柴崎と手塚が結婚して落ち着いた頃、堂上が三日間の出張の時を狙って、柴崎が堂上家に泊まりで遊びに来た時の事だ―…。






「でさ、家での手塚ってどーなの〜?」

「え〜?別に普通よ、普通。ご飯食べたらお茶碗片付けてくれるし、お風呂上がりはマッサージしてくれるしぃ?」

「あの顔でぇ〜?」

「仏頂面なら堂上教官のが本家だから譲るわよ」

「篤さん、家だと仏頂面じゃないもんッ」


 キャッキャと話題に花を咲かせると、まるで寮で同室だったのが昨日の事のようだ。


「ところでさ、最近は堂上教官の面白い話とかないの?」

「え〜。そんな面白い事あったっけ?」

「前教えてくれたじゃん〜!ベッドトランポリン事件」

「あ〜…あったね、そんな事も」

 堂上がテレビで見た体操選手の真似をして強かに腰を打ったのは、まだ柴崎が手塚と付き合う前の事だ。

 しかしその出来事にそんな大層なネーミングがついていたとは…。


「最近ね〜…。そう言えばあった!この間また家が揺れたの!!」






 それは一週間程前の出来事だ。

 夕飯の支度を堂上がやってくれたので、二人のルールとして郁が茶碗を洗っていた時の事。

 堂上がテレビを消し浴室に消えて間もなく、突然ぼしゃんという大きな水音と共に盛大にエコーの入ったゴツンという鈍い音が響き渡り、その衝撃で軽く室内も揺れたのだ。


「篤さん!?」


 慌てて堂上のいる浴室に駆けつけると、浴槽の中で頭を抱えてうずくまる夫。周辺状況を確認すると…浴槽の淵に若干の血糊が見て取れた。これは一大事と、急いで身体を拭き服を着て携帯で医務課に電話を入れ。直ちに当直の医師に診てもらい、たいした事はなかったが経過観察として家に帰されてから堂上に事情の説明を聞くと、どうも言い渋っている。

 郁としても流血まであったのだから心配で気が気ではなかったのだが…。






「…で?結局何が原因だったの?」

「それがさぁ〜、また体操選手!」

「はぁ?」


 堂上によると、入浴の直前まで見ていた番組で平行棒の選手の話題が上がっていたという。注目は新技を決めた選手の事で、今度の世界選手権でも表彰台を狙える位置らしい。

 そしてそれをなんとなく記憶に留めていたトピックは、浴槽に浸かると突然浮上してきたのだという。

 ―曰く、浴槽の両端使えば真似できるよな、と…。







「………………堂上教官ってさ、やっぱ馬鹿?」

「さすがにあたしも呆れてお説教したけどね。だってコブ作って流血とか、有り得ないでしょ〜!?」

「あら?今回は可愛いとか言わないの?」

「言わない!頭打ってなんかあったらどうすんの!!」

「まぁね〜…。さすがにそれはね」

「でもさ、自分でも悪いって思ってるみたいでね、何気にコンビニの新作スイーツ冷蔵庫に入れたりさ、欲しかった本をリビングのテーブルの上に置いといたりしてくれてんのよ〜」


 どっかの妖精の小人みたいじゃない?という郁評に、確かにあんたから見たら小人だわね、と柴崎はこっそり心の中でひとりごちる。やる事も見た目も。


「その妖精さんが出張行っちゃって寂しいわね〜」

「うん、寂しい…。でもその代わりにね、昨日もその…アレだったし、毎晩電話くれるし」

「はいはい、万年新婚バカップルでよぉござんした〜」

「なにそれ〜」

「教官の秘蔵の日本酒持って来いっつってんのよ!」

「怒られちゃうってば!」


 ―知った事か!

 こっちの方が新婚なのに、なんだこの逆転現象。

 やっぱりうちで新体操見るの禁止にした方がいいよね〜という呟きは、残念ながら酒の肴には甘すぎた。






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