真実は何処


「ねぇねぇ、篤さん!あたしね、赤ちゃん出来ちゃったみたいなの!!」






「……………………………………は?」







 思わず間抜けな受け答えをしてしまった俺を許してほしい。

 ついでにドリフよろしくソファーからずり落ちたのもご愛敬だ。


「…え、は?赤ちゃんって………子ども…か?」

「赤ちゃんが子ども以外になんかあるんなら、教えて欲しいくらいだけど?」

「いや…ないが」


 しかし動揺を隠せないでずり落ちた体勢のまま胸の早鐘を落ち着かせようとするがあえなく失敗している。思考は真っ白なまま何一つ形作れないで、与えられた単語だけがぐるぐると渦を巻いて堂上の頭の中を支配した。

 夫婦であればいずれは子どもを授かりたいとは思ってはいたが、忘れた頃にそれがやって来るとは思わなかった。

 だいたい結婚してからもしばらくは特殊部隊内の兼ね合いもあり避妊を続けてきたのだ。錬成教官の責任もひと段落し、銃火器規制法案成立と、ある程度の女子防衛部員の高水準の確保もあってようやく隊長から解禁の御触れが出たのがつい半年前で。

 だいたい夫婦であるのだから別に指図など受ける必要もないのだが、そこはそれでもし万が一郁がなんの前触れもなく妊娠なぞしてみれば、目も当てられない程のからかいと嫌がらせを受けるのは必至だろう。

 そんなこんなでだらだらタイミングを逃していたのをお互いの合意のもと避妊をしなくなった。

 悪い事じゃない。むしろ夫婦としては自然の成り行きで当然の事なのに、なぜだか悪い事をしている気分にさせられるのは、行為の後の残滓を翌日までも目にするからかもしれない。それは酷く淫猥で、同時に郁が自分のものであると感じる瞬間でもあり優越感に浸る光景だ。


 それを彼女の体内に絶えず注いでいるのだから妊娠する可能性は高いのだが…。






 改めて妊娠の事実を突きつけられると、それは結構な衝撃だ―…。


「…………あんまり嬉しそうじゃない」

「どこが」

「しわ、眉間の」


 己も眉間にしわを寄せながら堂上の眉間を上に押し上げ、力業で困ったちゃん眉を作り出す。結婚当初の郁であれば間違っても絶対しないであろう馴れ合いに、他人でなくなった年数の長さを感じて、こんなくだらないことでも夫婦になった喜びを感じるとかどんだけだ自分。


「そんなことない。…ただ、ちょっと急で驚いたというか…」

「子ども、欲しくなかった?」

「それは絶対ない!!」


 郁の不安げな言葉を即座に否定すると、一瞬きょとんとした後に頬を薔薇色に染めて嬉しさと気恥ずかしさが入り交じったようなハニカミを見せた。その表情の柔らかさにハッとさせられる。

 女は母になると美しさを増すと言ったのは誰だったか。今の郁は胎内に生命を宿したことによる強さがすでに母親としての顔をさせているのだろう。


 郁の子どもなら男女どちらでも間違いなく可愛いに違いない。きっと人懐こくて愛らしいこと請け合いで、もし万が一女の子でも生まれたら嫁に出してやれる自信とかない。中学校から全寮制のエスカレーター式女子高を今から受験させたいくらいだ。

 男の子だったらとにかく夢に向かって走る手助けをしてやる。背は郁に似れば安泰だし性格だって人に愛され可愛がられるやつになるだろう。ただし恐らくモテるだろうから倫理と道徳と保健体育はみっちり叩き込むとしたもんだろう。




「し、しかもね、まだ大事なニュースがあるんだけど…」

「なんだ」


 ちょっと待て、子どもが授かっただけでも大層なニュースなのに、更に上乗せされる情報の想像がつかない。




「実は双子ちゃんなのでしたー!ジャ〜ン!!」




 頬を染めて愛らしくくふふと笑う妻は可愛くて通常運転だが、ちょっと待てなんだその報告は!?


「…ホントか?」

「嘘で〜す!!」

「………………………………………は?」

「だから〜、嘘!だって今日はエイプリルフールでしょ?」


 ―なん、だと…!?


 ぐるぐるとあれこれ妄想した分、脱力感は半端なく。

 思わず勢いついて立ち上がった堂上は、あまりの衝撃に今度こそ床にへたり込んだ。

 いや、子どもが出来たと思ったのに実は嘘だった事に脱力なのか、双子だと知らされたのにその根底すら嘘だと言われた事への脱力なのか…。


「えへへ〜、騙されちゃった?柴崎が言うには、嘘をつくときはちょっとのホントを混ぜると嘘に聞こえないんだって!」


 得意気な表情が今は憎らしい…。


「じゃあ子どもが出来たのが、嘘か…」


 なんだか気が抜けた。

 子どもが出来たと言われて萎んだ独占欲と膨らむ高陽感との両方が行き場をなくした感じで、ほっとしたような残念なような複雑な…。




 しかし対する郁の方は堂上の言葉にやや憮然としている。


「…どうした?」

「だから、ちょっとのホントって言ったでしょ?」


 面白くなさそうに、不貞腐れたように。

 ―ちょっと待て、それはどういうー…?




「もう知らない!!」


 ドスドスと音をたててリビングからいなくなる郁の機嫌を取り返すべく、堂上が立ち上がったのは間もなく。






 果たして真実はどこに…?






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