――どうしてくれようか。 背中の荷物を落とさないように慎重に歩きながら、もう一度呟く。どうしようか。 いつもの飲み会、そして寝落ちした部下の専用タクシー。うんざりだと言い散らしながらも、結局は毎回引き受けてしまうのはなぜか。もう片方の部下が替わりを申し出たのに、僅かばかりの動揺をしてしまったのはなぜか。 理由を探せばたぶんドツボにハマる。ならば敢えて探さない。その結果がやはりこれである。 酒に寝落ちた郁を背負い、基地への道を歩く。訓練速度でもゆっくりでもなく、ただ揺り起こさないように落とさないように。 ――いやおかしい。 専用タクシーが嫌なのであれば背負ったまま尻から落とすなり目を醒まさせて、歩かせて帰ればいいのだ。でもそれをしないのは、コイツが女だから。……だと自分に言い訳した。 だから今晩もそんな夜の続きだと思っていたのに。 ※ 「……は?まだ帰って来ない?」 寮に着いたらさっさとコイツを部屋に転がして飲み直そうと思っていたのに、郁と同室の柴崎は本日業務部の飲み会で不在だという。 鍵どうすんだコレ、と言う独り言は、女子寮寮母から手渡された部屋のスペアキーで解決された。と言うかもの凄い信頼度である。堂上を男として見ているのかと甚だ疑問に思った。 何はともあれ、これでコイツを部屋に転がせる。 最早勝手知ったる女子寮のドアを開けると、通いなれたとは言えやはり居心地の悪い視線に下を向きながら階段を上がっていった。 一応ノックをして鍵を確認、やはりまだ柴崎が居ないのを確認してからスペアキーを差し込む。誰もいない女子部屋に上がるのは気が引けたが、だからと言って引き返すわけにもいかない。 電気を点けると淡いパステルカラーの部屋が照らし出された。向かって左が郁のベッド。そこに転がせば任務完了、晴れて自由の身なのだが。 転がすと言う割には優しくベッドに下ろし、頬にかかった髪のひと房をしばし迷った後躊躇いがちに指で払った。その拍子か、ふわりと口元を緩ませた郁に堂上は目を見張ったのち、苦虫を噛み潰したような顔をする。――見なきゃよかった。 おいお前、お前は俺が憎たらしいんじゃなかったのか?何を気ぃ許してんだよ。 心の声はもちろん伝わらないのをわかっているが、それでも言いたくなるのは堂上の問題で。 「ど……じょ、きょ……ん」 何の夢を見ているのか。ふふふ、と小さく笑う酔っ払いに、ぐらりと何かが揺らぐ。待て待て、駄目だろう。 そもそも郁を部下に置いた時点で堂上は郁に持ち合わせる一切の甘さを切り捨てた筈なのに、油断すればたちまちそれが甦り堂上を揺さぶるのだ。危険極まりない感情が大きくなれば、なす術などない。 「きょ……どこで、すか?」 細い手が空をさ迷い、とうとう堂上の襟首を掴む。シャツが伸びるのが嫌だから、引かれるまま郁の寝顔を見下ろした。 無駄な感情など入る隙すらなかった。 「きょうかん、ここに……いて、くださ……」 「……ああ」 舌足らずの言葉に苦しそうに顔を歪ませると、ゆっくりと覆い被さり左手首に赤い華をつけてやった。 跡を確かめて、深い深いため息をほどく。 それは欲望の証。 鮮やかに咲き誇る華の存在を刻む事で、ようやく沸き上がる感情に折り合いをつけられた気がした。 今はまだ、ここまでだ――……。 |