「なんであたし、こんなとこにいるんでしょう?」
「そりゃあパリコレに出るからだろ」
「じゃなくて、リッツホテルとか」
「俺がお前の分の宿泊先も手配したからだな」
しれっと言った尊敬しているはずのデザイナーの表情は確信的。なぜこんなことをするのか、理由は……。
「あの、……そろそろあたしを堂上さんの虫除けに使うの止めてくれませんかね?」
新進気鋭のモード系デザイナー・堂上篤は今や注目度が半端ではない。勿論群がってくるオンナノコ達も大勢で、お陰で事務所専属に召し抱えてもらった郁が偽装恋人として堂上に貼り付いているのが現状である。そこに愛情はない――少なくとも堂上は郁の事をなんとも思っていないだろう。
モデルとしては決して背の高い方ではない郁に他に取り柄などなく、だいたいなぜ自分が堂上に選ばれたのかがわからないくらい。もっと極上の美人をつけた方が、隙がなくてみんな諦めてくれると思うのだけれど。
「嫌だ」
「なんで」
「理由がいるのか」
いる。一方的に郁が欲しい。
じゃないといつの間にか奪われた心を返却された時に、自分を見失ってしまいそうだから。
そう、郁は堂上に恋をしている。例え偽装でも恋人として堂上に扱われる一時が堪らなく嬉しい。だからこの先の事を考えるだけで、今から胸が張り裂けそうなくらいに辛いのに。
「……あたしの人生は、あたしのものなんです」
今のままだと振り回され続ける。それを嫌だと思わない自分。それじゃダメだ。
きゅっとスカートの端を握ったまま俯いている郁の、視界の隅に辛うじて入っていた堂上の靴の爪先が消えた。嗚呼、終わった……。

そう思ったのに。

「ぅわぶッ!?」
突然ふわふわの柔らかい何かを頭目掛けて投げつけられて、びっくりしてよろめいてしまった。何なにナニ!?
「俺はな」
聞いたこともないような低い声に、ヒッと小さく悲鳴を上げてしまった。だって目も座ってるし。
「なんとも思ってない女を側に置く趣味はない!」
「……ッ」
先程とは違う驚きで目を真ん丸と見開く。ごめん、意味がまだちょっとよくわかりませんけど。
なんの反応もしないまま、ただぼけっと突っ立っていた郁に、業を煮やした堂上は全く甘くない声で命令を投げつけた。
「お前が俺と偽装じゃない恋人同士になる覚悟があるんだったら、さっさとシャワー浴びてそのバスローブ着て来い!!」
「は、はいぃ!?」
飛び上がったまま慌てて浴室に駆け込んだ郁は、しかし暫くしてから顔だけちらりと出すと、顔を真っ赤にさせながら情けない声で堂上を呼ぶ。
「あの……」
「なんだ」
「その、偽装じゃない恋人って……?」
「わからんか。それともお前は恋人じゃない人間に簡単に抱かれる女か」
「まさか!て、言うか!抱く、とか……!!」
「心配しなくても、明日のステージに立てるぐらいには手加減してやる」
「……ば、ばか!変態!!」
耳まで染めて罵倒を投げつけると、大きな音を立てて浴室のドアが閉まる。
その様子に声を上げてひとしきり笑うと、堂上はは?と深いため息を吐いた。
「告白より先に抱くとかないだろ……」
長い間抑えてきたものが大きすぎて、結果として溢れた欲望に頭を抱える耳に、派手な水音が聞こえてきた……。







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