「お願いです、篤さん。・・・わかれて下さい」




 あまりに真摯な郁の表情に内心たじろいだのは事実。
 だがそれはどう譲歩しても聞けない類のお願いだった。




「・・・嫌だと言ったら?」
「篤さんだってわかってるでしょ?このままじゃあたし達、いられない」
「なぜ」
「知らないフリしないで!いつまでもずっと無理出来ない。篤さん、今自分がどんな顔してるかわからないでしょ?酷い顔、見てられないの!!」
 うっすらと涙を浮かべながら懇願する郁はどこまでも綺麗で。バカ、だから手放せるわけあるかよ。
「俺はどんなに無理でも困難でも、お前と一緒にいたい」
「あたしが嫌なの!あたしのせいで無理する篤さん、見てられないの!だからわかれよう?」
 一歩前に出れば一歩下がる、堂上と郁の距離は詰まらないまま。そこまで郁の意志が固いのかと、ひとつため息を吐いて堂上はそれでも態度を崩さずに胸を張る。
「郁の望みは叶えたい。だがそれは絶対に聞けない望みだ」
「どうして?あたしはもう、こんな篤さんを見てるの耐えられないのに!」
「教会で誓いあったのは嘘か!病める時も健やかなる時もって、あの時言ったのに、お前は・・・」
「なんて言われてもいい。でも、もう一緒にはいられない」
 足下が崩れ落ちていくような錯覚に目眩さえ覚える。
 郁だってこの上なく辛い。堂上とわかれるなどと今まで露ほども思っていなかった事なのに、しかし現状ではこの選択以上の良策など思い浮かばない。
 堂上の為に何度も言い聞かせてやっと吐き出した思いを、だが堂上はことごとく拒否をする。
「・・・どうすればいいの?」
「どうもしない。郁とはわかれない。それでいい」
「ッ、この分からず屋!!」
 カッとなって怒鳴ってから、ここが往来である事を思い出して、人並み以上に大きな身体を縮こませた。
 そんな郁の両腕を掴み、下から堂上は懇願する。
「なぁ、・・・なぁ、郁。考え直してくれ、わかれるだなんて言うな。俺を、必要としてくれ」
「篤さん・・・」
 ぽろりとこぼれた郁の涙をすくい上げ、堂上の太い親指が濡れたまなじりをなぞる。慈しむようにゆっくりと、指先から愛情を塗り込めるように。
「あ、あたし・・・」






「はい、そこまで〜!!」






 これから二人の世界構築かという寸前で割って入ってきた声に、堂上の眉間のしわがこれ以上ないほど深く額にひびを入れる。
「柴崎ッ!」
「お取り込み中、すいませ〜ん。でももう順番来ちゃうし、時間ももったいないんで笠原はお借りしますね〜」
「待て!俺は了承していないッ!!」
「堂上教官が了承してなくっても笠原も乗りたいもんね、このアトラクション?」
「う、うん。でも篤さん、絶叫系苦手でしょ?さっきから頑張ってあたしにつき合ってくれるけど、顔面蒼白な篤さん見続けるの、耐えられなくて・・・」


 本日堂上班は公休日で、それならばと柴崎もシフトを合わせて堂上家、小牧家、手塚家合同で遊園地に遊びに来てみたのはいいのだが、問題は乗り物の好き嫌いであったらしい。
 リペリング大得意っ子の堂上家の奥様は当然の事ながら絶叫系アトラクションが大好きで、柴崎も一緒になってはしゃいでいるのだ。しかし堂上はこの絶叫系の乗り物がイマイチ得意ではなく、それでも郁と一緒に楽しみたい一心で今まで同じ物に乗っていたのだがそろそろ身体の限界だと顔色が物語っていた。


「あたしと笠原が遊んでいる間は光と一緒に休んでいてもいいんですよ〜」
 名指しされた手塚はすでに待機を決め込んで休憩所で大人しく荷物番をしている。お前どんだけ日頃使われてんだと内心部下の心配をしつつも、堂上はなおも食い下がる。
「郁は、俺といる方が楽しい」
 ―青い顔で往生際の悪い男だ。
「でもね篤さん、そんなに具合悪そうな篤さんを振り回せないよ、あたし」
「じゃあお前も俺と一緒に休憩しろッ」
「横暴亭主」
「柴崎ッ!!」
 ぼそっと呟いた柴崎はしれっと明後日の方向を向いている。怖いものなしとはこの事だ。
「お前は俺と柴崎と、どっちを選ぶんだ、郁!!」
「え、え〜・・・と」
 ちらちら最愛の夫と大好きな親友の顔を見比べてしばらく。「今は、柴崎?」
「郁ーーーーーー!!!!」
「だ、だって〜!篤さんはいつもいっしょにいられるけど、柴崎は手塚の奥さんになっちゃったしシフト合わないと全然会えないし・・・」
「そういうことですので、今日はお宅の郁ちゃんお借りしますね!教〜官☆」
 高笑いでもかましそうな不適な微笑みを浮かべた柴崎に溺愛する妻を奪われた堂上は、真っ白になってその場に座り込んだそうな・・・。



 運命のわかれ道、思わぬ所に落とし穴――――。




※   ※   ※




「俺たちはああはなりたくないよね、毬江ちゃん」
「でも、それだけ郁さんと一緒がいいって事ですよね。ちょっと羨ましいかも」
「君を一番に思っている男はいつでも君の隣にいるんだけどね?」
「幹久さん、焼きもち?」
「まさか、顔面蒼白で具合悪そうなストーカーまがいな男に焼きもちなんて焼かないよ」
「ふふっ、幹久さんったら」
「・・・(毬江ちゃん。小牧の奴に染まるなよ)」








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