「あ、あ、あ、篤さ〜ん!!」


バタンと盛大な音を立てながら官舎の薄いドアを叩きつけるように開けると、今日も可愛い奥さんはなぜか涙目になりながらリビングに転がり込んできた。


「ん。お帰り、郁。どうかしたのか?」


錬成教官を拝命して忙しい郁よりも、僅かに早く帰ってきていた堂上が驚いたように器用に片眉を上げながら妻を迎え入れると、感情豊かな郁は夫の顔を見た途端ポロポロと涙を流しながらしゃくりあげる。


「あ、あた、し、篤さんの一番じゃないんだね〜!!」

「…はぁ?」


訳が分からないなりに、とりあえず郁を落ち着かせようとソファーに座るように勧め、自分もその隣りに腰を降ろす。右手で華奢な肩を抱き寄せて左手で涙を拭ってやると、真っ赤な目で上目遣いに見上げてくる真剣な郁の眼差しにやや怯んだ。さてこの奥さんはどこでこんなにベソベソする原因を拾ってきたものやら…。

 それに自分の一番ではないなどと、何を根拠に言っている。

もちろん郁は堂上にとって何をさし置いても一番可愛くて愛しくて、何気ない仕草にさえこっちがどうにかなってしまいそうな程参っている最愛の妻である。

それを疑われるなど心外だし、わからないならわからせてやるまでだ。


「ホラ郁、何があったんだ?」

「だ、だって、柴崎がね…」

「柴崎?」


その名を聞くだけて自然と眉間にしわが寄るのは致し方ない。郁と結婚する前もした後も、どれだけアイツに煮え湯を飲まされたか数え切れない程。

策略を感じないわけがなかった。


「うん、柴崎がね、柴崎がぁ〜…!!」

「それじゃあわからん」


あうあう言っている郁の背中を撫でながら、辛抱強く先を促す。


「あ、篤さん、あたしの事、二番目に好き?」

「…一番じゃなくてか?」

「だって結婚してくれたでしょ〜!?」


わぁん、と泣き出す郁を抱き込みながら、フル回転で何があったかを思考する。

何やら一番、二番に拘っているようだが…。


「け、結婚は、二番目、に好きな人と、するもんだって、柴崎がぁ〜!!」

「んなわけあるか、バカ!!」

「あた、あたし、篤さんが一番だから離婚、されちゃうの〜!?」

「落ち着けッ!」


一番好き、と言う言葉ににやけそうになるのをなんとか堪えながら、混乱気味の奥さんをなんとかする。

やっと泣き止んだ郁にカミツレのお茶を支給する。もちろん堂上の眉間のシワは健在だ。

「…で?柴崎が結婚は二番目に好きなヤツとするもんだって言ったのか」


こくん、と小さく頷きながら両手でマグを挟んでチビチビ口をつけている可愛らしい姿を見て、それでも二番だというヤツはセメントだな、とひっそり内心で呟く。

堂上の溺愛も大概だ。


「そう、な、の。一番好きな人と、結婚、しちゃったら、その人の事ばっか、考えちゃって何も、出来なくなるか、ら、二番目の程々好きな、人と、結婚するのがいいっ、て」

「馬鹿馬鹿しい」

「だって、柴崎がぁ〜…」

「お前は俺と柴崎、どっちの言葉を信じるんだ?」

「………………篤さん?」

「なぜそこで疑問系になる」

「うううぅ〜」


飲み干したらしいマグを取り上げて代わりに手を包み込んでやれば、いつまでも初心な郁はうっすらと頬を染め上げる。

 

 ああもう、コンチクショウ可愛いなコイツは!


「いいか、郁。俺は一番大切な郁と結婚出来て、誰よりも幸せなんだぞ。郁はそうじゃないのか?」

「篤さんが一番好きに決まってるし、今凄く幸せだよ?」

「じゃあそれでいいんじゃないのか?」

「…………そっかぁ〜。なぁんだ、悩んじゃって損した!」

「こっちは離婚とか言われて、心臓止まりかけたわッ」


散々ヤキモキさせたオチがこれかと思うと、脱力も半端ない。なんとか浮上する要素はないかと、抱き寄せた郁の匂いを胸いっぱいに吸い込み、自分を落ち着かせながら頭は猛回転だ。

ふと思いついて、その名案っぷりに自分でほくそ笑む。


「わかった。俺は二番目でもいいぞ。そして郁も二番目な」

「え〜!?だって篤さん、あたしの事一番って言ってくれたじゃん!」

「だから、お前の一番は、ホラ、あの三正に譲る」


お前が追いかけたいと思った、昔の自分に一番は譲ってやる。その代わり二番目の自分とはずっと一緒に幸せになれと迫れば。

最初きょとりとしていた郁もようやく堂上の言いたい事を理解したようににっこりと微笑むと、嬉しそうに堂上の胸元に頬をスリ寄せた。

なんと素直で可愛らしい妻か。ここが官舎の我が家であって心底よかった。でなければ恐らく脂下がっているであろう己の顔を目撃した特殊部隊の面々に、どんなからかいを受ける事か想像に易い。


「じゃあ篤さんの一番は、あの時の高校生だったあたし?」

「そういう事になるな」

「って言う事はさぁ〜…」


堂上がメロメロな妻は魅惑的な上目遣いで見上げてきながら、メガトン級の爆弾を放り投げてきた。


「篤さんって…ロリコン?」

「〜〜〜〜!アホか貴様ッ!!」

「いっ、だぁぁぁぁあああッ!?」


特大級の拳骨が落ちたのは言うまでもない。




だがそれは決して図星を突かれた故の意趣返しではないという事だけ、堂上の名誉の為に明記しておく。





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