「つまり、家出された郁さんは携帯すら持たないで失踪した、と言う事ですね」
「そうです、そうなんです!世間知らずのあの子が家出なんて……ああ、本当に夜も眠れません!!」
その割には血色のよいようで、とは心の中でだけそっと呟いた小牧は、依頼人の持ってきた情報を黙々と書き留める。――長身、活発、がさつ、女の子らしくない。つまり依頼人の気に入らない事ばかり。
人探しを任された探偵は悩ましげに眉を潜めると、小さく息を吐いて頷いた。「わかりました、お引き受けしましょう」
「本当ですか!?ああ、謝礼はそちらの言い分全て受けましょう!!」
何せ大事なお見合いがかかっているのだから。
必死の母親を見れば、それがどれだけ重大な見合い話かが伺えた。
何度もお辞儀をして安堵のため息を漏らす依頼人を見送りながら、探偵――堂上は事務所の奥に続くドアを見やる。
「――で?つまりお見合いが嫌で家出したのか、アンタは?」
投げやりな物言いにドアがガチャリと開いて応えた。
出てきたのは、依頼人の探している張本人だとたった今知った。
昨晩、堂上と飲みに行った帰り道で彼女を拾った。正確にはチンピラにていこうしている所を助けたのだ。
詳しい身の上話は敢えて聞かない方向で、とりあえず事務所の仮眠部屋に泊めてみた。
なんでかって?
か弱そうな女の子一人を寒空の下になんか到底投げ出せないし、彼女を気にかける堂上の様子が甲斐甲斐しくて面白かったから。ようは俺の好奇心が彼女の宿泊を後押ししたわけで、そんな彼女は一宿一晩の礼と称して朝ごはんを作ってくれた。黒焦げの目玉焼きとトーストという簡易なものだったけど。どうやら花嫁修業は上手くいっていないらしい。
「だって人の結婚勝手に決めるとか、冗談でしょ!?そういうのは、その……気持ちがなくちゃ駄目なんだから!」
そこで彼女がチラリと堂上を見たのを俺は見逃さなかった。ごめんね、目敏くて。
対する堂上だって、お見合い断固反対な彼女を見て心なしか安堵した様子ですよ。分かりやすい二人で非常に助かります。
さて、どうやらお互い一目惚れしたらしい二人はどんな奇策でこの困難を乗り越えるのか。手に手を取って愛の逃避行とかは止めてね、仕事なくして路頭に迷うのは嫌だから。
「これからどうするの」
一石投げ入れれば、ニヤリと不敵な笑いを浮かべた堂上が郁に手を差し出す。
「アンタは見合いをぶち壊したいんだろう?」
「もちのろんよ!」
「なぁ小牧、あの依頼人、報酬はなんでもいいっつったよな?」
「言ったね、確かに」
あ、悪い顔してる。
こんな男に引っ掛かるだなんて、彼女も運が悪い。
「よし、決めた!郁さんには家に戻ってもらう」
「ちょッ……!あたしを匿ってくれるんじゃないの!?」
「その上で、報酬をもらう。報酬は、アンタだ」
「……は?」
ああ、そう言う事。

「アンタを連れ戻した報酬に郁を俺がもらう」
「……!!」

悪い顔が柔らかく変わった。郁は堂上の提案をようやく理解して、顔を真っ赤にしている。



さてこの作戦が項をそうするか、その結果はまた別の話でするとしよう――……。






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