心が果してどんなもんかまでは理解できないくせに。
「ねえ、そろそろ覚悟して下さい。言うの言わないの?あんまり言い渋ってたら、言わないうちにその言葉まで検閲かけられちゃうかもよ!」
「そりゃあ穏やかじゃねーな」
メディア良化委員会だってさすがにそこまでしないだろう。しかしもし万が一そんな暴挙に出たのならば、それこそ世間が黙っていたいだろうなと思いつつ。

じゃあ狩られる前にありったけの気持ちを込めて、郁の耳元で彼女が欲しいという言葉を音に乗せて囁くのだった。






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