…あたしがせっかく作ったんだから、絶対に残さずに食べきるのよ?



 そう言って出来上がったばかりの弁当箱の中身を夫に見せながら、妻は心底愉快そうに目を細めた。
 彼女が一部の人間から魔女と呼ばれるにふさわしいその表情と弁当箱の中身に背筋を凍らせながら、男は気づかれないようにそっとため息を解く。



 愛しいはずの妻の厳命は、特殊部隊隊長の命令と同じかそれ以上に男にとっては重いものであったという…。




※  ※  ※




「あれ?手塚も今日は弁当なの?」
 本日の内勤を書類整理にあてた堂上班の面々の昼食は様々である。
 班長である堂上は本来ならば妻の郁と仲良くお揃いのお弁当を広げて食べるところであるが、あいにくと今日は相方が不在である。先日妊娠が発覚した郁は検診日と言うことで有給をとっているのだ。
 ちなみに完全にどうでもいい話だが、堂上家の弁当は全て堂上特製であるらしい事をなにかの折りに郁が漏らしていたのを聞いた手塚は、ここも尊敬すべき上官を見習うべきかと半分本気で考えている。
 一方の隙を見せてはいけない上官である小牧は、先日やっと毬江と結婚を果たしたばかりでもちろん可愛い妻の可愛い手作り弁当持参だ。ちょっぴり焦げたタコさんウィンナーなど初々しくて微笑ましくもある。
 そして手塚はといえば、妻である麻子も図書館員であるからして時間を可能な限り合わせて隊員食堂や図書館内の食堂を利用して、シフトや業務ですれ違うプライベートな時間の埋め合わせをしているのが常なのだが…。
「はぁ…。今日は麻子の奴、公休だから笠原の検診についていってそのまま買い物するとか言ってまして」
「で、一緒にお昼が出来ないからって弁当持たせてくれたんだ?結構尽くす方だよね、柴崎さんも」
「柴崎がそんな一筋縄で行くような奴なら、俺はこんなに苦労はしないが」
「堂上は間に笠原さんをはさむからでしょ。盟友としてならこれ以上ない味方だよね」
「恐ろしすぎて背中預けられるか!」
「いや〜身内が味方ばかりなんて面白味がないじゃない?」
「んなもんいつ寝首をかかれるかたまったもんじゃないわッ」
 話題の彼女の夫である自分が目の前にいるのを忘れていやしないだろうかと若干思いながら、だが今手塚にとっての最重要任務はそんなことに気を取られていては遂行できそうもないことであった。
「ところで開けないの、弁当?」
 すでに卓上に各々の弁当を広げている堂上と小牧に促され、腹をくくった手塚がゆらりと立ち上がってあたりを見渡した。昼時の事務所に残っている隊員は緒形と書類整理をしながらパンをかじっている先輩隊員が数人程度、こういう場面で一番かかわり合いになりたくない進藤がいないことを確認して手塚はゆっくりと弁当箱を小袋から取り出すと、生唾を飲み下しながら恐る恐る蓋を開けた。
 とたんに堂上の眉間のしわがどこぞの渓谷並に深くなり、小牧が腹を折った勢いのまま強かに額を事務机にぶつけながらも大上戸に陥る。
「…手塚…」
 堂上の地を這うような低い声は弁当に対する恐れだろうか、手塚に対する哀れみだろうか。
 まさか再びお目にかかるとは思わなかったその弁当、しかもさすが柴崎と言うべきかクオリティがハンパない。
「さ、すが…ンぐ、しば、さ…ぶはッ!ははははははは!!」
「…嫌がらせか…」


 ―そう言わずにはいられない、おっぱい弁当・ガングロヤマンババージョンであった。


「こ、小牧一正、なにをするんです!?」
 上戸に入りながらも携帯でおっぱい弁当と何ともいえない顔の手塚を写真に収めると、それを震える手つきでどこかに送信したようだ。
「証拠写真、あれば、た、食べたって言え、言えッ…ぶふッ!!」
「なるほどな。柴崎の事だから完食するまでは帰ってくるなとか言われたんだろ?」
「…ご名答です、堂上一正」
 するとまもなく小牧の携帯に着信メールが入り、それを見た小牧が床に崩れ落ちたので代わって堂上が確認すると眉間のしわを尚深くしてそのまま手塚に文面を見せた。


『途中咀嚼している動画2本と完食後の写真をさらに送信願います』…


 ―鬼か、そこまで己の旦那に恥辱を強いるとかどんだけだ!


「こうなったら手塚。さっさと片づけてしまえ」
 僅かな躊躇いが命取りとなる特殊部隊事務室では一分一秒でも隙を見せてはいけない。
 経験上警告する堂上である。
「そ、そうですね…俺、やってみます!!」
 かくして手塚の短く密度の濃い昼休憩の始まりは幕を開けたのだった。




※  ※  ※




 それにしてもなぜ茶色にしたんだ…?まさかガングロ娘に憧れたとかではあるまい。
 おっぱい部分の米を摘めば絶妙な柔らかさでほろりと崩れ落ちる様は、白ければまさに妻の胸を思い出しそうになっただろう。いや、すでに時は遅いのかもしれない…。
 口に入れるとガツンと殴られたよう強烈なスパイスが咥内を激しく刺激してきた。そうか、カレー味か。しかしパンチが効きすぎてるのはわざとなのか…?
 おかずのひとつをつまみ上げると…揚げナスの煮浸しか。そう言えば一昨日の買い物で長ナスを選ばされたっけ。黒くて照りがあって長い奴よ、ああ、太い方が食べごたえあっていいかもね?とかなんとか言われながら。そんなものをわざわざ旦那に選ばせるなと声を大にして言いたかったが、妻のニヤニヤ笑いはわざとさせている証拠なのだろうから、ここで口答えをしようものなら後が怖い、とてつもなく…。
 そんなやりとりを思い出しながらなすを口に運ぶとなんだか味がいつもと違って感じるから不思議だ。美味いのに…釈然としない。
「…手塚、顔が初めてリペリングした時と同じ顔になっているぞ…」
 固唾を飲んで見守っていた堂上の言葉で、初めて自分の表情が強ばっていたことを知る。それだけこの弁当には緊張を強いられるという事か。
 傍らでは携帯を構える小牧が腹を押さえながら手ぶれしないように細心の注意を払っていた。そこまで俺の現状証拠を一生懸命に残そうとしてくれてるだなんて…ありがたいです、小牧一正。
 それにしても…なぜこんなモチーフの弁当を作るのか手塚には理解できない。黙々と無心で弁当の中身を平らげながら考えずにはいられないのだ。
 中央に置かれた米で作った巨乳の中央を可愛らしく飾る桜でんぶがカレー色の米に鮮やかに咲いている。おそらく乳首を表現しているのだろう、真っ白い肌であればもっと愛らしいであろうそれを箸の先で摘めば吐息さえ聞こえてきそうである。


 …イカン、無心であれ…。


 しかし最も精神的に難敵なのは巨乳に挟まれ、先端に器用に切りこみを入れられたウィンナーだ。下手にまっすぐよりもやや左に曲がっているのがリアルで目を背けたくなる。せめてもの情けは先ほど胃に収めたハムとチーズをロールしたものの破片がウィンナーの先端についていないことか。とろけるチーズでもこの先につけられていたら、さすがの手塚もくじけて完食という任務を放棄してしまったかもしれない…。
 ウィンナーを箸でつまみ上げると自然と嫌な生唾が咥内に溜まっていく。これを食べろと…それはある意味、共食いのようで気が進まなかった…。
「手塚…無理はするな」
 以前柴崎に習って無邪気におっぱい弁当(ノーマルバージョン)を郁に作られた経験のある堂上が忌々しげにウィンナーをにらみつけた。
 あの時は結局家に帰って郁に説教を垂れながら、二人で弁当とあり合わせのおかずとで遅めの昼食をとったわけだが、妻が美味そうにウィンナーを頬張る姿に股間がキュッとなったのは内緒だ。それだけアレをかたどったウィンナーは視覚的にも威力があるのだから、それを咀嚼させるとかどんな罰ゲームなんだと思う。
 しかし覚悟を決めたらしい手塚は決意の色も濃く、眉をきりりと引き締めて堂上に向きなおった。
「いえ…堂上一正、俺はこんなところでつまづいてはいられないんです!」
 今までだって散々精神修行はしてきたではないか(主に目の前のこの上官と唯一の同僚のおかげで)。今こそその成果を出さないでいつ出すというのだ?
 しばし手塚の顔つきを厳しい目で検分するように見ていた堂上がフッと表情を緩めて小さく微笑んだ。ああ、この顔は郁を誉めるときに時折見せる極上のやつではないか。
「いい顔だ、手塚。よし、いけ」
「はいッ!!」
 そう威勢良く返事をすると一口の元に一気にウィンナーを頬張る。意外に長くて一瞬えずくがそんなことに構っていられるか、それよりも尊敬する上官の期待に応えたい…!
 一気に弁当箱の隅に残る米粒をかき集めるとすするようにかき込み、なんとかおっぱい弁当を完食した時には人間的になんだか自分が大きくなったような気がした。
 よくやった、と手塚の頭に褒美の掌が軽く弾むと充実した気持ちで胸が一杯になる。
「堂上一正、俺一人ではとてもじゃないけどこの任務を遂行する自信はありませんでした…ありがとうございます」
「なにを言ってる。これをやり遂げたのはお前だ、胸張っとけ」
 そこには何かをやり遂げた清々しい顔をした部下とそれを暖かく力強く見守った上官、そして携帯電話を握りしめながら終始上戸に入りっぱなしでせっかくの弁当が若干干からびてきたもう一人の上官の姿があったという…。




※  ※  ※




「お弁当、完食したのね。偉い偉い」
「お前、もうあんな弁当作るなよ?居たたまれなくてしょうがなかったぞ」
「それで?自分で自分を去勢した気持ちはどう?」
「おまッ…!?」
「そうそう、進藤三監にあの画像送ったらね、今度奥様に作ってもらうっておっしゃってたわよ。お揃いでまた作ってあげましょうか?」
「…………………本当に勘弁して下さいお願いします、麻子様…………………」






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