『彼シャツ』

サイズが明らかに異なる恋人に自分のシャツを着せて、その違いを多方面から楽しむ着方である。主にシャツ一枚だけを着せ、そのだぼ感で生じる襟ぐりや裾のラインを目で楽しむモノである。
類似語に『彼ジャージ』『彼パーカー』などがある。



彼シャツ。だぼ感が萌え――。

郁は雑誌を読みながらたまたま見つけた記事に目が釘付けになった。
マンネリ化を防ぐ為にお試し下さい!
そんな謳い文句が気になってしまう程堂上との交際にマンネリを感じてはいないが、それは郁の一方的な感想であって堂上はどうかわからない。だいたい郁と違って今までにそれなりに恋愛経験を積んできたであろう堂上だ、付き合い始めてもうすぐ十ヶ月のこの頃をどう思っているだろう?飽きられたら……嫌だな。
何せ初めて出来た恋人だ。出来るだけ長くお付き合いをしたい。乙女としては秘かに彼の苗字と自分の名前を組み合わせたりもしちゃったり。
その為にも一度は挑戦してみるべきか、疑惑の彼シャツ。
問題は郁の方が若干背が高いせいで、世間一般で言う所の彼シャツにならないのではないか。そして果たしてそんな状態の郁に堂上は萌えを感じてくれるのか。
勝敗は負け戦が濃厚ではあるが、やる前から諦めてどうする笠原郁!やってみないとわからないじゃないか。

そんなこんなで、恥ずかしさを押し殺しつつも堂上に提案してみた次の外泊日である。





しかし――、と堂上はホテルの浴室から聞こえてくる水音に耳を澄ませながら思う。
彼シャツは恥ずかしいしズボンを履かないのなんて考えられないから、パジャマにして下さいと来るか普通。
パジャマなんぞ堂上は持ち合わせていない。いつ夜中に緊急召集がかかってもいいように、常にTシャツとスウェットで寝ているのだから。
だが。

それじゃあ彼パジャマ出来ない……。

若干涙目になりながら呟いた郁の言葉に、外泊用のパジャマを買う事を提案した馬鹿な彼氏がここにいた。
自分のサイズのパジャマを郁が着る為に買う。しかも郁セレクトのオレンジのギンガムチェック柄。そこに三十路の男が着るという意識は多少なりとあったのだろうか。
正直酔狂だと思う。思うが、これに慣れさせればいつか彼シャツもいけるんじゃないか?
恋する男はそんな算段を立てて勝手に夢を膨らませる。
彼パジャマ、彼シャツの次は――。

その時、ガチャリと脱衣室のドア開いて、すらりとした細い肢体をだぼだぼのパジャマに包み、湯上がりの上気でほんのり頬を染めた郁が現れた。
「あの……どうですか?
どうですかもこうですかもない、予想以上です!
思わずカッと目を見開いた堂上に、郁がびくりと怯える程度には怖い顔をしていたかもしれない。
だいたいなんだ、そもそもの肩幅が違うせいで指先まできちんと袖で隠れているし、襟元はだらしない訳じゃないのに首が細いせいで標準より開いていた。綺麗なラインの鎖骨と、見えない谷間が隠しきれていないではないか。
そしてなぜかしきりにウエストの辺りを引き上げている。なんでだ?
「それは……えと、予想以上にサイズが大きくて……」
顔を真っ赤にしながら伏し目がちにごにょごにょと言い訳する姿が可愛すぎて、堂上までもが赤くなってしまう。
なんだよこの可愛い生き物は俺の彼女だったざまーみろ!!
「やっぱりやめた方がよかったかも……」
「めちゃくちゃ可愛い、似合ってる」
だからこっちこいよ。
ベッドの端に腰掛けながら手を広げると、えへへとハニカミしながらてとてとと歩いてくる愛らしい恋人。マジで堪らない!
「堂上教官♪」
郁も堂上の胸の中に飛び込もうと手を広げたその時、
ぱさり。

――一瞬にして最近見慣れた美脚が現れた。
思わず目が丸くなると、同時に目を丸くした郁が声にならない声を上げて裾を押さえて座り込んでしまった。
そう言えばズボンが大きいとか言ってたな。
細い腰つきには堂上サイズのズボンが大きくて、常に押さえていないと駄目だったのだ。

しかし怪我の巧妙とはこの事!

今や立派な彼シャツ状態の郁は、裾を押さえながら真っ赤になった涙目で上目遣いで睨んでくるではないか。完璧だ。裾から伸びる太ももの白さが眩しいくらい。

耳まで広がった堂上の熱が、下腹部にまで広がり期待が膨張してしまったのも無理からぬ事で。
本日の外泊も美味しく頂かれた郁なのでした。








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