「もうすぐ除夜の鐘、なりますね」


 共用ロビーに設置された液晶テレビの前には年末年始にシフトが入った図書隊員達がちらほらと集まっている。大晦日だからと特別何かあるわけでもなく、眠気も訪れずに部屋にいるのも味気ない者たちがほとんどで、ただなんとなく居座っては惰性でテレビ番組の移り変わりを見ているのだ。
 そんな中ただ二人だけは周囲とは異なる雰囲気で―イワユル頭に花の咲いた状態というか―肩を寄せ指を絡めあっている。


 堂上と郁は先頃ようやく婚約を交わし、今や幸せ絶頂一歩手前の二人なのだ。なぜ手前かと言えば、未だお互い独身寮暮らしの為に四六時中一緒に居られないからである。
 これが官舎に暮らし始めたら独身隊員らに与える無差別砂糖テロの被害規模がどのくらいかなどと、監以上のお偉い方が真面目に話し合って対策を練っているなどという都市伝説も、あながち眉唾とは言えない程度にはラブラブイチャラブでだ。
 お前ら早く官舎行けよ、という独身隊員達の文句を耳にする度、じゃあお前らが埋まった官舎をどうにかしろよと思う堂上である。寧ろ新しく建ててくれてもいいんだぞ、その場合は一戸建てで頼む。官舎の壁は薄いと評判だと言うからな。


 長くなる前置きはここまでとし、しかしそんな二人がなぜか先程からお互い眉間にしわを寄せ額を突き合わせているのだ。甘いと言うよりは、若干苦さを感じる。
 どうした事か。隊員達は困惑よりも好奇の目でこっそり、いやいっそ不躾に二人を眺める。いい酒の肴が出来たぞ。
 ぞんざいな視線を複数向けられても一向に気づかないぐらいある意味二人だけの世界なのだが、今はちょっぴり塩辛そうだ。日本酒の飲み口に少量つけるといい感じ。
「ズルい」
 郁が口火を切った。
 眉間のしわはそのままに、だが表情はやや緩まり頬など染めたくらいにして。機嫌が悪いのかどうなのかはっきりすればいいのに。とりあえず荒塩が食塩になった。
「何が」
 郁にぞっこんなのがバレバレであっても隠し通せていると思いこんでいる堂上の、口元は緩んでいる。
「そういうのが、ズルい。あたしばっかり」
「お前がどうしたよ」
「だから」
「なに」
「もぉ、いいッ」
 結局根負けした郁が先に白旗を揚げた。というか最初から喧嘩をしていたのか怪しいのは、終始指を絡めたままであるから。険しい顔をしていても二人はどこかしら繋がってお互いを確かめて、そして安心している。
 離れていれば胸の内で思い出す相手に微笑み、近づけば熱と肌の律動を確かめる。
 つき合っている間常に隣り合わせだった寂寞とした不安は、一生を沿い遂げるという約束でもって一応は解消された。それが安心に繋がり、自信に成り代わり。
 ついでに見せつけられた独身者は蜂蜜がけの角砂糖に頭を打たれて暫く再起不能に陥るという寸法だ。敵は身内にありとはよく言ったものであるが、まぁこんな場面でも良化隊が押し寄せてくれば瞬く間に身を翻して戦場へと赴くのだけど。

「で?お姫様はなんで不満げなの?」
 二人の間にするりと割って入った強者は同班の小牧で、明らかに表情の晴れる郁と眉間のしわが深くなる堂上である。
 この二人の間に入るなど、図書隊広しと言えど小牧と柴崎くらいなものだ。手塚は意図せず入ることはあるが、それは空気が読めない上での天然の所行故である。
「聞いて下さいよ、小牧教官!篤さんったら意地悪なんですッ」
「おまッ、それを小牧に言うか!」
「だってだって、あたしが先がいいんだもん!」
「そこは旦那に譲れよ」
「まだ旦那じゃないし!」
「旦那の予約だ」
「録画の予約みたいに言わないで下さい」
「んなもんと一緒にすんなッ」
「自分が言い出したんでしょうが!」
「・・・ごめん、話が全く見えないんだけど」
 話の腰を折るようで申し訳ないけど、と前置きするが、正直このまま埒のあかない言い合いをされるとこちらの腹筋がダメージを被る予感しかしない。面白いけどそれは避けたい。っていうか、やるなら気兼ねなく寝転べる場所でやってくれれば、心置きなくローリングしながら大爆笑する準備は出来ているのに。あ〜もう、早く官舎に移れよ。
「あ、すいません!」
「見えないなら見えないままでいいぞ」
「そんなわけにはいかないでしょ」
「いくんだよ、勝手に間に入ってくんな」
「横暴!お〜ぼ〜」
「小学生かッ」
「小学生みたいな意地悪するくせに」
「好きな子程苛めたいってヤツ?」
「好きな子、とか・・・も、ちょっと恥ずかしいです!!」
「人妻になるってのにこれだもん、堂上も堪んないよね」
「お前も今にわかる」
「うわ、偉そう」
「篤さんが偉そうなのは今に始まった事じゃないです」
「郁、お前なぁ」
「そうそう、背が低い分態度はデカいからね〜」
「関係ないだろ!!」
「小牧教官、それ酷いですから!いくらなんでもそこまで酷くないですから!」
「・・・酷くないって事は、少しは感じてるって事か?」
「・・・・・・うぅん、なんでもナイデス」
「覚えてろよ」
「まぁまぁ。それで、話を戻して・・・あ」


 ゴォ〜〜〜〜〜ン・・・

 ンゴォ〜〜〜〜〜ン・・・


「・・・あの、明けましておめでとうございます・・・」
 今までどこに潜んでいたのか、長身を出来るだけ縮こませた手塚がどこか申し訳なさそうに新年の挨拶を口にしてようやく会話が途切れた。
 BGMはテレビから流れる除夜の鐘だ。


「あ」

「あ」


 二人同時にあんぐりと発声すると、慌てたように向きあって。しかし周囲を見渡してはなぜかもじもじしている。
 というかせっかく挨拶をしてくれた手塚に返事でもしてやればいいのに、と思いながらも部下よりも二人の動向の方が気になる小牧もやはり返事をせずに成り行きを眺めていた。
 結構酷いのは小牧なのかもしれない。いや、わかってはいた事だが。

 ようやくネジを巻かれた人形よろしくぎこちなく動き始めると、頬を真っ赤に染めた郁が堂上の耳たぶを掴んで身体を引き寄せる。耳切れを起こすのではないかという勢いに、周囲がどよめく。痛いのが好きなのか!?
 一瞬ハンパなく顔を歪めた堂上だったが、耳元で郁になにかしら囁かれてみるみる口元が緩んできた。いけない、砂糖テロ警報が発令されるかもしれない。
「・・・ズルいのはお前の方だぞ、郁」
 小声にも関わらず低い艶を含んだ声がしっかり小牧にも手塚にも聞こえた。プライベートの黒糖モードだ!同時に小牧の腹筋にも痙攣警報が発令される。
「だって・・・」
 口を尖らせるのはイジケたのではなく恥ずかしさから。そんなのも全部ひっくるめて、堂上は郁の軽い身体を膝の上に抱き上げて額をこつりと合わせた。
「年明けの一番最初の挨拶を俺だけに言いたいとか、お前が思ってる事、俺が思ってないとでも思うな」
「・・・・・・はい」

 つまり、なにか。
 どちらが先に新年の挨拶を相手だけにするかで揉めていたのだろうか?
 そこまで思い至って手塚は脱力し、小牧は沈没した。



 いつもの光景、いつもの堂上班。
 年が明けても結婚しても、このバカバカしさはいついかなる時も変わらないらしい。







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