「あつ兄、あたしと結婚して!」 「全力で断る!!」 「全力かよッ!!」 わあん、と街中で泣き出した従妹の郁に、本気で泣き出したいのは俺だっつの!と内心で絶叫した。 何故にスキ好んでノリで結婚なんぞしなくてはいかんのだ。そんな事だから日本の離婚率は上がる一方なんだよ!! 「後生だから!」 「まからんッ」 「鬼ィ!!」 鬼はどっちだ! 幼なじみの従妹・郁が粘ってまで結婚を迫るには理由がある。 超がつくほど有名なホテルの『ご結婚予定のお客様限定宿泊プラン』がこのほど期間限定中に驚きの超低価格で利用出来るとあって、人気を博しているという。なんでも友人夫婦の手塚と柴崎が利用したところ、アメニティは勿論部屋も料理も天下一品、大満足したというのを吹き込まれたらしい。 そもそも結婚披露宴利用客拡大の目論見であるからして、これから結婚しようというカップルへのプレゼンも兼ねたスペシャルプランなのだ。そりゃあレベルも高けりゃ至れり尽くせりにもなる。 そしてまんまと料理に目が眩んだのがこの郁で、我が従妹ながらなんと残念なオツムであることか。 そんな下らない理由で他のヤツとかと結婚なんぞ、間違ってもしないで欲しい。 「つーか、彼氏とか作ってから申し込め」 「いないからあつ兄に頼んでんでしょ!!」 自慢じゃないが彼氏いない歴、歳の数だから! 控えめな胸を張りながら明後日の方向に威張る郁に、篤は深い深い溜め息を吐き出した。マジで頼むわホント。 「こんな事頼めるの、あつ兄しかいないんだよ?」 「あほか、寝言は寝て言えよ」 「けち?! 減るもんじゃないじゃん」 「何も減らないが戸籍は汚れんだろ!」 「少しは汚した方がいい歳でしょうが。 それに洗濯得意でしょ?!」 「あのなぁ!」 いい加減頭に来て、篤は郁の正面に立ちはだかった。青筋つきの形相ははっきり言って凶悪だが、見慣れた郁は口を真一文に引き結んでぐっと見返す。 「結婚ってのは、そんな簡単じゃねえんだぞ」 「知ってるよ」 「お前……俺とキス出来んのか?」 「出来ない」 予想していたがあまりに即答過ぎて若干よろめいた。そんなあっさり返してくれるなよ。 ダメージ絶大の篤を、しかし郁は頬を真っ赤にして困ったように見つめたまま。 「出来ないよ……だって、今日のお昼ご飯、にんにくたっぷり餃子だったから……」 「……は?」 「だから、口が臭いと思うから、恥ずかしくてキ、キスとか出来ないよ!!」 「……ッ」 ちょっと待て。 それって、それって……つまり、口臭が気になるだけで、キス自体は嫌じゃないと解釈してもいいのか? マジマジと郁の顔を見た。 相変わらず狼狽えたような表情のまま胸の前で手を組んでいる。潤んだ瞳が頼りなく揺れていた。 待て、そんな顔すんな。つかこんな公衆の面前で虫が寄ってきそうな可愛い顔晒すな馬鹿! ドキドキと身体の内側が暴れたように血潮が脈打つ。 「い、」 「やっぱ結婚止めた!!」 抱き締めようとして、逆に突き飛ばされた。伸ばされた手が虚しく空を切る。 どしんと尻餅をついた篤をそのままに、郁は学生時代に鍛えた足であっという間に現場を去ってしまった。大の男がひとり倒れたままの構図は、かなりイタイ。 しかし裏腹に心が温いのは、決してイタイのが好きだからではない。 従妹だからって手加減は止めた。 ――今に見てろよ。 衝撃でズボンの尻が裂けていたとしても、諦めるかよ。 |