土日と連続の公休が重なった週末。
 朝から慌ただしく寮の玄関でスニーカーを脚にひっかけた堂上は、とるものとりあえずという感じで転びそうになりながらもなんとか掛けだした。
 ダッシュで駅まで向かう。その先の事などは全く考えていないし考える余裕もなく出てきた。とりあえず財布に携帯、それだけポケットに突っ込めばあとはなんとかなる。
 うろ覚えの路線図を記憶から引っ張りだして、めぼしい駅に行くしかない。バスの経路は捨てた。なんとかJRで水戸に向かってくれれば、どこかの駅で捕まえられるか追いかけていく事が出来るから。
 
 ―だから、俺が行くまで待ってろ!








「笠原?笠原なら結婚するからって、さっき茨城に帰りましたけど?」
 朝の食堂でたまたま会った柴崎に郁の事を聞かされた堂上は、その瞬間たくあんを箸からとり落としているのにも気づかなかった。
「結婚・・・だと?」
「ええ。披露宴自体は夕方からなんですけど、親族も来たり挨拶もあるからって嫌々帰り支度してましたよ、昨日から」
 そう言えば昨日の日報を提出する時も、翌日は連続の公休でゆっくり出来るであろうにどこか浮かない顔をしていた。どうした、と聞いても小さく笑って首を振るばかりで。ただの上官でしかない堂上にはそれ以上踏み込む権利も勇気もなかったのだ。
 それが、突然の結婚と聞かされて驚かない訳がないだろう。
「堂上教官はご存じじゃなかったんですか?」
「・・・・・・なにも」
「あら。あたし、余計な事言ってしまったかもしれませんね。それではこれから業務があるので失礼します」
 隙のない美人はにこりと微笑むと、固まったままの堂上を残して仕事に向かった。
 
 ―郁が結婚。

 その事が頭の中を支配しずぎて、後の事はあまり覚えていない。気がついたら掛けだしていた。
 追いかけてどうする。ただの上官の分際で結婚を止めろとでも言うのか?そうだ、結婚した後の仕事はどうするか、上官として相談されていないし報告も受けていない。
 そうだ、それを確かめに追いかけたっていいじゃないか。アイツが誰と結婚しようが構わないが、仕事に突然穴が空くのはいただけない。
 なんとか自分を納得させて、タイミング良くホームに滑り込んできた車両に飛び乗った。
 イライラしながら車両の外の景色を睨みつける。なぜこれほどまでに胸がざわめくのか。
 乗り換えて、おそらくここから水戸行きに乗るであろう駅にたどり着くと、流れる汗を拭う間も惜しんでホームに訪ね人の姿を探す。せめて服装ぐらい聞いておけば探しやすかったかもしれないが、後悔先に立たずだ。
「・・・・・・ッ、笠原!」
 堪えきれず漏れた声は思いの外大きかったらしく、騒がしい駅のホームにおいても何人もの乗客が堂上を振り返る。
 車両に乗り込もうと片足を掛けていた郁もその一人で、ぽかんと大口を開けながら堂上の方を見ていた。
「・・・・・・堂上、教官?」
「笠原、来いッ!!」
「え?って、えぇ!?」
 力任せに片手を掴むと、ぐっと引き寄せ胸の中に抱き込んだ。上背は郁の方が上でも、華奢な身体はがっしりとした肉体に包まれれば頼りなく収まる。
 
『ご乗車ありがとうございます―――――』

 アナウンスに促されて郁を抱えたまま白線から大幅に離れて出発した車両を見送ると、ため息を解いた堂上は改めて腕の中に収まる女の顔を覗き見た。
 いつもは快活に弾ける笑顔をトレードマーク代わりにしている郁のそれは、今は熟んだトマトのように真っ赤に染まり、困ったように眉尻を下げている。
 表情を隠すように俯くが、生憎堂上の方が背は低くてその全てが丸見えだ。そしてその表情の全てが可愛いと思ってしまう自分に、もう諦めた。
「ど・・・堂上教官、離して下さい・・・」
 常とは違う蚊の泣くような細い声にほくそ笑みながら、いやだと拒絶する。
「離したらお前、逃げるだろ」
「ってか、いきなり抱きしめられたら誰だって逃げますからッ!」
「逃げるんじゃあ、余計に手離せないな」
「横暴!!」
「横暴で結構だコラ。お前こそ、なに勝手に結婚なんぞしようとしてる」
「は?」
「上官に報告もなしに人の物になるとは、いい度胸だな」
「あの・・・・・・堂上教官?」
 ぐっと両腕を掴むと、挑むように下から郁を睨みつける。その顔は情けなく狼狽えたものだが、上気した頬は愛らしくてついつい口元が緩みそうになるのをなんとか堪えた。
 こんなに女にしか見えない奴を、みすみす他の奴の物にさせてなるものか。

「俺に口説かれる前に、結婚するなど許さない」

 惚けたままの郁の腰をもう一度引き寄せて華奢ながら柔らかい身体の感触を堪能していると、ようやく現状に引き戻された郁がぎこちなく抵抗を始めた。
「あの・・・教官、人が見てますから」
「構わん。お前が結婚を止めて俺の物になるなら考えてやる」
「いやいやいや!」
 慌てたように両手を振ると、顔を赤らめながらも真剣な顔つきで郁が堂上を見返す。
「誰が結婚?」
「笠原が」
「誰と?」
「誰かと」
「・・・その話、誰から聞いたんですか?」
「柴崎からだが」
 なんだか様子がおかしい。
 ようやく気づいた堂上が覗き込むその先は、酷く困惑しながらも口元がふよふよと嬉しそうに揺らいでいた。
「だから教官は、あたしを止めに来てくれたんですか?」
「・・・・・・違うのか?」
「違いますッ!!」
 とうとう爆発したように笑う郁は、涙までこぼしながら破顔した。
「どういう事だ?」
「だから、今日結婚式をするのはあたしの一番上の兄でして」
「・・・・・・は?」

「あたしは親族として結婚式に出席するだけなんですよ?」
「・・・・・・ッ」

 事実を知って顔から火が出なかった事を褒めてもらいたい。
 ―じゃあ何か?コイツが結婚すると勘違いした挙句、慌てて盛大に告白まがいの事をかましただなんて、なんて・・・・・・!!
「紛らわしい事すんなッ!!」
 ゴッと鈍い音とともに拳骨を落とす。勿論照れ隠しの理不尽な八つ当たりなのに、郁はと言えば痛さもあるはずなのに顔は花が開いたように綻んでいる。
 ―ああ、もういい、諦めるって覚悟を決めたんだ。今更だ。
 宝物を入れた箱はとっくの昔にガタが来てた上に鍵なんてないも同じ。時折漏れる明るさに癒されて焦がされて、どうにも堪らなくなっていたのは事実。
 だからもう、偽らない。

「堂上教官、あたしが告白したら勝率はどのくらいありますか?」
 からかうでもない柔らかく微笑みを添えた真摯な質問に、だから堂上も滅多に見せない笑みで返した。

「俺に口説かれる前に結婚するなんて、許さないつっただろ?」

「それじゃああたし、いつまで経っても結婚できない」
「心配しなくてもすぐに口説いてやるから、遠慮せず俺と結婚してもいいぞ?」
「あたしから告白じゃ、ダメ?」
「そんぐらい、男で年上の俺に華を持たせろ」

 

 耳元でささやかれた言葉に首まで赤くなってしまった郁を抱きしめてそのままキスを交わした。
 二人に起こった周りからの拍手喝采で、ようやく現在地がどこであるかを思い出したのは恥ずかしいけれどもいい思い出で。
 先手必勝とばかりにそのまま茨城まで同行して、出来たばかりの恋人の両親に改めて上官ではなく婚約者だと挨拶してきたのは完全なる勇み足。
 いいじゃないか、偽らないと決意した男はどこまでも暴走するものと決まっているのだから。

 その後恙無く結婚出来たのは当たり前の事だ。
 だって王子様とお姫様は運命の赤い糸でいつでもどこででも結ばれているのだから。



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