冬の空気の中に金属に似たキンという音を聞く、薄い青空の下。見上げる遙か彼方からは、今日は白い贈り物はやってこない。贈り物という程大層なものではないが、やはり雪を見ると今が冬であると実感できる。 白い息の固まりを吐き出す。少しチクチクする母特製のマフラーを不承不承使い首と言わず口元と言わず隠せる所は隠してしまえば、いくらか寒さを凌げる。恐らく毛百%なのだろう、どうせ手編みならウール玉を使えばいいのに。しかし古きよき旧時代から来たような母は、暖をとるのであれば断固として譲らず毛を使い続けるのだろう。使う色は必ず白か赤。純潔と鮮血の、相反する色。そしてその二つが混ざったピンクが常だ。 似合わない。似合うわけもないのに、それでも飽きもせず母はしつこくオンナノコ色を揃えてくる。 ―いい加減、ウンザリ。 三が日も過ぎた田舎の神社は人気もまばらで、すいすいと本殿まで進めた。 みんな今頃親戚の家だろうか。もっとも高校二年生の年頃ともなれば年越しの参拝も夜中にも関わらず友達同士で行くのが普通で、そのあと新年の挨拶の為にみないなくなってしまう。そして母である寿子がうるさいが為にその「普通に」夜中の参拝に行けない郁は、新年を迎えて暫くしないとなかなか友達と会う事も出来ないのだ。 家にいれば喧しくも気の合う兄三人が帰ってきているが、それだってもう仕事やバイトだとかでいなくなってしまう。そうなればあの家には気詰まりの原因でもある母と、物事に波風を立てたくない事なかれ主義としか思えない父しかいなくなるわけで、ますます居心地が悪くなる。 ―早く家を出たい。 今までの成績の積み重ねと、高体連そしてインターハイで最高の結果を残せば間違いなく陸上で大学の推薦をもらえる算段だ。 すでに去年の段階で何校かに声をかけてもらっている。推薦の条件はいずれも三年生の結果次第、中には県外の大学からの申し出もあって、それは絶対とりたい。県内だと寿子の事だ、何が何でも家から通えと言うだろう。それだけは耐え難い。今でさえ逃げ出したいくらいなのに。 寿子が編んで押しつけてきたマフラーに寒さを救われながら、その矛盾には目を瞑った。 この一年が将来を決めるに当たり大一番になる。その為に多少の御利益を期待して賽銭を奮発したら、力が入りすぎて賽銭箱から大きくそれた。うぅ、ちょっぴり幸先が悪い。だがしかし、そんな程度で機嫌を損ねるほど神様も心が狭くはないだろう。 二礼二拍一礼。 乾いた空気のせいか、はたまた郁の気合いの現れか。澄んだ空気に鳴り響くかしわ手は静寂を切り裂く程に鳴り響き、その残響が本殿の中に綺麗な波紋を残していく。この、凛とした響きが好きだ。芯に一本通った、こんな生き方をしたい。 そして運だめしのおみくじを引く。今年一年の運勢を引き当てるのだから散々かき回した割には、結局手前に出てきた物を引き抜いた。 かさりと音を立てて取り出した運だめしの結果は『中吉』。 ―これまでの努力が実を結び、世間の信用も一段と高まります。 よしよし、きっと陸上の事だろう。高校最後の高体連にインターハイでいい結果を残すことが、郁にとって今年の最大目標なのだから。 ○学業・技芸・・・周囲の雑音にめげないこと。果敢に取り組めば大丈夫。諦めるのはまだ早い。 大学入試の推薦枠を取れたとしても、きっと小論文くらいはあるだろう。読むのは全く苦にならないが書くとなれば話は別で、でもとにかく頑張ればなんとかなるという示唆は、単純な郁にとってシンプルな激励でかえってやる気に繋がりそうな文句だ。 そして。 ちらりと視線を走らせた項目。 ○恋愛・縁談・・・良縁が期待できるも、待ち人来ず。 『良縁は期待』出来るのに、『来ない』のか。どういうことか、それは。 一応乙女の端くれとしては少し期待をしても良さそうな内容なのに、すげなく振られるだなんてあんまりではないか。むしろ運勢は△の勢いなのではと疑ってしまう。 白い塊にため息を閉じこめて吐き出すと、許す限りなるべく高い位置にそれを結んだ。 袖すり合うも多生の縁、そういう意味であれば今年はどんな縁でも引き寄せたい。だって将来を決める、大事な一年なのだから。 「よしッ!」 自分に発破をかけて両頬をパンと叩くものだから、その音にぎょっとした参拝客に振り返られた。すいません、気合いを入れただけなんです・・・。 今度は無言で胸を張る、脚を振りあげる。――セット。 ジタバタしても始まらない。もうラインに立ってしまったのだから、あとは最良のタイミングで最良のスタートをきるだけだから。 先の未来は、この時からすでに始まっている・・・。 |