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ある日の事。 特殊部隊事務室でとっていた昼休憩時、何の気なしにつけていたテレビ画面いっぱいにふんどしの集団が写って思わず郁がおののいた。赤いふんどしが目にも鮮やかだ。 「な、なッ・・・なにコレ〜！？」 「おぅ、なかなかいいケツしてんじゃねーか！」 目に見えて狼狽える郁に昼食から戻ってきた進藤がいつもの引き笑いで応じた。 「ふんどしか、懐かしいねぇ〜。・・・そういやここ数年お目にかかっちゃいねぇし、久々にいっちょやるかッ！！」 「？？？」 進藤のはりきりを聞いた小牧が上戸に入って危うくコンビニ弁当を気管を詰まらせそうになった理由を、郁は知らない。 ちなみに相変わらず忙しくこき使われている旦那は昼休憩にも関わらず総務部へ出向いている。先に食べていろと言われたが、どうせなら一緒に持参した弁当を食べたい乙女心である。 「久々にって・・・なにをやるんですか？」 顔いっぱいに疑問符を浮かべた郁が爪楊枝をくわえたままの進藤に聞くと、堂上の椅子に断りもなく座りながら何か企んだような顔つきできょとんとした郁を見やる。 「笠原が入隊する前だから・・・もう六年ぐらいやってないか、小牧？」 「は、・・・ぅで、すねっ！ぶッ！！」 「大丈夫ですか、小牧一正？」 心配する手塚も疑問顔。 「そうかそうか、手塚も特殊部隊の真の洗礼受けてなかったか！」 大笑いする先輩たちの言葉に郁と手塚は思わず顔を見合わせる。 入隊して早六年、同じくらいの年月を特殊部隊で過ごしている二人だが、特殊部隊の洗礼と言われてまず思いつくのは『クマどっきり』であるが、それはすでに経験済みだ。となると思い当たる節が見あたらない。 「なんなんですか、ソレ？」 「そんなに聞きたいのか、笠原」 「めちゃくちゃ気になるじゃないですかッ」 「旦那に引いても知らんぞ？」 「？」 ちょっと待て、なんだその前置き、と問いただす前に進藤は口を開いた・・・。 ※ ※ ※ そもそも特殊部隊とは、生え抜きの男の中の男ばかりの集団が始まりだ。その豪快さ、組織力、どれをとっても破格であり、ソレ故に羽目の外し方も普通ではない。 それが顕著に現れているのが飲み会だと言えよう。 始まりは穏やかに、それこそ体格がいいだけの一般人のような飲み会なのに、あらかたアルコールが入るとおもむろに個室のふすまを閉めて密室を作り出すと、店員も心得たもので呼ばれるまでは占領されている座敷に近づきもしない。 中では飲み会に参加した特殊部隊員たちが無言で服を脱ぎだし、手荷物から一本の布を取り出す。タオルか。否、よくよく見ればそれは真っ白な細い一反木綿のようなもので、隊員たちは次々とソレを手慣れた手つきで身体に・・・下半身に巻き付けていく。 五分も経たないうちにその場にいたみなが立派に鍛え上げた臀部の中央を真っ白な布で締めあげたふんどし姿に変身してからが一次会における後半戦の突入開始の合図であり、特殊部隊の伝統的な飲み会スタイルとして新転属隊員には業務よりもまず先にふんどしの締め方を先輩隊員に習うのが慣例となっていたのだ。 ※ ※ ※ 「なんですか、ソレ！？」 「なんだと言われても隊長が音頭をとりゃあ右に倣うのが正しい特殊部隊員だろが」 「てかふんどし！！」 「まさか小牧一正も・・・」 「ああ、まぁね。ちなみに堂上のふんどしは芸術的だよ」 ふんどしに芸術もくそもあるのか。 「で、ふんどし姿になってまた飲み始めるんですか？」 「ばっか、笠原！んなおもしくね〜事するわきゃないだろ。そっからは自分の名誉と二次会の会費をかけた戦いよ！！」 ふんどし姿になった男たちはトーナメントで次々と野球拳をかましていく。しかし身につけるのは下半身を覆う布切れ一枚、つまり一発勝負であるからして自然と緊張感に打ち勝つ強靱な精神力が養えるとかなんとか。そしてじゃんけんだけではなくあっちむいてホイも加えれば反射神経の鍛錬となる。決着が付くまで連続であっちむいてホイをすれば、精神力に反射神経、瞬発力に集中力も養える（はず）という名目で、ある意味訓練にもなるだろうとは玄田の言。 「そんで一番負けた奴は二次会の会費を一番多く払うんだぜ。小牧と堂上は一回も二次会払ったことねーんじゃねぇか？」 「あ〜・・・そうかもしれませんね」 しかしふんどし姿であっちむいてホイを真剣にするゴツい集団はさぞかしシュールな光景だっただろう。 郁は無意識のうちに生唾を嚥下かする。よかった、男として特殊部隊に入らなくって・・・。 「なにせアイツ、火事場に強ぇからな、堂上はよ」 「でもさすがに今は笠原さんもいるし、やめた方がいいですよ。っていうか、堂上が黙っちゃいませんって」 「・・・かな？」 「間違いなく」 「残念だなぁ〜・・・」 でも手塚には万が一の場合を考えてふんどしの締め方教えとけよ、と声を掛けられた小牧は苦笑でそれを流した。言われた手塚は表情を堅くして冷や汗を垂らしている。無理もない。大の大人が真剣な顔つきでふんどしの締め方を習う図はかなり滑稽だ。しかし真剣にやらないともし万が一が起きた場合、下半身と名誉の危機である。 ふんどし姿の堂上・・・夫の後ろ姿を思い浮かべた郁の頬が暑さではない種類の熱で上気する。やだ、確かに篤さんのふんどし姿ならかっこいいかも。だってスゴくお尻の形とか筋肉の付き方がいいもん。 「・・・そっか〜・・・だから篤さん、ふんどしの締め方上手かったんだ」 無意識にぽろりとこぼした呟きに、事務室にいた全員の動きが止まった。 ―笠原、今なんつった？ 静まり返った室内に、上戸が過ぎて椅子から落ちた小牧のドシャンという音だけが響く。大丈夫だ、このぐらいの音ならば致命傷にはならない。 「笠原、お前・・・」 「ん？どうしたの、手塚？」 眉間にしわを寄せながら恐る恐る聞いてきた手塚に、何事かと聞き返す表情は純粋そのもので曇りなく。誰もが今の発言をなかった事にしようとしたが、そこは空気の読めない手塚だ。 「お前・・・お前、堂上一正と・・・どんなプレイしてんだ？」 「てづッ・・・！！」 小牧の喉がひゅっと鳴って呼吸が詰まった。 不審顔の郁はプレイ〜？と呟くと、たった今口にした言葉を思い出してトマトよりも赤くなりぶんぶんと腕を振り回す。 「違ッ、違ッ！この間篤さんの実家の方のお祭りで御神輿担ぐ人たちのふんどし指導してたからであって、別にプレイとかしてないしッ！！」 「プレイってなんだ？」 突然後ろからかかった声に口から心臓が飛び出しかかったのをなんとか引き留めて振り返ると声の主は堂上で、へにゃりと力なく情けない笑い顔で誤魔化してその場を切り抜けた。 その後特殊部隊の飲み会でふんどし行事が復活したかは定かではないが、特殊部隊内ではしばらく堂上の事を「ふんどし王子」と呼んだとか呼ばないとかあったらしい・・・。 |