キスは、好き。


 大好きな人の体温を感じながら唇から愛情を注がれるのがわかるから。
 求めて、求められて。




 でもそれだけじゃ足りないと思うのは、わがままなのだろうか?






「ん・・・ぅふ、ん・・・」
 いつもの官舎裏、暗闇に紛れるように壁に背中を預けながら堂上からのキスを享受する。
 触れるだけのバードキスを繰り返すうちに、息継ぎで開いた唇の隙間から温くて肉厚な舌がするりと忍び込む。言葉を紡ぐのは苦手なくせに、その動きは縦横無尽としか言えなくて毎回翻弄されてついていくのがやっと。

 ―でも、好き。

 くまなく郁を愛してくれる舌は、言葉の代わりに雄弁に好意を伝えてくれる。
 吸いつき、追いつき、絡まってはすがりつく。
 堂上とのキスは頭の芯がぼぅっとなるくらい気持ちよくて官能的で、身体を重ねなくてもそれだけで満足出来てしまうくらい。 きっと堂上はそれだけでは物足りないんだろうけれど、初心者の郁にあわせて根気よく待ち続けてくれる、郁には申し訳ないくらいよく出来た彼氏だと思う。





 ―でも最近、不満が生まれた。





「・・・ッは・・・」
 ようやく解放される頃には身体の力さえ抜き取られたように膝に力が入らなくて、思わず目の前の逞しい肩口にすがりついてしまう。服の上からはなかなかわかりづらいかもしれないが、鎧のような筋肉に覆われた身体は堅くて頼もしい。
「・・・大丈夫か?」
「ん・・・」
 脱力させた張本人の声色からいって、きっとにやついているに違いない。どことなく嬉しそうな面白がっているような、それが憎らしくもあるが嫌いになれないのは惚れた弱みか。しかし郁自らが巻き起こした余波であることを知っているから文句など言えないのだ。



 バレンタインから先日まで、触れることはおろか言葉を交わすのさえも臆病になっていた二人。
 ようやくわだかまりが解けて以前のように官舎裏で秘密の逢瀬が出来るようになって、嬉しく思うのは郁だけではないと思う。おそらく小牧から漏れ聞く限り堂上の方が相当浮かれている、らしい・・・まだまだ郁には悟れないほど小さな変化だけれど。
 わかるのは以前よりも甘くって身悶えそうになる場面が増えたことくらい。
「お前は本当に・・・可愛いな」
 柔らかな髪の毛に無骨な指を滑り込ませながら、その感触を楽しむ。しなやかな茶色の髪は、郁そのもののようだ。
「またそう言う事・・・」
「事実を言って何が悪い」
 可愛いものは可愛いとしか言えないじゃないか。
 堂上はいつもそう。郁を愛でる言葉ははばかることなく伝えてくれる。それはとっても嬉しいことなのだけれど。
「・・・あたしの事、どう思ってますか?」
 肩越しの上目遣いに蕩けるような視線でもって返してくるものだから、こっちの頬の方が色づいてくる。普段の仏頂面はどうやら出張中らしい。
「可愛い」
「じゃなくて」
「他に?」
「その・・・好き、とか」
「・・・・・・」
 途端に困ったように眉尻が下がる。ああ、聞いちゃだめだった?でも悪い事じゃないよね。
 何かの拍子に言われる『好き』の言葉、でもそれは話の流れの中でぽんと出るタイミングだったりできちんと単独で聞いたことがなかったから。



『お前の事が好きだ』



 ちゃんと面と向かって伝えて欲しいというのは、恋愛に対して夢を見すぎなのだろうか?

「・・・これじゃあ、ダメか?」
 そして降ってくる柔らかなキス。触れるだけの、優しさに満ちたキスも十分『好き』っていう感情が伝わってくるけど・・・。
「言葉が、欲しい」
「キスじゃ?」
「キスも好きだけど、ちゃんと堂上教官の言葉が欲しいんです」
 戻ってきた力できちんと立つと、伺うように小首を傾げて目の前の愛しい男に問う。


「百万回のキスより、たった一回の言葉の方が嬉しい時もあるんです!」


 女の機微わかれッ!

 思わず心の中で叫んでしまったのは、それだけ言葉が欲しいから。曖昧な感情は言葉にしないと不安になるから、だから恋人たちは愛を囁くんでしょう?
「・・・わかった」
 苦々しそうだった表情を一転させて、真剣な、それでいて柔らかな顔で郁に向き合う。・・・ヤバい、それだけでかっこよくてもう満足とか、どんだけだ。



「愛してる」
「!?」



 ウキウキしてたら耳元で突然風船を割られたような心臓の飛び跳ね方に、郁自身がついていけない。
「って、何を突然・・・!」
「言葉が欲しいと言うから言っただけだが?郁、愛してる」
「うぁぁぁああ、恥ずかしい〜!!」
「お前が望んだんだろが」
 言われた郁の方が身の置き所に困っているというのに、爆弾を投げ込んだ本人はつらっとして郁の様子をのぞき込んでくる。その表情はどこか面白がっているようで釈然としない。
「違ッ!あたしはただ好きって言って欲しくて!!」
「だからな」
 あわあわしている郁の細身を逞しい腕の中に閉じこめながら、嬉しさを噛みしめたような堂上が耳元で殊更低い声で囁く。
「好きかと言われれば好きだ。だが無理矢理郁を奪いたいほどの感情じゃない」
「無理矢理・・・?」
「寧ろ護りたい。この感情を言葉にするなら、好きとかの軽い言葉じゃ足りない」



「だから、愛してる」



 お前は?と問われて口籠もりながらなんとか返すと、そうかと心底嬉しそうな表情で愛情を口移しされた。




 口下手とばかり思っていた彼氏は、どうやらそうでもないらしい。
 ベッドの上で続きの愛の言葉を囁かれるまで、あと数日・・・。







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